第14話

 中邑ナカムラ眞子マコは愕然としていた。


 和モダンでお洒落な居間に鳴り響く警報。

 似つかわしくないというより、違和感しかない。

 ここは胡桃クルミ京子キョウコの──古い一軒家をリノベーションしただけの──ただの個人住宅だ。


 この人、何を目指してるの??


 に完璧とは言えなくても、こんなセキュリティを自宅に施してる人間が何人いる?

 しかも、別に資産家でもなんでもない、ただの団塊世代の老婆なのに──


「多分この音で逃げたかと思うけど、まーちゃん見てくれるかい?!」

 いつの間にか、襷掛たすきがけして袖をさば長箒ながぼうきを両手で構えた京子キョウコが、愕然としていた眞子マコに声をかけた。

 眞子マコはこの状況がまだ信じられず、驚き顔のまま京子キョウコに問いかける。

「あのっ……これ、なんなんですか?!」

「何って……だから、庭に裏から侵入された時の警報だよ!」

「センサーでも張り巡らせてるんですか?!」

「そうだよ! 一人暮らしの女のたしなみサっ!!」

 フンっと鼻息荒く答える京子キョウコ

 そこで、苦悶くもんの表情で耳を抑える四葉ヨツハに寄り添った李子リコが、ハッとした顔になった。

「お婆ちゃん! 私も時々、面倒くさいから庭から入ってきてたよっ?!」

「そン時も警報鳴ってたんだよ! ただ、アンタは侵入する前から大声でいつもアタシの事呼ぶから、すぐ音を切ってたのサ!」

「そうだったんだ……なんか、ごめんね?!」

「今はそれどころじゃないよ! まーちゃん!」

「あっ……はい!」

 再度呼び掛けられて、眞子マコは弾かれたように顔を上げ庭に面した窓に向かう。

 カーテンと鍵を開けて、恐る恐るサッシに手を掛け──


 ガシャアアアン!!


 眞子マコが開ける直前、その窓は無残にも粉々に破壊された。

 あまりの衝撃に、眞子マコは顔を覆って後ろに倒れ込む。


 全く予想だにしていなかった事態に、その場にいた全員が身を固くして動けなくなった。


 ガラスの破片とともに、窓から侵入してきたは、ゴツいブーツでバリバリと破片を踏みしめながら、ゆっくりとした動きで部屋の中に侵入してきた。


 大きな身体を暑苦しいグレーの迷彩服で包み、黒いグローブとブーツ、そして沢山のポケットのついたベージュのベストで完全武装したその男は、サングラスで視線を隠しつつも、首を巡らせてその場にいる人物たちを確認していった。


「誰だいっ?!」

 一瞬、驚きのあまり固まっていた胡桃クルミ京子キョウコだったが、すぐに我に返って怒鳴る。

 李子リコ四葉ヨツハの前に出て2人を庇うように立った。

 サングラスで半分顔が隠されたその姿を見て

「さっきの変態かい?! さっきも言ったけど人違いだよ!!」

 長箒ながぼうきを振り下ろしながらそう叫んだ。


 しかし、男は腕で箒を受け止め、そのまま掴んで自分の方へと引き寄せた。

 その力強さに京子キョウコは前のめりになりつつも、寸でのところで箒から手を離す。

 しかし、体勢を崩されたところを男に肩を強く押されて横へと倒れ込んだ。

「お婆ちゃん!」

 咄嗟の所で李子リコ京子キョウコの身体を抱きとめる。

 が、チビな李子リコはそのまま京子キョウコと一緒に床に転がった。


 四葉ヨツハは警報音に耳を塞ぎつつ、男を見上げて睨みつけていた。

 そして、横に倒れ込んだ李子リコへと視線を向ける。

 李子リコたちは重なって倒れてしまったせいで起き上がれずにいた。


「……なようだな」

 男は掠れてひび割れたよう声でそうポツリと呟くと、倒れた李子リコ京子キョウコの方へと一歩近寄る。

 その瞬間、警報音が突然止まった。


「ババァが、粋がりやがって……」

 妙に甲高い引きつったかのような、人を不快にする声を発しながら、もう1人の男が破壊された窓から中へと土足で入ってきた。

 首にヘッドホンを下げた、妙に痩せぎすの男。

 ヨレヨレで襟首が伸びた黒いTシャツに、ダボついたダメージジーンズ。

 青白い顔には無精髭がまだらに生えており、着ている服も相まってダラシない印象を与えた。

玩具オモチャみたいな赤外線センサーなんて仕掛けて……ホームサーバといい警報といい……諜報員気取りかよ」

 頭をガリガリ掻きむしり、忌々しげにそう吐き捨てた。反対側の手には、そこそこ大きなニッパーを握りしめている。


「コードを切ったのかい……フン。そろそろ無線型に変えようかと思ってた所さ。変えるキッカケをくれてありがとよ」

 李子リコに支えられて起き上がった京子キョウコは、鋭く痩せぎすの男を睨みつけると、唇の端を持ち上げて挑戦的に笑った。

「手順を踏まずにセンサー切れば警察に通報がいく仕組みさ。じきここに警察が来るよ。

 今なら見逃してやるからさっさと帰りな」

 立ち上がりつつ、背中に李子リコを庇う京子キョウコ

 片手で四葉ヨツハに合図をし、それに気づいた四葉ヨツハ李子リコの後ろに駆け込んだ。

「そんな機械ドコで売ってるの?! ホームセンター?!」

 こんな状況に危機感なくそう言うのは李子リコ

 男たちの後ろでこっそりと、何か武器になるものを……と探していた眞子マコが、こんな時に──といった顔でコメカミを抑えた。

 その様子に気づいた京子キョウコは、男たちから視線を外さずに李子リコに答える。

「私が作ったんだよ。さ、アンタたち! どうすんだい?!」

 男たちに後ろを気取けどられないように、大袈裟に見栄を切った。


 2人の男と対峙しながらも全く怯えた様子も見せない京子キョウコに、イラついた迷彩男がサングラスを外しながらまた一歩近づく。

「団塊老害が。邪魔をするな」

 グローブを着けた両手で一度拳を突き合わせると、迷彩男は半身を引いた。


 殴られる──


 そう直感した京子キョウコ

 こんな大男に殴られたら、年老いた自分はひとたまりもない。


 しかし。


 彼女は退くつもりはない。

 奥歯を強く噛み締めて、その衝撃耐える準備をした。


「やめてよ!」

 その瞬間、李子リコが両腕を広げて京子キョウコの前に躍り出る。

 迷彩男は、予想だにしなかった李子リコのその動きに一瞬止まったが、途端にニヤリと笑った。

 そして片手で李子リコの細い首をガッシリと掴む。

に、一丁前に正義漢気取りか」

 憎々しげにそう吐き捨て、空いたもう片腕を振り上げた。


「やめなさい!!」

 後ろで隙を伺っていた眞子マコが、その振り上げられた腕にしがみつく。

 驚いて手を止めた迷彩男だが、すかさず痩せぎす男が眞子マコの服を掴んで引きずり倒した。

「お前はそこで見てろや」

 下品に唇を引きつらせて、床に転がった眞子マコの背中を踏みつける。

 痛みに声を上げつつも、横目で自分を踏みつける男を睨み上げた。

「覚えてなさいよ……」

 歯を食いしばりながらも、そう悪態つく。


「ぐぅ……げほっ……」

 首を掴まれ、息が詰まってきた李子リコ

 声も上げられず、掴む男の手首を引っ掻くがグローブ越しでは効果もなく。

「りっちゃん!!」

 京子キョウコも男の腕に掴みかかったが、片腕で簡単に払い除けられてしまう。

 床に再度転がされた京子キョウコ四葉ヨツハが駆け寄った。

 心配げにその顔を覗き込んで、悔しそうに唇を引き結ぶ。

胡桃クルミさん……」

 悲しげにそう一言呟いた。


 抵抗していた李子リコの腕が、力なく下がる。

 真っ赤だった顔が、逆に青白くなり始めた。


「りっちゃんっ……」

李子リコ!」


 京子キョウコ眞子マコがほぼ同時に悲鳴のような声を上げる。

 それに呼応するかのように、四葉ヨツハも声にならない息を吐き出した。

「だ……ダメっ……」

 やっと絞り出た四葉ヨツハの声を、面倒臭そうに迷彩男が見下げた瞬間──


「声をかけても応答がない為、勝手に入らせて頂きました」


 低くて渋い声。しかし、場違いにノンビリとした印象を与えるその声が、居間の入り口から発せられた。

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