第4話

 津下ツゲ真輔シンスケは、友人たちから『何を考えているのか分からない』とよく言われる。



 確かに。

 あまり口数が多い方ではない。

 頭の中で色々考えていると、会話が次の話題に変わってしまっている事がよくあり、言うべき内容ではなくなってしまうからだ。


 確かに。

 あまり表情豊かな方でなはい。

 これは遺伝である。

 彼の父、彼の祖父の遺伝が色濃く出てしまったおかげで、表情筋が思ったほど動いていないだけである。


 確かに。

 彼は14歳の男子中学生にしては大柄の170cm代だ。

 その身長のお陰で、バレーボール部やバスケ部の顧問から声をかけられたが、彼は運動音痴である。身体の成長に神経が追いついていないのか、彼は自分の身体の大きさも正しく認識出来ておらず、しょっちゅう何か──動かない机や電柱や扉など──にぶつかる。

 動きも常に緩慢でノッソリしていた。


『何を考えているのか分からない』


 彼にとっては、そう言う相手が何を考えているのか分からなかった。


 母親と祖母は、表情筋で全ての感情を表現できそうな勢いであり、かつ、しっかりと物事を口で伝えるタイプである。

 父親と祖父は構成要素が似ているせいか、自然と何を考えているのか、言いたいのかが分かった。


 しかし、他人はそうはいかない。


 相手が、

 何を言いたくて

 何を期待していて

 何を求めているのか。

 エスパーじゃないんだから言ってくれなきゃ分からない。


 つい先日も、クラスメイトの女子に『空気読めよ』と言われた。

 これは、流石に鈍い真輔シンスケにも、『怒られたのだ』という事は分かった。

 しかし、残念ながら『何に対して』怒られたのかは分からなかった。


 しかし……『空気を読む』とは、どういう風にやるのだろう。

 小学校では習わなかった。

 中学も二年になったが、今の所空気を読む授業はなさそうだ。


 なら、どういう風に読めるようになればいいのだろうか?


 ネットでやり方を検索してみたが、

『経験則』

『相手の表情を読む』

『話の流れを汲む』

 などと、曖昧模糊あいまいもこな回答しか出てこなかった。

 これでは勉強のしようがない。


 そもそも、人に『空気を読む』事を半ば強制するのに、何故授業のカリキュラムにはないのだろうか?

 授業のカリキュラムにはないのに、どうして他の人は習得出来たのだろうか?


 真輔シンスケにとっては、むしろその事の方が不思議だった。


 それに比べて、電気回路はいい。

 必ず明確な理論と装置があり、結果が伴う。

 曖昧な要素は、理論と装置以外の外的なもの。

 もしくは装置の欠陥など。

 調べれば判明する。

 全ては明確で分かりやすい。


 だから、没頭していってしまう。

 電気回路は楽しい。

 装置を作るのも楽しい。


 今日は何を作ろうか──



 いつの間にか、彼は考えていた事が『空気を読む』から『趣味の話』へと移行していってしまっていた。

 本人は、その事に気づいていない。

 しかも、半ば自分の頭の中の事に集中し過ぎて周りの事があまり見えておらず、道の真ん中をノソノソと歩いていた。

 車の往来が少ない場所とはいえ、注意散漫な状態で歩くにはいささか危なっかしい。


 この様子をハタから見れば、彼──津下ツゲ真輔シンスケが『変わり者』としてクラスで有名である事も頷けた。



 なので、この直後の彼の行動も、彼ならではと言われたら、はやりそうなのかもしれない。



 道のど真ん中を、ぼーっとしながら歩いていた真輔シンスケ

 自動操縦のように歩いていた彼が角を曲がった瞬間──


 ドンっ


 肩が誰かにぶつかる。

 まるで電柱にぶつかったかのような衝撃。

 年齢の割には体の大きな真輔シンスケだったが、予想だにしていなかった衝撃にバランスを保つ事が出来ずに、尻餅をついてしまった。


 角を曲がった瞬間に、誰かにぶつかってコケてしまう──

 そんな、序盤のラブコメに有りがちな展開ではあったが。


「すみません、大丈夫ですか?」


 ぶつかり、手を差し伸べてくれた相手は──可憐な美少女ではなかった。


 ゴリゴリ筋肉髭ダルマだった。


 しかも。


 真っ裸マッパの。



「はい、大丈夫です……?」

 差し伸べられた手を思わず掴んで立ち上がらせてもらったが、真輔シンスケは目を疑う。


 なんでこの人真っ裸マッパ

 今この人にぶつかったんだよな?

 てっきり電柱にぶつかったんだと思ったのに……

 あれ? もしかして、肌色のぴったりとした服を着て──ないね。

 やっぱり真っ裸マッパだ。

 え? なんで??

 ……あ!


 真輔シンスケは、そこでの空気の読み方をする。

「ウチ、すぐそこだから来て」

 筋肉ダルマの手首を掴み、自分の家の方向にダッシュした。


 筋肉ダルマは一瞬躊躇ちゅうちょしたものの、黙って手を引かれて彼の後をついて行った。



 ──警察が『露出狂がいる』との通報を受けて駆けつけたのは、このすぐ後。

 善意の通報と公僕の出動が空振りに終わった事を、この二人は最後まで気づく事はなかった。

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