後日談その4 天上の試練に挑みし者

371.前提条件:レベル80

「よっしゃ、次だ、次!」

「テンションが高いね。のんびり休んでる暇がないのは事実だけど」

「仕方がないですよ。ここ、レベリングには向いてますけど、本当に忙しいですから」

「まったくだぜ。ドロップもおいしいから、周回するには丁度いいんだけどよ」

「別に無理して周回する必要もないんじゃないか?」

「お兄ちゃんはレベル上げが必要なんだから、黙って敵を倒してればいいの!」


 妹様によって強制的に連れ出された先、そこはレベル70後半のモンスターが次々と湧き出すダンジョンだった。

 ちなみにいまいるメンバーは、妹様ハルにリク、白狼さん、そしてなぜか鉄鬼だ。

 この四人に俺とユキが加わり、ひたすらレベル上げを行っている。

 なぜこうなったかと言えば、すべての始まりは妹様が押しかけてきたことからだった。



―――――――――――――――――――――――――――――――



「お兄ちゃん、ユキ姉。レベル上げに行こう!」


 依頼されたアイテムを生産している最中、クランホームにやってきたハルがいきなりそんなことを言い出した。


「……レベル上げする理由がないんだが?」

「理由はこれからできるよ! というわけで、レベル上げに行こう!」

「でもハルちゃん、依頼されたアイテムもあるよ?」

「ユキ姉、それは後でもかまわないよ! とにかく、レベル上げに行こう!」


 妹様はなにやら興奮しているらしく、ひたすら「レベル上げに行こう」を連呼している。

 さて、どうしたものかな……。


「とりあえず、落ち着こう、ハルちゃん」

「ん、わかった。……はー、ジュースが美味しい!」


 ハルはユキが差し出したジュースを一息に飲み干し、ようやく落ち着いた様子を見せる。

 このまま話を聞いても仕方がないので、椅子に座って話を続けることにした。


「それで、なんで俺たちがレベル上げに行かなくちゃならないんだ?」

「ん? 白狼さんから説明されてない?」


 白狼さん?

 ポーションの依頼は来てるけど、ほかに話はしてないぞ。


「なんで、そこで白狼さんの名前が出てくる?」

「ふむ、行き違いになっちゃったか。わたしから説明すればいいかな」


 どうやら、白狼さんも含めてなにか話があるようだ。

 ただ、レベル上げ前提っていうのがすごく気にかかるが。


「まずは、わたしたちが高品質アイテムを必要としている理由から説明しなきゃかな」

「そこから始まるのか」


 いよいよもって面倒な話になりそうな予感がする。

 できれば聞きたくないけど、無理だよなぁ。


「わたしたちはいま、複数のクランやパーティが集まって『天上の試練に挑みし者』を攻略してるの」

「……あれ、まだやってたのか? というか、まだクリアできてないのか?」

「まだできてないんだよね。いまわたしたちは『白夜』と『百鬼夜行』が中心となってやってるけど……」

「そのふたつが力を合わせても無理とか、面倒にもほどがないか?」

「なんだよねぇ。ボスのHPを半分くらい削るところまでは安定してるんだけど、その先で総崩れになるんだよ、どのクランも」


 どのクランもって、ほかにも挑んでるクランがいるってことか。


「ちなみに、挑んでるのはどこのクランなんだ?」

「有名どころはどこもやってるよ。もっとも、6パーティレイドだから単独で挑んでるところはほとんどないけど」


 ふむ、なるほど。

 ……でも、『天上の試練に挑みし者』を発見したのって、去年の夏頃だったよな。

 さすがに難易度が高すぎるんじゃないか?


「そんなに高難易度だったのか、あのレイド」

「いやになるほど難易度が高いね。……実際、わたしのパーティで挑んでるのってわたしひとりだけになったし」

「……そこまでか」

「そこまでだよ」


 本当に面倒なレイドバトルらしい。

 正直、そんなところに誘わないでもらいたいのだが。


「それで、俺とユキを誘う理由はなんだ?」

「お兄ちゃんを誘う理由は、刻印武器による瞬間超火力がメインかな。極短時間に大ダメージを与える手段がほしいんだよね」

「……それだけなら次元弐とかでもよくないか? 『百鬼夜行』が参加するなら、あいつも参加できるだろう?」

「その人も参加してるよ。でも、そっちは普通に火力枠で活躍してるから、今回の役割はお兄ちゃんにやってもらいたいんだよ」


 つまり刻印武器を使った場合、継続火力に難があることは承知済みか。

 ……『百鬼夜行』が参戦している以上、鉄鬼とかが刻印装備を作ってるだろうからな。


「それじゃ、ユキが参戦するのは?」

「純粋にバッファーが足りてない。ユキ姉にはひたすら【神楽舞】を使ってほしい」


 こっちは予想通りか。

 ただ、気になるのは……。


「いい加減、【神楽舞】を使えるプレイヤーも増えてるんじゃないか?」

「うん、ほかにもいるよ。ただ、【神楽舞】って使用者が違うと同じバフの種類でも重複できるみたいなんだよね。だから、使用者は多ければ多いほど助かる」


 なるほど、理解はできた。

 あとの問題は……。


「それで、俺たちじゃなきゃいけない理由は?」

「ぶっちゃけ、これ以上参加者が増えるのは厳しい」


 ……まあ、大手クランが連合を組んでる以上、利害関係が増え過ぎるのはよろしくないか。


「それなら、無理に俺たちが参加する必要もなかろうに」

「お兄ちゃんたちが参加するのは必須なんだよ! 報酬も未確定なレイドに誘えるプレイヤーって、そんなに多くはないんだから!」


 その辺は理解できるが……。

 正直、レイドとかめんどくさい。


「アイテムで支援するのはやってやるから、それじゃダメか?」

「ダメだよ! いいから参加するの!」


 うーん、これはダメっぽいな。


「トワくん、ハルちゃんもこう言ってるし、一回だけでも参加してみない?」


 ユキは参加してもかまわないと。

 ……こうなると、どうしようもないな。


「わかった。ただし、普段の活動に支障が出ない範囲でな」

「よし、お兄ちゃんとユキ姉ゲット! それじゃ、このことを皆に伝えるね!」


 今回の勧誘結果をフレチャで連絡するハル。

 できれば、戦闘系エンドコンテンツにはあまり巻き込まないでほしいんだけど。


「……よし、連絡完了! 明日から、お兄ちゃんとユキ姉はレベル上げね!」

「……それって確定事項か?」

「確定だよ! 最低でもレベル80は必須だからね!」

「それってカンストじゃないか?」

「それでも勝てないんだから、カンスト必須! それじゃあ、明日迎えに来るから!」


 ハルは来たときと同じように、勢いよく帰っていく。

 レベル上げとか面倒だなぁ。


「……うーん、レイドかぁ。封印鬼以来だね、トワくん」

「だな。今回もクリアできるといいんだが」


 ……まあ、無理だろうな。

 『白夜』と『百鬼夜行』の精鋭が揃ってるところに、俺とユキが加わったくらいでなんとかなるとは思えないし。

 仕方がないし、適当に付き合うとしますかね。



―――――――――――――――――――――――――――――――



 なんて、昨日は簡単に考えていたけど、連れてこられた先では白狼さんたちが待ち構えていて……逃げる隙もなく、ひたすらレベル上げをしているわけだ。

 なお、現時点でのレベルは77。

 レベル上げを始める前は68だか69だかだったから、かなり上がってる。


「……そういえば、トワ君たちは【最大HP上昇】や【HP回復上昇】のスキルを持っているのかい?」

「なんですか、そのスキル?」

「白狼よ、トワたちが持ってる訳ねーだろ。前線組でさえ、ようやく揃ってきたスキルなのによ」

「それもそうだね。じゃあ、そっちも用意しようか」

「だな。……確か、『百鬼夜行』にはあまりがあったはずだから、明日持ってくるわ」

「頼んだよ、鉄鬼君。……まあ、このスキルを覚えるにはレベル80にならなくちゃいけないから、そっちも急がなくちゃいけないんだけど」

「本当に急ですね」

「できれば春休み期間中にもう一度挑みたいからね。……社会人には春休みなんてないけど」


 急いでる理由はこれか。

 春休み中ってなると、あと一週間ちょっとしかないけど。


「トワ君には装備の依頼もあるし、悪いけどちょっと忙しくなるよ」


 ……うん、これ、ちょっとじゃなく忙しいヤツだ。

 まあ、付き合うけどさ、春休みはのんびりすごしたかったなぁ。

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