閑話1 ユキの試食会

EX.ユキの試食会

メリークリスマス!

後日談本編に戻る前に特別短編をプレゼントだよ!

なお、これは書籍版の短編として書いたお話のボツその1です。

**********


「うーん。今日のところは、これくらいで大丈夫かな」


 ここは生産ギルドの貸し出しスペース。

 私は、いままで作っていた分の料理を見て一息つく。

 今日はクランの皆と一緒に試食会の予定。

 出す料理は一式作ったし、あとは時間になるまで待てばいいかな?

 予定の品ができたので後片付けをしていると、少し早めにトワくんがやってきた。


「ユキ、調子はどうだ?」

「こんにちは。まあまあかな?」

「そうか。ところで、ユキの料理はかなり売れてるらしいな。大変じゃないか?」


 トワくんが心配そうに聞いてくるけど、いまは問題ないかな。


「自分で作れる量しか売ってないから大丈夫だよ。どうしても、作れる量は限られてるけどね」

「大丈夫ならいいんだ。無理をしてまで作る必要はないからな」


 トワくんは心配性だね。リアルより、準備も後片付けも楽だから気にならないのに。


「うん、無理はしないよ。それよりも、トワくんのほうが忙しいんじゃない?」


 私から見れば、トワくんのほうが忙しそうにしてる。

 料理に使う調味料や素材も作ってくれているし、自分の生産品であるポーションもある。街の外にも採取に行くこともあるし、少し心配になってしまう。


「柚月さんからは、ポーションもよく売れてるって聞いたけど……ちゃんと休んでる?」

「俺は大丈夫だよ。ログイン時間と休憩時間はしっかり分けてるからな。……まあ、ゲームを始める前に比べると、睡眠時間は減ってるけど」

「……本当に大丈夫? リクみたいに夜更かししているとかはないよね?」


 私の弟のリクは、かなり夜遅くまでゲームをしているみたい。あまり遅くならないように言ってはいるんだけど、あまり効果がないんだよね。


「リクほど生活リズムを崩してないから平気だよ。妹の面倒も見なくちゃいけないしな」


 そういえば、ハルちゃんも結構ゲームをしているって聞いた。ただ、トワくんがしっかり管理していて、起きる時間も寝る時間もキッチリしているらしい。


「だったらいいんだけど……。あ、もうすぐ時間だね。すぐ用意するから少し待っててね」

「ああ、わかった。今日はよろしくな」


 トワくんには椅子に座ってもらい、開始時間まで待ってもらう。さて、ほかの皆が来る前に準備を済ませよう。



――――――――――――――――――――――――――――――



「こんにちは、ユキ。その様子だと調子はいいようね」

「うむ。お互いあまり顔をあわせんが、大きな問題はなさそうじゃのう」

「クランホームが完成すれば、同じ場所で作業できるんだけどねー。今日は楽しみにしてるよー」


 柚月さんやドワンさん、イリスちゃんもやってきて一気に賑やかになった。皆で集まる機会ってあまりないから、トワくん以外の人に会うのも数日ぶりかな?


「はい、お料理は任せてください」


 私の特技は料理ぐらいしかないけど、それだけは結構自信があるんだよね。今日もできる限りのものは作ったはずだし。さて、最初はサラダから試してもらおう。


「まずはフルーツサラダです。どうぞ、食べてみてください」


 コース料理じゃないけど、前菜は果物をふんだんに使ったサラダ。

 ちょっと果物を入れすぎているかもしれないけど、味は満足できる仕上がりになっている。


「果物が多いのは私には嬉しいわね。ドワンとトワはどう?」

「わしは少し甘い気がするが、気になるほどでもないのう」

「俺は平気だな。なんだかんだで甘いものを食べる機会も多いから」


 トワくんと柚月さんには好評、ドワンさんも問題ないと、あとはイリスちゃんだね。


「イリスちゃんはどうかな?」

「うん、甘くて美味しいよー。あと、ドレッシングも甘酸っぱいけど、なにを使ってるの?」

「フルーツ酢を使ってるの。……まだ、そっちの方があまり量を作れないんだけどね」


 フルーツ酢はまだ量産ができていない。

 そっちも量産できれば気兼ねなく使えるんだけど。


「フルーツ酢って【錬金術】だったかしら。トワ、量産できないの?」

「残念ながら、俺のスキルレベルじゃまだ作れないんだよ。ユキが使ってるフルーツ酢は、【調合】スキルで作ったものだな」


 柚月さんの質問にトワくんが肩をすくめながら答える。

 フルーツ酢にはふたつ作り方があって、柚月さんが言った【錬金術】スキルを使ったものと、いま私が作っている【調合】スキルを使ったものがある。

 【調合】を使って作るには現実時間で一日ちょっとかかってしまい、作れる量も少ない。

 【錬金術】で作れるようになれば、一瞬で作れる。

 だけど、トワくんでもスキルレベルが不足していて、まだ無理らしい。

 これには、柚月さんとイリスちゃんががっかりした表情を浮かべているから、量産できるまでは身内用に作ったほうがいいかな?


「次の料理はコーンポタージュですよ」

「コーンポタージュか。トウモロコシが手に入るようになったのかの?」

「うん。あまり量は多くないけど、市場に出回るようになったの」


 理由はよくわからないけど、最近になってトウモロコシが市場に出回るようになった。

 料理として売りに出ているのは、シンプルに塩ゆでした茹でトウモロコシくらいしかない。

 でも、調理方法を頑張って研究した結果、コーンポタージュも作れるようになった。

 

「うん、甘くて優しい味わいね。材料はなにを使っているの?」

「トウモロコシとコンソメ、牛乳、生クリーム、それに塩とコショウを少々です」

「コンソメなんてあるの?」

「【錬金術】で作れるんですよ。スキルレベルが低くても作れるので、自作できます」


 柚月さんも驚いているみたいだけど、このゲームでは【錬金術】スキルを使って、スーパーなどで売っているようなコンソメのブロックが作れてしまう。

 不思議ではあるけど、そういうものだと思って便利に使っている。


「これも美味しいのう。とくに問題になりそうなことはなさそうじゃが」

「さっきのフルーツサラダみたいに問題があるのー?」


 ドワンさんとイリスちゃんにも好評みたい。

 問題があるとすれば……。


「材料になるトウモロコシがあまり手に入らないことかな? 市場に出回っているのをそれなりに買い集めても、量産するにはちょっと足りないくらいの量しか手に入らないの」


 どこで手に入るかもわからないから、入手先は市場で買い集めるしかないんだよね。


「入手先か。あとで教授にでも聞いてみようか?」

「そうだね。トワくん、お願いできるかな」

「わかった。任せておけ」


 トウモロコシの入手先は、トワくんにお願いしておけば大丈夫そう。


「トウモロコシはお願いね。次は肉料理ですよ」


 スープが終わったので今度は肉料理を準備する。

 本格的なコース料理だと魚料理が来るんだけど、魚料理は種類がないのと、塩焼きくらいしかできそうにないので、今回は見送った。

 そして、用意したのは、ボア肉の生姜焼きだよ。


「生姜焼きかー。美味しそうだねー」

「醤油が作れたのは知ってたけど、ショウガなんてあったの?」

「最近、市場に出回るようになったんです。どこで手に入るのかはわからないんですけど……」


 ショウガは一回の料理で使う量が少ないので、あまりたくさん手に入らなくても困ることはない。

 たくさん手に入ったほうが嬉しいけどね。


「……どうやら、【第四の街】の外れで手に入るようだぞい。ただ、ショウガを使った料理が少ないせいで、流通にはあまり乗っていないようじゃが」

「そうなんですね。あると便利だと思うんですけど」

「醤油のほうが流通していないのが大きいかの。それに、ユキの嬢ちゃんは気にしていないようじゃが、オリジナルレシピを作るのはなかなか手間がかかる。それゆえ、標準レシピから外れる料理はあまり作られないのじゃよ」


 そうなんだ……。

 なんだかもったいない気がするよ。


「味のほうはとっても美味しいわね。問題は、醤油を使っていることかしら」

「だねー。お醤油やお味噌は出回ってないから、作れることがわかったら大騒ぎになるかも」


 柚月さんとイリスちゃんはお醤油の流通について問題視しているかな。

 そういわれてみると、料理をする上でお醤油やお味噌があればいろいろと便利になるし、インパクトが強いかも。


「それじゃあ、生姜焼きもボツですね……」

「これも身内専用のほうがよさそうだな。まだ料理はあるのか?」

「うん、穀物類がなかったから焼きカレーパンを作ってみたんだけど……」


 カレーパンの料理名を告げた途端、柚月さんの目が鋭くなった気がする。


「カレーパン、ってことはカレールーが作れるの?」

「カレールーではなくてカレー粉のほうですね。香辛料を数種類組み合わせることになりますけど、作ることができますよ」

「……ちなみに、どのスキルを使うのかしら?」


 カレー粉の作製スキルかぁ。

 あまり普段気にしたことはなかったんだけど。

 なにを使っているのか確認のために、レシピを見てみる。使っているスキル内容は……。


「ええと、【料理】【調合】【錬金術】の三つですね。あ、でも、【錬金術】はなくても作れるみたいです」

「……メインは【料理】に【調合】ね。それは見つからないはずだわ」

「確かに。いまの時点で、複数種類のスキルを鍛えている者は少ないじゃろうからのう」


 柚月さんとドワンさんは、少し疲れた様子だ。

 私が思っていたよりも、すごいレシピなのかな?


「言われてみると納得だけどねー。カレー粉って、元は複数のスパイスを組み合わせて作ってるんでしょー? それなら、【料理】スキルだけじゃなくて【調合】スキルが必要でもおかしくはないよねー。……うん、カレーパンも美味しいよー」

「……味は申し分ないわね。どうして、焼きカレーパンなの? 普通に揚げればいいのに」


 柚月さんが、カレーパンを揚げなかった理由を聞いてくる。

 でも、この理由は単純なんだよね。


「揚げ物をするための設備がなかったんです。初級の生産設備では」

「ああ、なるほどね。了解したわ」


 このゲームでは、設備のランクによってできる調理方法が変わってくるらしい。

 少なくとも、いま使っている生産ギルドの貸しスペースだと、揚げ物はできないみたい。

 揚げ物が作れれば、カレーパンのほかにも唐揚げやコロッケ、天ぷらが作れそうなんだけどね。


「カレーパンは焼きカレーパンで販売するとして、問題はカレー粉のレシピを広めるかどうかだけど」

「最初は独占していても問題ないだろ。ある程度経ったら、教授たちにレシピを売って広めてもらえばいいし」

「そうしましょうか。ユキも問題ないかしら?」

「はい。大丈夫です」


 私が思っていたよりも、カレーパンはすごい料理みたい。

 いつ頃、レシピを売り出すかは柚月さんが考えてくれるらしいのでお任せした。


「それで、今日のメニューはすべてでたのかしら?」

「あとはデザートに牛乳プリンを用意してます」

「やったーデザートだー!」


 牛乳プリンがあることを告げたら、イリスちゃんが大喜びしてくれた。

 このゲームだと、甘味は果物系がほとんどだから、こういう料理は珍しいのかもね。


「牛乳プリンかの。……わしは牛乳が苦手なのじゃ。イリス、わしの分も食べていいぞ」

「本当!? じゃあ、もらうねー!」


 ドワンさんは牛乳が苦手だったみたい。

 今日はイリスちゃんが二個食べることになった。

 イリスちゃんは大喜びだけど、苦手な人もいるみたいだね。

 今度は豆乳プリンとかも作って見ようかな?


「牛乳プリンなんて作れたのね。普通のプリンはないの?」

「普通のプリンだと機材不足になるんです」

「そうなのね。でも、焼きプリンならいけそうな気もするんだけど」

「そっちも試してみたんですが、できませんでした。私のスキルレベルが足りないのか、設備が足りないのか、どちらなのかは不明なんですが……」


 トワくんいわく、アイテム生産で失敗するにはいくつかパターンがあるらしい。


 一番多いパターンは、スキルレベル不足。

 作ろうとしているアイテムに対して、スキルレベルが著しく低いと、作製失敗になるらしい。

 このパターンは、失敗してもスキル経験値が入るから、なんとなく理由としてわかるんだって。


 二番目は、生産設備の不足。

 たとえば【料理】スキルだと、初級の設備で煮込み料理は作れない。

 煮込み料理を作る場合は、もっと上位の生産設備が必要らしい。

 なお、シチューは初級でも作れるけど、豚(正確にはボア)の角煮はダメだった。

 シチューとか煮込み料理の代表のような気がするけど、ゲーム的な話らしいので気にしないほうがいいって言われた。


 三番目の原因は、標準レシピとして存在しているアイテムを、レシピなしで作ろうとしているとき。

 もともとゲーム内にレシピがある場合、それを入手していないと強制的に失敗になるんだって。

 焼きプリンは、これが該当するんじゃないかってトワくんは推測していた。


 細かいものも挙げていくとキリがないらしいけど、主な理由はこの三つだって。

 どちらにしても、現時点でプリンは作れないことだけは確かだね。


「まあ、作れないんじゃ仕方がないわね。……うん、この牛乳プリン、滑らかだし優しい味で好みね」

「ほんと、美味しいよねー。ドワン、本当にもらっていいの?」

「うむ、食べてもらって構わんぞ。……どうにも、プリン自体が苦手なのでな」


 ドワンさんはプリン自体が苦手なのか。

 それじゃあ、豆乳で作ってもダメだね。


「ドワンさん、杏仁豆腐とかは食べられますか?」

「そっちも苦手じゃのう。あの食感のデザート類は全滅じゃな」

「そうですか……。なにか食べられるデザートはありますか? 簡単なものなら用意できますが」

「気を使ってもらってすまんの。甘いもの自体。そこまで食べるわけではないので気にせんでいいぞい」


 そうなんだ。

 男の人って甘いものが苦手な人もいるって聞いていたけど、トワくんもリクも気にしないで食べるから、実感がなかったよ。


「ごちそうさま。豆乳プリンって話が出てたけど、豆乳があるってことは豆腐も作れるのかしら?」

「はい、作れますよ。【錬金術】スキルでにがりが作れましたから」


【錬金術】で食材を作れることを告げたら、柚月さんは神妙な顔をした。


「……意外と万能なのね。それなら『かん水』とかも作れるの?」

「えっと、中華麺の素材でしたっけ。……トワくん、作れる?」


 私だと無理なのでトワくんに聞いてみる。

 でも、困った顔をされてしまった。


「悪いけど、無理。……リアルで作り方を調べてもいいけど、今の段階ではダメだと思うぞ」

「そうなのね。ラーメンとか食べられないかと思ったんだけど」


 ラーメンかぁ。

 ……ちょっと難しいかな。


「ラーメンは難しいですけど、うどんなら作れますよ?」


 うどんなら作れる。

 というか、前に作ったこともある。

 ゲームの中でまで食べるかどうかっていう話と、お出汁がないので売りに出したことはないけど。

 

「あら、そうなの? 主食系ってパン類以外は無理だと思っていたわ」


 そうなんだよね。

 売りに出ている主食ってパン系統しか見たことがない。

 それも、いわゆるフランスパンみたいなタイプのパンばっかり。


「うどんは小麦粉がメインだから作れますよ。パスタは、麺を加工できないのでちょっと難しいですけど……」

「……うどんの話をしていたら食べたくなってきたわ。お願いできるかしら」

「はい。麺は作り置きがありますから、すぐに用意できますよ。ただ、お出汁がお醤油だけになるので、塩辛いと思いますが……」


 せめて、煮干しとか昆布があれば話は違うんだけど、どちらも見つかってないんだよね。

 海のものだし、海エリアが見つからないと無理なのかな?


「出汁か。椎茸があるけど、それじゃダメか?」


 お出汁で悩んでいると、トワくんから嬉しい情報がもらえた。


「椎茸なんてあったの?」

「ああ。あまり量が採れなかったから渡してなかったけど、出汁として使うだけならたぶん足りると思う」

 椎茸もいい出汁が取れるんだよね。あ、でも……。

「それって生だよね?」

「【錬金術】スキルで干し椎茸にもできるぞ。出汁を取るならそっちのほうがいいよな」


 やった! 干し椎茸が手に入る!


「……万能ねぇ、【錬金術】スキル。なんでβ時代は流行ってなかったのかしら?」

「さあな。……干し椎茸、できたぞ」


 トワくんから干し椎茸を受け取ったら、スキルも使ってさっとお出汁を用意する。

 ……お出汁の匂いに釣られて、柚月さん以外の皆もうどんを食べることになったけどね。


 なお、この試食会の結果を踏まえて、うどんも売りに出したら大ヒットした。

 お醤油が使えないからコンソメスープを使った洋風うどんになったけど、それでもたくさん売れたね。

 他のプレイヤーさんたちも、主食が恋しかったのかな。

 

 あと、カレーライスっていう要望もあったけど、お米が見つかっていないので実現できなかった。

 薬膳粥も麦粥だし、お米探しは今後の課題かな?

 このゲームは日本人が開発に深く携わっているし、必ずお米があるはず!

 時間はかかるかも知れないけど、絶対に見つけ出してみせるんだから!



**********


~あとがきのあとがき~



書籍版を購入してもらった方はわかると思いますが、書籍版には雪音(ユキ)メインの書き下ろし短編が追加されています。

これはその書き下ろし短編のために書いた話の一本です。


……なんでボツになったかって?

全部で見開き4ページの指定だったのに、このお話は見開き7ページあるからだよ!

内容を削るより別の話を考えた方がいいということになってほかの話も書きました。

規定ページで収まったのは書籍版に載ってる一本だけだったけどね!


書籍版の短編は購入してお楽しみくださいませ。

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