369.新要素検証
「ふむ、【刻印術】の情報か。それならば、いろいろと話せるのう」
「ようやくトワも追いついたんだねー。結構長かったよね」
「まあなあ。やっと特級生産セットを入手できたくらいだから」
『ライブラリ』に戻ってすぐ、いまいるメンバーに集まってもらい【刻印術】についてわかっている事を教わることにした。
曼珠沙華はいなかったが、柚月、ドワン、イリスの三名はいたので、教わる分には問題はないだろう。
ちなみに、ユキはログインしてきていたが【刻印術】を持ってないと言うことで、自分の生産作業をしているとのこと。
あと、クルミも同じように自分の作業を続けている。
「まず、基本的な話は聞いておるのじゃろうな?」
ドワンが、基礎知識の部分について確認してくる。
「ああ。錬金術ギルドで基本の話は聞いてきた」
「ならば、わしらが調べた結果を話すぞい。最初に素材についてじゃが、金属だとミスリル銀以上の素材ではないと刻印できなかった」
「そうね。ランクが低すぎる素材に【刻印術】を使うと、それだけで素材が消滅するわね」
「そうなんだよねー。ただ、素材ランクがギリギリのものだと、刻印が成功するのは10%未満ってところだねー」
「じゃのう。【刻印術】を安定させたければ、アダマンタイトやミスリル金は必要じゃな」
思ったより、素材ランクは高くないといけないらしい。
性能を一時的にとはいえ、向上させるのだから仕方がないか。
「次に、刻印を施した素材を使って装備を作るときの話ね。刻印済みの素材で装備を作ろうとすると、どんなに上手くやっても失敗して消滅することがあるわ。体感だけど成功率は50%から60%といったところね」
「うんうん、それくらいだよねー。これは個人の腕前とは関係なく発生してるっぽいから、どんなに頑張っても無理みたいだよー」
作製成功率は半々程度ね。
柚月たちでも失敗するっていうことは、個人の技術ではどうにもならないのだろう。
ここでも確率を絞ってきているな。
「それから、複数の素材に刻印を施した場合の話だねー」
「うん? 複数の素材に刻印をすることもできるのか?」
「できるよー。ただし、刻印をした素材が増えるごとに作製の成功率も下がっていくみたいだけどねー。ボクの実感だと、ふたつでだいたい成功率四割、三つだと成功率二割かなー?」
「……それはめんどくさいことになってるな」
「その代わり、性能もすごいけどねー。刻印三つの弓で刻印を使うと、普段の二倍以上の攻撃力になっているみたいだよ」
「……ダメージ二倍じゃなく、攻撃力二倍なのか?」
「わしが試した限りでも攻撃力が二倍じゃな。ダメージは二倍以上に伸びておる。使うスキルによっては、ダメージ四倍などもできるようじゃな」
「作るのが難しい、だけの見返りはあるのか」
「防具の場合だとダメージ吸収効果が発動するんだけど、そっちも似たような感じね。かなりのダメージを無効化することができるって聞いたわ」
話を聞く限りだと、性能分の見返りはしっかりあるようだな。
これは、自分の装備品も全部新調するべきか?
「ただ、【刻印術】を使った装備にはいくつか問題があるのよね」
「問題?」
いままでの話は、基本的に利点を中心にした話だった。
ただ、やっぱり、そううまい話だけではないらしい。
「まずは、【刻印術】を施した素材が含まれると、基本耐久値が減るのよね。武器にしろ防具にしろ、こまめなメンテナンスが必要になるわ」
「そうじゃな。それこそ予備の装備を用意しておかねばならぬ程度には耐久値が下がるのう」
「そこも結構痛いよねー。上級な素材を使ってるのに、耐久値が低いっていうのは厳しいよー。強い敵と戦うのに、耐久値の心配を常にしなくちゃいけないんだからねー」
ふむ、三人が気にするくらい耐久値が減るのか。
それは気をつけなくちゃいけない話だな。
「さらに問題なのは、【刻印術】発動による耐久値の消耗と装備変更不可状態ね」
「刻印素材ひとつで組んだ装備であっても、【刻印術】を発動すると最大耐久値の三割近くが減るからのう」
「刻印三つだと半分以上消費するからねー」
「あと、【刻印術】を使ったあとの装備変更不可状態は、一律三十秒らしいわよ? こっちは教授情報だけど」
「教授情報なら検証もしてるだろうし、問題ないな。ちなみに、デメリットはそれだけか?」
「まだあるぞい。装備変更不可状態の間、【刻印術】を使った装備は性能がかなり低下する。【刻印術】はここぞという場面で使うものじゃな」
なかなかにデメリットも多いみたいだ。
これは作るのも大変だけど、使うほうも大変だ。
「基本的な説明はこれくらいかしら。あとは、自分で刻印装備を作ってみて確かめたほうが早いわ」
「わかった。いろいろと情報ありがとう」
「気にするでない。……トワ宛ての依頼もかなりきていることじゃしのう」
「だねー。やっぱり刻印装備がほしいって人もいるし、普通の装備依頼も結構きてるんだよー」
「いままでは全部断ってきたけどね。本調子に戻ったのなら、依頼も受けてもらうけど大丈夫よね?」
「ああ、問題ない。……刻印装備はしばらく待ってほしいけど」
「了解。それじゃ頑張ってね」
柚月の合図で打ち合わせは解散になる。
イリスはログアウトするらしいが、残りのふたりは自分の工房に戻っていった。
さて、俺も特級生産セットを新調してあるはずの工房に行くとするか。
―――――――――――――――――――――――――――――――
「あ、トワくん、お帰りなさい。特級生産セットが設置されてるってことは、試験に合格できたんだね」
新しい工房に向かうと、ユキが待っていた。
ユキは自分の作業をしていたみたいだが、俺がきたことに気付いて作業を止めたらしい。
「ああ、なんとかな。いままで出遅れてた分、頑張らないと」
「トワくんならすぐに追いつけるよ。……特級生産セットは少しクセがあるから大変かもだけど」
「そっか。まあ、今日からメインで使っていくことになるんだし、すぐになれるだろうさ」
「そうだね。せっかくだし、ふたりで少しお祝いしない? ちょっとしたお料理を用意してあるから」
どうやら、売り物を作るんじゃなくて、このための料理を用意していたみたいだな。
断る理由もないし、ふたりでお祝いとしますか。
「わかった。お呼ばれするよ」
「うん。すぐに準備するね」
ユキは備え付けのテーブルにテーブルクロスを敷いて、その上に料理を並べる。
料理は……フライドチキンや、エビチリなどが並んだパーティセットのようなものだ。
そのほかジュースも用意して、完全にお祝いムードといったところか。
「それじゃあ、トワくんの昇級を祝って、乾杯」
「乾杯。ありがとう、ユキ」
「どういたしまして」
そのあとは、ふたりでのんびりしながら食事を楽しんだ。
最近はユキが俺の家に泊まっているので、リアルのほうでもよく食べるけど、やっぱりユキの料理は美味しい。
しばらくは食事を楽しみながら会話を楽しみ、料理を食べ終わったところでお祝いはお開きとする。
……俺も自分の作業をしたいからね。
「それじゃあ、トワくん、頑張ってね」
「ああ。頑張らせてもらうよ」
とりあえずは特級生産セットの使い勝手を試すため、簡単なポーション生産をやってみる。
作って見た結果は、★11と上級生産セットで作るよりも性能が下がってしまったが、まあ最初はそんなものだろう。
そのあと、十数回の試行を繰り返し、安定して★12が作れるようになり、上級生産セットの限界を超えた★13も混じるようになってきた。
……さて、それじゃあ、【刻印術】も試してみようか。
「トワくん、【刻印術】を試すの?」
「ああ、そろそろかなと思って」
「わかったよ。それじゃあ、私は商品を作るから別の工房に移るね」
「うん? 了解だ」
そそくさと工房をあとにするユキを見送り、【刻印術】を試してみる。
素材自体は、クランの共有倉庫に入っているものを利用させてもらおう。
「さて、まずはミスリル金の銃身からっと……」
紋章辞典を確認しながら、『攻撃力増加』の刻印を施していく。
すると……。
「うわっ!!」
ものすごい音とともに銃身がはじけ飛んだ。
数ポイントだけどダメージを受けているあたり、かなりの勢いだったようだな。
「……皆、この情報は黙っていたんだな。ユキもでていったっていうことは、失敗するとこうなることは知っていたのか」
どうやら、失敗したときにどうなるかは教えてくれなかったらしい。
ドッキリが好きというか、一度は自分で経験してみろというか……。
「……まあ、この程度で心が折れたりはしないけどな」
その日は結局【刻印術】が成功することはなかった。
……最初の結果に驚いて、少し緊張してしまったかな。
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