364.望まぬ再会・望んだ再会

本日4話目の更新

まだ読んでいない方は1話目からどうぞ

とてもとても長いから時間があるときに読んでね!


**********

「あー、くそ。冬道を歩くのって、こんなにつらかったか」

「そりゃ、松葉杖をつきながらなら、そうなるだろ」

「そうだよ。無理せずにタクシーとかを使おうよ。お父さんたちからも、許可とお金は出てるんだし」


一緒に登校してくれている、陸斗と遥華が心配そうに声をかけてくる。

二月に入り、ようやく病院を退院できた俺は、学校通いを再開したのだ。

はっきり言って、期末テストはどうにでもなるが、出席日数のほうが問題になりかねないからな。


そして、登校についてはタクシーの利用が許可……というか、使えと言われている。

幸い、うちの家庭はそれなり以上に裕福なので、その程度の出費はなんとかやりくりできるのだ。

千円程度で学校まで辿り着くし。


「……なんとなく、もったいないんだよ」

「せっかくの厚意なんだから、素直に受け取ってもいいと思うな」

「ったく、お前も頑固だよな。大人しく車で通えばいいものを」


遥華と陸斗があきれ顔でこっちを見ている。

ともかく、天候が悪い日以外、タクシーは使わないと決めたのだ。

決めた以上、それを全うするのみ。


「……ほんっと、お兄ちゃんって頑固だよね」

「ま、それが悠って感じではあるが」

「……それはどうも。さあ、遅刻しないように、さっさと進むぞ」

「はーい。でも、一番歩くのが遅いのは、お兄ちゃんだからね」


笑顔でこちらに残酷な事実を告げてくる、妹様。

そんなことは、よくわかっているよ。


怪我をする前より一時間近く早めに家を出て、前と同じくらいの時間に辿り着く。

そんな生活をしていると、話題もだんだん少なくなってくる。

最近良く話すのは、やっぱり〈Unlimited World〉のことだった。


「……それじゃあ、遂に上級生産セットより上の生産セットが解放されたのか」

「らしいよ、柚月さん情報だけど。購入条件は、対応するギルドのギルドランクが16だって」

「ギルドランク16? ランクは15までだったような……」

「15になって、ある程度以上の実績があれば、昇段試験に挑めるらしいよ。詳しいことは、柚月さんたちに聞いてよね」


遥華はこの話はこれで終わり、と言わんばかりにそっぽを向いた。

妹様も、俺の手助けをしてもらっているせいでログイン時間がかなり減っているらしい。

冗談交じりの恨み節しか言われてないけど、フラストレーションが溜まってるんだろうな。

どこかで発散させてやりたいものだけど、いい手段が思いつかないや。


学校も近くなってきたころ、俺はもうひとつの懸念事項を陸斗に聞いてみる。

雪音がいまどうしているかだ。

ストレートに雪音のことを聞いてみたが、反応はあまり芳しくなかった。


「雪姉は最近ようやく退院できたよ。夜中に何回か起こしていた、パニック症状も収まったらしい。ただ、予断を許さない状況ってことで、母さんが休暇を取って様子を窺っているよ」

「……そうか。やっぱり面会はできないのか?」

「雪姉が誰にも会いたくないって言っててな。その中には悠も含まれてるよ」

「……そっか。雪音が落ち着いたら教えてくれ」

「ああ、わかってる。たぶん、雪姉をなんとかできるのは悠だろうからな」


話しかけたときよりも、大分重苦しい雰囲気になってしまったが、雪音の様子は聞き出せた。

無理に押しかけても逆効果だろうし、ここはゆっくりと雪音の回復を待とう。


「それじゃ、わたしは中学校だからここでお別れね。陸斗さん、お兄ちゃんのサポートよろしく」

「おう。と言っても、教室に入るまでだけどな」

「それでも大分助かってるよ。また放課後にね、お兄ちゃん」


目的地が違う遥華と別れ、俺と陸斗は高校へと向かう。

玄関で上履きに履き替え、自分の教室へと向かう。

……やっぱり、松葉杖をつきながら階段を上るのはしんどい。


教室の前まで辿り着き、扉を開けるとこっちに視線が集まる。

……毎度のことだが、よくもまあ飽きないものだ。

誰が入ってきても視線は集まるものだが、普通はすぐに興味を失って元のおしゃべりや読書などに戻る。

だが、俺の場合、左手に松葉杖、右目に眼帯という派手な格好をしているため、学校通いを再開して一週間は経っているのに、いまだに注目を集めている。

はっきり言って、ウザいことこの上ないが、いちいち反応していてもしょうがない。

ここは諦めて自分の席に座るとしよう。


「それじゃ、俺は別のクラスだから、またあとでな」

「ああ、助かったよ、陸斗」


陸斗は爽やかな笑みを浮かべながら、自分のクラスへと向かっていく。

そんな背中を見送り、俺は自分の席に座ることにした。

……なお、この姿をバカにしてきた連中もいたが、そういった輩はサクッと制裁しておいたので、もうからかってくるものもいない。

……まあ、話しかけてくる面子自体がほとんどいないのだけど。

例外的に話しかけてくる連中と言えば……。


「おはよう、都築くん」

「おはようございます。怪我の調子はどうですか?」

「おはよう。怪我の調子は良くもなってないが、悪くもならず、ってところだ」


話しかけてきたのは、片桐と鈴原。

なんだかんだで、このふたりとはそれなりの関係を保ってきた。

……そういえば、最近聞いた話だと、『白夜』の中でも上位のほうに参加してるとかなんとか。


「……それにしても、松葉杖は仕方がないとして、右目の眼帯は目立つわよね」

「えっと、そうだね。どうしても目立っちゃうよね」


片桐は明け透けに、鈴原は少しためらいがちに感想をもらす。

別に眼帯については、目立つ目立たないを問わず、つけてなくちゃいけないんだからしょうがない。


「言っておくけど、これを外すことはできないぞ。この下には眼球がないんだから、ある種のホラーだぞ」

「……この季節にホラーとかやめてよ。そんなことよりも、海藤さんとは会えたの?」


片桐がいまの俺と雪音の状態を聞いてくる。

だが、それについては好ましい返事は返せない。


「残念ながら、まだ会う予定すら立っていない。あっちも退院したけど、まだ、症状は残っているらしいからな」

「そうなんだ……。じゃあ、私たちがお見舞いに行くのも……」

「難しいだろうな。行っても会えないと思うぞ」

「……そうよね。いまは快復してくれるのを待つしかないわよね」


結局のところ、雪音の容態が落ち着かないことにはなにも変われないのだ。

いまは、一刻でも早く、雪音の容態が安定するのを待つしかない。

……ホント、学校の授業なんてほっぽり出してしまいたい気分だよ。



―――――――――――――――――――――――――――――――



学校の授業が終わり、陸斗に付き添われながら病院へと向かう。

病院に着いたら、動きやすい服に着替えてリハビリ開始だ。


足の怪我もそうだが、なにより右手のリハビリが遅々として進まないのである。

右腕は、なんとか服を着たり脱いだりできる程度しか快復していない。

左足のほうは、もうすぐ普通に歩けるようになりそうだが……どちらにしても、この冬は松葉杖か普通の杖に頼ることになりそうではある。


リハビリが終わったら再度学生服を着て、家までタクシーで戻る。

本当は歩いて戻りたかったのだが、夜道で暗くなっていることと、疲れから倒れそうになったことが何回もあったため、親からリハビリからの帰り道はタクシーを使うことを厳命されている。

……なお、これらにかかっている費用も、通り魔事件の犯人、およびその親類に民事訴訟を通して請求する準備をしている。

家の両親は弁護士だが、こういった事件が起こったときの対処はかなり厳しいものがある。

あらゆる手段を尽くし相手のことを調べ上げ、一気に決めてしまう、そんな親だ。

今回の犯人は、相当な資産家の息子だったらしいが、俺以外の負傷者に対する見舞金および慰謝料などの支払いもうまく進んでいないそうだ。

怪我の具合のわりに少ない金額しか払おうとしていない、と言うのが表向きの理由らしいが……家の親がどこまで関与しているやら。


ともかく、タクシーで家まで送られて、妹様が用意してくれていた夕飯を食べる。

右腕はまともに使えず、左足も不自由な俺は、家事を一切できない。

なので、遥華にはいろいろと負担をかけてしまっている。


「この程度のこと、気にしにない、気にしない」


と、明るく言われたが、決して楽じゃないだろうな。


「お兄ちゃん、このあとどうするの?」

「このあと?」

「お風呂に入るのは当然として、まだ寝るまでに時間があるでしょ。どうせなら〈Unlimited World〉にログインしてみたら? 柚月さんたちも心配していたよ」

「そっか。ちなみに、柚月たちにはどう説明しているんだ?」

「交通事故に巻き込まれたって説明しておいた。もっとも、信じてもらえてるかまではわからないけど」


交通事故か。

まあ、長期離脱するには妥当な理由だろう。


「詳しいことを話すなら、お兄ちゃんから話してね。わたしじゃ荷が重いから」

「わかってるって。……それじゃあ、二カ月ぶりくらいにログインしてみますか」


この日、お風呂をすませたあとは、久しぶりにログインすることにした。

……そういえば、俺が不在の間って、薬の販売はどうしていたんだろうか。

普通に、販売停止にでもしていたのかな?



―――――――――――――――――――――――――――――――



お風呂に入るのも四苦八苦しながら、なんとか寝る支度を調え、久しぶりのログイン。

ログイン先はクランホームの自室にしておいた。


「……なんだか、この部屋も懐かしいな」


俺もユキもあまりこだわっていないため、最低限の家具しかない自室。

ここの様子は、とくに変わった様子もない。

ベッドから起き上がると、視界に違和感を感じる。

……ああ、右目が見えているのか。


「リアルとゲームで視界が違うのもな……。今度、曼珠沙華か柚月に眼帯をお願いするか」


右手で右目を撫でながら、そんなことを考える。

右腕も普通に使えるのが違和感バリバリだけど、こっちは仕方がないか。

現実側でゲームと同じ感覚で物を持ったりしないよう、気をつければいいか。


変わらず殺風景な部屋をあとに、一階へと下りていく。

掲示板を確認もしたが、とくに気になる掲示物はなかった。


工房に入ると、そこも最後にログインしたときと変わらぬ家具の配置。

二カ月ぶり程度だが、思ったよりも懐かしく感じる。

生産設備に埃などがついている様子もないあたり、ゲームなんだなと思う。


「なにか作ろうにも、感覚が思い出せないし、素材も心許ないな。大人しく、今日はなにもしないでおこう」


これ以上、ひとりで工房にいても仕方がない。

俺は工房を後にして、談話室に行くことに。

この時間なら、誰かいると思うんだけど。


「あっれー、トワっちだ。久しぶりー」

「ああ、曼珠沙華か。久しぶり」


工房を出たところで曼珠沙華に捕まった。

こいつは相変わらず、元気だな。


「ハルちゃんから大怪我したって聞いたけど、大丈夫なの?」

「……まあ、ログインできる程度にはよくなったよ。あまり長時間のログインはできないが」

「そっか。じゃあ、もうしばらく銃の販売はできないね」


しばらくは売り物になるほど、アイテムを量産するつもりはない。

悪いけど、復帰はまだまだ先かな。


「だな。……その辺はどうしてるんだ?」

「そっちは柚月に聞いてほしいかな。柚月のほうが詳しいから」

「それもそうだな。ああ、そうだ。曼珠沙華、右目用の眼帯って作れるか?」

「うん? それくらいならすぐにでも作れるけど、どうして?」

「ちょっと必要でな。右目の視界があると違和感があるんだ」

「ん? よくわからないけど、すぐに作ってくるよ。談話室ででも待ってて」

「ああ、頼んだ」


曼珠沙華は、首をかしげながらも作ってくれるらしい。

コスプレチックになるだろうけど、ゲームだしそっちのほうが目立たないだろう。


眼帯のことを曼珠沙華に任せ、談話室に入る。

談話室には柚月ともうひとり、昔なじみのプレイヤーがいた。


「……クルミ? どうしてここに?」

「よう、トワ。久しぶりだな。一応訂正しておくが、俺はウォルナットだからな?」


柚月と一緒にいたのは、ウォルナット。

かつて『ライブラリ』に所属してた調薬士だ。

俺とは違って錬金術を使っていないから、効果は少し低いけど、生産量はかなり多い。

ちなみに、『クルミ』というのは身内での呼び名だ。

彼は正式サービス開始後、個人で活動してるって聞いてたんだけど……。


「久しぶりね、トワ。ハルちゃんから聞いてるけど、身体は大丈夫なの?」

「柚月、久しぶり。身体は……まあまあかな。で、なんでクルミが?」

「あなたがいない間、薬販売のために助っ人を頼んでたのよ。錬金術はどうにもできなかったから、銃の販売は中止してるけどね」


なるほど、薬を販売するためか。

ウォルナットもよく戻ってきてくれたな。


「ふむ。迷惑をかけたかな、クルミ」

「そうでもないさ。個人で市場に流すか、『ライブラリここ』で販売するかの差だ」

「そういうわけだから、薬はお願いしてたわけだけど……。トワ、もう復帰できるの?」

「んー。店売り品を作るほどのログイン時間は取れないかな。まだ、リハビリとかもしなくちゃいけないし」


残念ながら、まだまだ安定してログインできる状況じゃない。

それを伝えると、柚月は納得したようで、ウォルナットに向き直る。


「そう、わかったわ。というわけで、もうしばらくお願いできるかしら」

「了解した。工房も用意してもらったことだし、これまで通りの量なら問題ない」


柚月たちの取引も終わったようだし、最近の様子でも確認するかな。


「それで、何か変わったことってあるのか? 上級生産セットより上の生産セットができた、とは聞いたけど」

「そうね。それが生産者にとっての変更点かしら。生産品の最高品質も16まで上がったわ」


そうか、品質も上昇したのか。

……少しウズウズしてきたぞ。


「……まあ、私たちでも14が限界だから、しばらくは研究ね。トワはこのあとどうするの?」

「そうだな。……ドワンたちにも挨拶しておきたいところだけど」

「残念だけど、ドワンたちはもうログアウトしてるわ。挨拶はまたの機会ね」


そうか、もういないのなら仕方がない。

それじゃあ、曼珠沙華に頼んだ眼帯を待つとしよう。


「……それで、実際のところはどうなの? いつごろ復帰できそう?」


柚月が今後の話を聞いてきた。

銃の販売再開もあるから、ある程度のスケジュールは聞いておきたいのだろう。


「正直、本格復帰がいつできるかはわからないな。リアルでのリハビリもまだ終わってないし、それに……」

「やっほー。トワっち、眼帯できたよ」


ちょうどいいタイミングで曼珠沙華がやってきた。

その手には、頼んでいた眼帯が握られていた。


「曼珠沙華、眼帯なんてどうしたの?」

「トワっちに頼まれたんだよね。トワっち、これで大丈夫?」

「ああ、ありがとう、曼珠沙華」


手渡された眼帯を早速身につける。

右目が隠され、その分視界が狭くなるが、リアルでの視界と同じ状態になった。

いまではこっちのほうが慣れてしまっているから、仕方がない。


「おー、なんとなく厨二チック。……それで、トワっち、なんで眼帯なんて頼んだの?」

「ああ、そうだな。リアルのほうで右目の眼球を損傷してな。右目が完全に失明したんだよ」

「おぅ……、思ったよりも重い話。大丈夫なの?」


曼珠沙華が心配そうに顔を覗き込んでくる。


「ああ、もう慣れた。さすがに、最初は右半分が見えないから大変だったけど」

「……事故って聞いてるけど、ただの事故だったのかしら? リアルの事情はあまり首をつっこむつもりないけど、ゲームをしてる場合じゃないんじゃない?」


柚月も心配げに声をかけてくるけど、もう慣れたんだよなぁ。


「大丈夫だよ。意外となんとかなるものさ」

「……ならいいけど。無理にゲームをするんじゃないわよ」

「ああ、わかってるさ」


何事もリアル優先ってね。


「……そういえば、銃もだけど料理の販売はどうしてるんだ? 『ライブラリ』には料理人がいなかったわけだけど」


ふと気になったことを聞いてみる。

薬はウォルナットがいたけど、錬金術と料理はいないはずだ。

そっちはどうしているのか確認した。

だが、返ってきた答えは、こちらの想定外の返事だった。


「料理? もう普通に販売してるわよ」

「え?」

「それがどうかしたの?」


料理は販売してる?

誰が料理を作ってるんだ?


「料理の販売って、誰が作ってるんだ?」

「それはユキに決まっているじゃない。どうしたの?」


ユキが料理を作って販売している?

ユキはもうログインできるようになっていたのか?


「……ユキっていつから復帰してるんだ?」

「ああ、ユキも事故に遭ったのよね。復帰したのは、一カ月くらい前よ。もっとも、ログイン時間がかなり不安定で、顔をあわせることはかなり減ったんだけど」


ユキが復帰していることは聞いたことがない。

一体どういうことだ?


「……悪い。今日はこれでログアウトする」

「ええ、構わないけど……。大丈夫? 顔色が悪いわよ?」

「ああ、問題ない。それじゃ、悪いけど、後は頼むなウォルナット」

「ああ、任されたよ。トワはゆっくり身体を癒やしてくれ」


……いまは、身体の調子がどうこうという状態じゃない。

その場でログアウトすると、すぐに陸斗に電話をする。


「おっす、悠。こんな時間にどうかしたのか?」


夜遅い時間ではあったが、陸斗と連絡がついた。

俺は少し慌てながらも、聞きたいことを問いかける。


「陸斗、雪音がゲームに復帰しているって本当か?」

「は? ちょっと待て、その話は本当か?」


……どうやら、陸斗も初耳だったらしい。

あちらも慌てた様子で聞き返してきた。


「悠、その情報、どこで聞いた?」

「柚月から聞いた。一カ月くらい前から復帰して、販売用の料理を作っていたらしい」

「……マジか。悪い、ちょっとお袋に確認してくる。すぐかけ直すから待っててくれ」


陸斗の言葉通り電話が一度切れる。

すぐにかけ直すと言っていたし、少し待つことにしよう。


長いような短いような、そんなじれったい時間を過ごす。

実際に待っていた時間は数分だったが、何十分も待たされたような気がした。

そして、陸斗から電話がかかってくる。


「待たせた。……悠、落ち着いて聞いてくれ」

「ああ、どうだったんだ」

「結論から言うと、雪姉はリハビリの一環でゲームを利用しているらしい。あっちならリアルより長い時間を過ごせるからな。ただ、〈Unlimited World〉にログインしてることは、お袋も知らなかったって」

「そうか。雪音もその程度には快復してるんだな」


そこについては安心した。

ひとりで部屋に篭もっているだけじゃないようだ。


「……とりあえず、この件はこっちでも調べてみる。情報ありがとな、悠」

「ああ、頼んだ」


陸斗からの電話が切れた。

このあと、どうなるかは俺にもわからない。

だが、〈Unlimited World〉でなら、雪音に会える可能性がある。

それなら、あちらにログインする理由となるだろう。

会ってなにを話すかもわからない。

ともかく、一度雪音の状況を確認したいだけなんだから。



―――――――――――――――――――――――――――――――



翌日、学校を休むことにして、朝から〈Unlimited World〉にログインする。

午後からはリハビリに行かなくてはいけないので、会える可能性はそこまで高くないだろう。

だが、それでも、会えると信じてログインする。

ユキを待つ場所は、工房。

同じ部屋を使っているのだから、生産活動をしようと思えばここに来るはず。


「ご主人様、そんなに難しい顔をして大丈夫ですかニャ?」


昨日はいなかった、オッドが俺の顔を覗き込んでくる。

プレイヤーが長期間ログインしていない場合、ケットシーたちは里帰りしていることになるらしい。

オッドも、昨日俺がログインしたため戻ってきた、という設定のようだ。


「……ちょっとな。ユキがこないか待っているんだよ」

「なるほどですニャ。それでは薬作りをしていますので、なにかありましたらよろしくですニャ」


オッドは納得した様子で薬作りを始める。

クロユリはまだきていないようだが、そこはどうなんだろう?


「オッド、クロユリはどうしてる?」

「ニャ? クロユリも元気にしてますニャ」


聞きたいことはそうでないんだけど……。

とりあえず元気にやってるということは、ユキもそれなりにはログインしているはずだ。


そのまま、なにをするでもなく、椅子に座って待つこと数時間。

半分、眠っていたところに、工房の扉が開く音を聞いて目を覚ました。


「……悠くん」

「……久しぶりだな、雪音」


遂に、待ち人がやってきたようだ。

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