363.夢から覚めて

本日3話目の更新

まだ読んでいない方は1話目からどうぞ


**********


「んっ、ここは……」


 やたらと気怠い感覚を覚えるが、なんとかまぶたをこじ開ける。

 俺はいま、どこかに寝かされているらしい。

 正面……つまり真上は見覚えのない場所。

 視線を横にずらすと医療機器のようなものがあった。

 どうやらここは病院で間違いないようだ。


 さて、自分の居場所はわかった。

 だけど、どうして俺は病院なんかで寝かされている?

 やたらと体が重いし、なにより、右手の感覚が薄い。

 ついでに言うなら、右側の様子が見えていない。

 ……右目に眼帯でもされているのだろうか?


「……都築さん? 都築さん、聞こえますか?」

「うん? ああ、聞こえているよ」

「よかった。意識が回復したんですね。すぐに医師を呼んできますので、お待ちください」


 たぶん看護師の人だと思うけど、俺の様子を確認するとすぐに部屋を出て行った。

 医師を呼んでくると言っていたので、たぶんその通りにするのだろう。

 ……状況確認は医師とやらが来てからでも問題なさそう。


 このまま眠りたくなる意識をなんとか保ちつつ、医師の到着を待つ。

 看護師が出て行ってから、おそらく数分で医師らしき人物がやってきた。

 ……数分だったはずなのに、とても長く感じたよ。


「本当に目覚めたようですね。いや、実によかった」

「……そいつはどうも。ところで、話しにくいし、このマスク、外してもらえる?」

「それはまだ難しいですね。……さて、都築さん。自分がどうなったか覚えていますか?」

「……それが、わからないんですよね。交通事故にでも遭いましたか?」


 病院に担ぎ込まれる事態なんてそう多くない。

 可能性として考えられるのは、車に撥ねられたとかなんだけど。


「……いえ、交通事故ではありません。ある意味、交通事故であれば単純だったのですが……」

「……それじゃあ、なんで俺は寝かされているんです?」

「本当に覚えていないようですね。わかりました、お答えします」


 医師は姿勢を正して俺のほうを見た。

 その眼差しはどこまでも真剣だ。


「都築さんは、通り魔に襲われました。身体を複数箇所刺され、いま病院で治療を受けているところです」


 ……その答えを聞いた瞬間、頭の中でなにかがカチッとはまる。


「……そうだ、俺は通り魔から雪音を守ろうとして……。雪音は! 雪音は大丈夫だったのか!」


 すべてを思い出した。

 俺は雪音とプレゼントを買いに出かけ、その途中で通り魔事件に遭遇。

 雪音が子供をかばったのを見て、とっさに通り魔と雪音の間に割り込んで刺されたんだった。

 右腕を刺されたあと、右手と右目を刺さされて、そのあと、左足も刺されたはず。

 されで、ええと……。


「落ち着いてください。雪音さんは無事です。もちろん、雪音さんがかばった子供も」

「……そうか。それなら、とりあえずいいや」


 雪音が無事だとわかって、少し落ち着いた。

 ……確か、通り魔に反撃したはずなのに、それすら意味がなかったら、本当に笑えないから。


「雪音さんの話よりも、まずは都築さんの容態ですね。まず、左足の刺し傷ですが、こちらはすでに治療を終えています。少々リハビリをすれば、すぐに元通りに歩けるでしょう。運動のような負荷が高いものは、しばらくの間、避けていただけると助かります」


 左足の傷はそこまで重症じゃなかったようだ。

 車椅子生活とかにならずにすんでよかったよ。

 だが、医師は言いにくそうに続きを話す。


「次に右腕の傷ですが……こちらは、以前からあった傷の影響もあり、完全な修復はできませんでした。どの程度のことができるかはわかりませんが、おそらく日常生活で支障が出るか出ないか、ギリギリの線でしょう」

「……具体的に、どの程度です?」

「リハビリの結果次第ですが、場合によっては、大型ペットボトル一本を持ち上げることもできないかもしれません」


 ……こっちは、かなり深刻だな。

 リハビリ次第、と言ってるけど、そこまで回復できればいい、そういう怪我のようだ。

 右腕はもともと、古傷の関係でぎこちないところがあったし、すっぱり諦めよう。


「そして、右目ですが、こちらも完全な失明になります。眼球の損傷が激しく、摘出手術をせざるを得ませんでした。……もしご希望であれば、人工眼球を移植できます」

「……それは、めんどくさそうだからパスかな。視力が回復するわけでもないんでしょう?」

「ええ、まあ。専門医に聞かなければなりませんが、完全に視力が回復するものではないという話です。眼窩に人工眼球を埋め込み、そこから見える画像を、もう一方の目に映す、という風になるらしいのですが」


 どちらにしても、大がかりになりそう。

 要するに、めんどくさい。

 表情に出ていたのだろう、医師は渋い顔をして告げる。


「右目の話については、ご家族とも相談して決めて下さい。都築さんが意識を取り戻したことは、ご家族に連絡済みです。ほかに、なにか聞きたいことはありますか?」

「……雪音はどうなってますか?」


 俺がこれだけの重症を負ったのだ。

 雪音にもなにかあったかもしれない。


「雪音さんですか……。そちらについては、ご家族に確認をしていただいけますか? 医者である私の口からは説明しにくいですので」

「……わかりました。ほかの人に聞いてみます」

「よろしくお願いします。それでは、またなにかありましたら、枕元のボタンを押して下さい。ナースコールとなっており、看護師が様子を確認に来ます」

「はい。ありがとうございました」


 説明を終えた医師が部屋から出て行った。

 扉のほうを見ようとしたが、体が思うように動かせないため、それすらままならない。

 ……起きているだけでもつらいし、もう少し眠っていることにしよう。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――



 人の気配を感じて目を覚ますと、俺の隣に遥華が座っていた。


「あ、お兄ちゃん、ようやく起きた。大丈夫? 痛いところとかない?」

「ああ、とくに問題ない。それよりも、遥華、学校は?」

「早退してきたよ。まあ、午後の授業だけだし、問題ないっしょ」

「だといいがな。……それで、お見舞いの品とかはないのか?」

「食事の許可が下りたら、なにか買ってきてあげるよ。……その調子なら、大丈夫そうだね」


 わずかにこわばっていた遥華の表情が柔らかくなる。

 ……相当心配をかけていたんだろうな。


「……ちなみに、お兄ちゃん。今日が何月何日かわかる?」

「……十二月の……二十三日じゃないのか?」

「やっぱり、今日がいつなのかは聞いてないんだね。今日は一月二十三日だよ。もう一カ月以上も眠ってたんだからね」


 ……そんなに眠っていたのか。

 それって大分まずいんじゃないのか?


「ことの大きさに、いま気がついたって感じかな、お兄ちゃん」

「そうだな。まさか、そんなに眠っていたとは」


 これって多方面に心配をかけたんじゃないのか。


「光太郎おじさんとか、かなりあせってたよ。応急処置はしたけど、それがまずかったんじゃないのかって」

「……そうか、光太郎おじさんが来てくれたのか」


 光太郎おじさんは、警察の人間だものな。

 あれだけの騒ぎになれば、駆けつけることもある、か。


「……それでね、お兄ちゃん。落ち着いて聞いてほしいんだけど」


 遥華が姿勢を正して俺と向き合う。

 いままでの少し軽めの口調に対して、かなり真剣な表情だ。


「……雪音お姉ちゃんのことなんだけどね」

「雪音がどうかしたのか?」


 遥華が、雪音のことを「雪音お姉ちゃん」と呼ぶのは非常に珍しい。

 普段は「雪姉」なのに。


「雪音お姉ちゃん、秋穂さんのことを思い出したみたい」

「な……本当か!?」

「本当だよ。わたしは詳しく知らないけど……。お母さんや陸斗さんが言ってたから、間違いないと思う」

「……まさか、俺が刺されたショックで思い出した?」

「そこまではなんとも……。ただ、記憶が戻ったせいなのか、ショック状態が続いていて、雪音お姉ちゃんも入院しているの。長時間眠っていたり、目が覚めてもぼーっとしていたり、時々パニックみたいな症状を引き起こしていたりしてるって」


 ……まさか、そこまで深刻な事態になっているなんて。

 これは、医師から教えてもらえないのもわかるな。

 俺もパニックを起こしかねないんだから。


「……それで、雪音は大丈夫なのか?」

「……わたしはわかんないよ。あまり詳しく教えてもらえないから。ただ、両親以外は面会謝絶状態だって陸斗さんが言ってた」

「そうか。教えてくれてありがとう、遥華」

「どういたしまして。……あ、面会時間、もうすぐ終わりだから今日はもう帰るね。お兄ちゃん、なにか欲しいものはある?」

「とりあえずないかな。苦労をかけるな」

「家事をひとりで回さなきゃいけないって大変だよ。……それじゃね、お兄ちゃん」


 遥華が帰った後、静かになった病室。

 そこでひとり物思いにふける。


「……もっとうまく対処できていれば、よかったのにな」


 過ぎてしまったこととはいえ、もし、俺が刺されずに対処できていたら、雪音の症状も変わっていただろう。

 ……やっぱり、もっと強くなっておけば、違ったのかな。



**********



363話終了

次話の更新は18時頃を予定

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