355.オープンクラスへの参戦
「ねえねえ、お兄ちゃん。今週末は暇だよね?」
「なんだ、藪から棒に」
雪音の家族も含め、ちょっと豪華な食事をとり、帰ってきたところ妹様が話しかけてきた。
なお、その手の中にはお高めのカップアイスが握られている。
さっきの食事でシャーベットも食べてきただろうに。
「まあ、予定はあまり入ってないが、どうかしたのか?」
「お兄ちゃんもオープンクラスに出よう。そうしよう」
「……本当に、藪から棒だな」
さっきまで、マイスタークラスが行われていた武闘大会。
結果だけ確認したけど、鉄鬼は意外にも二位。
イリスはかなり健闘して、三位だったみたいだ。
「イリスちゃんも頑張ったんだしさ、お兄ちゃんも頑張ってみようよ」
「嫌だよ、めんどくさい」
「えー。お兄ちゃん、マスターガンナーになったんでしょ? それなら十分に戦えるって」
「職業が上がっただけで戦える程、甘くはないだろ」
マスターガンナーは超級職ルート。
つまり、ガンナー関係だけでいえばかなり上位の職業になる。
もちろん、特化型には補正で敵わないが、総合力では上、そんな立ち位置だ。
「せっかくだし、挑戦してみようよー。本戦まで進めれば、それなりの賞品がもらえるしー」
遥華はアイスをぱくつきながら、Webページの画面を突きつけてくる。
そこに書いてある景品は、確かにそれなりではあった。
「本戦に出場しただけでブロンズスキルチケットか。……でも、俺らのレベルでブロンズスキルチケットって使うか?」
「そこはほら、スキルチケット使うとSPと交換もできるようになってるから」
「そんな機能追加されたんだな」
「うん、そうみたい」
SP交換した場合、10ポイント加算になるらしい。
ただ、そこまでしてSP加算しないといけないほど困ってないのも事実だし。
「……うん、めんどくささが上だな」
「そんなー」
「第一、そこまでする理由はなんだ?」
「お兄ちゃんにリベンジマッチを挑みたい」
そういえば春の武闘大会ではエキシビションで戦ったんだったか。
「そんなの、エキシビションでまた戦えるだろ。それで我慢しておけ」
「本戦で戦いたいの!」
……我が儘だなぁ。
でも、オープンクラスに出場する意味が……。
「そうそう。これ以外にも参加賞はあるんだよ」
「ふーん」
「反応薄い!」
「どんな参加賞なんだ?」
「素材セット!」
ほほう。
遥華から見せられた素材セットの内容は、なかなか興味を引くものだった。
「どうよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんが本戦まで勝ち残ったら、わたしの分も譲ってあげよう!」
「……言質は取ったぞ」
「おお、やる気になった!」
正直、高レベル高品質の素材はなかなか手に入らないからな。
高品質素材を使いたい場合、いろいろと手を加えて品質を上げてるのが現状だ。
それが、本戦に残るだけで手に入るなら、とても美味しい案件だ。
「それじゃあ、参加申し込みしておいてね。期限は明後日までだから!」
「わかった。明日ログインしたら申し込んでおくよ」
「今日じゃないの?」
「……今日ログインしたら、マイスターのエキシビションに引き込まれそうなんだよ」
「ああ……。鉄鬼さん、戦いたいだろうからね」
あと、単純にもう寝たいというのもある。
「それじゃあ、俺はもう寝るぞ」
「はーい。わたしはもうひとつアイス食べよっと」
「……お腹、壊すなよ?」
「だいじょうぶだいじょうぶ。おやすみー」
ウキウキしながら冷蔵庫を探る遥華を置き去りに、俺は自室に戻る。
……マイスターの試合内容も見たいけど、その辺は明日以降だな。
―――――――――――――――――――――――――――――――
「うーむ、意外と依頼が残ってしまってるな……」
月曜日、家に帰ってからログインして、依頼の状況を確認する。
すでに受けている依頼だけでも10件ほどたまっていた。
なお、すべて期限は木曜日、つまりは全員オープンクラス参加者だろう。
「……しかし、次元弐はわかるが、ロックンロールも参加するのか?」
どうにも、あのクランはそういうのに縁がないように思えてしまう。
ロックンロールのほかに、びふーとかターフの名前もあるから、何人か参加するようだけど。
「……まあ、いいか。支払いをキッチリしてもらえるなら、どう使うかは相手次第だし」
納品後のことは考えても仕方がない。
いまの素材在庫で作れる案件を終わらせて、このあとの予定を立てる。
「まずは晩ご飯を食べて、そのあと少し稽古をするか……」
最近はリアルでも稽古をサボり気味なので、鈍っている気がしてならない。
今回は当然、対人戦なわけで、動きの鈍さは負けに直結する。
夜は道場で稽古をすることにしよう。
―――――――――――――――――――――――――――――――
「はっ、せいっ」
「まだまだだよっ!」
夜時間、ログインしてオープンクラスの参加申し込みを終わらせたあと、ジパンの屋敷に到着するとユキが待ち構えていた。
どこからか俺が稽古をすることを聞きつけて、相手になってくれるつもりらしい。
……おそらく情報源は、留守番を頼んでおいたオッドだろう。
俺は間合いによって銃と刀を頻繁に切り替え攻撃している。
それに対して、ユキは薙刀のみでの戦闘だ。
ただ、銃が有効な距離までは離れられないので、ほとんど刀での対戦なのだが。
お互いに剣戟を弾き合う澄んだ音が鳴り響く中、道場の入口が開けられた。
入ってきたのはシリウスとイリスだった。
「……あれ、イリスちゃん。遊びに来たの?」
「うん? イリスか。どうかしたのか?」
稽古を一時中断してイリスの話を聞いてみる。
理由もなく、ジパンまでやってこないだろうし。
「こんばんはー、ふたりとも。ポーションの返却に来たよー」
「……ああ、別に全部もらってくれてもよかったんだけどな」
「持っていても、使い道がないからねー」
「そうか。なら、受け取るとしよう」
イリスにポーションを返してもらったけど、思ったより量がある。
俺だったら全部使い切る程度の量を渡したつもりなんだけど。
「……思ったよりも減ってないな。使う機会がなかったのか?」
「うーん、使うタイミングがよくわからないんだよねー」
イリスは困った顔で告げてくるが、確かに普段から使い慣れてないとそんなものか。
「それもそうか。そうそう、三位入賞、おめでとう」
「おめでとう、イリスちゃん」
「ありがとー。ところで、なんで急に稽古を始めたの?」
「……ああ。実はオープンクラスに出場することになってな」
一瞬、驚いた顔を浮かべるイリス。
まあ、マイスターですら出たがらないのに、上位のオープンなんて参加しないだろう、普通は。
「何かあったの、トワ?」
「うーん、参加賞の素材がほしかった」
「素材? ……なるほど、これは確かにほしいかも」
「……あ、本当だ。レベル60クラスのボス素材で高品質なのは珍しいね」
ユキも参加賞の内容を確認して、声を上げる。
高レベルボスの素材って、激戦になるせいで品質は低いことが多いから。
「これなら私も参加してみようかな。予選だけ突破出来れば、素材はもらえるみたいだし」
「だねー。ボクもオープンクラスに参加してればよかったなー」
「マイスターの賞品はどうだったんだ?」
「そっちは素材がなかったんだよね。スキルチケットはもらえたけどー」
なるほど。
賞品まで詳しく見てなかったのはイリスも一緒か。
「それじゃあ、イリスちゃん。私の素材、分けてあげるね」
「ありがとー、ユキちゃん」
あちらは素材の分配が決まったらしい。
俺も木材系はイリスにプレゼントしよう。
「このあとも稽古、続けるのー?」
「そうだな。ユキが付き合ってくれるなら、まだ続けたいかな」
「私も参加するから、いくらでも付き合うよ! あ、でも、先に柚月さんたちにメールを送って、装備の更新をお願いするね」
「わかった。それじゃあ、一度休憩だな」
俺の装備は……更新できないか。
現状、防具は最上位クラスの素材でできてるし、武器は強化しようもない。
あと鍛えることができるのは、自分の勝負勘だけか。
「お待たせ。それじゃあ、再開しよう」
「わかった。イリスはどうする?」
「邪魔じゃなかったら、少し見学して行きたいなー」
「了解。道場の端まで行けば流れ弾も当たらないし、ゆっくりしていってくれ」
「はーい。頑張ってねー」
というわけで、ギャラリーは増えたが、今日はこのまま稽古で一日潰すことに。
……さてさて、オープンクラスでどこまで通用するかねぇ。
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