350.マイスタークラス決勝トーナメント準決勝開始前

「うーむ。いけると思ったが、かなわなかったか」


 決着がついたことで、対戦相手の人も行動不能から回復したみたい。

 えっと、名前は……バーレルさんだったよね。


「今回はボクが勝てたけど、結構ぎりぎりだったよー」

「そうか? まだ、手札を残しているように思えるが……」

「見せてない手段は残っているけど、体力的には厳しかったかなー」


 確かに手札はまだ残っているけど、これ以上攻撃されたら負けていたかもしれない。

 トワ狐獣人ほどじゃないけど、ボクハーフリングも耐久力は低いから。


「……まあ、もう勝負はついているし、もしもの場合を議論しても仕方がないか。ともかく、おめでとう。次はあの【城塞】だが、勝つ見込みはあるのか?」

「……うーん。鉄鬼相手に勝てたこと、ないんだよねー。全力全開で挑むけど」

「わかった。勝利を祈っているよ」


 バーレルさんが手を差し出してきたので、軽く握手する。

 握手が終わったら、先にあちらが舞台から立ち去ったので、ボクも戻ることに。

 ……さて、本当にどうやって鉄鬼と戦おうかな。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――



「おかえりー。イリス、カッコよかったよー!」

「ありがとー、曼珠沙華」

「そうね。かなり危なかったけど、勝ててよかったわ」

「じゃのう。……もっとも、次の試合のことを考えると、厳しいのじゃが」


 観戦スペースに戻ったら皆が出迎えてくれたけど、やっぱり鉄鬼戦の話が出てしまう。

 もう対戦カードは決まってるし、避けられないんだけど……。


「鉄鬼さん、強いですからね。イリスちゃん、がんばってくださいね」

「うん、ユキちゃん。……そういえば、トワは?」


 試合開始前は確かにいたはずなのに、姿がみえない。

 たぶん、ユキちゃんなら知ってるはず。


「えっと。試合結果が出たらすぐにクランホームに戻っていったよ。なにか作りに行くって言ってたけど……」

「そうなんだね。トワ、そんなに急ぎの仕事が入ったのかな」

「詳しく聞いてないから、なんともいえないかな。ゴメンね、イリスちゃん」


 ユキちゃんが申し訳なさそうに謝ってくるけど、トワがいろいろやってるのはいつものこと。

 簡単な内容だけでも教えていけばいいのにね。


「ああ、この場にいない繋がりだけど、おじさんは今日ログインできないって連絡が来たわ。イリス宛てに『頑張ってくれ』ってメッセージ付きでね」

「そっかー。おじさんも忙しいのかなー?」

「どうなのかしらね。『ライブラリ』の中では唯一の社会人なわけだけど、プライベートなところは謎だし」

「そうじゃのう。リアルの話は、ジュエリーデザイナーをやっていることしか知らんのう」


 皆、学生だから社会人の忙しさってわからない。

 お仕事で忙殺されていなければいいんだけど。


「あれ、柚月やドワンもなんだ。てっきり、なにか新しい話を聞いてると思ったんだけど」


 曼珠沙華が不思議そうに聞いてくるけど、ボクはとくに知らないなぁ。


「……おじさんも、なにげにリアル事情を話してくれないのよね。他人のリアルには、あまり踏み込まないのがルールだけどね」

「そうじゃの。……β時代は、トワもあまり話さなかったのう」

「そうなんですね。トワくん、あまり他人に深入りされるのを嫌うから……」

「じゃのう。あやつはいろいろ抱え込むタイプじゃな」

「……ですよね。リアルでもそんな感じなので、ちょっと心配です」


 おじさんの話から、トワの話へと移行する。

 柚月やドワン、それにボクから見た場合、トワって結構隠し事をするタイプだと思ってた。

 やっぱり、ユキちゃんから見ても、トワってそんな感じなんだ。

 あの性格は元からか、ユキちゃんも大変そう。


「ともかく、イリスの試合はこれでまたしばらくなしね。イリス、このあとはどうするの?」

「どうしようかな? ログアウトして休むほど疲れてないんだけど」


 第二回戦はまだまだ続くし、準決勝は午後になってからだ。

 お昼ご飯を食べるために、一度ログアウトはするけど、まだまだ時間的に早いんだよね。

 さて、どうしようかな……。


「って、うん? メール?」

「どうしたの、イリス?」

「メールが届いたけど……。差出人がトワなんだよね」

「トワっち? なんでまた、メール?」

「さぁ……? とりあえず読んでみるね」


 送られてきたメールを確認するけど、書いてあったことは至極単純で『渡したい物ができたから、取りに来てくれ』とのこと。

 ……いる場所はわかるんだから、持ってきてもいい気がするんだけど。


「なんだか、渡したい物があるらしいね。ちょっとクランホームに戻ってくる」

「あ、私も一緒に行くね」

「わかったわ。私たちは……残りの試合でも観戦してみましょうか」

「そうじゃの。残りの試合も興味があるしのう」

「私も試合を見ていこっと。またあとでね、イリスー」


 ユキちゃんはボクと一緒にホームに帰還、柚月たちは残りの試合を観戦っと。

 この先の試合相手と戦うなら決勝か三位決定戦だけど、有益な情報がないか偵察してくれるって。

 こっちのことは任せて、ボクはトワのところに行かないとね。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――



 クランホームに戻ってトワの工房まで来た。

 だけど、ノックしても返事がない。

 ユキちゃんも同行してるわけだし、許可をもらって中に入ってみる。

 ドアを開けると、中からなんだか独特のにおいがしてきた。

 工房設備には換気機能もあるのに、においがするっていうことは、作業をした直後だね。


「……ああ、来たのか。ちょうど最後のアイテムが完成したところだ。まあ、座ってくれ」


 生産用装備に身を包んだトワが椅子を勧めてくれた。

 服だけ生産装備なら談話室とかでも見かけたことがあるけど、アクセサリーまで変更しているのはあまり見たことがないかな。


「ユキちゃん、なにか聞いてる?」

「ううん。私もわからないかな」


 ひとまず椅子に座ってユキちゃんに聞いてみたけど、やっぱり知らないみたい。

 様子からして、簡単じゃないアイテムを作ってたのはわかるけど、なにを作っていたんだろう?

 トワのほうを見てみると、脇にある机の上にたくさんのポーションが並べられている。

 トワはそれをトレイに移して、ボクのところに持ってきてくれたよ。


「まずは、二回戦勝利おめでとう。……で、これはそのお祝いってやつだ」

「……お祝い?」

「ああ、次の試合では必要になるだろうからな」


 お祝いらしいたくさんのポーション。

 そのポーションのひとつを手に取ってみる。

 見た目は普通のポーションだけど、鑑定してみるとかなりヤバメのモノだった。


「トワ、これって……」

「次は【城塞】だからな。イリスの攻撃じゃ、ダメージがほとんど通らないと思って用意した」


 並べられていたのは、すべて特殊ポーション。

 それも、いまだに入手困難な代物ばかりだ。


「……これって、いつ作ったの、トワくん?」

「今朝からだな。昨日の夜に対戦相手が鉄鬼だと知って、大急ぎで素材を集めて作った」

「先に用意していてもよかったんじゃない?」

「……素材が足りなかったんだよ。教授や白狼さんにもお願いして、大至急集めたから」


 だよね。

 これだけのポーションを作るのに、常備している素材や市場に出回っている物じゃ足りないよね。


「でも、いずれ、鉄鬼さんには当たるんだから、最初から用意していてもよかったと思うよ?」

「まあ、そうなんだけど……。集めるのが大変だし、奥の手は最後まで残しておいたほうがいいかなって」

「……せめて、イリスちゃんには教えておくべきじゃないかな」

「……そこは反省してる」


 あらら、トワもユキちゃんにはかなわないみたいだね。


「トワ、このポーション、もらってもいいの?」

「ああ、構わないぞ。必要だったら全部使ってもいいし」

「代金は?」

「あまり気にしなくても大丈夫。そんな大金は動いてないから」


 トワが言う『大金』ってどれくらいなんだろうね?

 使ってもいいなら、遠慮なく貰っちゃうけど。


「ありがとー。使い切れなかった分は返すねー」

「ああ、それで構わんぞ。次の試合からは応援できないけど、頑張ってくれよ」


 トワは次の試合の時間にはもういないのかー。

 ということは、ユキちゃんもかな。


「あれ? お出かけにはまだ早いけど……」

「ああ。ちょっと俺のほうは早く出なくちゃいけなくなって。ユキは夕方からで大丈夫だぞ」

「そっか。トワくんの分も応援するね」


 やっぱり、このふたりは仲がいいね。

 ちょっとうらやましい。


「それじゃ、ボクは一旦ログアウトしてご飯を食べてくるね」

「わかった。頑張れよ、イリス」

「イリスちゃん、またあとでね」

「うん、バイバーイ」


 さて、勝ち目がまったく見えなかった鉄鬼戦だけど、少しはいけそうな気がしてきた。

 トワからのプレゼントもあるし、みっともない試合はできないね!

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