336.教授、襲来

 イリスの特訓に付き合った翌日、今日はのんびりと依頼対応だ。

 イリスは今日も特訓ということで出かけていったが、今日は一人で行ったようだ。

 他の皆はクランホームに残ってるから、一緒に行ったとすれば個人的な付き合いで誘ったのだろう。


 今週中に仕上げなくちゃいけない依頼をこなしていると、教授が訪ねてきた。

 俺に用事ということだったので、とりあえず、工房に通し話を聞いてみる。


「それじゃあ、今日は魔導書の作製依頼か」

「であるな。素材類が一式揃ったので、作製をお願いしたいのである」

「わかった。早速だがやってしまっても構わないか?」

「うむ。任せるのである」


 教授から素材一式を受け取り、手早く魔導書を作製していく。

 メインで使う一冊だけではなく、聖霊武器と融合させるものも作ることになったため、作製する数は複数だ。

 もっとも、魔導書の作製難易度はそこまで高くないので、さくさく作ってしまう。

 できあがった魔導書を、教授に渡せば作業完了だ。


「さすがに早いのであるな」

「魔導書レベルの作製ならな。素材がグレードアップして難易度が上がってるといっても、最近作ってる物に比べれば易しい部類さ」

「なるほど。ではありがたく受け取るのである。依頼料はこちらである」

「毎度どうも。それで、今日来た理由はこれだけか?」

「うむ。可能であれば、ガーゴイル・ブースターを使った感想を聞きたかったのであるが……」

「残念ながら、イリスは不在だな。柚月ならいると思うが……」

「柚月君はまだ使っていないであろうなぁ。依頼で大変そうである」

「だろうな。とりあえず、話を聞いてみるか?」

「であるな。もしかすると、使っているかも知れないのであるな」

「じゃあ、柚月を呼びに工房まで行ってみるか」

「了解である。……それでは、ユキ君、お邪魔したのであるよ」

「いえ。またきてください」

「うむ。では、さらばである」


 俺と教授は廊下に出て、柚月の工房へと向かう。

 柚月に時間をもらえるか聞いたところ、いま作ってる装備を仕上げたら休憩にする、ということなので、俺たちは談話室で柚月を待つことに。

 そこで、簡単な情報交換をしながら柚月を待つことにした。


「ふむ。曼珠沙華君もガーゴイルに興味があるのであるな」

「どうもそうらしい。もっとも、素材を集める大変さは理解してるから、そんな簡単に手を出せないことも理解してるようだけど」

「であろうな。私もこまめに素材を集めているのであるが、アダマンタイトとメテオライトはなかなか集まらないのである」

「……いまだに、最上位素材だからな、アダマンタイトは。メテオライトは一枚劣るとはいえ、十分な性能を持ってるし」

「そうなのであるよ。そろそろ、もっと上位の金属が出てもおかしくないのであるのに」

「もっと上位の金属ねぇ」

「うむ。ファンタジーの定番といえば、オリハルコンあたりであるな。いい加減、実装されててもおかしくないはずであるのに」

「入手できたって話はないのか?」

「ないのであるよ。どこかが隠している様子もないゆえに、本当に未実装、あるいは誰も行ったことのない場所に眠っているか……」

「10月のアップデートからかなり経つし、未踏破ダンジョンがあるとも思えないけど」

「であるなぁ。だからこそ、困っているのである」

「……俺たちとしては、外から持ち込まれない限り、新しい素材を使う機会はそうそうないからな」

「まあ、そうであろうな。……ともかく、そういうわけで、ガーゴイル用の素材集めは難航中である」

「ちなみに、ミスリルとかは集まったのか?」

「そちらはぼちぼちであるな。上位鉱石が集まらない以上、急いで集める必要もないのである。それに、市場には大量の出品があるので、最後に一気に集めても問題ないのであるよ」

「……まあ、そうなるか。ミスリル鉱石なら、鉱山ダンジョンでも安定して掘れるし」

「そういうことである。メテオライトやアダマンタイトが高価なのも、安定して入手できる場所がないためであるしな」

「……大変だよな、その辺も」

「大変であるぞ」

「おまたせ。……なに、二人して辛気くさい顔をしてるのよ」

「おお、柚月君。アダマンタイトやメテオライトの入手経路について話をしていたのである」

「……ああ、なるほどね。確かに、それは辛気くさくもなるわ」

「であろう。もっと手軽に入手できる場所がいい加減ほしいのである」

「……とりあえず、その話は置いておきましょう。この場で話をしても、答えが見つかるものでもないし」

「であるな。……では、柚月君。最近、戦闘はしてるのであるか?」

「逆に聞くけど、してると思う?」

「思わないのであるな」

「そういうことよ。最近は武闘大会向けに依頼が殺到してるから、クランホームから出てもいないわ」

「それはそれで、不健康そうであるな」

「ゲーム内だから大丈夫でしょ。聞きたかったことはおおよそ見当がつくけど、ガーゴイル・ブースターはまだ試せてないわ。そもそも、ガーゴイルのレベル、まだ1だし」

「……トワ君と同じレベルで使ってないのであるな」

「正確には、トワに作ってもらってから一度も狩りに出かけていない、というところかしらね」

「なるほど。それならば、仕方がないであるな」

「まあ、そういうわけだから、私からの感想はなにもないわね。逆に、イリスに聞けばいろいろ話を聞けるかも、だけど」

「ふむ。ということは、イリス君はそれなり以上に戦っているのであるな」

「そうね。それなり以上に戦ってると思うわよ」

「そうであるか。それならば、イリス君が戻るのを待つのもよさそうであるな」

「そうでしょうね。それに、イリスは落ちる時間も早いから、いまからならそこまで待たなくても帰ってくると思うわ」

「了解したのである。……ちなみに、出先のセーフティエリアでログアウトする可能性は?」

「その心配はないでしょうね。いちおう、狩りに出る前に自分宛ての依頼がきてないかチェックしてるみたいだし」

「なるほど。それならば安心であるな」

「まあね。ところで、教授。最近、面白い素材の話ってない?」

「ふむ、面白い素材であるか。柚月君が聞きたいと言うことは、布や皮素材であるな」

「そういうこと。アップデートもあったわけだし、何か変わった素材の情報をつかんでいないかと思ってね」

「そうであるなぁ……」


 そのまま、教授と柚月は情報交換を始めた。

 布・革素材は、俺には関係のない素材系列なので、聞いていてもあまり意味がないしな……

 教授の対応は柚月に任せて、市場のほうを確認してみるか。


「ただいまー。あれ、教授がいる」

「あら、お帰り、イリス。かなり早かったわね」

「ただいま、柚月。今日は昨日覚えたスキルの練習だからねー。早めに切り上げたんだよー」

「そうなの。教授がいるのは、例のガーゴイル・ブースターについて話を聞きたいそうよ」

「そうなんだー。でも、それならトワや柚月でもいいんじゃない?」

「使用してみた実感を聞きたいのであるよ。理解していると思うのであるが、トワ君はガーゴイル自体を使っていないのであるし、柚月君もいまは戦闘をするために出歩く暇がないらしいのであってなぁ」

「ああ、そうだよねー。……あれ、トワもいるんだ。やっほー」

「ああ、お帰り、イリス。今日は練習になったか?」

「うん。いい感じに慣れてきたよー。これなら武闘大会でも扱えると思うー」

「うむ? 武闘大会であるか?」

「うん。ボク、今回の武闘大会に参加することにしたからねー」

「ほう、イリス君が参加であるか。……ということは、マイスタークラスであるか?」

「そうだよー。トワが不参加らしいから、少しは勝ち上がれる可能性もあるからねー」

「ふむ、トワ君は不参加なのであるな?」

「ああ。当日にリアルのほうで予定が入っていてな」

「なるほど。それならば仕方がないであろうな。観客としては残念であるが」

「そこは諦めてくれ」

「まあ、リアルの予定があるなら、なにも言わないのであるよ」

「それで、ガーゴイル・ブースターについての話だよねー?」

「うむ。使ってみての感触はどうであるか?」

「えっと、ガーゴイルの頑丈さが目に見えて変わったねー。ボクはMNDを強化してるけど、魔法攻撃に対するダメージがかなり減ったよー。物理攻撃にも、かなり耐えられるようになったかなー」

「ふむ。ブースターの有無で、実感できるレベルの差はあるのであるな」

「うん。これで、最大HPとかが上がってくれれば、さらによかったんだけどねー」

「……ガーゴイルはタンクを任されることが多いのであろうし、それは重要なステータスであるな」

「そう言われても、そんな簡単に改良はできないと思うぞ。素材集めが大変だし、イリスに渡した改良型ガーゴイル・ブースターでも、ステータスブーストを噛ませてようやく完成したんだ。さらなる改良は、もう少しスキルレベルが上がらないとどうにもならないぞ。スキルレベルが上がっても、素材をどうにかしなくちゃいけないし」

「……やはり、ネックは素材であるか」

「アダマンタイト鉱石100個はきつい。ミスリルは何とかなるけど、アダマンタイトは難しい。あと、レベル70以上のボスモンスター素材もなにげにきつい」

「そもそも、レベル70以上のボスモンスターは、数える程度しか発見されていないのであるしな。そちらもネックになるのであるな」

「……まあ、そういうわけだ。これ以上の改良は、しばらく無理だと思っておいてくれ」

「仕方がないのであるな。試作も簡単にいかない以上、さらなる改良は難しいとだけ、覚えておくのである」

「そうしてもらえると助かる。もう少し、上位鉱石が簡単に入手できるようになればいいのだけど」

「ないものねだりをしても仕方がないのである。少なくとも、ガーゴイル・ブースターを使えば、実感できるレベルで強化できることがわかっただけでも収穫であるな」

「それはよかったよー。トワも、便利なアイテムをくれてありがとうねー」

「気にするな。俺としても、余りものだったわけだし」

「随分豪勢な余りものだけどね」

「であるな。……さて、目的の話も聞けたし、そろそろ失礼するのであるよ」

「またねー、教授ー」

「うむ、ではさらばである」


 ポータルから教授が去っていくのを見送り、この場には俺に柚月、イリスの三名だけが残った。


「……上位鉱石の簡単な入手ねぇ。ヒヒイロカネの坑道の話をすれば食いついてくるでしょうね」

「だろうな。あそこなら、アダマンタイトやメテオライトも採掘できるし、何よりヒヒイロカネが入手できるから」

「だよねー。……そろそろ、あそこの情報も解禁したほうがいいんじゃないかなー?」

「だろうな。情報公開するかどうか、白狼さんと相談してみるか」

「それがいいでしょうね。……さて、それじゃあ、私は自分の依頼対応に戻るわ」

「ああ。……ところで、教授から変わった素材の話は聞けたのか?」

「うーん。レベル70ボスの素材についての話は聞けたわね。さすがに、市場に流通することは稀みたいだけど」

「そういう素材は、個別に『白夜』経由のほうがよさそうだな」

「そうね。私のほうでも『白夜』に確認してみるわ」

「わかった。……イリスは順調か?」

「うん、順調だよー。トワにはまた今度、付き合ってもらうかもー」

「わかった。忙しくなければ、付き合うよ」

「おねがいー。それじゃあ、ボクは落ちるねー」

「ええ、お疲れ様」

「おつかれー。また明日ー」


 イリスがログアウトし、柚月も自分の工房へと戻っていった。

 ……俺も、自分の工房に戻って依頼の続きでもするか。

 明日納品の装備は作り終わってるけど、来週分を前倒ししても問題ないしな。

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