320.パンプキンな衣装

 曼珠沙華が『ライブラリ』に戻ってきた翌日、俺達は曼珠沙華によって集められていた。


「曼珠沙華、今日はなんの用だ? ハロウィンのイベントは、明日からだと思ったんだが」

「そう、明日からハロウィンイベントなんだよ! そういうわけで、全員分の衣装を渡したいと思います!」


 全員分の衣装って……


「……昨日の今日でよくできたな」

「ふふふ。私を甘く見ないでよね。ユキちゃん以外のハロウィン衣装はイメージができてたから、既に作ってあったのよ。なので、昨日、ユキちゃんに会ってイメージを固めたら一気に作り上げたってわけ!」


 ……なんなんだろうな、曼珠沙華のイベントに対する熱意は。

 既に全員分が用意されているとか、頑張りすぎじゃないかな?


「わかったよ。それで、今日は何をすればいいんだ?」

「今日は試着かな? 作ったイメージとズレがないか確認したいの。それでズレがあったらサクッと手直しする予定」

「了解。そういうことなら、付き合うしかないな」

「そうじゃのう。曼珠沙華は言い出したらきかんじゃろうしな」

「そうだねー。ボクとしては衣装が一種類増えることになるから、単純に嬉しいけどねー」

「おじさんの分もあるっていうのは嬉しいねぇ。こういうイベントは、あまり参加できなかったからね」

「ええと、もらってしまってもいいんでしょうか?」

「遠慮せずにもらっておきなさい。どうせ、受け取らなくても押し付けてくるだけだし」


 そうなんだよなぁ。

 曼珠沙華って、この手のイベントだと無理矢理にでも参加させようとするからな……

 βの時にあったイベントってなんだったか……


「……そういえば、βの時の正月イベントでもほぼ全員分の衣装を作っていたな」

「当然じゃない。お正月とか晴れ着衣装を作る絶好の機会なんだから。それを逃す手はないよ!」

「……まあ、気にしだしたら始まらないか。とりあえず、今回の衣装ももらっておくぞ」

「トワっち、諦めがよくなったね。昔は、なんだかんだと理由をつけて避けてた印象なんだけど」


 確かに、昔は参加するつもりはなかったがな……


「お前になんだかんだと押し付けられるから、諦めるようになっただけだ」

「うんうん、人生諦めるところは諦めないと息がつまっちゃうよね」

「息をつまらせてるのは自分だって自覚あるか?」

「ないよ?」


 ……まあ、こういう奴だから仕方がないか。

 諦めて今回の衣装とやらを受け取ろう。

 そして、さっさと試着を済ませて自分の作業に戻ろう。


「それで、衣装はどんな感じなんだ?」

「まあまあ、そんなに焦らないの。まずは女性陣の衣装からだよ」


 そう言って、曼珠沙華は女性陣に衣装を手渡していく。

 見る限り、全員ドレス系の服のようだな。


「ささ、とりあえず、みんな試着してみてよ。イメージに合わなかったら、さっくり手直しかけちゃうから」


 曼珠沙華に促されて、全員が受け取ったドレスを装備する。

 こういうところはゲームだけあって、さっくり衣装が切り替わるから便利だよな。

 普通にドレスを着ようと思ったら、なかなか手間がかかるらしいし。


「うん、みんな着替えてくれたみたいだね。イメージもバッチリ。さすが私」


 三人が受け取ったドレスは三者三様で、全員形が違った。

 形が違うことはわかるけど、それ以上のことはよくわからない。


「さて、ドレスの試着はできたわけだけど。解説いる?」

「……そうだな、さすがにドレスの種類なんてわからないから頼む」

「そうじゃの。全員、シルエットが違うのはわかるが、それぞれなんという名前なのかはわからんのう」

「おじさんもそこまで詳しくないからねぇ。解説をお願いしたいところだね」


 さすがに男性陣は、ドレスの種類はわからないようだ。

 もっとも、柚月以外の二人もドレスの種類まではわかってないみたいだけど。


「オッケー、じゃあ解説してあげよう。まずは柚月から。柚月のドレスはシンプルなフィットアンドフレアーラインだよ。柚月のスタイルはバツグンだから、シンプルなドレスでまとめてみました」


 確かに、三人の中ではもっともシンプルなドレスだな。

 色は濃いめのオレンジで、装飾も少なめ、でも、それが似合っている感じかな。


「まあ、自分で作るとしてもシンプルなドレスを選ぶからね。あまり抵抗がないデザインでよかったわ」

「柚月はゴテゴテしたのが苦手だからね。その辺は、それなり以上に長い付き合いなんだから熟知してるよ」

「ええ、ありがとう。それじゃあ、二人の解説もお願いするわ」


 柚月のドレスは、本当にシンプルなデザインだったな。

 残りの二人は、レースとかで飾り付けられてるけど。


「じゃあ、次はイリスのドレスね。イリスのドレスは、バルーンシルエットだよ。スカートを短めにして、イリスの活発なイメージに合うように工夫してみました」


 イリスのドレスはバルーンシルエットというらしい。

 短めスカートが膨らんでいて、イリスの活発な感じがよく出ていると思う。

 若草色の色合いもよくマッチしているな。


「普段はこういうドレスって着る機会がないから、自分でも新鮮だよー。ありがとね、曼珠沙華」

「どういたしまして。やっぱりイリスは、こういう可愛らしい衣装が似合うよね」


 イリスとしても満足らしいし、曼珠沙華も満足している。

 お互いに満足しているなら、口を挟む必要もないだろう。


「最後はユキちゃんのドレスだね。ユキちゃんのドレスは、フィッシュテール、スカートの後ろ側が長めになってるドレスだよ。ユキちゃんは控えめな印象だったので、女性らしさをアピールするデザインにしてみました」


 ユキが着ているスカートの長さが前後で違うドレスは、フィッシュテールというらしい。

 確かに、ユキの印象は控えめなところがあるから、こういう衣装を着るとがらりと変わるな。

 柚月より明るめのオレンジなところも彩りを添えている。

 ……普段は基本的に改造巫女装束だけど。


「うーん、私もフィッシュテールスカートは着たことがないですね。……トワくん、似合ってるかな?」

「ああ、特に違和感もないし、よく似合ってるぞ」

「うん、それならよかった」


 ユキもこういう衣装は着たことがなかったらしいので、自信がなかったようだな。

 レースなどの装飾も含めて、ユキを可愛らしく演出している。

 この辺のセンスの良さは、さすが曼珠沙華といったところか。


「うんうん。ユキちゃんはあまり接点がなかったから、他の二人に比べて自信がなかったんだよね。気に入ってくれたなら何よりだよ」

「はい、ありがとうございます、曼珠沙華さん」

「いいのいいの。私の自己満足のために作っている物だし」


 曼珠沙華の自己満足はちょくちょく暴走するからな。

 今回のように大人しく収まってくれるなら問題ないのだが。


「それじゃあ、男性陣の衣装ね。こっちはシンプルにスーツ系でまとめてみました」


 手渡された衣装は、スーツタイプの衣装だった。

 ただ、それぞれ微妙に異なるようだな。


「ささ。男性陣も早速着替えて着替えて。最終調整しちゃうから」


 曼珠沙華に促されるまま、装備を変更する。

 俺のスーツはネイビーカラーのベストつきスーツだった。

 ネクタイの色がオレンジなあたりが、パンプキンなイメージなんだろうか。


「さて、男性陣もそれぞれ異なるように作って見たけど……うん、バッチリだね」

「……ゲームの中でもスーツを着るとは思ってなかったのう」

「おじさんもだね。ビジネススーツじゃなくて、パーティ向けの華やかなスーツだけど」


 ドワンとおっさんも、ゲームでスーツを着るとは考えてなかったみたいだな。

 ……俺もスーツを着る機会があるとは思ってなかったから、同感なんだけど。


「さて、男性陣の衣装も解説しようか?」

「俺は別に聞かなくてもいいけど。……みんなはどうだ?」

「わしも必要ないかのう」

「おじさんも聞かなくて大丈夫だね」

「……せっかく用意したのに、解説させてくれない。女性陣は聞いてみたいよね?」

「私は聞かなくてもわかるから大丈夫よ」

「ボクも聞かなくて平気かなー」

「ええと、私も大丈夫です」

「女性陣まで拒絶された!?」


 曼珠沙華はかなりショックを受けてるようだな。

 ……まあ、服作りが目的でゲームをしているようなプレイヤーだし、せっかくの解説ができなければショックを受けるのも当然……なのか?


「うぅ……とりあえず、簡単な解説だけしちゃうよ。トワっちはネイビーのベストつきスーツでコーディネートしてみました。ドワンはどちらかというとビジネスカジュアル系で、ジャケットとスラックスの色を変えてみたよ。おじさんはクラシックなスーツスタイルです」

「解説ありがとう。動きにくくないし、これもいいんじゃないかな?」

「そう、動きやすさにも注意を払って作ったんだよ! 色々と工夫してるから、普段とは違う服装を楽しんでよね」


 細かいところを作り込むのは、曼珠沙華らしい気配りか。

 あと、ドレスもスーツも目立たないところに赤い花のデザインが刺繍してある。

 これも曼珠沙華の作ったデザイン共通のサインだな。


「……さて、曼珠沙華。私達のドレスは作ったようだけど、あなた自身のドレスはどうなの?」

「え、私? 私の衣装はこれだよ」


 曼珠沙華が装備を変更する。

 変更後に現れた装備は……


「なんで魔女風なんだ?」

「だって、ハロウィンじゃない。一人ぐらいは仮装的な衣装がいた方が盛り上がるよね?」

「……そういうものか?」

「まあ、曼珠沙華だものね。私の方でドレスを作ってあるからそれを着なさい」

「えー。この衣装でもいいじゃない」

「あなただけ別の格好っていうのも目立つでしょうに。いいから、大人しくこのドレスを着なさい」

「はーい。絶対、魔女衣装の方が盛り上がると思うんだけどなぁ」


 曼珠沙華が再び衣装を変更した。

 今度の装備は普通にドレススタイルだな。

 ドレスの種類はよくわからないけど、他の三人とはまた違った種類のようだ。


「曼珠沙華に作ったドレスは、エンパイアシルエットと呼ばれているドレスね。バランスの取れたデザインよ」

「それって個性がないともいうよね?」

「あなたは元が十分に個性的だからいいのよ」


 柚月が作ったドレスは、エンパイアシルエットというらしい。

 色合いは柚月とユキの中間くらいの明るさのオレンジで、他の三人と一緒でも悪目立ちしない。

 こういった場面でネタに走るのは曼珠沙華の特徴だから、柚月が先手を打っていたようだな。


「……ちょっと予定と違ったけど、これで衣装のお披露目は完了だね。……この後は女性陣のアクセサリーをあわせたいと思います。というわけで、女性陣は私の工房に一緒に来てね。男性陣は適当に解散という事で」

「了解だ。あまり遊ぶなよ?」

「……そっちは私が監視しておくから大丈夫よ。それじゃあ、曼珠沙華の工房に行きましょう」


 曼珠沙華が暴走しないように、柚月がストッパーになってくれるらしい。

 柚月が監視しているのなら、そこまでゴテゴテした装飾とかにはならないだろう。


「……さて、わしらはどうしたものかのう」


 女性陣四名が移動したため、談話室には男性陣だけが残された状態だ。


「曼珠沙華が言っていたとおり、適当に解散でいいんじゃないかな」

「そうだねぇ。おじさんとしても、これ以上装飾したとしてもゴテゴテしたイメージになりそうだから、お薦めしないねぇ」

「そうか。それでは解散じゃの」


 こうして、男性陣はそれぞれの衣装を持って解散となった。

 ユキがどんなアクセサリーをつけてくるかはわからないけど、柚月もいることだし大丈夫だろう。

 あとは、イベント当日、明日と明後日がどうなるかだな。

 工房に戻ってしばらく作業をしていると、ユキが帰ってきた。

 さすがにコーディネートを聞き出すような野暮な真似はしないよ。

 明日のイベントでのお披露目を楽しみにしていよう。

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