319.曼珠沙華、合流

 次元弐や鉄鬼とショットガンの実戦テストを終えた翌日、土曜日は特に何もなかった。

 正確には、昼間に時間が空いたらログインして消耗品を作り、夜は毎週行っている『妖精郷の封印鬼』を攻略する。

 そして、余った時間は店舗販売用の消耗品や銃の製造に充てるといったところだ。

 そういう訳で、特別変わった事のなかった土曜日を終え、翌日曜日、それはやってきた。


「はーい、曼珠沙華、ただいま帰還しました!」

「帰還というより出戻りな」

「トワっち、細かいことは気にしないの! ともかく、今日から『ライブラリ』復帰だからよろしくー」

「……相変わらず、テンション高めだな」

「そう? いつも通りだと思うんだけど」

「十分テンションが高いよ。……まあ、帰還お疲れさん」

「ありがとう、トワっち。それで、柚月やドワン、イリスにおじさんは昔の仲間だから説明しなくてもいいだろうけど、トワっちの彼女さんは一昨日少し挨拶しただけだもんね。ちゃんと自己紹介しなくちゃ。私は曼珠沙華、専門はコスプレ系の裁縫だよ、よろしくね」

「はい、よろしくお願いします。私はユキ、知っているかも知れませんが、料理を担当しています」

「うん、柚月から聞いたよー。昔の『ライブラリ』にも料理人はいなかったから、これで死角無しだね」


 確かに、これで主要な生産スキル保持者は揃った訳だけど、それって死角無しというのか?


「まあ、死角無しというか、主要生産分野が全て揃った事になるわね」

「βの頃はトワっちが料理作ってたものねー。あれはあれでおいしかったけど。もう料理はしてないの?」

「スキルの関係で【料理】スキルは持っているが、料理を作る事はないな。全部ユキに任せてるよ」

「そうなんだ。ユキちゃんの料理については、何回か『ライブラリここ』を訪れた時に見せてもらってるけど、やっぱり最高品質の料理って違うものだね。普段満腹度回復で食べてる料理とは段違いにおいしかったよ」

「それはありがとうございます」

「んー、なんか固いなあ。もっと気軽に接してくれてもいいんだよ? 多分、年齢も大差ないだろうし」

「えっと、慣れたらそうしますね」

「うーん、慣れかー。それなら仕方がない、のかなぁ? まあ、よろしくね」


 ユキは慣れない相手には態度が堅い。

 それは、元からのところだから仕方がないんだけど。

 曼珠沙華は最初からオープンなヤツだしなぁ……


「自己紹介はこの辺でいいかしら」

「そうだな。ひとまず、曼珠沙華がどう動くかだが……」

「んー、最初の一週間くらいはハウジングメインでいきたいから、商品作ったりしなくてもいい?」

「いや、それは一向に構わないけど……」

「ありがとー。やっぱりハウジングって、こだわりたいものじゃん? お気に入りの家具とかどこに並べるか、色々試しているだけであっという間に寝る時間になっちゃうからねー」


 相変わらず、ハウジング熱は冷めてないらしいな。

 クランホームを曼珠沙華に任せると、装飾過多になるからあまり任せないけど。


「……俺は、そこまでこだわりがないんだが?」

「そうなの? ジパンで大きなお屋敷を買ったとか聞いてるけど」

「ああ、ジパンの屋敷な。確かに買ってるけど……あまり内装はいじってないぞ?」

「えー、掲示板とかでスクショとかみたことあるけど、あんな立派なお屋敷を改造しないなんてもったいない」

「そう言われてもな。俺にとっては、ログインするときのログインポイント兼休憩場所みたいな扱いだし……」

「あれだけ立派な休憩場所なんてもったいないよ! 費用は私持ちで構わないから、内装をいじらせて!」

「……お前にいじらせると、色々物が多くなるから遠慮する」


 曼珠沙華が内装をいじると、別空間になる気がするから却下だ。


「えー。ユキちゃんからも何か言ってよー」

「えっと、基本的には落ち着いた感じにまとまってるので、今のままの方がいいと思います」

「そうね。あの屋敷はトワとユキの共有資産扱いだものね」

「そんなー。せっかく和風のお屋敷を色々改造できるチャンスだったのに……」

「そんなにハウジングがしたいなら、自分で家を購入したらどうだ?」

「そんなのとっくに持ってるよ! 家はクランホーム以外に自宅を一カ所しか持てない仕様だから、これ以上増やせないの!」

「……それなら仕方がないんじゃないか? あるいは、今もっている家を売却して、新しい家を買うとか」

「今の内装を崩したくないのよ。それに、トワっち達が買ったような大規模住宅になると、一定以上の権限を持つ住人NPCから許可をもらわないと購入できない仕様だし」

「……相変わらずのハウジングマニアだな」

このUnlimitedゲーム Worldはハウジングの自由度も高いからね。私のようなハウジング大好きプレイヤーにはとってもいいゲームなのよ」


 まあ、需要が満たせているなら問題ないだろう。

 後は、それが周りに飛び火しなければ問題ない。


「そうか、それはいいことだ。それで、ハウジングが終わったらどうするんだ?」

「え? 普通に依頼を受けて服を作るよ?」

「いや、そうだろうけど……」

「……ああ、依頼の基準? それは、私が作りたいと思うかどうかだよ」

「……まあ、その辺は任せる。それで、本格的な活動は来週ぐらいからって事でいいのか?」

「うん、その予定。……ああ、でも、その前に一つやらなくちゃいけないことがあるんだった」


 やらなくちゃいけない事ねぇ。

 なんだか、嫌な予感がするんだが。


「何か急ぎの依頼でも入っているのか?」

「依頼じゃないけどね。『ライブラリ』のハロウィン用の衣装を仕上げなきゃと思って」

「……別に俺はいらないぞ?」

「おじさんも、あまりそういうのは得意じゃないかなぁ」

「わしも遠慮したいところじゃのう」

「拒否は認めません。という訳で、ハウジングと平行して皆のハロウィン衣装を作るよ! それとも、他に衣装を作るあてでもあるの?」


 やっぱり、何か企んでいたか。

 それにしても、なんでまたこんなにはりきっているのやら。


「随分とはりきっているけど、何か理由でもあるのか?」

「理由? 特にないよ? あえて言うなら、最近は衣装作りの機会が減って暇だから、せっかくのイベントにかこつけて衣装を作りたい」

「……それなら、適当に依頼人を見つけてきて、衣装を作ればいいんじゃないのか?」

「わかってないなぁ。せっかくのイベントなんだよ? これを機に、皆で仲良くなろうじゃない」

「……そこまでして衣装を作りたいのか?」

「腕が鈍ると嫌だしね。それに、月末、30日と31日のイベントは、ハロウィン衣装じゃないと入場出来ないエリアが存在するらしいよ」


 イベントだからって毎回積極的に参加しなくちゃいけない訳じゃなかろうに。

 相変わらず、曼珠沙華はこういうことに積極的だな。


「ハロウィン衣装専用のエリアねぇ。そういうのを調べるのは、情報系クランに任せておけばいいんじゃないか?」

「別に調べたい訳じゃないよ! せっかくのイベントエリアなんだから行ってみたいじゃない」

「そんなものか」

「そんなものよ。相変わらずトワっちは、そういうイベントに積極的な姿勢じゃないんだね」

「参加しなくても特に問題はないしなぁ」

「でも、どうせなら参加したいよね、みんな?」

「……私もどちらでもいいかしら。参加できなかったとしても、困る物じゃないだろうし」

「わしも同感じゃ。無理に参加する必要もなかろうて」

「ボクは参加してみたいかなー。せっかくのイベントだし、楽しもうよ」

「おじさんもどちらでもいいかなぁ。おじさん、いい歳だし、若い子達だけで行ってくれても構わないよ?」

「ええと、私もどちらでもいいです。イベントエリアに興味はありますけど、そこまで積極的に見て回りたい訳でもないので」


 うん、イリス以外はどちらでもいい、ってところか。

 別に着飾ってまでイベントに参加する必要はないし、そんなものだろう。


「……イリス以外は消極的だなぁ。せっかくのイベント、楽しもうよ! そういえば、これまでのイベントもこんな感じだったの? GWゴールデンウィークの武闘大会や、夏休みイベント後半戦では結構頑張ってたイメージなんだけど」

「……クランとしては、あまり積極的に参加してないかな。夏休みイベントも、前半は装備作製ばかりしてたし、後半戦は消極的だと周りにも迷惑をかけることになるから頑張ってた、程度だな。武闘大会は……勢い任せなところがあったけど」

「……そんなの、もったいないなぁ。せっかくのイベントなんだし、盛り上がっていこうよ!」

「……まあ、楽しみ方は人それぞれじゃからのう」

「他の人に迷惑をかけなければ、どちらでもいいんじゃないかしら」

「ボクは十分楽しんでるけどねー。仮装用の衣装も既に用意してあるし」

「おじさん、これでも楽しんでいるよ?」

「私も、ワイルドパンプキンのお料理で楽しんでます」


 うん、みんなもそれぞれ楽しんでいる様子だ。


「俺もそれなりに楽しんでいるつもりなんだがな」

「全員、楽しみ方が足りないよ! という訳で、全員のハロウィン衣装は私が作ります。素材として、マジカルパンプキンかワイルドパンプキンが装備の素材に含まれてれば問題ないらしいから、全員分を仕上げちゃいます」

「……わかったよ。それを着て、最終日のイベントに参加すればいいんだろう?」

「最終日だけじゃなくて30日もだからね!」

「わかったわかった。……ところで、30日って既に明後日な訳だけど、作製は間に合うのか?」

「大丈夫、既に作り始めてるから!」

「……これで、俺達が行かないって言ったらどうするつもりだったんだ?」

「無理矢理にでも連れて行くから大丈夫!」

「それって、大丈夫とは言わないと思うんだがな」

「細かいことは気にしない! それじゃあ、私は工房に篭もってハロウィン衣装の仕上げ作業にかかるから! みんな、これからまたよろしくね!」


 話したいことを話し終えた曼珠沙華は、談話室を出て行った。

 言葉通り、これから工房でハロウィン衣装の仕上げに入るのだろう。


「……柚月、工房ってもう使えるのか?」

「一通りの設備は整っているから大丈夫なはずよ。……それにしても、相変わらずの勢いだったわね」

「そうだねー。元気そうでよかったよー」

「元気すぎるのも考え物じゃて。それで、この後はどうする予定じゃったのかな?」

「まあ、曼珠沙華が加わることを確認したら解散の予定ではあったんだけどね」

「それなら、もう相談事はない感じかなぁ?」

「そうね。みんなからは何かある?」

「俺からは特にないな」

「私からもないです」

「特に連絡するような事はないのう」

「ボクもなしー」

「おじさんもないね」

「それではこれで解散としましょうか。まあ、曼珠沙華が戻ってきたとは言え、基本的には個人行動メインなのは変わらないから、その辺は臨機応変にね」

「了解。それじゃあ、解散だ」


 全体でのミーティングを終え、それぞれが自分の工房へと戻っていく。

 俺とユキも、自分達の工房へと移動した。


「なんだか勢いのある人なんだね、曼珠沙華さんって」

「なんだかんだで、イベントがあったときに先陣を切るのは曼珠沙華だったからな。これからあいつに振り回される機会が多くなるだろうけど、大丈夫か?」

「うん、大丈夫だよ。それに、特別なイベントって興味があるし、問題ないかな」

「そういうことならいいんだけど。ともかく、俺達もそれぞれやることをするとしますか」

「うん、そうだね。私もお料理頑張らないと」


 こうして、ユキは料理、俺はポーションと銃作りを行っていく。

 曼珠沙華が加入したことで、俺達のクランも賑やかになるだろうけど、加減は知ってるはずだから問題にはならないだろう。

 ……加減、忘れてないよな?

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