277.【原初魔術】のアンロック

 『原初魔術』を覚えるための修練は非常に時間がかかった。

 具体的に言えば、水曜日の夜にクエストを受けて、三段階あったクエストを全て終えたのは土曜日の夕方である。

 明らかに格下、と言うかレベル20台のザコモンスターを相手にしてこれである。

 はっきり言って、時間だけがかかって辛い修練だった。


 第一段階は『ソリッドショット』という特にクセのない遠距離スキルだった。

 1,000体という数を気にしなければ、修練はとてもやりやすかった。

 もっとも、3人がかりで数時間かかったのだが。


 第二段階は『リフレクトシールド』という、一種のカウンタースキルであった。

 スキル使用から数秒間の間、自分の周囲に攻撃を反射する結界を作るという変わり種スキルだ。

 これをパーティで500回成功させるというのが第二段階のクエストだった。

 『リフレクトシールド』の発動自体は瞬時に発動するのだが、効果時間が5~6秒しかないため、最初の頃は成功させるのに非常に手間がかかった。

 この段階のクエストを終えたのは、金曜の夜、ログアウトする時間を延長しての事だった。


 最終段階は『エナジーブレード』という、近接攻撃系スキルで1,000体討伐であった。

 『エナジーブレード』は非常に扱いやすい近接用魔法スキルだったため、俺とユキで目標数の大半を片付けてしまった。

 普段は遠距離戦しかしない柚月にとって、近接戦闘は低レベルモンスター相手でも攻撃を当てるのに一苦労だったようだ。

 なお、このスキル修練は全員の時間に余裕があった土曜日の午後に一気に終わらせた。


 野良パーティに混じって活動すれば、もう少し早くクエスト終了できたのかもしれないが、俺達はそれなり以上に顔が知れ渡っている。

 別に3人でも問題なくクエストを進めることができたのだから、問題ないだろう。


 『原初魔術研究所』に向かい、全てのクエストが終わった事をリバウトに告げ指輪を返却する。


「いや、驚いた。普通の異邦人達はこのクエストをクリアするのに1週間以上かけるというのに、もうクリアするなんて。最短記録にかなり近いんじゃないかな?」

「つまり俺達より早くクリアした異邦人もいると?」

「そうだね、三段階のクエストを2日でクリアした異邦人がいたはずだよ。まあ、早くクリアしてものんびりクリアしても差はないんだけどね」

「だろうな。それで『原初魔術』を覚えるための修練はこれで完了か?」

「ああ、これで完了だよ。これで君達も【原初魔術】を覚える事ができるようになったはずだ」


〈チェーンクエスト『原初魔術の取得Ⅲ』をクリアしました。スキル【原初魔術】が取得可能になりました〉


「さて、今までは『原初魔術』の基礎スキルを練習してもらってた訳だが、『原初魔術』にはいくつかの特徴がある」

「特徴? そんなものがあったのか?」

「修練の段階では効果が出せないから黙っていたんだよ。まず『ソリッドショット』と『エナジーブレード』だが、上級魔術を極めた属性であれば、その属性で攻撃することが可能だ。単純な『ソリッドショット』と『エナジーブレード』では無属性のままだからね」

「……つまり属性をある程度はこちらで自由に付与出来るという事かしら」

「そうなるかな。有効利用するためには、複数属性を極める必要があるけど、その汎用性は非常に高いものだと自信がある」

「まあ、そうだろうな。それなりの高倍率スキルが自由な属性で使えるんだ。汎用性は高いだろうよ」

「理解してくれてありがとう。次に『リフレクトシールド』だが、これにも属性付与が可能だ。その時は反撃ダメージに属性効果が乗る事になるね」

「それもまた便利な効果ね。……ここまで色々と便利な効果が揃っていると、何か落とし穴があるんじゃないかと思って恐いんだけど」

「落とし穴と言うほどでもないが、属性付与をすると余計にMPとSTを消費するね。弱点を突ければ一気にダメージを与える事ができるが、その分コストも高くなると言ったところか」

「なるほど、まあ、言いたいことはわかった。……それで、『原初魔術』と『精霊魔術』を同時に覚える方法に何か心当たりはないかな?」

「うーん、君達に言われてから調べてみたんだが、それらしい資料はなかった。……いや、正確には同時に覚えようとして失敗したという例が残っていたかな。かなり古い記録だったけどな」

「……つまり、最近では同時に覚えるための研究はしてないって事か」

「少なくともこの研究所で行われている形跡はないね。済まないが、私が力になれそうなのは今のところこれくらいだ。また何か進展があったら教えてほしい。研究者として興味のある内容だからね」

「わかったよ。何かわかったらリバウトにも報告しよう」

「それは助かるよ。それではこれで失礼するよ。どちらの魔術を選ぶかは君達次第だが、後悔をしないようにね」


 リバウトが部屋から立ち去り、俺達も一旦クランホームへ帰還することとなった。

 その際に、ログイン中だった教授に連絡を入れて現状の報告をしたいことを伝えたら、このままクランホームで報告会という運びになった。

 今回の一件については、かなり優先度が高いらしく、できないならできないで確証が早いところほしいらしいのだ。


「ふむ、では【精霊魔術】と【原初魔術】双方をアンロックするところまではいけたのであるな」

「そうなるな。もっとも覚えようとすると、もう一方が覚えられなくなりますがよろしいですか? ってメッセージが表示されるけどな」


 正確に言えば、【精霊魔術】を覚えようとした場合だと、『【精霊魔術】を取得しようとしています。現時点で取得した場合、【原初魔術】を取得できなくなります。よろしいですか?』なんだが。

 『現時点で』とあるあたりがなんとも言えないが、どちらにしても今の段階では両方は覚えられないらしい。


「ふむ、やはりそうであるか。一筋縄ではいかないのであるなぁ」

「と言うか教授、ここまでは既に調査済みであったんじゃないのかしら?」

「いかにも、調査済みであったのである。我々も基本的にどちらかを取得できるようになれば、すぐさまそれを取得しているのであるが、やはり、双方を同時に覚えられないかと言う考えで双方のスキルをアンロックしたものはいるのであるよ。もちろん、結果はトワ君達と一緒であるが」

「……やっぱり同時取得は出来ないんじゃないか?」

「そんなはずはないと思うのであるよ。ここの運営が完全な二者択一だけを仕込んでいるとは思えないのである。例の掲示板の件もあるのであるし、きっとどこかに隠しクエストがあるのである」

「……だといいんだけどな。問題はその隠しクエストがどこにあるかまったく見当が付かないことだけど」

「……そこが問題であるよなぁ。私もそれぞれのクエストを進めたいところではあるのであるが、同時取得の前提条件にどちらの取得フラグも立っていないとかがあれば詰んでしまうのであるからなぁ」

「まあ、その辺は俺達に任せてもらうよ。……手詰まり感は半端ないけど」

「であるよなぁ。私の方でも調べてみるが、あまり期待しないでほしいのである」

「了解、あまり期待しないで待っているよ」

「うむ、そうしてほしいのである。……ところでトワ君、今日は封印鬼の日であったよな?」

「ああ、そうだけど。久しぶりに『インデックス』も参加したいのか?」

「いや、そうではないのである。『白夜』がジパンで変わった情報を仕入れてきているらしいので、トワ君達にも聞いてくると思うのであるよ」

「変わった情報ねぇ。どんな情報なのかは聞いてないのか?」

「内容については、もう少し精度を上げてから伝えたいという話だったのである。ただ、ジパンのイベントについてはトワ君達が最前線にいるので、何か情報提供を求められると思うのであるよ」

「情報提供をするのは吝かじゃないけど、内容にもよるかな。俺達の知らない事なんて大量にあるだろうし」

「まあ、情報があったら提供するくらいの軽い気持ちでも問題ないと思うのである。……さて、それではそろそろお暇するのであるよ」

「わかったわ。こっちでも手がかりがないか調べてみるけど、そちらでも色々と調査してもらうわよ」

「わかっているのであるよ。とりあえず、スキルを取得した人間を現地にもう一度送って、何かフラグがないか探してみるのである」

「了解。俺達も今日は封印鬼の準備があるからこれ以上の時間は割けないけど、出来る限りのことは調べるとするよ」

「そうしてもらいたいのである。それでは失礼するのであるよ」


 ポータルから立ち去っていく教授を見送り、俺達は俺達だけで今後の行動方針についての打ち合わせだ。


「さて、そう言う訳で調査は続行な訳だけど、ここから先は情報無しよ。どうするの?」

「そうですね。何か足がかりになるような情報があればいいんですけど……」

「そうだな……。明日にでも『精霊魔術研究所』に顔を出してみるか。あっちの研究員だったガレウスは『原初魔術』にもかなり興味を示していたし、何か進展があったかもしれない」

「……まあ、妥当な線かしら。もっとも、その程度の事を試していないプレイヤーがいないとは思えないんだけど」

「試した上で隠してる可能性はあるだろう。情報を独占して少しでも優位に運びたいっていうのは、わからないでもないし」

「そうなるとそれが終わったら『原初魔術研究所』にも顔を出さなくちゃいけないね」

「2つの魔術を研究してるのは、その2つの研究機関なんだ。それぞれに顔を出すのは仕方がないことだろうな」

「割と気軽にクエストを引き受けちゃったけど、もう少し考えるべきだったかしらね」

「かもしれないな。とりあえず、今日のところは封印鬼戦に備えてアイテムの補充といこうか」

「そうだね。消耗品は用意しておかなきゃだものね」

「私はオーダーが入っている装備の作成をやってるわ。ここ数日スキル修練で忙しかったから、そっちまで手が回ってないのよね」

「了解。それじゃあ、また夜に」

「ええ、また夜に」


 柚月とはここで分かれて、俺とユキは工房へと向かい、消耗品の補充を行った。

 現状、封印鬼相手にそこまで消耗品を使うことはないのだが、ボス戦を早期に終了させるにはやはりハイコストスキルが必要になるため、それを回復するための回復手段や、事前バフのための料理は欠かせない。


 そう言う訳なので、日中の残り時間は消耗品の生産活動に割り当てることになった。

 今更、封印鬼相手に後れを取る事は無いだろうけど準備は大事だからね。

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