270.『精霊魔術』とは

「それでは申し訳ありませんが、こちらで今しばらくお待ちください」


 係員に案内されたのは待合室のような場所。

 いや、実際にここで待つように指示されたんだから、待合室であってるか。

 ちなみに、精霊達は消耗が激しいため一度送還してある。


「既に連絡はしてありますので、まもなく次の担当の者が来ると思います。それでは、どうぞごゆっくり」

「ええ、それじゃあ少し休ませてもらうわ」


 受付から一緒だった係員の人が部屋から退出し、俺達3人だけになる。


「トワにユキ、今回の試験、どう思った?」

「どう思ったかですか?」

「ええ、そうよ。私は水晶を攻撃するときの攻撃力よりも、精霊との仲の良さとでも言うのかしら。それを測られていたような、そんな気がするのよね」

「何でまたそんな事を?」

「さっきのテストの時、ユキの魔法と私の魔法がほとんど同じ威力だったじゃない。トワの場合は単純に力負けしてると思うけど、ユキには負けてるとは思えないのよ。それならどこで差がついたかと言えば、精霊との好感度くらいじゃ無いかなと思って」

「なるほどな。単純な攻撃力だけじゃなくて、そっちも試されていたって事か」

「確かにそうですね。魔法の攻撃力では柚月さんと同等の効果が得られるはず無いですからね」

「まあ、今のところ個人的な見解なんだけどね。その辺も機会があったら聞いてみましょう」

「そうだな。……っと、どうやら次の担当者とやらが来たようだな」


 3人で先程の事を話していると、ドアがノックされる音が響いた。

 柚月が入室を許可すると、研究者らしい人物が現れた。


「やあ、君達が今回の試験をパスした通過者かな」

「ああ、そうだが。あなたは?」

「僕? ああ、この研究所に勤めている研究員の一人だよ。まずは試験通過者に基本的な説明をしなくちゃならないからね。僕みたいな下っ端研究員がその役目を任されてるんだ」

「……そうなのね。それで、説明って何かしら?」

「そうだね。まずは君達が『精霊魔術』についてどの程度知っているかを教えてもらえるかな?」

「どの程度と言われてもね。名前くらいしか知らないわ」

「そうですね。内容についてはまったく知らないです」

「ある人物から調査を依頼されててな。調べる対象の一つが『精霊魔術』なんだけど、内容については一切教えてもらってないな」

「なるほどなるほど。となると、君達に依頼した人は余計な先入観を与えないように教えなかったのかな?」

「どうでしょうね。単純に説明漏れの可能性もありますが」

「うん、まあ、その可能性もあるね。ともあれ、理解度はわかったし早速説明に入りたいけど構わないかな?」

「ええ、構わないわよ。でも、さっき試験を受ける前は機密情報になっているような事を言っていたけど、そんな簡単に説明して大丈夫なの?」

「うん? ああ、それは『精霊魔術』を使う資格がない人間をふるい落とす際の方便だね。『精霊魔術』を使えるなら、誰にでも開示される内容だから気にしなくてもいいよ。特にここ数十年は『精霊魔術』を使える人間もかなり減っていて、失伝する恐れもあったからね。そうなる前に色々と伝承していかないといけないからね」

「……数十年のブランクがあっても失伝しないのは、さすがエルフと言ったところですか」

「そうだね。僕らの寿命から考えれば数十年なら何とか技術継承が出来る範囲かな。この状況があと20から30年続いたらまずかったけど」

「そんな中で俺達のような精霊を連れた異邦人が現れたわけですか」

「そうそう。精霊達の活動も活発になり始めてるし、これで『精霊魔術』の失伝は回避できそうだからね。念のため、少しでも多くの人に技術を伝えておきたいのさ」


 うーむ、どこまでが真実かはわからないけど、とりあえず話の内容はわかった。

 精霊の活動が活発化したことについては、確実に異邦人プレイヤーが絡んでいるだろうな。


「とりあえず状況はわかりました。それでは『精霊魔術』について教えてください」

「わかったよ。残りの2人も問題ないかな?」

「ええ、大丈夫よ」

「はい、問題ありません」

「それじゃあ、説明を始めよう。と言っても、一から十まで全てを説明するわけじゃないから安心して。最初に必要となる知識と基本となる技術を覚えてもらうだけだからさ」

「了解。それじゃあ、早速お願いできるかしら」

「承知したよ。まずは、そもそも『精霊魔術』とはなんなのかと言うところから始めようか。先に結論から言うと『精霊魔術』は『精霊の力を借りて魔力を強く引き出した魔術』なんだよね」

「それって魔力共鳴増幅とは違うのか?」

「共鳴増幅は『精霊魔術』の基礎だね。さっきの試験はそれが上手くできるかどうかを調べる物でもあったんだ」

「なるほどね。よくできてるわ」

「だろう? 『精霊魔術』は共鳴増幅をさらに進化させて増幅されただけではなく、別の魔術へと昇華させることに成功したんだ」


 つまり魔力共鳴増幅ができて初めて『精霊魔術』も使えるようになると。

 ……ん? という事は……


「すまない、質問なんだけど。魔力共鳴増幅が基礎になってるって事は、精霊の属性によって覚えられる『精霊魔術』の種類が決まるのか?」

「そうなんだよね。あくまで魔力共鳴増幅が基礎になるから、そこはどうしても避けられない問題なんだ。火の精霊だったら【炎魔術】、風の精霊だったら【嵐魔術】と言ったように決まった属性でしか覚えられないんだよね」

「……それは難しいところよね」

「まあ、そう言う理由もあって、近年では『原初魔術』を覚えに行く人が増えてるんだけどね」

「『原初魔術』についても知っているのか?」

「さわり程度にはね。何でも『精霊魔術』とは反発するから同時に覚えられないとか、『精霊魔術』のような属性の制限がないとか。まあ、その程度しか知らないんだけどね」

「そうか、わかった。説明の続きを頼む」

「わかったよ。先程から述べているとおり、『精霊魔術』は精霊の持つ魔力共鳴増幅をベースにしている魔術技法だ。だから、覚えられる魔術も精霊側の属性に縛られてしまう。その代わり、魔術としての効果はかなり高くなると自負しているよ」

「へえ、そこまで変わるのか」

「うん、そこまで変わるよ。だからこそ、『原初魔術』とは上手いこと住み分けができるといいんだけどね。なかなかそうはいかないみたいだ」

「『精霊魔術』の基礎はわかったわ。そのあとはどうなっているの?」

「そうだね。時間があれば歴史とかを教えてあげたいところだけど……さすがにそこまで時間は無いだろうから、手早く精霊魔術の使用方法だけ説明するよ。まあ、基本中の基本をお試しで覚えるだけだから、難しいことは何一つとしてないけどね」


 いきなり実践か。

 わかりやすくていいけど、大丈夫なのか?


「とりあえず皆には『精霊魔術』の基礎スキルである『エレメンタルショット』を使えるようにするよ。まあ、スキルブックとかを使うわけではなくて、この指輪を嵌めればいいだけなんだけど」


 手渡されたのは1つの指輪。

 試しに軽く魔力を流してみると、わずかに光を発していた。

 ユキと柚月も同じ事を試していたみたいだな。


「おや、ちゃんと使えるみたいだね。まずはその指輪に魔力を流すことから試してもらってるんだけど」

「そこは慣れといったところね。それで、次はどうすればいいのかしら?」

「指輪に魔力を流せたのならあとは簡単だよ。それを使ってモンスターとの実戦で感覚をつかんできてほしい。3回ほどこの手順を繰り返してもらう事になるけど、やっぱり実践に勝る学習はないからね」

「それは簡単で助かるよ。ちなみに、昔はどうやって覚えてたんだ?」

「数年がかりで勉強してようやく使えるようになってたかな。その指輪が完成してからは、講義形式による取得者はほとんどいなくなったけどね。ただ、技術として講義形式による取得も失うわけにはいかないから、講義の方も開催しているよ。興味があるなら参加してもらってもいいけど」

「……さすがにそこまでするつもりは、今のところないかな。それじゃあ、あとは指輪を使って練習することがメインだな」

「そうなるね。それじゃあ、頑張ってきてね」

「ああ、説明ありがとう」

「どういたしまして。これも僕の仕事だからね。それじゃあ、無理をしない程度に頑張って」


 研究員が部屋を退出していくと同時に、クエストを受注したことになった。


 ―――――――――――――――――――――――


 チェインクエスト『精霊魔術の取得Ⅰ』


 クエスト目標:

  『エレメンタルショット』を使用してモンスターを100体倒す 0/100

 クエスト報酬:

  次段階へのクエスト進行


 ―――――――――――――――――――――――


 ……100体倒さなきゃいけないのか、楽じゃないな。

 ユキと柚月もこのクエストが表示されているらしい。


「……この指輪で覚えられるスキルを利用してモンスターを100体倒すとか楽じゃないわね」

「おそらく単体攻撃だろうしな」

「でも、敵の強さは指定されてませんから、敵の弱いところで100体でも大丈夫なんじゃないでしょうか?」

「それでも大丈夫なことにかけるしかないわね。それじゃあ、とりあえずクランホームに戻りましょうか」

「そうだな。戻るとしよう」


 とりあえず、『精霊魔術』を覚える第一段階まで足を踏み入れた俺達は、ホームへと戻ることに。

 ホームに戻ったらこのあとどうするか考えないといけないかな。

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