239.【5日目】砂漠の巨影
イベント5日目。
個人的な予定である、夜時間のレイドアタック以外はこれまでの日々と同じような過ごし方になる。
午前中はジパンの屋敷で巻物の解読。
こちらは85%程度まで解読作業が進んでいる。
完全解読まであと一息と言ったところだ。
何か躓くことがなければ、防衛戦イベントまでには解読作業を終えられる予定だ。
午後からは、師匠のところで買ってきた薬草をポーションにする作業を行なってから、イベントサーバーへ移動する。
イベントサーバーでも大量に出品されている薬草類を買い込んで、上級ポーションを作る作業に没頭する。
上級ポーションを高品質で作ることが出来る調合士は少ないらしく、上級ポーション素材はかなり市場にだぶつく事になっている。
それらを買い込んでポーションにすることが、俺に割り当てられている作業である。
地味であるし、ひたすら同じ作業をこなすルーチンワークになってしまうが、そんな事も言ってられないわけで。
誰かがやらなきゃ回らない作業である以上は、やるしかないのである。
そんなわけで、今日もまた大量のポーションを作ってそれを在庫として抱え込む。
これら上級ポーションについては、防衛戦本番でプレイヤーに支給されることになっているため、売りに出すことはせずにため込んでいるわけだ。
夏休みイベント前半戦のラストで、レイドボス相手に回復アイテムが尽きてゾンビアタックを繰り返していた経験から、ポーションの在庫は余らせるくらいにストックすることとなったらしい。
イベントサーバーにいられる時間の限界である8時間を全てポーション作成に割り当て、通常サーバーに帰還する。
通常サーバーに戻ってきたら、今度は夜に行く予定のレイドクエストの準備である。
一応、概要は聞いているのでそれにあわせてポーション類を揃えればいいだけなのだが、いかんせん初めてのレイドクエストなので緊張してしまいそうである。
……念のために、ポーションは多めに持って行っておこう。
砂漠地帯に行く予定であるし、『砂漠の巨影』はずっと砂漠の中を転戦するらしいのでレジストヒートポーションが必要になってくる。
こちらも有効時間を考えればそこまで数は必要ではないけど、念のため多めに持ちだしてくことにする。
足りなくなるよりも多めに持っていって余らせた方が数倍マシである。
一緒に今回のレイドクエストに参加するユキとイリスも、同じように忙しなく準備している。
ユキは持っていく料理の準備、イリスは装備品の確認とそれぞれ準備に余念がない。
忙しなく準備しているのは俺も同じ訳だから、あまり人のことは言えないけどな。
準備が終わったらログアウトして夕飯である。
今日は両親が家にいるので、夕飯の支度は親任せなので楽である。
夕飯ができるまで自分の部屋で勉強をしながら待ち、夕飯の準備ができたら家族皆で夕飯となった。
「今日で夏休み終わりだけど、二人とも宿題は大丈夫でしょうね?」
「もちろん大丈夫だよ。ね、お兄ちゃん」
「ああ、大丈夫。早いうちに宿題は全部終わらせてあるからまったく問題ないよ」
「それなら構わないがな。あまりゲームばかりに熱中して勉強をおろそかにしないようにな」
「わかってるよ。そっちもちゃんとやってるから、心配しなくても大丈夫だよ」
実際、勉強は二学期の予習まで結構進んでいる。
遥華も同じような状況のはずだし、特に問題ないはずだ。
夕飯を食べ終わったら、約束の時間まで余り余裕がないので、シャワーを浴びてお風呂を済ませてしまい、ログインとなる。
ログイン時間は午後7時20分、約束の時間まで残り10分である。
待ち合わせ場所は王都の転移門広場だから、すぐにたどり着ける場所なので問題ないがあまりギリギリなのはいただけないよな。
ログインして転移門広場に向かうと、既にユキにイリス、それから白狼さんが揃っていた。
「済みません、遅くなりました」
「大丈夫だよ。僕達も数分前に揃ったところだしね」
「そーそー。それに遅刻したわけじゃないし、問題ないよ」
「随分急いで来たみたいだけど、トワくん、大丈夫だったの?」
「今日は家に両親がいたからな。夕飯を任せていたから、食べる時間が遅くなってギリギリになってしまったんだよ」
「そっか、おじさんとおばさんがいたんだ」
「……トワ君の家のご両親は普段はいないのかい?」
「ええ、週のほとんどはいませんね。帰ってきてはいるんですけど、夜遅いことがほとんどなので、夕飯はハルと一緒に二人だけで済ませるのがほとんどです」
「そうか……。いや、立ち入ったことを聞いてしまったね」
「いえ、気にしてないので。それじゃあ、そろそろ出発しましょう」
「そうだね。……ちなみに、王都東方面の転移ポータルってどこまで開放済みかな?」
「俺とユキは雷獣のところにあるポータルまでですね。力の羅針盤を手に入れる時に行ったので」
「ボクもそこまでかなー。力の羅針盤を手に入れたらそれ以降は行ってないからねー」
「……イリスも力の羅針盤を入手してたんだな」
「うん、『白夜』にお願いして助っ人をしてもらったよー」
「あれくらいならどうって事はないさ。雷獣前のポータルが開通してるならそこから行こう。あそこからなら、そんなにかからずにたどり着けるからね」
白狼さんの指示に従い、雷獣前ポータルに移動。
そこからは白狼さんの先導に従い、騎獣で南方向へと進んでいく。
雷獣がいる場所は荒野地帯だったが、南に走って行くにつれてさらに緑が少なくなり、やがて砂漠へと変わっていった。
砂漠ではそこにいるだけで地形ダメージを受けてしまうために、レジストヒートポーションを飲んで先に進む事になる。
砂漠に入ってから10分ほど、砂漠の中にたたずむ巨大な門の前に到着した、
そこには既に『白夜』の面々が揃っており、ここがレイドクエストの開始地点である事がわかる。
「ここがレイドクエスト『砂漠の巨影』の開始地点だよ。まずは転移ポータルを登録しておくといいんじゃないかな」
「そうですね。次に来ることがあるかわかりませんが、念のため登録しておきます」
ここを訪れるのが初めてである、俺達3人はポータル登録を済ませてしまう。
その間に、白狼さんはクランメンバーに対して指示を行なっていた。
「トワ君達も聞いてくれ。今日の目的は『砂漠の巨影』をクリアすることだ。ここにはレイドボスが7体存在しているが、最短ルートでクリアを目指すことになる。なので、戦闘回数は4回、約4時間の予定だ。僕達にとってはもう慣れたクエストだけど、『ライブラリ』の3人にとっては初めてのクエストだ。3人に負担をかけないように十分に注意して行動してくれ」
白狼さんはクランメンバーに指示を出し終わった後、こちらにやってきた。
「とりあえず今日の予定はさっき言った通りで、ラスボスまで最短ルートで攻めていくことになるよ。『砂漠の巨影』は途中でいわゆるザコ戦を全て回避出来るルートが確立されているからボスにだけ気をつけてもらえば問題ないよ」
「ありがとうございます。気をつける事って何かありますか?」
「気をつけることか……。そうだね、最初のボスであるヒュージサンドワームにだけは注意してほしいかな。レベル55とボスの中では一番レベルが低いけど、とにかくHPが高くて戦闘時間が長くなってしまう。それから、砂の中に潜ってから行なってくる丸飲み攻撃は即死技だから食らってしまうと無条件でリタイアだ。そこにだけ注意してもらえれば、特に問題があるボスでもないよ」
「わかりました。他のボスはどうなんですか?」
「2体目のボスはギガサンドウルフ。取り巻きとして大量のサンドウルフを連れたボスだよ。このボスではトワ君達に取り巻きの処理をお願いしていいかな? 多分、テンペストショットやテンペストアローでなら一撃だと思うから」
「はい、了解です。3体目は?」
「3体目はフレイムジャイアント。その名の通り、炎の巨人だね。こいつは特別厄介な能力を持ってるわけじゃないから、支援攻撃に徹してくれれば構わないよ」
「わかりました。それでラスボスは?」
「ラスボスは『名も無き砂漠の王』。コイツだけは特殊ギミックがあるから注意が必要かな。そちらについては、戦闘前に詳しく話させてもらうよ」
「わかりました。それで、俺達は基本的に支援攻撃で構わないですか?」
「うん、それで十分だよ。いきなり連携を取るのも難しいだろうからね。ユキさんには神楽舞でバフを維持してもらって、トワ君達は攻撃を頼むよ。バフの種類はその都度指示を出すからよろしくね。あと、足りないパーティメンバーは眷属で埋めてもらって構わないから」
「はい、わかりました。それじゃあ、これからクエスト開始ですか?」
「その前に、レイド報酬の分配について話しておこう」
「レイド報酬は全て持っていってもらっても構わないですよ?」
「そうですね。今回は私達がお邪魔させてもらっている形ですので」
「そうだねー。ボクとしてはクエスト経験値と初回クリアボーナスのBPとSPだけでも十分かなー」
「その気持ちはありがたいけど、この辺はきちっとしておかないとね。ポーションも分けてもらっていることだし。……と言っても、ここの素材を渡してもしようがない面があるし、換金アイテムを6つ渡すって事でいいかな?」
「それで十分ですよ。ここは他に特別なアイテムがでるわけでもないですよね?」
「そうだね。レイドボス装備がドロップするくらいで特に変わったアイテムが出る事は無いかな」
「それじゃあ、それで行きましょう」
「了解した。それじゃ、入ったらすぐにヒュージサンドワーム戦だから、料理バフをかけて準備しておいてくれ」
俺達のパーティもレイドチームに組み込んでから、白狼さんは第1パーティの方に戻っていった。
白狼さんの指示に従い、料理バフをかけて準備を整える。
全員の準備ができた時点で、白狼さんがレイドクエストを開始する。
すると、いきなり砂漠のど真ん中に転移させられた。
まだ動くことができないから、イベント中のようである。
少し経つと地面が震動し始め、段々と揺れが大きくなり、やがて巨大な塔のような存在が目の前に現れた。
コイツがヒュージサンドワームのようだ。
「それじゃあ、戦闘開始だ! ユキさんは、物理攻撃力・魔法攻撃力・物理防御力・移動速度上昇のバフを頼むよ!」
イベントが終了すると同時に『白夜』の面々がヒュージサンドワームに向けてかけだしていく。
ユキはその場に残って神楽舞を開始、プロキオンは念のためユキの護衛だ。
俺とイリス、それからエアリルとイリスの精霊は、白狼さん達に少し遅れてヒュージサンドワームへと近づいていく。
……目測だと30メートルくらいはあるんじゃないかな、このボス。
ヒュージサンドワームはその巨体を活かした打撃や溶解液のような物を吐きかけてくる攻撃をしてくる厄介なボスだった。
……そう、厄介なボス
なんだかんだと1時間程度の戦闘時間で危うげなく討伐されてしまったのだから。
途中、一度だけ飲み込み攻撃を受けそうになってしまったが、それ以外はライフルを使って遠距離からダメージを与えるだけの作業だった。
戦闘終了して体勢を整え直すと、すぐに次のボスに向けて移動開始となった。
次の目標はギガサンドウルフ、取り巻きを引き連れた体長5メートルほどの巨狼だそうな。
取り巻きを早めに対処しないと厄介な敵らしいが、取り巻きの処理は俺とイリスがいることでかなり楽に進むだろうという見解だった。
実際に戦闘開始してみると、取り巻きのサンドウルフたちはある程度まとまって行動していたため、テンペストショットやテンペストアローのいい的だった。
『白夜』のメンバーも一緒にサンドウルフたちを片付け終わった後、俺達は増援で来るサンドウルフの対処を任された。
最初に引き連れている取り巻きと、その後から増援でやってくるサンドウルフさえ押さえることができれば、このボス自体は大したことがないらしく、40分ほどで倒してしまった。
次、3体目はフレイムジャイアント。
こいつは火属性の魔法攻撃も行なってくることから、レジストフレイムポーションを配布しての戦闘となった。
結果、多少の魔法攻撃は無視して攻撃出来るようになった『白夜』は30分ほどでフレイムジャイアントを倒してしまった。
余談だが、『白夜』には今後、属性系のレジストポーションも卸す事になった。
「さて、後はラスボスを残すのみだけど、『ライブラリ』にはギミックの解除をお願いしたいんだよ」
ラスボスがいるらしい砂漠の遺跡前。
最後の休憩を取っていると、白狼さんからそう指示を受けた。
「ギミック解除は構いませんが、どうすればいいんですか?」
「うん、遺跡に入ってボス戦が始まったら、『ライブラリ』の皆には城壁の上に登ってもらいたい。そこに『砂漠の王の従者』という取り巻きがいるから、そいつらを倒していってもらいたいんだ」
「構わないけど、それってボクらでも大丈夫なの?」
「ああ、強さとしては一般的なレベル60のモンスター程度だからね。『ライブラリ』全員でかかれば問題ないはずだよ。ただし、こいつらは無限沸きなんだ。だから、僕達の方がボスを倒し終えるまでずっと連戦が続くわけだけど、大丈夫かな?」
「それくらいなら何とか。ただ、ユキの神楽舞は使えなくなると思いますが大丈夫ですか?」
「普段はそれ抜きで戦ってるからね。特に問題ないかな」
「わかりました。それではそう言うことで」
「うん、よろしく頼むよ」
ボス戦前の打ち合わせも終わったところで、俺達は遺跡内部へと足を進める。
そこには転移ポータルが設置されており、これを起動するとラスボス戦になるらしい。
全員の準備が整っていることを再確認して、白狼さんがポータルを起動する。
転移された先は城壁の中にある中庭と言った場所だった。
中庭には黒い外套に身を包んだスケルトンが一体たたずんでいた。
どうやらこいつがラスボスの『名も無き砂漠の王』らしい。
名も無き砂漠の王が大剣を構えると同時に、城壁の上から巨大な火の玉が降り注いだ。
おそらくこれが『砂漠の王の従者』の攻撃なんだろうな。
『白夜』が散開して名も無き砂漠の王に攻撃を仕掛けると同時に、俺達は城壁を登るための階段へと一気に駆け寄る。
俺達のパーティにも炎弾が降り注ぐが、それはプロキオンがブロックしてくれるので大きな被害にはならない。
ダメージが蓄積してきたら俺やユキが回復魔法で癒やしていくので、最短ルートを気兼ねなく駆け抜けられるのだ。
城壁を登るための階段にたどり着いたら、そこも一気に駆け上る。
駆け上った先には3体ほどのスケルトンが待ち構えていた。
こいつらが『砂漠の王の従者』らしく、右手には片手剣、左手には魔法用の長杖を持っている。
俺達が接敵して戦闘を始めると、炎弾を撃つ余裕はなくなったようで剣で応戦してくる。
それに対処しながら1体を倒すと、砂漠の王の従者は砂漠の砂のようになって消えていく。
しかし、その砂は城壁の別の場所に集まって、再度スケルトンの形となって襲いかかってくる。
どうやら、これは無限おかわり状態になるらしいな。
全部で3体しかいないし、そこまで強くもないから大丈夫だけど、それなりにはきつい戦いだ。
ここからだと白狼さん達の援護はできないし、あっちの決着がつくまでは持久戦という事で頑張ろう。
砂漠の王の従者との終わりがない戦いを繰り広げること1時間ほど、戦っていた砂漠の王の従者がいきなり砂になって崩れ去った。
城壁から下を覗くと、名も無き砂漠の王もまた崩れ去っていくところだった。
〈レイドクエスト『砂漠の巨影』の個人初クリアボーナスとしてボーナスBP10ポイント、ボーナスSP10ポイントが与えられます〉
〈レイドクエスト『砂漠の巨影』レイドチームMVPはプレイヤー『白狼』です。白狼にMVP報酬が授与されます〉
〈レイドクエスト『砂漠の巨影』レイドパーティMVPはプレイヤー『トワ』です。トワにMVP報酬が授与されます〉
〈レイドクエスト『砂漠の巨影』をクリアしました。クリアボーナス経験値が与えられます〉
〈レイドクエスト『砂漠の巨影』をクリアしました。クリア報酬をパーティ用臨時インベントリに格納しました。レイドクエスト離脱までに臨時インベントリより取り出してください。クエスト離脱までに取り出さなかった場合、対象アイテムは消滅します〉
レイドクリアのメッセージも確認したし、城壁から降りて白狼さん達の元へと向かう。
そこでレイド報酬の精算を行ない、素材や装備などのアイテムを全て『白夜』に渡す。
……レベル60以上専用装備とかもらっても誰も使わないしなぁ。
俺はMVP報酬を受け取るとともに、クエスト一覧を確認して転職クエストがクリアになっている事を確認する。
「その様子だと、無事に転職クエストはクリアになっていたようだね」
「はい、これで転職クエストもクリアできましたし、今の経験値でジョブレベルもカンストしました。これで3次職に転職可能です。ありがとうございました」
「礼にはおよばないさ。いつも助けてもらってるのはこちら側だしね。……さて、それじゃあレイドクエストを離脱しようか」
報酬の精算を終えた俺達はレイドクエストを終了させて離脱する。
スタート地点である砂漠の門の前に戻ってきた俺達は、この場で解散という事になった。
俺とユキ、イリスも解散という事でポータルからクランホームまで帰還、そこで解散となった。
俺の場合、転職クエストの完了報告をガンナーギルドでしてこなくちゃいけないんだけど、今日は疲れたし明日でいいか。
俺も今日はこれでログアウトすることにしよう。
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