229.【1日目】クラン同士の依頼

「ああ、トワくん。待っていたよ」


 生産職による打ち合わせを終えて会議室を出たところで待ち構えていたのは白狼さんだった。

 白狼さん以外にもパラパラと残っているプレイヤーの姿が見受けられる。


「白狼さん、何か用事でも?」

「ああ、生産職そちらの打ち合わせはどうなったのかと思ってね」

「後ほど重要事項はイベント掲示板の方に掲載する予定であるよ」

「……という事は、事前の計画通りに話は進んだんだね?」

「やっぱり、あのことは事前に計画されていた事ですか」

「うん、そういうことだね。今回のイベントだけど、フィールドにいる普通のモンスターでさえレベル65まで確認済みなんだ。はっきり言って、生産系プレイヤーの皆に出し惜しみをされると本番で勝てない可能性があるからね。教授達も含めて生産職の全面協力を仰ごうって話になっていたんだよ」


 今回の打ち合わせについて、全体的な流れは主催した情報系クランと戦闘系大手クランの間では決定事項だったらしい。

 その発言を聞いて、『クラフター連合』や『ノワール商会』など参加していた生産系クランの面々が軽く愚痴を漏らす。


「まあ、確かに事前に話を通してもらわなきゃ、最上位装備なんてお得意さんにしか卸さないからな」

「我々としても一般的な生産職がようやく中級の壁まで来ている状況で、高品質品を無制限に市場に流す真似は避けたかった訳ですからね」

「そうそう。イベント装備については完成品が出回ってるから躊躇なく作ってきたが、普通の生産装備となるとそうもいかねーからな」

「そちらの事情は理解していますよ。ただ、今回のイベントについてはそうも言ってられないのでご協力いただきたいという話でして」

「わかってるって。俺達としても協力は惜しまないさ。それで、あんた方は何で残ってたんだ?」

「『白夜』としては『ライブラリ』に依頼があって残ってたという事になるのかな。他のプレイヤーはそれぞれ別の目的があって残っていると思うけどね。生産職の皆で話し合ってる間、僕達戦闘系クランの間でも色々話し合っててね。今残っているのは、大手生産系クランと繋がりのない戦闘系クランの代表プレイヤーかな」

「ふうん、まあ、俺達との繋がりがないんじゃ依頼もそうそうできないしな」

「『白夜』は『ライブラリ』のお客さんか。柚月、そっちの出番だぞ」

「ええ、わかってるわ。依頼の内容は大体予想できるけど何かしら?」

「『白夜』の装備をアップグレードしてほしくてね。もちろん、素材はこちらで用意してるし手数料も支払うよ」

「『白夜』としても今の状況だと辛いという訳ね」

「そう言うことかな。あと、トワくんに用事があるって人がいるんだけど……」

「俺に用事?」

「ああ。同じサーバーになったし事前に謝罪しておきたいとか」

「謝罪ねぇ。心当たりがないんだけどな」

「まあ、そう言わずに。それから生産系クランの皆さんには、ちょっと別口で相談がある方々がいるので話を聞いてもらえませんか?」

「わかった。どんな内容かはわからないが話は聞いてみよう」

「よろしくお願いします。……トワくんに用事があるというのは彼女だよ」


 白狼さんの視線の先には、兎獣人の女性の姿があった。

 ……うーん、どこかで会ったことがあるかな?


「どうも、お久しぶりですトワさん」

「うん? ……すまないけど、会った記憶があまりないな」

「あー、それは仕方が無いかもしれませんね。どちらかというと一方的に知っている立場ですから」

「ふむ。俺の事なら、名前だけは知っているプレイヤーならそれなりにいる気がするけど」

「名前だけじゃないですよ。まずは自己紹介をさせていただきますね。兎獣人のミオンと言います。武闘大会では色々と失礼しました」

「ミオン? ……ああ、武闘大会の時、実況をやっていたプレイヤーか」

「はい、そうです。あの時は色々と情報を探るような真似をしてしまい済みませんでした」

「んー、俺としてはあまり気にしてないけどな。どうせ、運営側からの指示で色々聞き出そうとしてたんだろ?」

「ええと、まあ、おっしゃるとおりで。私も武闘大会の時は運営側に雇われてた側ですので、指示されたらあまり強くは言えなかったんですよねー」

「そんなところだろうと思ったよ。そこら辺についてはもう気にしてないから、そっちも気にしなくてもいいぞ」

「重ね重ねすみません。それでは謝罪についてはこれで終わりという事にして……できれば装備の相談に乗ってほしかったのですが」

「装備の相談ね。その辺は俺じゃなくて柚月の担当だな。あっちの話し合いに合流するか」

「わかりました。よろしくお願いします」


 俺はミオンとやらを連れて他のプレイヤー達の輪に加わる事にする。

 柚月はこちらの様子を窺っていたらしく、俺達が近づいてくると声をかけてきた。


「おかえり、トワ。そっちの話は終わったかしら」

「ああ、特に問題ない。柚月達はどうなんだ?」

「こっちはまだ協議中ね。クラン単位で装備の更新をしたいって話なんだけどねぇ」

「なるほどな。……こっちも、装備の更新の話が出たんだが、大丈夫そうか?」

「あら、あなたも装備の更新がしたいのかしら?」

「はい、できればお願いしたいところです。……私達のクランは生産系の大手との繋がりはありませんので……」

「あら、そうなの? ちなみにクラン名は?」

「……ええと、『ミオン親衛隊』です」

「……って言うことは、あなたがミオンさんね。そう言えば武闘大会で見た顔だわ」

「あはは、あの時は失礼しました。それで、私達もクラン単位で装備の更新をお願いしたいのですが……」

「クラン単位でねぇ。ちなみに何人分の装備を更新すればいいのかしら?」

「私達のクランで都市ゼロに参加しているのは6人だけです。できればその6人分だけでも作ってほしいのですが……」

「らしいわよ。追加の注文が入ったけどどうするのかしら?」

「さて、困ったな。『アビスゲート』と『ヴァルハラリーグ』だけでもそれなりの人数なのに、そこからさらに人数が増えるとなるとな……」

「そんなに面倒な依頼なのか?」

「……まあ、面倒な依頼ではあるわね」


 柚月が『面倒な依頼』って言うのは珍しいな。

 人数が多いだけなら、分担すれば何とかなりそうな気がするんだが。


 どうしたものかと思案していると、2人の青年が俺に話しかけてきた。


「君が【魔銃鬼】トワさんか。まずは自己紹介からだな。俺は『アビスゲート』クランマスターのホリゾンだ。よろしくな」

「『ヴァルハラリーグ』マスター、エインヘリアルです。お噂は聞いてますよ。ガンナーでありながら近接戦闘もこなすとか」

「『ライブラリ』マスター、トワだ。基本的に商談とかは柚月任せだから、依頼についての話はそっちにお願いするよ」

「ああ、それで他の生産系クランも含めて相談させてもらってるんだがな……」

「なかなか色よい返事がもらえないのですよね……」

「……ちなみに、どんな依頼内容なんだ?」

「1つは武器の強化ね。彼らはレイド産装備を使っているらしいんだけど、それを強化したいんですって」

「……そんな事、可能なのか?」

「ええ、できるようね。レイド産装備と対応する素材があれば、普通の装備と同じようにアップグレードできるわ。そちらに関してはどこのクランでも引き受けられるようなのだけどね……」

「つまり他の依頼に問題があると?」

「もう1つの依頼が、クランメンバー全員分の防具装備作成なのよ。それもデザインを揃えた上での作成ね」

「つまりデザイン部分が問題だと?」

「おおよそそんな感じね。デザイン案は既にできているようだから見せてもらったんだけど……」

「これが色々細かく指定されていてな。そう簡単に作る事ができないんだよ」

「時間があれば仕上げることも可能ですが、何分、その時間がありませんからね」


 俺にもそのデザイン案とやらを見せてもらったが、確かに細かい指定がされている。

 というか、このデザイン、どう見ても素人の作成じゃないんだが。


「これって誰が作成したんだ?」

「デザインのことか。それは俺達のデザイン担当が作成したやつだな」

「デザイン担当?」

「ああ、トワさんは知らないのか。俺ら『アビスゲート』と『ヴァルハラリーグ』はプロゲームチームなんだよ。今までは非公式って事で個人がプレイしていただけなんだが、このイベントからはスポンサー契約がついて正式に参加することになってな」

「そう言う訳でして、チームのユニフォームと言いますか、決まったデザインで装備を揃えると言うことになったのですが……」

「まあ、このタイミングでそんな話を持ちかけられても困るよな」

「そう言う訳だ。なんかいいアイディアはないか、『ライブラリ』の」

「いいアイディアって言われてもな。俺もデザインを細かく指定された装備なんて作った事がないからな」

「そこを何とかお願いできないか? スポンサー契約がついたから、俺達としても時間をたっぷり使えるようになった。素材集めも協力できるからさ」

「素材も問題だけど、どちらかと言えば細かいデザインが問題ですからねえ……」

「デザインを簡略化することは出来ないのかよ」

「そこは難しいところですね。我々もプロなので『目立つ』事も仕事の一つなのですよ」

「……だったら、アバター装備としてデザインだけの防具を用意して、その下に本命の装備を着込むって事にするしかないんじゃないか?」

「……やっぱりそれが一番よね。低ランク素材なら細かいデザインを作るのも簡単になるわけだし」

「そうなのか? 装備を作るときにオリジナルデザインを作るときの手間は一緒だと思ってたんだが」

「同じオリジナル装備を作るなら、上位素材を使った方がデザインしにくいよ。色々とクセがあるからな」

「そうですか。それでは今回はアバター装備だけでもお願いできませんか? もちろん、その中に着る装備についてもお願いしたいのですが」

「装備を作るのは構わねーけど、素材や依頼料はあるのかよ? いくらプロだからと言ってその辺を割引するつもりはねーぞ?」

「……ちなみに、本気装備を作ってもらうとして、1ついくらくらいになるんだ?」

「武器も防具も一部位につき素材持ち込み無しで15M前後って事にしたな。素材持ち込みありなら、その分値下げはするが」

「……おい、ヴァルハラの。お前らの資産で何とかなるか?」

「無理を言わないでください。こちらも最近までは非公式だったのですから」

「ちなみにアバター装備はいくらくらいになるんだ?」

「そっちはデザインがこってるから、1着あたり300kぐらいほしいところだね」

「ふむ、それならアバター装備の方は何とかなりますね」

「だな。そっちも足りないとなるとどうやって金策するか悩むところだったぜ」


 このプロチーム2つの依頼については5つの生産系クランで分担してアバター装備を作る事となった。

『ライブラリ』の受け持ちは『アビスゲート』の布系装備だな。

『アビスゲート』の武器についても俺達の担当だ。


 それから柚月が交渉してミオン達の装備も作る事となった。

 ミオンは一度クランに戻ってどの装備を更新するか決めてくるという事で、夜にクランホームで打ち合わせることとなった。


 それぞれの担当が決まったため、この場は解散してそれぞれの作業に取りかかることになった。

 俺達と一緒に来るという白狼さんとホリゾンを連れ、俺と柚月はクランホームへと帰還するのだった。

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