219.ツキカゲ流
ツキカゲ殿は試合開始と同時に一気に間合いを詰めてくる。
不意を打たれたわけではないが、とてもじゃないがこの状況から間合いを外すのは不可能だ。
俺は牽制として右手の木刀で軽く横なぎの一撃を放つが、上半身を軽くのけぞらすだけで躱されてしまう。
それに対し、ツキカゲ殿からは唐竹割りの強烈な一閃が放たれる。
しかしそれは右手の木刀で上手く受け流し、反撃としてこちらも左腕からの逆袈裟切りで攻撃に移る。
ツキカゲ殿は、その攻撃を軽く後ろに飛ぶことで回避すると、正眼の構えを取りこちらの動きを見極めようとしてくる。
それに対して俺は二刀を下段に構えてじりじりと間合いを詰めていく。
間合いとしては俺の方が短い。
これは単純な体格差もあるが、持っている木刀の長さもツキカゲ殿の木刀の方が長いからだ。
俺はツキカゲ殿の間合いから少し離れた位置で動きを止め、半身の構えのままツキカゲ殿と向かい合った。
「ふむ、儂の間合いを見極めてくるか。あと半歩進めば儂の間合いなのだが」
「何となくですが間合いは計れますよ。木刀の長さだってこちらの方が短いですからね」
「確かに。だが、ここからどう動く? このまま向き合っていても時間が過ぎるばかりだぞ」
「ここは俺から動かせてもらいますよ。俺の方が剣術では劣っているわけですしね!」
「よかろう。ならば受けて立つ。かかってくるがいい」
ツキカゲ殿は正眼の構えのままこちらの出方を窺っている。
確かにこのまま向かい合っていても状況が動くことはなさそうだ。
俺は覚悟を決めて一気に間合いを詰め、まずは右手で横なぎの攻撃を繰り出す。
この攻撃は先程と同じようにギリギリの距離だけ後ろに下がることで回避されてしまう。
だが、そこに右足を軸に一気に踏み込み左手で渾身の振りおろしを追撃として繰り出す。
流石にこの攻撃も予備動作が大きかったこともあり、ツキカゲ殿には木刀で受け流されてしまう。
受け流されることも予想済みだった俺は、そのまま右足で踏み込み右手で突きを放つ。
その攻撃に対してツキカゲ殿は左手側に移動することで回避し、そのまま俺の背後から袈裟切りに斬りかかってくる。
袈裟切りに対して俺は回転するように移動して回避すると、その勢いのまま左手で斬りかかった。
しかし、その攻撃も再び後ろに下がり間合いを外したツキカゲ殿に届くことはなく空を切る。
ツキカゲ殿が間合いの外に移動したことで、俺達は再びそれぞれの構えで対峙することになった。
「いやはや、なかなかの動きだ。嗜み程度と言っていたが十分に刀でも戦えるのではないか」
「異界ではそれこそ毎日稽古をしていますからね。この程度なら動けますよ」
「なるほど。ではこちらも一段階上の動きを見せるとしよう」
その言葉通り、ツキカゲ殿が一気に間合いを詰めてきて突きを繰り出してくる。
俺は体を反らして躱すが、こちらが反撃に移る前に二段目の突きが放たれた。
体勢を崩した状態からツキカゲ殿の鋭い突きを回避することは出来ない。
俺は右手の木刀で何とか二段目の突きを受ける事が出来た。
だが、ツキカゲ殿の攻撃はそれで終わらず、すぐさま三段目の突きが俺を襲う。
この攻撃はもう木刀で受ける事も出来ない状態だったため、何とか後ろに飛び下がることで直撃は避けることが出来た。
直撃は回避出来たが右腕をかすめてしまい、それだけで視界の隅に見えるHPバーが2割も減っていることが見て取れた。
「一段階あげただけでずいぶんと勢いが違いますね」
「そうかの? これでもまだまだ上があるのじゃがな」
「それはまた。出来る事ならこの上というのも見てみたいですが、さて、どうしたものか」
「ふむ。今の三段突きで直撃をしないだけでも我が門下生よりも技量が上ではあるが……」
「それはどうも。ですが、このままじゃ終わりませんよ?」
「そう来なくては面白くない。さあ、来るがよい」
ツキカゲ殿は正眼の構えから下段の構えに構え方を変えた。
こちらの動きを見極めるつもりのようだ。
果たして自分の剣術はどこまでこの
そこを確かめたくなった俺は、待ち構えてくれているツキカゲ殿に一気に突っこんでいき攻撃を重ねる。
右のなぎ払いから左の逆袈裟切り、袈裟切りの隙を埋めるように右手で軽く突きを繰り出し左手の斬り上げ。
その後も右と左の木刀を自在に使いこなし連撃を繰り出していくが、ツキカゲ殿には一切あたらない。
時に躱され、時に受け流され、ツキカゲ殿には一切の攻撃が通用しなかった。
激しく動くことでスタミナを大分消費してきたところで、体当たりするように一気に間合いを詰めて鍔迫り合いの形をとる。
だが、鍔迫り合いになるとこちらの
押される勢いのまま後ろに飛び間合いを開ける。
「よいよい。今の連続攻撃、なかなかのものだ。では次はこちらから行かせてもらおう」
ツキカゲ殿は構えを正眼の構えに戻すと再び攻撃を仕掛けてきた。
隙の少ない軽い突きから変化するなぎ払い、それを躱してもそのまま間合いを詰め逆袈裟切りから足下を切り払うような斬撃。
そこから先の攻撃は完全に俺の技量を上回る勢いの攻撃となった。
何とか躱したり受け流したりしているが、躱しきれずにかすめたり木刀で受け止めるしかない攻撃も増えてくる。
そうなるとHPはどんどん削られていくわけで、何とか隙を見つけて大きく間合いを開けた頃にはHPは3割弱となっていた。
「ほほう。今の攻撃にも耐えよるか。本当にいい人物をセイメイ殿は紹介してくれたようだ。しかし先程から気になってはいたが、なぜスキルを使わぬ? 別にスキルを使ったとしても問題は無いぞ?」
「……スキルを使う暇なんて無いでしょう。それに俺は【剣】スキルは持っていないんですよ。あるとすれば格闘系のスキルぐらいです」
「格闘、なるほど当て身か。それならばそれらを使ってもよかったのだぞ?」
「繰り返しますが、スキルを使う暇なんてありませんよ。こうして直撃を受けず何とか受け流すだけでも精一杯ですので」
「そうかそうか。状況判断も出来ると見える。これはいよいよ楽しくなってきた」
ツキカゲ殿は再び間合いを詰めてきて突きを繰り出してくる。
これがツキカゲ流の流儀とは思えないが、流石に3度目ともなれば攻撃を見極めることも出来る。
右手の木刀を使い、突きを巻き上げるようにして受け止めて弾き飛ばす。
ツキカゲ殿の体勢が大きく崩れたところを狙い、渾身の突きを放つがわずかにかすめる程度で躱されてしまう。
しかし、今の一撃はツキカゲ殿にとっても予想外の一撃だったようだ。
「……ふむ、手加減しているとは言え儂の突きを見極めて反撃に出るか。これはいよいよ本気が見たくなってきた」
「いえ、今でもかなり本気なんですが……」
「そうかそうか。だが、そこまでの腕前を持っているのだ。半端な技では失礼か。これからツキカゲ流の技を1つ見せよう。上手く受けよ」
ツキカゲ殿は正眼の構えから木刀をまるで鞘に収めた刀を持つように構えを変える。
……これは抜刀術の構えか?
「ゆくぞ、ツキカゲ流拾の刃朧十連!」
宣言と同時にツキカゲ殿の両手に魔力が集まり木刀を仄かに輝かせる。
そして一足跳びに間合いを詰めると、左手に持った木刀を一気に右手で振り抜いてきた。
その斬撃は魔力をまとっており、今までの斬撃が子供だましのように思えるほどの鋭さを持っていた。
「くっ!?」
完全に間合いに入られてる俺は防御をすることも諦め、右手の木刀をツキカゲ殿の木刀に当てるように手放して後方へと飛び下がる。
身代わりとなりツキカゲ殿の技を受ける事になった木刀は、左右から同時に何度も攻撃を受けたかのように中程から
「ほほう。木刀を身代わりに今の技を躱すか。これは想像以上だな」
「……それはどうも。正直これ以上の試合は厳しいのですが」
実際、魔力の刃と思しき攻撃は何発か俺を捉えていた。
先程の『朧十連』という技、おそらく抜刀速度の上乗せに加えて左右から同時に魔力の刃で挟み撃ちにする攻撃だろう。
「ふむ、確かにこれほどの腕前を披露してもらえれば十分か。儂もツキカゲの技を使うことになるとは思いもしなかった。試合はこれで十分だろう」
どうやら、これで試合は終わりのようだ。
HPも残り1割を切っているし、これ以上の戦いは無理である。
「どれ、今結界を解除しよう。その上で頼みじゃが、銃を使った戦闘というのもお願いできるかな?」
「わかりました。でも、こちらは模擬弾のようなものはないので注意してくださいよ」
「結界を張り直せば真剣だろうと木刀だろうと同じになる。銃も問題あるまい」
「そう言うことなら構いませんが……」
「では早速で悪いが、もう一戦お手合わせ願おうか」
「わかりました。では準備させてもらいます」
俺は左手に持っていた木刀を戻し、インベントリからハンドガンを取り出す。
本当なら弱い弾丸も用意できればよかったのだが、流石に手持ちの弾丸にはそんなものはなかった。
「……ふむ、結界も問題なく動作したようだ。それでは、二戦目。始めさせてもらうぞ!」
結界を張り直したおかげで減っていたステータスが完全回復したことを確認し、ツキカゲ殿は攻撃を仕掛けてくる。
遠距離タイプであるガンナー相手では待ちの体勢では不利という判断だろう。
牽制で何発か銃弾発射するが、全て避けるか木刀で受け止められた。
その後は近距離での銃と木刀のぶつかり合いとなり、互いに優勢をとろうとする激しい攻防となった。
だが、やはりツキカゲ殿の方が何枚も上手でありこちらは防戦一方となる。
なんどか隙を見つけてバックステップで距離をとるが、魔法を使うほどの時間を与えてはもらえず、すぐに接近戦へと戻ってしまう。
そんなやりとりを数分間続けているうちに、俺のHPはレッドゾーンに突入してそのまま押し負ける形となった。
「銃士の技は接近戦では使えないと聞いていたが、なかなか侮れないものだな。これもギルドで学んだ技か?」
「まさか。これは自前の技ですよ。ガンナーとしては普通に接近戦の間合いになったら間合いを開けないと一方的にやられます」
「なるほど、やはり異邦の技か。いい試合だった、礼を言うぞ」
「いえ、こちらこそ」
どうやらこれでツキカゲ殿との試合は終わりのようだ。
さて、この後はどんな展開が待っているのか。
「……これほどの技を修めているのだ。どうだ、ツキカゲ流の技も覚えてみる気はないか?」
「つまり、道場に入門すると言うことですか?」
「然り。異邦人というのが何かに縛られるというのを嫌うのは知っている。都合のつくときだけここに通ってもらえればよい。どうだ?」
うーん、これが噂に聞く道場入門と言うやつか。
王都で剣術道場や槍術道場があるのは知っていたけど、刀術道場というのは聞いたことがなかった。
さてどうしたものか。
……あ、システムログを見たら【剣】スキルを覚えて既にレベルマックスになってるや。
先程までの試合はそれだけきつい戦いだったと言うことだな。
そう言えばブロンズスキルチケットが残ってたよな、これで【刀】スキルって覚えられないんだろうか?
試しにブロンズスキルチケットを使ってみると取得可能スキル一覧の中に【刀】スキルがあったので覚えてしまう。
普通に覚えてもSP3なのでケチる必要があるかは疑問だが、他に使い道はなかったし覚えてしまってもいいだろう。
さて、そうなると道場への入門だが……断る理由もないな。
「自分は基本的に生産者なのでどこまで通えるかわかりませんが、それでも構わないなら入門させてください」
「そうかそうか。これは鍛えるのが楽しみな弟子が増えた。それではよろしく頼むぞ」
〈『セイメイからの依頼』をクリアしました〉
〈【ツキカゲ流刀術】を取得可能になりました。【ツキカゲ流刀術】はスキル取得後、道場で訓練することでスキルレベルが上がります〉
【ツキカゲ流刀術】ね。
……覚えるのにSP20消費か。
厳しいけど、SPを入手する当てはまだあるし覚えてしまおう。
その後はユキも手合わせすることになり、激しい試合を演じることになった。
その結果としてユキもツキカゲ流の薙刀の技を教えてもらう事となり、俺と同じように弟子入りとなった。
「まさかトワだけでなくユキも弟子入りすることになるとはな。はっきり言って意外だったぞ」
「そうか? ユキの薙刀の腕前は俺と十分に戦える程だから、俺としてはそこまで驚いてはいないんだけど」
「そうなのか。支援系の職業についているようだから戦闘は苦手と思っていたのだが……どうやら思い違いをしていたようだ」
「そんな事無いですよ。私の技は護身術の延長になるので……」
「あれだけ使えれば見事なものだ。……さて、それではそろそろお暇するとしよう。それではツキカゲ殿、失礼する」
「うむ。トワもユキも時間があるときはここに通うといい。稽古をつけてやろう」
「お手柔らかにお願いしますね。ツキカゲさん」
「それでは失礼します」
ツキカゲ流の道場を後にした俺達は、陰陽寮に戻りセイメイ殿に報告する。
セイメイ殿は道場に弟子入りするまで予測済みだったようで、「予想が当たった」と笑っていた。
そんなセイメイ殿の様子に何とも言えない気分になりながらも、俺とユキは陰陽寮からクランホームに戻り、今夜行われるレイドに向けての準備に移るのだった。
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