192.船旅 1

 船着き場にやってきた俺達は自分達が搭乗する予定の船を探す事に。

 どの船もそれぞれ特徴があり色々見て回るのも楽しそうだが……それはまた別の機会にしよう。

 船を探してたどり着いた場所は、一隻の船。

 乗船チケットと船の名前は一致してるし、間違いなくこの船だよな……


「ふむ、高速船と言うからどのような船かと思えば、マストのない船だったとはのう」

「うん、どうやってこの船を動かしてるんだろうね?」

「確かにボクも気になるねー」

「あの、そう言った話は乗船してから船内の係員の方に聞いた方がいいのでは?」

「そうだけどね。ここで色々考えるのも想像力をかき立てられるじゃない」

「まあ、その辺の話はあとだ。乗船手続きを済ませてしまおう」


 出航時間はまだ大分先だというのに、乗船手続きをしている場所にはかなりの人数が並んでいた。

 これから並ぶと、それだけでもかなりの時間を待たされそうだ。


「お客様、これから乗船手続きですか?」


 声をかけてきたのは初老の船員……と言った姿の住人だった。


「ええ、そうよ。それがどうかした?」

「失礼ですが、船室はどちらになりますかな」

「えーと、特等船室ね。それがどうかした?」

「それでしたら、乗船手続きはあちらになります。案内いたしますので、ご同行ください」


 そう言って、俺達を案内し始める初老の船員。

 乗船手続きの場所が違うというならそちらに移動するとしよう。

 初老の船員に案内されてたどり着いたのは、最初の場所からかなり離れたところにあるタラップだった。


「一等船室以上の方の乗船手続きはこちらになります」

「……よく私達が特等船室の乗船チケットを持っているとわかったわね」

「二等船室以下のチケットを購入の方には乗船開始時間のあと、すぐに乗船手続きをするように教えられますからね。乗船手続きを開始してしばらくしてから現れるお客様は基本的に一等船室以上のお客様の場合が多いのですよ」

「そうなのね。でも、私達がだましている可能性は考えられなかったのかしら?」

「その点については皆様のお召し物を見れば判断できます。冒険者向けの衣装でありながら、最高級クラスの素材で仕上げられていることが見て取れます。それだけの装備を調えられたお客様が、わざわざ狭い二等船室以下を取る必要もありませんからね」

「なるほどねぇ……私達としては空いてるなら二等船室でもよかったのだけど」

「それはあまり薦められないですね。一等船室以上と二等船室以下では移動できる範囲が違って参ります。一等船室以上ではないと入れない展望テラスや、遊戯室などもございますので、お金に余裕のある方には是非一等船室以上をお薦めしますね」

「……まあ、営業トークに乗せられてる気がしないでもないけど、今回は特等船室のチケットを買ったわけだし否やはない話ね。ともかく、案内ありがとう」

「いえいえ、これも職務の一環ですのでお気になさらず。私めは当高速船グランアローの船長を務めさせていただいております、バロアと申します。それでは皆様方がよい船旅を出来ますように」


 それだけ言い残してバロア船長はまた、混雑している乗船手続きの受付場所へと戻っていってしまった。

 案外、俺達のような特別な受付場所があることを知らない乗客をこちらに誘導することが仕事なのかも知れないな。


「とりあえず、乗船手続きを済ませてしまおうかね。おじさん、もう少ししたらログアウトしなくちゃいけないからね」

「……ああ、ごめんなさい。それじゃあ、搭乗手続きを済ませましょう」


 搭乗手続き自体はすぐに終了した。

 係員にチケットを渡せばそれで済んだからだ。

 なお、乗船手続きをしている際に『乗船手続き後は下船出来ません。よろしいですか?』という確認メッセージが表示されたが、『はい』を選択している。


 そして、俺達には特等船室の利用者の証である真鍮製の懐中時計が渡された。

 何でも、これ自体が船内での身分証になるらしく、船内では常に持ち歩くようにしてほしいとの事。

 あと、この懐中時計自体も搭乗料金に含まれているらしく、返却する必要はないそうだ。

 夢のない話だがアイテムとしてみた場合、現在時刻がわかるだけの一種のフレーバーアイテムでしかないが……航路ごとに違ったデザインなのでコレクターにはたまらないのだろう。


「こちらがお客様のお部屋となります」


 搭乗口から案内してくれた船員が1つの大きな扉の前で立ち止まる。

 どうやらこの部屋が、今回俺達が利用する事になる船室のようだ。


「お部屋の中を案内させていただきますと、リビングルームが1つ、寝室としてご利用頂ける個室が6つ、そのほか浴室も備え付けられております」

「船なのに浴室まで完備とはね。大丈夫なの?」

「はい。この船の水に関しては魔道具を用いた浄化システムを利用して可能な限り循環再利用させていただいております。なので、座礁などが起こらない限りは飲み水等の心配はございません。また、航路も暗礁などがある海域からは離れての航行になりますので問題はありません」

「なるほどね。……ところで、備え付けの保冷庫に入っている飲み物は別料金?」

「いえ、現在、船室内に用意させていただいている食べ物および飲み物についてはウェルカムサービスとなっております。ルームサービスを頼まれるのでしたら別料金となりますが、こちらについては最初の乗船料金に含まれております」

「そう、わかったわ。他に何か注意することってあるかしら?」

「そうですね……定期船と違って高速船は途中の港などを経由せずに一気に『カンモン』まで向かいます。その都合上、途中の港には寄ることは出来ませんが、そちらはご承知の上だと思います」

「流石にのう。途中の港に寄らないことぐらいは知っているわい」

「なので、これから2日間は船上での旅を行っていただくことになるわけですが……まずは、お食事についてですね。ルームサービスについては夜間の割り増し時間帯はありますが、24時間ご利用いただけます。そのほか、皆様は特等船室のご利用者ですので一等船室以上のお客様向けのレストランをご利用いただけます。こちらは利用時間帯が決まっておりますが、利用可能な時間帯であればご自由にご利用いただけます。入口の係員に先程の懐中時計をご提示いただければ入場可能となっております。レストランはビュッフェ形式となっておりますのでお好きなものをご自由におとりいただけます」

「至れり尽くせりね。ちなみにレストランの利用料は?」

「そちらにつきましても、特等船室の利用者様につきましては無料となっております。ご利用可能な時間帯はそちらのパンフレットに記載がありますのでご確認ください。ちなみにですが、今の時間帯はご利用いただけますのでお食事がまだでしたら是非ご利用なさってみてください」

「わかったわ。それで、他に注意事項などはあるかしら?」

「そうですね……部屋に備え付けの備品類、タオルなどはお持ち帰りにならないようにしてください。ただ、ウェルカムサービスとしてご用意いたしました飲み物や食べ物につきましてはお持ち帰りいただいても構いません。それから、リビングルームの奥の方に簡易キッチンがありますので簡単な料理ですとそこで可能となります」

「そう、わかったわ。ありがとう」


 確かにリビングルームの奥には簡易的なキッチンスペースが存在している。

 柚月の質問はこれで終わりのようだ。


「えっと、私からも質問いいですか?」

「はい、なんでございましょう」

「私達は眷属がいるのですが眷属達を呼び出しても大丈夫でしょうか?」

「眷属でございますか……寡聞にして存じ上げませんが、どのようなものでしょう」

「えっと、フェンリルという狼と、ケットシー、それから精霊になりますが……」

「ふむ……おそらくケットシーについては問題ないでしょう。今となっては伝説上の存在ですが、むやみやたらと人に害をなす存在としては知られていません。むしろ、幸運をもたらす存在として商人達にはありがたがられるでしょうね」

「ケットシーをありがたがるんですか?」

「ケットシーという種族が姿を見せなくなって久しいですからね。商人の間ではその姿を見ることが出来れば御利益があるという噂が広がっているんですよ」

「なるほど……精霊についてはどうですか?」

「精霊様については……おそらく止めても無駄でしょう。普段から目に見えない形でどこにでも存在していると言われておりますし……ただ、他のお客様の迷惑にならないように一言告げていただきたくは思います」

「わかりました。では、フェンリルについては?」

「私どもの把握しているフェンリルは5メートル以上の体躯を持つ巨狼と伺っておりますが……流石にそこまでのサイズとなると受け入れることは難しいかと」

「じゃあ、子犬サイズでしたらどうでしょう?」

「子犬ですか? それでしたら大丈夫だと思いますが……レストランにお連れいただくのはご遠慮願いたく思います。テイクアウトサービスも行っておりますのでそちらをご利用ください」

「わかりました。ありがとうございます」

「いえいえ、それにしても特等船室をご利用のお客様にしてはずいぶんお若いとは思っていましたが、異邦人の方でしたか。それならば納得です」

「あら、やっぱり利用者は高齢の方が多いのかしら?」

「そうですね。特等船室を利用するのは一種のステータスシンボルですので。大店の会長ですとか貴族ですとかが多いですね。……今回の船旅にはあまりご乗船なさっていないようですが」

「そんな事もあるのね」

「ジパンがあまり輸出入に関して積極的ではないというのも大きいのですが。これが別の航路となると様々な方々がご利用になります」

「そうなのね。わかったわ。説明ありがとう」

「いえ、それから皆様にお配りした懐中時計は身分証にもなっております。常に見えるように身につけておかれるのがよろしいかと存じます。それではよい船旅を」


 案内役の船員が去っていった後、俺達は今後の予定について話し合うことに。

 ……とは言っても、乗船してしまったことでやれることは大分限られてしまっているのだが。


「とりあえず、あそこに設置してあるポータルからクランホームまでは戻れるみたいね」

「そのようだな。もっとも、説明が正しければクランホームからは出られないし、この船に戻る以外の転移も出来ないらしいが」

「おじさん気になったんだけど、もし、船が到着した後に下船手続きをしないまま船が出航しちゃったらどうなるんだい?」

「それについても説明があったわ。その場合、最終目的地の転移門にログイン先が固定されてしまうから、そこから再スタートらしいわね」

「なるほど。下船が間に合わなくても大丈夫って事か。それはよかった」

「他に気になることってあるかしら?」

「俺からは特にないな」

「私もです」

「わしもないのぅ」

「ボクもー」

「それじゃあ、後は部屋割りを決めて、自由行動にしましょうか。どうも乗船中はログアウト中もアバターが残る仕様らしいし」

「わかった。それじゃあ、適当に決めていくか」


 俺達は個室になっている寝室を適当に割り振って決めてしまい、リビングルームでウェルカムドリンクを開ける事にした。

 開けたのはノンアルコールの発泡ぶどうジュースのようなもので、とてもおいしかった。

 さすがは、500万もする部屋だとつくづく感じさせる内容である。


「あー、トワ達だけで何か飲んでるー。ズルイ!」


 ポータルから飛び出してくるなり、叫んでるのはエアリルだ。

 どうやら、俺のクランホームとつながったことで自由に出入り出来るようになったらしい。


「別にお前さんを呼ばなかったわけじゃないけどな。どこに行ってるかもわからないのに、呼び出すのは悪いかと思って呼ばないでいたんだが」

「ふーん。そこは構わないけど。ここって船の中だよね? どこかに向かうの?」

「ん? 話してなかったか? これはジパンに向かう船だよ」

「へー、ジパンかー。あそこは文化そのものが違うからね。色々見て回ると楽しいと思うよ?」

「そうか。ちなみにエアリル達はジパンに詳しいのか?」

「そんな訳ないじゃん。あくまでも聞いた話だよ。実際にどんな感じになってるのかは知らないよ」

「……そうか。まあ、構わないけど。それで、これからどうするんだ。俺達は2日間ほどの船旅だが」

「んー、船旅って言うのも珍しいからね。こっちにいることにするよ。とりあえず、他の皆も呼んでくるねー」


 来たときの勢いそのままに、ポータルへと飛び込んでいくエアリル。

 お菓子やら、スモークチーズやらをつまみながら待つこと数分、エアリルはほかのメンバーの精霊達に加えてケットシー達も連れて戻ってきた。


「ずいぶんと大所帯で戻ってきたな」

「んー、問題ないんじゃない? ダメだったらポータルで弾かれるんだしさ」

「まあ、その通りだろうが……オッド達はどうしてここに?」

「エアリル様から、『たまには自分達の知らない技術に触れることも勉強だ』と言われてやってきましたニャ」

「確かになあ。これだけ大きな船に乗る機会なんて早々ありはしないだろうな」

「ボク達の里ではこんな大きな船は必要ありませんニャ。ですが、この造船技術には興味がありますニャ」


 他のケットシー達も異口同音に船への興味を示している。

 もっとも、興味を示している先が船体そのものだったり、家具だったり、色々なところに散らばっているのは個性なんだろうが。


「とりあえず、トワ。ボクは君が飲んでいるドリンクを所望するよ!」

「私も飲んでみたい」


 それぞれの主人の下に行って話し込んでいる柚月達の下級精霊とは違い、俺とユキの中級精霊は自由なものだ。

 俺とユキは小さめのグラスを見つけ、それの中に先程のジュースを注ぐ。

 あとは、それにストローを挿してやれば準備は完了だ。


「うん、ありがとう! ……うん、なかなか美味しいジュースだね」

「うん、美味しい」

「それは重畳。それで、これからどうする気だ?」

「うーん、船内の探索かな? 何か面白いものが見つかるかも知れないし」

「普段は見られないものが見られる。それはそれで面白い」

「……まあ止めはしないが、他の乗客や船員に迷惑をかけないようにな」

「わかってるって。他の一般人には見えないように透明になって見学してくるからさ。心配しないでよ」

「そこは平気。私がエアリルを監視してる」

「……まあ、シャイナがそう言うなら平気か」

「……イマイチボクが信用されてないことがわかったよ。まあ、構わないけどね。それじゃあ、シャイナ、行こう」

「うん、それじゃあ行ってくる」

「いってらっしゃい。気をつけてね」


 俺とユキに見送られて、エアリルとシャイナは部屋を出て行った。

 部屋を出る前に透明になっていたという事は、あのまま船内を探索して回るつもりなのだろう。


 さて、俺達は微妙に手持ち無沙汰になってしまったな。

 どうしてすごそうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る