193.船旅 2

「トワくん、私達も船内を見て回らない?」


 戦闘装束である巫女服から、カジュアルなワンピースに着替えたユキから提案を受ける。

 そう言えば、街着を未だに作ってもらってないな。

 ……俺の場合はそこまで戦闘装束って訳でもないし、とりあえずいいか。


「……それもいいかな。柚月達はどうする?」

「私はパス。一旦落ちる事にするわ」

「わしもそうするかの。まあ、こちらで出港の様子は見て見たいのでな。その時間には戻るつもりじゃ」

「ボクもそうしようかなー。こんな船で旅をするなんてもう滅多にないだろうからねー」

「おじさんも少し休ませてもらうよ。なんだか疲れてしまったからね」

「わかった。オッド達はどうする?」

「ボク達ももうしばらくこの部屋を観察させていただいたら、ホームに戻りますニャ。珍しい場所も見てみたいのですが、修行も大事ですニャ」

「そうか、わかった。余り無茶するなよ」

「はいですニャ。それではご主人様、またですニャ」

「ああ、またな」


 結局、俺達2人以外全員部屋にいるなりホームに戻るなりすると言うことなので、2人で船内を歩き回ってみることに。

 今、俺達がいるフロアは特等船室のみが集まっているフロアだ。

 印象としては高級ホテルの廊下と言った雰囲気だ。


 廊下を歩いて行くと一等船室のフロアに行く階段があったが、こちらは通行止めらしい。

 行こうとしても進入禁止の表示が出てその先に進む事は出来なかった。

 まあ、行けたとしても意味はないしそこはそう言うシステムだと割り切っておこう。


 次に甲板へと出る扉だが、こちらは問題なく通り抜けることが出来た。

 マストのない甲板は広々としており、ここから海と港町の様子を見て取ることが出来た。

 甲板自体は割と自由に出入りが出来るのか沢山の人の姿が見て取れる。

 と言うのも、特等船室から甲板へ出た場所は数段高い場所にあり、さながら展望デッキのようになっている。

 下の方の甲板に下りることも可能ではあるが……その必要はないだろう。


「おや、こちらにおいででしたか」


 甲板から街の様子を眺めていると遠くの方から声をかけられた。


「確か、バロア船長でしたっけ?」

「はい、バロアです。名前を覚えていただけているとは恐縮ですな」

「いえ、流石にそんなすぐに忘れたりはしませんよ」

「まあ、船の船長ですからな。忘れられたとしても問題はありませんが。私どもの役目はお客様を安全に目的地までお連れする事ですので」

「そうですか……バロア船長はどうしてここに?」

「出航前の見回りと言ったところですかな。主だったところは出航前に色々と見て回らないと落ち着かない性分でして。幸い、本日ご搭乗予定の一等船室の以上お客様は既に皆様ご搭乗されている様子ですからな」

「なるほど……ああ、バロア船長。うちの精霊達が船内を見て回っているようですが……」

「精霊様がですか。それは縁起がいいことですな」

「……ああ、うちの精霊はどうにもイタズラ好きなので……」

「精霊様は人の営みとはかけ離れた価値観を持っているという話ですからな。多少のやんちゃは仕方が無いでしょう」

「……多少で済まなかったら済みません」

「なに、大したことでもありますまい。精霊様はそのテリトリーの中に入った邪な者には容赦しないという話ですが、それ以外では多少のイタズラで済むという話ですからな」

「多少で済むと、本当にいいのですが……」

「もう、信頼ないなあ! ボクだって場は弁えるよ?」


 バロア船長と話し込んでいると、いきなりエアリルが目の前に現れて抗議してきた。


「お前のことだからろくでもないイタズラをしでかさないかと心配だったんだよ」

「シャイナだって一緒だしそんな大それた事はしないよ! せいぜい、料理の準備中だった厨房にお邪魔して試食させてもらったくらいだよ」

「ここの料理、美味しかった」

「……そうかい」

「ほっほっほ、この方々が精霊様ですか。なるほど、確かにやんちゃそうですな」

「だから自分のテリトリーじゃない海の上でまで大それた事はしないって。……ところでおじさん、誰?」

「おっと失礼、この船の船長を務めさせていただいておりますバロアと申す者です。よろしくお願いします」

「うん、わかった。ボクはトワの眷属で雷鳴の精霊エアリル。こっちはユキの眷属で神聖の精霊シャイナね」

「よろしく、船長」

「よろしくお願いします、エアリル様、シャイナ様。願いましては、この航海の無事を祈願していただけると幸いです」

「うーん、海はテリトリーじゃないんだけどなぁ。……まあ、雷鳴や風はボクの領分だからそっちは任せてもらっても大丈夫かな」

「私は特に出来ることはない。でも、ユキも一緒だし、何も起きないように祈るくらいは出来る」

「それは頼もしい。この船にとって一番恐ろしいのは雷雨ですからな。船に雷が直撃してしまうと、運が悪ければ魔導炉が停止して立ち往生してしまいますからな」

「魔導炉、ですか?」

「ええ、お嬢さん。この船にはマストがないでしょう? 風の力を受けて進む代わりに、『魔導炉』という大型の魔道具を使い動力を生み出しているのですよ。これによって、本来は1週間近くかかる航海をわずか2日に短縮している訳ですな。……まあ、途中で寄港地に立ち寄らないのも大きいのですが」

「つまり無補給で目的地まで行けると」

「ええ、ジパンまででしたら問題なく。それ以上遠い場所となりますと、途中で寄港地を挟むことになりますが。まあ、ジパンに立ち寄るのも寄港地の1つであるのは間違いないのですが」


 そうなのか。

 この船はジパンが終着地であとは折り返しだと思っていたが違うらしい。


「ちなみに、ジパンのカンモンに寄った後はどこに向かうのですか?」

「ウルザスカイ帝国の港町ですな。こちらで数日停泊した後、再びジパンを経由してこの街へと戻ってくる予定となります」

「つまり、この船はジパンを経由した帝国との間の定期船と言うことですか」

「そうなりますな。もし帝国まで行く用事がおありでしたらまたご乗船ください。……まあ、帝国の入国審査は厳しいのでそう易々と行ける場所でもないのですがね」

「そうなんですか?」

「ええ、帝国は特に厳しいですね。よほどの功績を挙げていない限り簡単には入国できないでしょう。……まあ、入国が難しいのはエルフの国も似たり寄ったりなのですが。こちらは判定基準が違うので何とも言えませんな」

「そうなんですね。他の国々はどうなんですか?」

「セイルガーデン王国から行ける国ですと……ドワーフの国は割と入国審査がゆるめですな。身元さえ保証されていれば来る者拒まず去る者追わずと言った気質ですので。あとは、魔法王国ですが……こちらは何とも言えませんね。身元保証の内容によって簡単に入れたり、入国審査に時間を取られたりしますので」


 どうやら各国の入国審査事情は大分異なるようだ。


「入国審査といえば、ジパンもそれなりに厳しいですよ? カンモンへはどなたでも上陸できますが、カンモンの外へと行こうとすると入国審査が必要になりますので」

「そこは大丈夫だと思いたいのですがね。一応、色々なギルドから身分証を預かっていますので」

「色々なギルドですか。拝見させていただいても構いませんか?」

「ええ、どうぞ」


 俺はインベントリにしまわれていた錬金術ギルドの懐中時計に、調合ギルドのメダル、それからガンナーギルドの短剣を取り出して見せた。


「ほほう、これは……こちらの短剣は戦士系ギルドの物ですな。彫り込まれているエンブレムからしてガンナーギルドですか。そして、調合ギルドの上級調合士を証明する金のメダルに、上級錬金術士を示す銀の懐中時計ですか。これは素晴らしい」

「これだけあれば問題ありませんよね?」

「そうですな。短剣だけでは入国審査に時間がかかってしまうでしょうが、残りの2つ、特に銀の懐中時計は強力な身分証明になりますからな。銀の懐中時計は錬金術ギルドにおいて実質上の最上位の身分証ですので。これ以上となるとギルドマスターや、一部の特別な功績を挙げた者にのみ渡されるという金の懐中時計くらいしかありませんのでな」

「そこまでですか……」

「ええ、そこまでです。それにそれぞれの身分証には所有者指定の魔術もかかっている様子。少なくとも、ジパンと魔法王国に関してはこの2つを提示すれば問題なく入国できるでしょう」

「帝国へは?」

「……正直、難しいでしょうな。帝国は実力主義、と言いますか軍閥が幅を利かせている国家ですので。あえて言うならガンナーギルドですが……まだ日の浅いガンナーギルドの身分証がどこまで役に立つかは未知数ですな」

「そうですか」


 ……どこに行っても不遇だな、ガンナーギルド。


「さて、大分話し込んでしまいましたな。もうすぐ夕暮れ時、夕日に染まるフンフコーラルの街並みはなかなか見応えがありますので是非ご覧ください。それではまた」

「ええ、色々教えていただきありがとうございました」

「ありがとうございます、船長さん」


 軽く会釈をして立ち去っていくバロア船長を見送り、俺達はフンフコーラルの見える位置へと場所を変える。

 バロア船長のお勧め通り、夕焼けに染まるフンフコーラルの街並みはとても美しかった。


 その後、夕食が可能な時間帯になったと言うこともありレストランフロアに行ってみたが、ちょっと騒がしくなってしまった。

 せっかくなのでケットシー達も連れての食事にしたのだが……これが失敗の元だった。


 俺達が利用することになるのは特等船室と一等船室の乗客が利用するレストランだが、ここを利用する客というのは富裕層、はっきり言えば儲かっている商人が多い。

 そう言った商人達にとってケットシーというのは一種の商売の神様みたいなものになっているらしく……住人NPCの商人達から色々と声をかけられて大変だった。

 さらに滅多なことではお目にかかれない精霊連れだったこともあり、俺とユキの存在はとても目立ってしまったと言えるだろう。

 途中、教授達の姿も見かけたが……こちらには話しかけずに軽く会釈だけして自分達の食事へと向かってしまった。

 エアリルとシャイナの精霊組はデザート類を、ケットシー達は魚料理を、俺とユキは色々な料理を満遍なくと言った感じで食べさせてもらった。

 用意されていた食事は流石の味付けで満足できたよ。


 その後、現実での夕食の準備もあるため一旦ログアウト。

 夕食の下ごしらえをしてから再度ログイン、しようと自室に戻る途中で遥華に声をかけられた。


「お兄ちゃん、夕食までの間でログインって珍しいね?」

「んー、これからゲームの中でジパンまで船旅だからな。出港の様子を見ておこうと思って」

「これからって、ゲーム内時間は深夜だよね? そんな時間に出港なの?」

「どうやらそうらしい。まあ、出港の様子はのんびり眺めてくるさ」

「それなら出港の様子を動画に撮影しておいて欲しいかな。私達がジパンに行きたくなったときに参考になるかもだから」

「構わないけど、俺達は特等船室を取っての船旅だからな。同じような旅が出来るとは限らないぞ」

「へー。ちなみに特等船室っておいくら?」

「500万で6人まで利用可能。ちなみに、一等船室だと一人50万だな」

「高!! ……まあ、お兄ちゃん達のクランなら200万の差くらい誤差か」

「まあ、誤差と言うほどでもないけど、せっかく一度しか使わないだろう船旅だからな。奮発したってのはあるぞ」

「それなら船室の様子も録画しておいて欲しいかな。私達も特等船室使うかもだし」

「わかった。それじゃな」


 遥華と別れた俺は自室に戻って再びログイン。

 ゲーム内時刻は午後11時30分、外の様子は真っ暗だ。

 とりあえず、遥華に言われた通りに録画を開始してっと。


「あ、トワくん。こんばんは、でいいのかな?」

「まあ、こんばんはでいいんじゃないか?」

「微妙に挨拶に困る時間帯よね」

「そうだよねー。ゲーム内はもう真夜中だけど、現実だとまだ6時になってないものねー」

「そうじゃのう。この時差には困るわい」

「そうだね。なかなか慣れないものだよね」


 リビングルームには既にライブラリメンバーが揃っていた。


「あ、そうだ。ハルが特等船室の様子や出航の様子が見たいって言うから録画してるけど大丈夫だよな?」

「特に問題ないんじゃない? 見られて困るような格好をしてるわけじゃないし」

「そうだよねー。別にいいんじゃないかなー」

「構わんぞい。別に掲示板に上げるわけでもなかろうしな」

「うん、構わないよ」

「おじさんも問題なしだね」

「ん、ありがと。……ところでエアリル達の姿がないんだが、また遊びに行ってるのか?」

「そこから出られる展望テラスに先に行ってるみたいだよ。この部屋、場所がいいから出航の様子がよく見られそうだって」

「そうか。それなら俺達も外に出てみるか」

「その前に、これ。トワ用の街着を作っておいたから着替えなさいな。あなたもいい加減アーマーチェンジの枠が空いてるでしょ?」

「まあ、確かに空いてるな。……よし、登録完了。アーマーチェンジ・カジュアルっと」

「そこはもう少しひねった名前をつけなさいよね」

「わかりやすい方が便利だろ?」


 柚月に渡された服装は、パーカーにTシャツ、レザーパンツにスニーカーというカジュアルファッションだ。

 街着であるはずなのにステータスが高いのは無駄に品質がいいせいだろう。


「それじゃ、外に出てみますか」


 特等船室から直接出られる展望テラスは、確かにいい眺めであった。

 ちょうど港側の船室だったため、フンフコーラルの街並みがよく見える。

 深夜のフンフコーラルの街並みは、所々に灯りが点いているのみで既に深夜である事が見て取れる。


 そんな街並みを一望できる展望テラスの一角に精霊達は集まっていた。

 精霊達も特に何をするでもなく、港の様子を見ているだけであった。


『まもなく出航の時間となります。出航の際には揺れますのでご注意ください』


 拡声器のようなものが備え付けてあるのだろうか、船長の声が響き渡った。


「さて、いよいよ出港ね。どんな感じなのかしら」

「そこまですごい事はないと思うけどね。楽しみではあるよね」

「ボク、船旅とか初めてだから楽しみだなー」

「わしも船に乗るのは初めてじゃの。まさかゲームで船に乗ることになるとは思わんかったぞい」

「私もです。なんだかドキドキしますね」

「そうだな。今の時代、船なんてよほどの理由がないと乗らないものな……そろそろ出港のようだぞ」


 既に出港準備は整っているため、後は出発を待つだけだったのだろう。

 出航時間の午前0時ちょうどになると、一瞬、ガクンと揺れた後、船が動き出し、少しずつ港から遠ざかっていく。

 深夜の時間帯の出発ではあったが、魔法による灯りなのか、船の進行方向は明るく照らされていた。

 港を離れた船はぐんぐんスピードを増していき……陸地からどんどん遠ざかっていく。


『当高速船グランアローは無事、フンフコーラルを出港いたしました。次の寄港地はカンモンとなります。到着予定は明日の午後23時頃を予定しております。カンモンには約1日の停泊となります。引き続きご乗船のお客様は乗り遅れのないようにお願いいたします』


 船長のアナウンス通り、この船は無事に出航できたようだ。

 高速船とは聞いていたが本当に高速だな。

 これなら普通の船で12日かけて向かう場所に約2日で到着するというのも納得できる。

 さて、これからゲーム内2日間の船旅はどう過ごしたものかな。

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