191.港湾都市フンフコーラル

 明けて金曜日。

 今日の午後6時には高速船とやらは出港となるのでそれまでに港湾都市まで移動しなくてはならない。


 おっさんがログイン出来ると言っていた2時よりも前、1時半頃ログインして薬草の買い出しを済ませておく。

 そして、それらを各種ポーションにしていると約束の時間が迫ってきたので談話室へと向かう。

 俺が談話室に到着したときにはおっさん以外全員揃っていた。


「こんにちは。おっさんはまだか?」

「ああ、トワ。午前中に用事があるとも言っていたし少し遅れるかも知れないわね」

「まあ、多少の遅れならどうとでもなろう。ゲーム内時間は現実の2倍じゃ。高速船の出航とやらまでは8時間もある」

「だよねー。そんなに急ぐ必要もないって」

「でも所持品の検査とかはないんでしょうか? あったら乗船手続きに時間がかかりそうですけど……」

「現実の飛行機じゃないんだし、そんなのないんじゃないかしら? 私ら異邦人プレイヤーの場合、インベントリもあって所持品検査なんて無意味に近いわけだし」

「……そう言われるとそうですね」

「そう言う事よ。もしあるとすれば、高速船の乗船チケットみたいなものが売り切れて乗れない可能性だけど……」

「もし、売り切れていたならば仕方があるまいて。その時はまた次の機会にすればよかろう」

「そうそう、急ぐ旅じゃないんだからねー」

「まあ、それもそうね。道中のボス戦だけ気をつけて、後は適当でも何とかなるでしょ」


 これからの予定を色々話していると、おっさんが現れた。

 時間的にはギリギリだな。

 時間厳守なおっさんには珍しいことだ。


「やあ、待たせてしまったかね。急いだんだけど、午前中の用事が長引いちゃってね」

「そんなに待ってないから大丈夫よ。それで、準備は大丈夫?」

「大丈夫だと思いたいね。でも種族レベルはとっても低いから事故死したらゴメンね?」

「その時はたたき起こせる人間が3人いるから大丈夫よ。それに蘇生薬だってあるし、ねえ?」

「ああ、蘇生薬のストックもあるから問題ない。……死なないでくれるのが最善だけど」

「ああ、頑張らせてもらうよ。それじゃあ、向かうのは王都かい? 早速出発しようか」

「そうね。トワ、パーティを組みましょう」

「了解。……よし、全員パーティに入ったな」

「そのようね。……エアリル達は大丈夫かしら?」

「俺がきたときにはいなかったな」

「私がログインしたときには帰ってきてましたよ。今日の予定を話したら『後から合流する』って言ってました」

「精霊は楽でいいわよね。まあ、うちの子も似たようなものだけど」

「そこを追求しても始まらんぞい。それでは王都に向かうとするぞ」

「しゅっぱーつ」


 なんとも賑やかであるが、6人フルパーティでの出発となった。

 レベル的に、おっさんがレベル24しかないため、攻撃があたれば即死級のダメージになるだろう。

 そこだけは気をつけて進まないといけないが……まあそれだけだな。


 俺達は王都を南門から出て、南西へと騎獣に乗って駆け抜ける。

 しばらく進むとケットシー達と出会った湖方面に向かう分岐点に到着するが、今回は湖とは別方向に進む。

 そのまましばらく進むと、ボスエリアらしきものが見えてきた。

 今回のボス戦は道のど真ん中で行われるみたいだな。


「さて、ボスエリアみたいだけど教授からもらった情報以上の事ってあるのかしら?」

「正直に言ってないな。ただ、30分経過による強制終了の場合は、ボーナスSPがもらえないくらいか」

「なるほどね。……それじゃあ、料理バフをつけてボス戦に挑みましょうか。おじさんは死ににくくするために薬膳料理ね」

「構わないよ。……これが噂に聞く、ライブラリ謹製薬膳粥か。この上昇量だと値段が高いのも納得だね」

「原価はそんなにかかってないんですけどね……」

「まあ、生産ってそう言うものだからね。いかに原価を抑えて生産できるかが勝負だからね」

「はいはい、生産談義は後にして食べちゃって。さっさとボス戦を始めるわよ」

「それもそうだね。では、いただきます。……うん、もっと苦いものかと思ったけどおいしいね」

「お口にあったみたいでよかったです」

「長らく病院食が続いていたから、それ以外の料理って言うのはゲームの中であってもおいしいものだねぇ……」

「そんなしみじみ言われてもな……」

「ははは。まあ、おじさんの戯言たわごとだから気にしないでおくれ。……さて、準備完了だよ」

「こっちも準備完了ね。トワ、行くわよ」

「了解。それじゃあボス戦開始だ」


 俺達はボスエリアへと進入する。

 すると左右の森の中から大量の熊が現れた。

 ……うん、こいつらがクラウドベアか。

 見た目はまったく一緒だな。


「クラウドベア、レベル50、弱点なし。さて、どう叩いたものか」

「ふん、そんなもの決まっておろう。わしが一カ所に集めるから、お主とイリスで交互にテンペストを使いまとめて倒してしまえ」

「……やっぱりその戦法が一番か?」

「わしから提案できるのはそれが一番じゃの」

「それじゃあ神楽舞は、物理攻撃・魔法攻撃・物理防御上昇、物理攻撃減少の4枚で行きますね」

「うむ、頼むぞい。……さて、始まったようじゃ。行くぞ、ウォークライ!!」


 ドワンの一喝によって、全てのクラウドベアのターゲットがドワンに集中した。

 それを合図にユキも神楽舞でバフとデバフの使用を始める。


 左右の森から出てきた熊、合計10匹はドワンへと殺到し……


「さて、まずは俺から。テンペストショット!」


 ドワンへと攻撃を加える前に、テンペストショットの中に吸い込まれる。

 吸い込んだタイミングによって多少のダメージ差はあれど、クラウドベア達は全て瀕死の状態になる。


「次はボクだね。テンペストアロー!」


 テンペストショットの効果が切れると同時、入れ替わるようにイリスがテンペストアローを撃ちこむ。

 再度、嵐の中に吸い込まれることになったクラウドベア達は、1匹、また1匹と息絶えていき……


〈エリアボス『クラウドベア』を初めて撃破しました。ボーナスSP6ポイントが与えられます〉


 結局、10匹全部を倒しきったところでボス戦終了を示すボーナスSP入手のログが流れた。

 ……うん、想像以上に呆気なかったな。


「これで終わり? 増援が出てくるんじゃなかったのかしら?」

「増援が出てくる前に10匹全部倒してしまったからボス撃破判定なんだろ? まあ、楽できたことはいいんじゃないか?」

「……まあ、そうだけど。なんだか呆気ないわね」

「そんな事より、ボスドロップだね。……10匹倒してるのに2つしか入手してないのは寂しいね?」

「本来であれば、この3倍は倒していたわけじゃからのう……」

「1匹あたりのドロップ率はそんなに高くないんだろうな。……おれは3つだし」

「私は4つですね。でも毛皮ばかりです」

「……とりあえず、戦利品の確認は街に着いてからにしましょう。ここからでも馬で30分はかかるらしいし」

「さんせー。とりあえず出発しよー」

「そうじゃのう。そうするか」

「そうだね。ここにいても意味ないものね」


 なんとも呆気ない形になったがボス戦は終了した。

 後は街まで騎獣に乗って進むだけだ。

 面倒なザコとのエンカウントは避けるようにして進もう。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――



 街道を騎獣に乗って進む事、30分余り。

 遂に港湾都市フンフコーラルへとたどり着いた。


 ここの街の規模は第4の街と同じか、やや広いと言ったところか?

 街を取り囲む防壁が途切れた先には、海が広がっている。

 海自体は結構前から見えていたが、こうして街まで到着すると海まで来たんだという気持ちが高まってくる。


 蛇足だが、これまで通って来た街にもきちんとした名前が付いていたらしい。

 例えば【始まりの街】がアインリオン、【第4の街】がフィーアパンジなどだ。

 王都はヌルガーデンと言うらしい。

 俺達異邦人プレイヤーの間では『始まりの街』とか『第~の街』としか呼ばれてなかったが、住人NPCにはきちんとした街の名前で聞こえていたんだとか。

 その辺の情報を王都の図書館で拾ってきたプレイヤーがいたそうな。


 閑話休題それはともかく

 せっかく時間前に港湾都市に着いたのだ。

 まずは転移門の登録をしなくては。


 街の中心部にあった転移門を登録した後は、まずは港へ行って噂の高速船とやらに乗る方法を調べなければ行けない。

 港の方へ行くと、沢山、と呼べるほどではないが数隻の船が停泊していた。

 いかにも中世らしい帆船から、マストの存在しない外見からはどのように動かすのかわからない船まで、多種多様な船が並んでいる。

 俺は、内陸育ちで港とかは行ったことがないが……現代だとこのように何隻も客船らしき船が並んでいる港というのは少ないのだろうな。

 漁船だったらあるだろうけど。


 そして、船への乗船方法だが港を歩いていた住人に聞いたら教えてくれた。

 何でも船舶ギルドと言う施設があり、そこで船の乗船手続きは全てやってくれるそうだ。

 もっとも、行き先によっては通行証などを提示しなければならないらしいが。


「ふむ、もう一等船室以上しか空きはない訳ね」

「はい、そうなります」


 船舶ギルドにたどり着き、ジパン行きの高速船に乗ろうとしたわけだが……客室の空き状態がこの状況だったのだ。

 高速船は普段から定期船の5分の1の時間で着くという事で人気があるらしく……上級な船室しか空きがないらしい。


「さて、どうしたものかしら。一等船室だと1人50万ずつで合計300万な訳だけど……」

「そうなると、この特等船室とやらが気になるよな?」

「そうよね。この特等船室なら、部屋を1つ借り切って500万な訳で……ねえ、一等船室と特等船室の差ってどんな事があるの?」

「そうですね、お部屋の広さもありますがお部屋からの眺めが最高のものとなっております」

「それだけ?」

「いえ、極めて限定的なものではありますがホームポータルが設置されておりまして、そこから皆様の拠点となるお屋敷などに転移していただく事が可能となっております。……ただ、あくまでつながるのは皆様の拠点と特等船室のポータルのみとなりますが」

「それって私達のホームポータルから転移しようとした場合はどうなるの? 他の街とかにも行けるんじゃない?」

「それは申し訳ありませんが、お客様のホームポータルの方の機能が制限されますので……」

「ふーん、とりあえずわかったわ」

「はい、私どもとしましては、拠点で何か作業があるのでしたら特等船室をお勧めいたします」

「わかったわ、ありがと……さて、どうする?」


 正直に言って、一等船室を選ぶメリットがないよなぁ……

 俺達の場合、お金エニィは大量に余らせてるわけだし。


「ここは特等船室でいいんじゃないか?」

「そうじゃの。クランホームに戻れるのであれば、請け負ってる仕事も出来るしのう」

「ゲーム内時間で2日間、現実時間で1日の間、船の中にカンヅメかと思ってたけどそうならないで済むならよかったよー」

「おじさんはお金を出してもらう立場だからね。皆の意見に従うよ」

「私も特等船室でいいと思います。特等船室からの眺めというのも気になりますし……」

「……まあ、私達にとっては今更200万Eぐらいの差は誤差よね。……決まったわ、特等船室を1部屋お願い」

「はい、かしこまりました。ご利用は、こちらの6名でよろしいでしょうか?」

「ええ、問題ないわ。……ああ、精霊が少し紛れ込むかも知れないけど、問題ないかしら?」

「精霊ですか? それでしたら問題ありませんね。そもそも精霊が姿を現すこと自体が珍しいんですがね」

「……まあ、普通はそうよね。とりあえず乗船手続きをお願い」

「はい……確かに代金の方お預かりいたしました。こちらが乗船チケットになります。紛失なさらないようにお気をつけください」

「ああ、わかった。ありがとう」


 受け取った乗船チケットは、インベントリのイベントアイテム欄に収まった。

 これならなくす心配はないな。


「乗船手続きですが、もう開始しております。出港30分前までに乗船手続きをお済ませください」

「わかったわ。ありがとう」

「それではよい船旅を」


 俺達は船舶ギルドを出たところで今後の予定を相談することに。


「さて、これで後は時間までに乗船手続きをすればいいわけだけど……これからどうする?」

「どうしたものかな。正直、中途半端に時間が余ったよな」

「結局、ここまでかかった時間は2時間30分くらい。現実だとまだ3時を過ぎた頃よね。で、出航時刻は現実の18時、こっちの世界だと午前0時ちょうど。出航の30分前までに乗ればいいだけらしいから、時間は大量に余ってるわけだけど……何かしたいことある?」

「ええと……少し料理ギルドに行ってみたい気もしますが……時間があるときでもいいですし特には……」

「そうよねぇ……結局この街を探索するには時間が微妙で、いくら乗り遅れる心配がないとは言っても、街を観光しようって気にはなれないわよね……」

「……面倒だし、もう乗船してしまってもいいんじゃないか? この街の探索はまた今度と言うことで」

「……とりあえず生産ギルドと料理ギルドだけは行っておかない? 港町らしいし、出張販売所の更新が出来るかも知れないから」

「それじゃそれだけ済ませて後は船に乗ってしまうか」

「そうね、そうしましょう」


 生産ギルドと料理ギルドの場所を住人に聞いた俺達はそちらに立ち寄ることにした。

 場所的には港湾部から非常に近い位置にあり、結局、30分程度しか時間を潰せなかったが、ユキ的には買える魚介類が増えたらしく満足したようだ。


 案外近くにあった生産ギルドと料理ギルドを出た俺達は、改めて船着き場の方へと向かった。

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