176.妖精郷
「はあ、やっと終わったわね」
レイドエリアを脱出して開口一番、柚月がそんな言葉を漏らした。
「柚月君にはきつかったかな?」
「それはきついわよ、白狼さん。私はしがない生産職よ?」
「そうかな。まあ、次からもよろしくね」
「ええ、スキルはともかく素材はほしいからね。それで、次はいつ行く予定かしら?」
「それなんだけどね、これを見てほしいかな」
白狼さんが示した先は、レイドエリアの入口。
だがそこには被さるように『進入禁止 解除まで残り 287:58:45』と表示があった。
時間表示は1秒毎に減って行ってるから……ええと、電卓ツールを起動して……うん、ゲーム内時間で12日だから、現実時間で6日間の間入れないと言うことらしい。
「レイドクエストは特定プレイヤーによる独占を防ぐため、一度クリアすると一定期間入れなくなるんだ。このレイドクエストは現実時間で6日間は再挑戦禁止みたいだね」
「……ということは、早くても来週金曜日までは再挑戦できないって訳ね」
「そう言うことかな。まあ、来週も土曜日に挑戦すればいいさ」
「わかったわ。それじゃあ、来週も同じ時間でいいのかしら?」
「そうだね、そうしようか。他の皆は大丈夫かな?」
白狼さんが確認をとるが反対意見は出ない。
これはしばらくの間、土曜の夜はレイド通いの日々になりそうだ。
「さて、それじゃあ、どうしようか?」
「そう言えば、妖精ってまだ召喚出来ないんですか?」
「うん、そっちもまだ召喚出来ないかな。さっき召喚可能までの残り時間を計算したけど、フェンリルと同じ現実時間で7日後だね」
「それはまた、待たされることで……」
「まあ、僕はフェンリルもいるしあまり召喚する機会はなさそうだけどね。……フェンリルがカンスト済みだからレベル上げだけはしておくかもだけど」
うん、こういうところはゲーマーだよな。
「それでは今日は解散であるかな」
「それでいいんじゃないか? 俺は妖精郷に行かなきゃいけないけど」
「む、そう言えばそんなイベントもあったのであるな」
「そうだったね。もしよければ僕も一緒に行って構わないかな?」
「私も行くのである。このレイドクエストクリアが鍵であるならば我々も行けるはずである」
「まあ、構わないけど。ひょっとするとインスタンスエリア扱いで、別行動になるかも知れないぞ?」
「そのときはそのときである。新しいエリアというのを見学するだけでも意味があるのであるよ」
「なら構わないか。他の皆はどうするんだ?」
この中で妖精郷に行かなければいけないのは俺にユキ、ハルとリクの4人だけだ。
他の皆はついてきてもただの観光になるのだが……
「どうせだからついていくわよ。今日この後、帰ったとしても疲れてて何もする気になれないしね」
「同感じゃ。休憩がてら妖精郷とやらを見学するのも悪くない」
「ボクもいくよー」
その他のメンバーも異口同音に妖精郷への同行を希望する。
……まあ、新しいエリアだし最初に行ってみたいと言う気持ちはわかるな。
「じゃあ、どうせだから全員で行こうか」
「うむ。それがいいのである」
「でも、花畑まで戻らなきゃいけないんだよね? どうするの、トワくん?」
「あー、どうしようか」
そう言えばそのことを考えていなかった。
一度、惑いの森奥のポータルまで移動してから花畑を目指すか?
「それならば問題ないのである。森に分け入って適当に1~2分歩けば花畑まで戻されるのである。前に実証してるので間違いないのであるよ」
「……何そのショートカット」
「前に一人で来たときに試してみたのである。【妖精の導き】もケットシーの案内もなしに森を歩くとすぐに花畑に戻されるのである。ある意味便利であるよ?」
「それって、ケットシーやスキルの道案内を無視したらすぐに振り出しに戻るって意味だよな?」
「そうとも言うのである。であるが、この場合は便利なショートカットとして利用させてもらうのである」
「まあ、いいか。惑いの森から歩くよりも早いなら何でも。それじゃあ行きますか」
とりあえず俺が先頭に立って歩き出す事にする。
森の中はさすがに亜成体のサイズでは動きづらそうなのでシリウスは幼体に戻しておく。
正直、この森を35人で歩くのは厳しいのだが……まあ、皆ついてきてるみたいだし大丈夫か。
そして、2分程度歩くとそこは確かに花畑のある広場だった。
……この場合のみだけど便利すぎじゃないかな、このショートカット。
「さて、花畑のある広場までは戻ってきたけど、ここから先はどうすればいいんだ?」
「さて? 聞いてないのであるな。とりあえず花畑を調べてみるのである」
「花畑ねぇ……何かあるのか……って、光り出した!?」
花畑に近づくと花畑全体が光を放ち始める。
花の色事に別の色の光を放ち、それは一個の魔法陣を形成していた。
「あっ、トワくん、あれ!」
「ああ、見てるよ。まったく、派手な演出だ」
花畑の魔法陣の中から豪華な装飾の施された巨大な扉が浮上してくる。
やがて、扉が花畑の上にそびえ立つとそこで動きが止まり、俺達が開けるのを待っているようだ。
扉自体の大きさは3メートルぐらいはあるかな。
「なかなか豪華な演出であるな」
「本当だね。花畑の花自体が魔法陣を形成していたとは思いもよらなかったよ」
「うん、なかなかいい演出だね!」
「本当だな! なんかこう盛り上がるぜ!」
他の皆にも概ね好評なようで何よりだ。
さて、いつまでも扉を眺めていても仕方が無いので花畑に入って扉を開けようとする。
……さて、この扉は引いて開けるのか押して開けるのか。
どちらが正しいのか悩んでしまい、ふと手を止める。
「? どうかしたの、トワくん?」
「ああ、いや、何でもない。とりあえず開けるぞ」
「うん、わかった」
……とりあえずは押してみるか。
それで開かなかったら引いてみよう。
ドアノブをつかんで回しながら押してみる。
すると扉が開いていき、向こう側からまばゆい光が差し込んできた。
「うーっ、何も見えないよ!」
「ほほう、これは粋な演出であるな!」
「なかなかこっているね。これは期待できるかな?」
そのまま扉を押し開ける形で開ききると、そこには別の光景が広がっていた。
扉の向こう側、つまり今いる場所は辺り一面の花畑になっている。
花の色も種類もバラバラではあるがある種の規則性が感じられる光景で、見る者を確かに圧倒するものがあった。
〈初めて妖精郷に到達しました。称号【妖精郷の来訪者】が与えられます〉
システムメッセージで新しい称号の取得が伝えられるが……とりあえず内容の確認は後でいいだろう。
さて、妖精郷とやらにはたどり着いたが、ここから先はどうすればいいんだ?
他の皆も思い思いに周囲を眺めているが、そこは見渡す限りの花畑であり、それ以外には何も見当たらない。
さて、どうしたものか……
(ニンゲン、キタ)
(ホントダ、ニンゲンガキタ)
「うん? なんだ?」
頭の中に直接ささやき声が聞こえてきた。
周りの皆も同じ様子で、周囲を見回している。
そんな俺達の様子などお構いなしと言った様子で、さらにささやき声は続ける。
(ニンゲン、オモテナシスル)
(ウン、ヒサシブリノニンゲン、オモテナシ)
(ミンナデ、オモテナシ)
「ッ!? なんだ!?」
「何!? この光の玉!?」
周囲の花々から光の玉が浮かび上がってくると、俺達の周囲を取り囲み始める。
「やれやれ、こんどはなんであるかなぁ?」
「ここはセーフティエリアみたいだし戦闘にはならないと思うけど……」
教授と白狼さんはこの状態でも落ち着いた様子だ。
そして浮かび上がってきた光の玉が俺達の顔の高さまで来ると、急に光の玉がしぼみだし、やがて人間の頭ぐらいのサイズの人型のシルエットをとる。
そして光はやがて収まっていき……そこには紛れもなく『妖精』と呼べる存在が浮かんでいた。
「ようこそニンゲン! かんげいする!」
「ようこそ、ひさしぶりのニンゲン!!」
「ニンゲンきた。ふういんきたおせた?」
「ニンゲン! ニンゲン!!」
妖精達は楽しそうに俺達の周囲を飛び回る。
……これにはさすがの教授や白狼さんも呆気にとられているな……
「ニンゲン! なにしにきた?」
「ニンゲン、あまいものない?」
「ニンゲン、はなのみついる?」
妖精達は口々に色々な事を話しかけてくる。
ただ、同時に多数の妖精が一度に話しかけてくるため、何を言っているのかは聞き取りにくい。
「これ、あまり一度に話しかけてはダメですよ。皆様が困ってしまいます」
飛び回る妖精達を諫めるようにして現れたのは先ほどまで一緒にいた管理AI、妖精女王であった。
「ようこそ、妖精郷へ。よくおいでくださいました。もし忘れられていたらどうしようかと思いましたよ」
「忘れてはいませんよ……ただ、なかなか激しい歓迎を受けましたが」
「申し訳ありません。この子達も張り切ってしまったようでして。なにせ、初めてのお客様ですから」
「……まあ、そうでしょうね。それで、妖精女王自ら来てくれたと言うことは説明をしていただけるのですか?」
「そうですね。……まあ、この状況は裏話をすれば初めて訪れた
うん、やっぱりこの管理AI自由だわ。
開発サイドの裏話を打ち明けてきた。
「それで、妖精郷ですが、先ほど【妖精郷の来訪者】と言う称号を手に入れましたよね? あれを手に入れたプレイヤーは各転移門や転移ポータルから妖精郷へと転移出来るようになります。2度目以降の来訪を楽にするための仕掛けですね」
「それは便利なことで」
「ええ、ここに来るために毎回10分も森の中を歩くのは不便ですからね。開発陣も寝る間を惜しんで作り上げたこのマップに人が来なくなるのは寂しかったのでしょう」
「……開発も大変ですね」
「そうですね。ですが、あの封印鬼をデザインしたのも別部隊とはいえ開発陣ですから。ここを訪れるプレイヤーが少なくなるのも開発のせいですがね」
「それで、これからどうすればいいのでしょうか?」
「そうですね、まずはここを訪れるプレイヤーに最初にする説明から始めましょうか。本来は案内役の妖精NPCがいるのですが、私が直接出向いたことでその役目を果たせずにいますから」
「……じゃあ、その説明とやらをお願いします」
「はい、それでは。『ここは妖精郷、妖精と精霊のすむ場所です。ここには様々な妖精や精霊達が暮らしています。ここの住人達と仲良くなれば様々な恩恵が与えられるでしょう』……以上ですね」
「それだけですか?」
「本来のNPCのセリフはこれだけですね。もっと詳しい説明をいたしますと、ここの妖精達や精霊達にも好感度が設定されており、好感度次第では色々と役に立つアイテムを分けてくれたりします。クエストを発注してくる妖精や精霊もいますから探してみてくださいね」
「……わかりました。それで、質問なのですが、妖精と精霊の見分け方ってありますか?」
「そうですね。見た目ではわからない事がほとんどですが、話してみればすぐに区別がつきます。片言でしか話せないのが妖精、流暢に話せるのが精霊になります。ああ、精霊の中には『精霊言語』しかしゃべれない精霊もいますので、その精霊とコミュニケーションをとりたい場合は【精霊言語】スキルを覚えてくださいね? ステータスも上がりますのでお得ですよ。【精霊言語】のスキルブックは妖精郷の精霊からクエストの報酬としてもらえますので、是非頑張って探してみてください」
「……ええと、話はそれで終わりでしょうか?」
「ええ、そうですね。妖精郷の通常イベントについての説明はこれくらいでしょうか。……ちゃんと撮影してもらえてますよね?」
「うむ、バッチリ録画しているのである」
……さすが教授、抜け目がないな。
「先ほど、妖精についての説明をする際も撮影をされていたので張り切って説明をさせていただきました。私の出番、ほとんどありませんし」
「……それは」
管理AIがそんなに出番が多いというのはダメじゃなかろうか。
「……さて、前振りはこれくらいでいいでしょう」
「……今までのが全て前振りですか?」
「ええ、前振りです。妖精郷に来ていただいたのはもっと別のイベントがあるからです」
「別のイベント?」
さて、この管理AIは侮れないからな。
鬼が出るか蛇が出るか……
「妖精郷に来ていただいたのは他でもありません。あなた方の契約精霊を連れ出してもらうためです」
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