149.技の羅針盤

 明けて日曜日。

 今日は夜に新装備についての打ち合わせがあるが、それ以外は予定が入っておらず暇である。

 とりあえずメッセージボードやメールを確認して新しい情報がないことを確認したら、1階の工房に戻る。

 店の在庫を確認して、かなりギリギリになっているポーション類の補充を行う事にした。


 午前中から長時間のログインをするつもりはなかったが、さすがにこのペースだと午前中の間に売りきれる商品も出そうなので補充しておくことにする。

 ……いい加減、高品質ポーションで『ライブラリ』と競り合ってくれる人が現れてくれないかな……

 いつまでも★8とかが独占状態というのは市場的によろしくないと思うのだけどな。


 益体もないことを考えつつ適度に手を抜いて品質が上がりすぎないように心がけながらポーションを作る。

 武闘大会優勝の称号効果や【調合の極意】の効果でポーションの品質がかなり上がり易くなっている。

 そのせいで、★8で作るつもりなのに★9や★10になってしまうことが度々あって、なかなか補充が上手くいかない。

 ★9の品は毎週限定品として販売しているのでどうしても在庫に残ってしまうのである。

 ★10に関しては売りに出していないので自家消費かお得意様に卸すのがほとんどだが、それでもその気になれば供給量が消費量を大きく上回る事になってしまう。

 そして、調合に関してのみ言えば★11を作るのはすごく容易いことになってしまっていた。

 まあ、特殊ポーション類は★9止まりだが。


 とりあえず『品質を上げすぎない』という謎の制限付きのポーション補充を行い、余った時間を利用してガンナーギルドに顔を出すことにした。

 いつものマナカノン製造クエストを受けるためだ。

 談話室のホームポータルからガンナーギルド前へと移動する。

 ガンナーギルド前はいつも通り閑散としていた。

 まあ、中央街区のなかでは外れの方にあるからしょうがないんだろうけども。

 いつも通り受付でクエストを受ける旨を伝えて、奥の作業部屋へと案内される。

 そこでいつも通りマナカノンを50丁製造してクエスト完了。

 時間もいつも通り約1時間程度で終わった。


 あとは、受付で終了確認して終わりなのだが……今日はそれだけでは終わらないようだ。

「トワ様、確認ですが王都の錬金術ギルドには行かれてますでしょうか?」

「うん? ……そういえば一度も行っていない気がするな」

「……トワ様にはガンナーギルドで受けてもらったクエストの貢献度もたまっているはずです。一度、錬金術ギルドにもお立ち寄りください」

「了解です。ほしいレシピもあったので今日この後にでも顔を出すことにしますよ。ああ、それで今日の作業が終わったので完了報告です」

「かしこまりました……相変わらず確かな腕前で助かります。それでは、今回の報酬はこちらになります。また、よろしくお願いいたします」

「ええ、それじゃあまた」


 ガンナーギルドを後にした俺は、サブポータルから錬金術ギルドにもっとも近いサブポータルを選択して移動する。

 ……サブポータルの開通は全て終了してるのにギルドには立ち寄ってなかったんだよなあ。

 販売品の更新についてもすっかり忘れていたが……錬金術ギルドの販売品を使うのは俺ぐらいだから問題ないか。

 王都の錬金術ギルドは外観で3階建ての立派な建物であった。

 さて、中に入るとするか


 錬金術ギルドの中はなかなかの混み具合であった。

 インスタンスフィールド扱いのためどれだけ異邦人プレイヤーが混じっているかはわからないが、少なくとも1階は多くの人で賑わっている。

 人が多いこともあって受付カウンターも複数に分かれており、それぞれ依頼の発注やクエストの受注、あるいはクエスト報告など窓口毎に役割が分かれているようだ。

 ……さて、俺の場合はどこに並べば良いのかな?

 主な目的としてはレシピの購入だから購入窓口に並べばいいんだろうか?


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 どの窓口に並べばいいか悩んでいたところ、案内役と思える住人に声をかけられてしまった。

 まあ、完全にお上りさん状態だったからな、声をかけられても当然か。


「錬金術のレシピを買いたいんだけど、どこの窓口に並べばいいかな?」

「それでしたらあちらの窓口になりますが……失礼ですがお客様のギルドランクはいかほどでしょう?」

「うん、ちょっと待って……うん、今は12だな」

「左様ですか……お客様は異邦人の方でしょうか?」

「ああ、異邦人だけど……」

「……失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「うん? トワだけど、それがどうかしたのか?」

「……失礼いたしました。トワ様、ギルド2階の受付窓口にて受付をお願いいたします」

「2階? なんでまた」

「上位錬金術士のための受付は2階となっておりますので……第4の街のギルドからトワ様の事は伺っておりますので2階の窓口をご利用いただいて構いません。といいますか、トワ様が求めるものは2階での受付になると思いますので、お手数ですが2階へとお進みください」


 そう言うことなら仕方が無いか。

 1階の混雑ぶりを尻目に2階へと続く階段を上っていく事に。

 それなりの段数を上り、たどり着いた2階のフロアは1階よりも豪華な内装が施されたフロアとなっていた。

 受付も統合されているのか窓口の数が少なくなっているが、それ以上にこの階にいる人間は少ない。

 他に受付に並んでいる人はいないし、一番近くの受付で用事を済ませてしまうか。


「いらっしゃいませ。本日のご用件はなんでしょうか?」

「えーと、まずはクランの出張販売所の販売品目の更新をお願いしたいのと、購入したいレシピがあるんだけど」

「かしこまりました。お名前を伺ってもよろしいですか?」

「ああ、トワだけど……」

「……トワ様ですね。少々お待ちください」


 受付をしていたお姉さんは何かを確認するために奥へと小走りで消えていった。

 ……うーん、これはまた面倒そうなイベントの予感。


「……お待たせいたしました。クラン『ライブラリ』の出張販売所の販売品目の更新は完了いたしました。そして、トワ様にはガンナーギルドより多数のクエスト完了報告を受けております。その件につきましてランクアップなどの話がございます。お手数ですが、これからギルドマスターにお会いいただくことは可能でしょうか?」


 やっぱり、こっちでもギルマスさんとは顔なじみになるのな……

 出来ればそう頻繁に顔を合わせる関係にはなりたくないんだけど……


「まあ、会わないわけにもいかないんだろうし構いませんよ……」

「それではご案内させていただきます。こちらへどうぞ」


 大人しく受付嬢の後をついていくことに。

 どうやらギルドマスターの部屋は3階にあるらしいな。


「ギルドマスター、トワ様をお連れしました」

「ああ、来たか。入ってもらってくれ」

「失礼いたします」


 受付嬢に促されるままギルドマスターの部屋へと入り勧められたソファーに座ることにする。

 ……おお、このソファーすごいフカフカだな。


「我々としてはようやく来てくれたか、といったところではあるが……ようこそトワ君、王都錬金術ギルドへ」

「はじめまして、異邦人のトワです」

「わたしはここのギルドマスターでミスティークという。これからよろしく頼むよ」

「こちらこそよろしくお願いします。それで、ランクアップの話と聞いていますが……」

「うむ、まずはそちらの話から始めようか」


 まずはって事は他にもあるって事だよな……


「ランクアップの件だが、ガンナーギルドのアリシア殿からも話は聞いている。かなりの頻度でマナカノン製造を請け負ってくれているそうだね」

「まあ、自分の修練にもなりますからね。それで具体的にはどの程度までランクが上がるのですか?」

「そうだな、先に結論から言ってしまえば、君のギルドランクは14まで上がることになる。この調子でしばらくマナカノン製造や他の銃製造も請け負ってくれればランク15も近いだろうな」

「ランク14ですか……そう言えば調合ギルドもランク14だったような」

「聞いているよ。錬金術士なのにあちらのギルドランクの方が高いというのはな。まあ、今回のランクアップで同じランクまで上がったのだがな」

「もっぱらポーション類の製造ばかりしてますからね。それは仕方が無いかと」

「それならば後で調合ギルドにも顔を出しておくといい。まだランクアップはしないだろうが、王都を拠点にすることを考えているなら顔を出しておいて損はないだろう」


 王都を拠点にする気はないけど、品揃えとかを考えるとこっちをうろつく事が多くなるんだろうな……

 調合ギルドにも今度顔を出しておくとするか。


「それでランクアップの件だが、まずランク13で購入可能になるレシピが増えることになる。これは後ほど受付で直接確認してもらった方がいいだろう。また、ジョブツリーについても閲覧できるようになる。それからランク14になったものに話す事なのだが……『技の羅針盤』というものを扱える権利を与える、はずになってはいたのだ」

「『技の羅針盤』ですか? それって具体的にどんな効果が?」

「うむ……これを使うことによって『錬金術士としての腕前を鈍らせることなく別の職に就ける』というものだな。異邦人にわかりやすく説明するならばサブジョブと呼ばれるものをレベルダウンなしに別の物に変えることが出来ると言うものだ」

「……それってガンナーギルドでも説明を受けていたような……」

「うむ、あちらではジョブツリーの説明を受けていたであろう。その次のランク、つまりランク14になったときに説明されるアイテムが『力の羅針盤』というアイテムなのだ」


 『力の羅針盤』か……

 これで超級職に就くための条件はわかったかな。

 もっとも、条件がわかっても実際にランク14にならないと意味はないのだけど。

 それよりも、今は『技の羅針盤』についてだな。


「それで、『技の羅針盤』についてはどうなっているんですか? 先ほどは『与えるはずになっていた』という話ですが」

「うむ……それなのだがな。『力の羅針盤』にせよ『技の羅針盤』にせよ、取り扱うには王宮の許可が必要になるのだ。だが、王宮は異邦人に対する許可をまだ出してはいない状態でな……」

「つまり?」

「今の段階ではまだ『技の羅針盤』を渡すことが出来ないのだよ。今、各ギルドが連名で請願している最中だ。もうしばらく待ってもらえるかね」


 んー、つまりはまだ実装されていないというところかな。

 それよりも気になることが……


「まあ、そういう事情なら仕方がありませんね。ところで、調合ギルドではランク14になったときに『技の羅針盤』の説明を受けていませんが、そこはどうなんでしょう?」

「それは簡単だな。君の職業は錬金術士だ。いくら実績があろうとも錬金術士に調合ギルドから『技の羅針盤』は与えられないよ」

「なるほど、それで説明もされなかったと」

「そう言うことだな。ともかく、『技の羅針盤』ついてはもうしばらく待ってもらえないだろうか」

「事情はわかりました。使えるようになったら教えてくださいね」

「それはもちろんだとも。代わりと言ってはなんだが、君に別の話を教えて上げよう」

「別の話、ですか?」

「うむ。ガーゴイルについての話だ」

「ガーゴイル……」

「一部なのかどうかは知らないが、異邦人の間で探し回っている者達がいたと聞いてな。君は興味がないのかね?」

「うーん、俺はもうフェンリルを扱えますからね……」

「ほう、神狼たるフェンリルを扱えるのか。伝説に聞くフェンリルの試練を乗り越えたのだな」

「ええ、まあ。なので『守護石像ガーゴイル』でしたっけ? そちらをあまり詳しくは調べるつもりはないのですが……」

「ふむ。まあ、我々としてもあまり詳しい話をするわけに行かない規則があるのでな。さわりだけになるが……錬金術ギルドのランク15になればガーゴイルの作り方についての情報を公開する用意がある、とだけ教えておこう」

「つまりはそこまではランクを上げてほしいと」

「これまで通り、ガンナーギルドで銃製造を請け負ってくれていれば2ヶ月とかからずにランクアップ出来るであろう。もちろん我々のギルドから発注されているクエストを受けてもらっても構わないのだが」

「まあ、その辺は考えておきますよ。それで、話はもう終わりですか?」

「そうだな。ランク14になったときの特典で一番大きなものは『技の羅針盤』だからな。それが渡せないのであればこれ以上の説明は今は意味をなさないだろう」

「……ちなみに生産系のジョブにも超級職のようなものがあるんですか?」

「戦闘系ギルドにおける超級職のような全てに通じるジョブは存在してないな。代わりに複数の特化ジョブの特性を上位ジョブで受け継ぐことは可能となるが」

「なるほど……ちなみに錬金薬士と魔法錬金術士その双方の特性を受け継ぐことも可能ですか?」

「可能不可能でいけば可能だな。それぞれの道をあわせて極めていけばそれに対応したジョブが現れてくれるはずだ」


 うーん、これってかなり重要な話なんじゃないだろうか。

 帰ったら皆にも話しておこう。


「さて、これで話は終わりだな。これから我々のギルドを訪ねた際はサイネ君に話すといい」

「サイネ君?」

「君をここまで案内していた受付担当者だ。君のような若い錬金術士が2階を利用できることは、まずありえないからな。余計な面倒事を避けるためにも、基本的に受付担当は1人にした方がいいだろう」

「まあ、それは構いませんが」

「では決まりだな。サイネ君には話を通しておく。『技の羅針盤』についても進展があったら連絡させることにしよう。それではまたな」

「ええ、それでは失礼します」


 こうして王都錬金術ギルドのギルドマスターとの最初の面談は終わった。

 この様子だとこれ以降も何回か会う機会はありそうだな……


「お話は終わりましたでしょうか?」


 受付まで戻ると受付嬢――サイネさん――に声をかけられた。


「ええ、話は済みましたよ」

「私の方にも連絡は来ております。サイネと申します。これからトワ様の担当をさせていただきますのでよろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしく。早速で悪いんだけど買えるレシピの一覧を見せてもらえるかな」

「かしこまりました……ランク14ですとこちらになりますね。どうぞご確認ください」

「ありがとう。見させてもらうよ」


 受け取ったレシピ一覧はかなりの数のレシピが載ってた。

 ……あ、既に覚えてるレシピの除外機能があるな、これを使ってと……

 うん、大分見やすくなった。

 特殊ポーション以外にもフレイムボムやエレクトリックボム、フリーズボムなんて変わり種のボムも存在してるな。

 面白そうだし目についたものは買って帰るとするか。

 あとジョブツリーも確認してみたが、ほとんどのジョブに就くための条件を満たしていなかった。

 【錬金術】スキルの他に様々な生産系スキルを組み合わせることで取得出来るようになるみたいだが、【調合】以外の生産スキルは覚えていないか半端なレベルにしかなっていないため、転職条件を満たしているものは前に説明を受けた3種類のみだった。


 錬金術ギルドで各種レシピを購入した後、調合ギルドにも顔を出しておいた。

 こちらではギルドマスターの元に案内される事はなかったが、やはりギルド2階にある上級調合士向けのフロアを使うように案内されてしまった。

 あと出張販売所の販売品目も更新し、販売しているレシピを確認したところバステ薬の上位版などがあったのでそれも買っておいた。

 使う機会があるかはわからないけど準備は大事だからな。



**********


~あとがきのあとがき~



書く気がないといつだか宣言していたガーゴイルの話、触れておかなければおかしい気がしたので軽く触れておきました。

ガーゴイルの話が出てくるフラグ条件は、


1.既にガーゴイルが王都錬金術ギルドで管理されていることを知っている

2.錬金術ギルドのランクが14以上


の2つになっています。

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