111.ケットシーにまつわる伝承

 図書館にやってきた俺達は早速手分けしてケットシーにまつわる資料を当たってみる事にした。


 しかし、文献には問題なく読めるようになる【言語学】レベルが存在し、柚月達には読めない資料も少なくはなかった。

 そのため、持ってきた資料は一度柚月達が確認して、その後、柚月達では読めなかった資料を俺とユキで対応することになった。


「うーん、低レベルで読み解ける資料にはこれといって大切な情報は少ないわね」

「そのようじゃの。せいぜいがその生態が猫に似通っているところが多い、ぐらいしかわからんのう」

「こっちもそんな感じかなー。トワ達の方はー?」

「俺の方もあまり収穫はないな。せいぜい、ケットシーは宴会のときに『マタタビ酒』を呑んで楽しむ、ぐらいか」

「『マタタビ酒』ねぇ……まあ、いかにもありそうな設定だけど。ユキの方は?」

「私の方もあまりいい情報はないですね……ケットシーは魚が好物で、定期的に湖の方に狩りに来ているらしいですが……」

「釣りじゃなくて狩りなのね……」

「どうもそう言うことらしいです。ケットシー族は成長しきっても身長が低くて1メートルにも満たないのが普通らしいです。なので、湖にいる大きめの魚を狙う場合、釣りじゃなくて狩りになるそうそうです」

「身の丈にあわないものを狙っていると見るべきか、それともそう言う習性なのか……どっちだと思う、トワ」

「割とどっちでも良くないか? それよりも次の資料を当たってくれよ」

「はいはい、わかってますって」


 俺達は集まった資料の多さに辟易しながらも、手分けしてその中身を確認していった。


 黙々と資料の確認作業を続ける中、俺は気になる文章を発見した。


「皆、この資料を見てくれ」


 俺は新しく見つけた一文を皆に向けて察し示す。


「……私達じゃイマイチよくわからないわね。ドワンやイリスも【言語学】のレベルは大差ないから同じだと思うわよ」

「スマンがユキよ内容を読み上げてくれぬか?」

「あ、はい、……ええと、『ケットシー族はかつて人ととても近しい存在だった。あるものは剣や魔法を学ぶために人里を訪れ、またあるものはモノ作りを極めるために人間族の中に頻繁に顔を出していた』です」

「ああ、昔は人間族とケットシー族の間で交流があったんだろうな」

「でも、今はそんな話を聞かないよね?」

「ああ、そうだな。となると、どこかでその交流の断絶起こっているはずだ。今度はそれに絞って調査をしてみよう」

「オーケーわかったわ。それじゃあ、もう一踏ん張り行きましょうか」

「うむ、そうじゃの」

「がんばろー」


 気になる一文からそれに関連する情報を探し出す。

 資料の数を考えるとそれでも厳しい作業ではあるが、全員で黙々と解読に励んだ。

 その成果か柚月達の【言語学】もレベルが上がり、最初の頃では読めなかった資料も読めるようになっていた。


「……ねえ、トワ。ここの部分じゃないかしら?」


 柚月は新しく開いていた資料をこちらに見せてくる。


「私のスキルレベルじゃ断片的にしか読めないのだけど、それっぽいことが書いてあるようなのよ」

「ちょっと待って、読み上げるから。えーと、『ケットシー族との間に問題が発生したのはおよそ350年前、一部の人間族がケットシー族の弾圧を行ったためらしい。その時代の資料は意図的に消されているのか、詳しいことはわからない。だが、その時代より、ケットシー族との交流がほぼ途絶えたのも確かだ』だって」

「どうやらビンゴのようね。……ただ、この資料自体も年代物ね。30年前に作られたものらしいわ」


 資料には作成年月日が記載されているものもあり、異邦人プレイヤーでも何年前かわかるようにルビがついて見えるようになっている。

 もっとも、これも【言語学】のレベルがある程度ないとわからないんだが。


「という事は、この380年近くは交流がなかったという事になるのう」

「そうなると今から探すのって難しいんじゃないかなー」

「うーん、また行き詰まったわね……どうしたものかしら」


 3人の間にまた重い空気が立ちこめる中、ユキは1冊の本を読んでいた。


「ユキ、その本には何が書いてあるんだ?」

「あ、うん。ある探検家の旅行記みたいなんだけど、その中にケットシー族との交流があったって言う話があってね。気になるから読んでたの」

「ちなみに、その本っていつぐらいに作られたものなんだ?」

「割と最近だよ。12年前の出版になってる」

「へえ、12年前に出版された本にケットシー族についての話が出ているなんてね。それは確かに興味深いわ。それで、なんて書いてあるの?」

「えーと、まとめると、旅先でたまたま出会ったケットシー族が怪我をしていて著者が助けてあげたの。そうしたら、ケットシーがその著者をケットシー族の村に案内してそこで一緒に宴に参加した、ってお話です」

「なるほどね。少なくともケットシー族は滅んだわけじゃなくて、どこかに隠れ里のようなものを作って暮らしてる訳ね」

「しかし、その情報だけではどこにその村とやらがあるのかわからんぞい」

「確かにな。資料としては今でもケットシー族が生きている証拠にはなるが、居場所を特定するには足りないな」

「そうなんだよね……それで色々読んでみたんだけど、その村の場所とかは一切書かれていなくって……」

「その本の著者が意図的に隠してるのかも知れないな。今では交流が断絶しているケットシー族だ。情報の取り扱いには慎重になっているのかもな」

「でも、そうなるとまた振り出しに戻るわよね? 今現在のケットシー族がどこにいるのかわからないんだから」

「そうなんだよな……さて、どこからアプローチしたものか……」


 司書さんに教えてもらった資料はほぼ全て確認した。

 わかったことは、かつては盛んに交流があったがある時期から断絶していること。

 だがケットシー族はまだ存在していて、どこかにその住処があると言うことだけだ。


 さすがに疲労感というものを感じてしまう。


「おや、もう調べ終わりましたか?」

「ああ、司書さん。ええ、大体は調べ終わりましたよ」


 声をかけてきたのは、この資料について教えてくれた司書さんだった。


「これだけの資料です。読むのは大変だったのではありませんか?」

「ええ、まあ、確かに結構疲れましたね」

「そうでしょう。それで、何かおわかりになりましたか?」

「そうですね……」


 今まで手に入れた情報の整理も兼ね、司書さんに今まで調べた内容に関して話をしてみる。

 とは言っても、わかったことはそれほど多くなかったため、説明に要した時間もかなり短かった。


 司書さんは説明を聞き終えると、満足げにうなずいてこう告げた。


「いやはや、これほどの資料を読み解いて、正確な情報をまとめ上げるとはたいしたものですな」

「まあ、5人がかりでようやくですがね」

「それでも十分にお早いですよ。私が案内したときは数日程度はかかるものだと考えていました」

「そうですか、でも肝心の今ケットシー族がどこにいるのかと言う情報が見当たらなくて……」

「そうでしょうな。今ではケットシー族はおとぎ話に出てくるような存在ですからな。ある意味、ユニコーンよりも希有な存在でしょう。ユニコーンは目撃例は少ないとは言え、年に数回は目撃されている訳ですから」

「そう言えば、ユニコーンについての資料もあるんですか?」

「あるにはありますが、こちらは閲覧制限がかかっておりまして……身分の保障ができる方でないとご覧に入れられない事になっております」

「そうですか……まあ、ユニコーンの情報を今集めるつもりはないのですが」

「左様ですか。……ちなみに、どうしてケットシー族の居場所をお知りになりたいのですかな?」

「うん? どうしてと言われると……単純に会ってみたいと言うところですかね。あまり深い意味はありませんよ」

「ほほう、興味があるだけですか。……それならばある意味、彼らとは相性がいいでしょうな」

「え、どういう意味ですか?」

「彼らも好奇心が旺盛で、様々な場所に顔を出しているのですよ。もちろん、人間族には気付かれないような仕掛けを施してですが」

「ケットシーがこの近くにもいると?」

「ええ、この近くにも隠れ里につながる秘密の抜け道がございますよ」

「……司書さん、あなた一体何者ですか?」

「なに、今はしがない図書館の司書でございますよ。……かつては探検家と称して各地を渡り歩いておりましたが」


 探検家?

 ひょっとして、この本って……


「……ひょっとしてこの本の著者って……」

「はい、恥ずかしながら私めの書いた本でございます。その本までお手にとっていただき、内容を調べていただけたこと感謝いたします」

「それじゃあ、今のケットシー族の居場所って知っているんですか?」

「ええ、存じ上げておりますとも。今でも年に1度か2度はケットシー達に会いに行きますので」

「……その情報って教えていただけますか?」

「あなた方でしたら、彼らに危害を加えることもないでしょう。ケットシー族の隠れ里へはケットシー族の案内なしでは立ち入ることができません。なので、代わりにケットシー族が頻繁に現れる場所をお教えいたしましょう」


〈シークレットクエスト『ケットシーとの邂逅』が発生しました〉


 突然、シークレットクエストのアナウンスがシステムメッセージ上に入ってきた。

 この司書さんに気に入られることがクエストの発生条件かな?


「ケットシー族はこの王都からもっとも近場ですと、南西に向かったところにある湖の周りに現れます。基本、土の日の朝と夕方に湖に現れて狩りをしているようですな。詳しい場所はこちらの地図を見ていただければわかるでしょう」

「南西の湖ですか。わかりました、今度行ってみます」

「それがよろしいかと。最初は警戒されるでしょうから手土産にマタタビ酒を用意してから行くべきでしょうな」

「アドバイスまでありがとうございます。……そう言えば名前を聞いていませんでしたね。俺は異邦人のトワと言います。あなたのお名前は?」

「名前ですか……ケットシー達と会うのでしたら探検家時代に名乗っていた名前の方が良さそうですな。『ケイン』です。ケットシー達に会いましたら『ケイン』の紹介だと伝えてあげてください」

「ケインさんですね。わかりました。貴重な情報ありがとうございます」

「いえいえ。私としても彼らに興味を示してくれる方が現れるとは思いませんでしたからな。資料の方は私が片付けておきましょう。皆様はケットシー達への手土産を探しに行かれてはいかがですかな?」

「ではお言葉に甘えて。ありがとうございました、ケインさん」

「南西の湖までは凶暴なモンスターは出ませんが、お気をつけて。それではまたのご利用をお待ちしております」


 ケインさんの言葉に甘えて資料の後片付けをお願いし、俺達は図書館を後にした。

 さて、手土産か、何がいいんだろうな……


「手土産ねぇ……とりあえずマタタビ酒は用意するとして、あとはどうしましょうか?」

「私が適当にお魚料理を用意するんじゃだめでしょうか?」

「それが無難かしらね。後は適当に喜びそうなものを探すとしましょう。どうやらこのクエストはそれなりに信頼を稼がなきゃいけないみたいだからね」


 柚月の言葉を受けてクエストの詳細を確認した。

 そこに表示されていた内容はこれだ。


 ―――――――――――――――――――――――


 シークレットクエスト『ケットシーとの邂逅』


 クエスト目標:

  ケットシー族との友誼を深める

   達成率 0%

 クエスト報酬:

  ケットシーの里への案内


 ―――――――――――――――――――――――


 これまた、曖昧なクエスト目標だ。


「とりあえずは、お酒と食べ物類を集めるところが無難かしら。ユキには食料品の調達を任せるわ。後の皆はマタタビ酒を手分けして探しましょう」


 柚月の号令に従いそれぞれが行動を始めることにした。


**********


~あとがきのあとがき~



ネコと言えばマタタビの話は外せません()

ちなみに、マタタビ酒は必須アイテムという訳じゃありません。

あればかなり進行が容易になりますが、なければないで何とかなります。


まあ、手に入れるのも簡単なんですが。


それからゲーム内での曜日の話。

基本的にゲーム内の曜日はリアルの曜日と一致します。

つまり、ゲーム内では同じ曜日が2日続くことになります。


呼び方も、日曜日が『天の日』、金曜日が『風の日』になっている以外は基本的に一緒です。


念のために一覧にしておきます。


日曜日→天の日

月曜日→月の日

火曜日→火の日

水曜日→水の日

木曜日→木の日

金曜日→風の日

土曜日→土の日


そしてそれぞれの1日目を『一の日』、2日目を『二の日』と呼びます。

月曜日の1日目だったら『月の一の日』、金曜日の2日目なら『風の二の日』等です。

単に『月の日』『土の日』と言った場合は、一の日と二の日両方を指す事が普通です。


あと、ゲーム内での0時は午前6時と午後6時ですが、曜日の切替は現実時間の午前0時に切り替わります。

何とも不可解な仕様ですがそう思っておいてください。

(そもそも同じ曜日が2度続く時点で不可解ですし)

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