110.ハルの聖霊武器とマスクデータの開示

 木曜日。


 いつも通りログインの準備をしていると遥華に声をかけられた。


「お兄ちゃん。今日、ゲームの中で暇?」

「暇といわれると暇でもあるな。やることはあるが急ぎじゃないし」

「それじゃあ、お店にいるよね?」

「時間を指定してもらえればいるが……何かあったのか?」

「聖霊武器を作ってほしいんだよ。聖霊の器まではできたけど聖霊武器を作るには中級以上の錬金術士が必要って話じゃない。それならお兄ちゃんに頼んだ方が早いかなって。あ、ちゃんとお礼も用意してあるよ」

「……そう言うことなら構わないが。いつ頃、店に来るんだ? そして聖霊武器の元になる武器はあるんだよな?」

「武器なら平気。この前使ってたミスリル金の魔法剣が★11だから。お店に行く時間は……リアルで1時間後くらいになるかな?」

「じゃあ、ゲーム内時間で2時間後な。わかった、その頃には店にいることにするよ。あまり遅かったら出かけるかも知れんが」

「遅れそうだったら、ちゃんとメッセージ送るから。それじゃあ、お願いね」


 用件を話し終えると遥華は自分の部屋へと向かっていった。


 さて、いきなりだが予定が1つ入ったし、さっさとログインするか。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――



 ログインしたらまずはワグアーツ師匠の家に行き、練習用の素材を受けとる。

 素材は昼間ログインできていないので2日分の40セットだ。


 素材の受け取りがすんだら、クランホームの工房に戻り、スキル習得に向けた練習を行う。

 集中スキルも併用して、スキル練習に励むがなかなか上手くいかない。

 この感覚はβテストの最初期の頃以来である。


 ただ、【魔力操作】に関してはコツがつかめてきたような気がする。

 【魔力操作】は【魔石強化】でも使っている魔力の流し込みに似たような感じなのだ。

 細かく感じていくと違う箇所が多いが、つかみは【魔石強化】と同じ感覚で良さそうだ。


 逆に、【気力操作】は上手く行っていない。

 練習中にドバドバと流れ込んでいる力があるのは感じている。

 これが気力なのだろう。

 ただ、これを操作する感覚がまったくつかめない。

 今のままだと、底に穴の空いたバケツのような感覚で気力が流れ出てしまっている。

 これを操れるようにしないと【気力操作】は得られないだろう。


 そんな感じで、収穫があったようななかったような40回分の練習が終わったのは練習開始してから1時間ほどが経過した後だった。


 工房内にはユキもいて、同じように練習をしていた。


 ユキの練習の様子を見ていたが、やはり本人のいう通り感覚はある程度つかめているのだろう。

 魔力だけしか感知できないが、魔力の方はかなり安定して素材に注ぎ込まれている。


 しかし、成功にはまだほど遠いようで、ユキもやはり失敗してしまっている。

 だが、俺よりは感覚をつかめてきている様子で次の素材を取り出して練習を続行していた。


 邪魔をするのも悪いので、俺は店売り用のポーションを作る事にする。


 そうして30分ほど普通にポーション作りをしているとフレチャが入った。

 ハルからだ。

 どうやらお店の方についたらしい。

 ここから直接店の内部に入るためのゲスト権を与えることもできるが、さすがに味気ないので迎えに行くことにする。


「はーい、お兄ちゃんお待たせー」

「早かったな。お前のパーティの方は大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ。長くて1時間ぐらい抜けてくるって言ってきたから。それでお兄ちゃん、聖霊武器ってどう作るの?」

「錬金術でだよ。ほら、アクセス権は渡したから店の中に行くぞ」

「はーい。お邪魔しまーす」


 ハルを連れて工房へと戻ってくる。

 すると、ユキもちょうどスキル練習が終わったらしく、こちらに気付いていた。


「あ、ハルちゃん、こんばんは。今日はどうしたの?」

「こんばんはー。聖霊武器を作ってもらおうと思って来たの」

「聖霊武器か……。トワくん、聖霊武器の使い勝手ってどう?」

「んー、俺の場合は普通の武器の強化版に防御貫通のスキルだからな。普通に戦える感じ?」

「……あまり参考にならないよ、お兄ちゃん」

「そうは言われてもな……普段使いしている武器の単純強化版だから何とも言えないな。あえて言うなら修理がめんどくさいぐらいか?」

「修理には魔石が必要で自力修理なんだっけ? わたし達も魔石を集めておかないと大変かなぁ」

「私達? 他のパーティメンバーも作るのか?」

「その予定だよ。ただ、聖霊武器にする素材の武器が見つかってないから、先にわたしだけが聖霊武器を作る事になったの。あ、他の皆が聖霊武器を作るときもお願いね、お兄ちゃん」

「……まあ、対価があるなら構わないさ。ほら、早速だが始めるぞ」


 錬金用の板を取り出し、教授の聖霊武器を作ったときの手順をなぞる。

 そうすることで、無事、ハルの聖霊武器が完成した。


「これが聖霊武器か……確かに聖霊武器にする前より強くなっているかも!」


 確か、聖霊武器にする前の攻撃力が物理攻撃力250の魔法攻撃力230ほどだった。

 それが、聖霊武器化したことでそれぞれ1割ちょっとずつ強くなっている。

 俺の武器もそうだったし、聖霊武器化は大体1割程度の攻撃力アップらしいな。


「弱くなっていたら困るんだけどな」

「それから聖霊開放のスキルも私好みで満足! 火力は正義だよね!」


 どうやらハルの聖霊開放は高火力タイプのスキルになったらしい。


「あ、聖霊武器の名称やフレーバーテキストはわたしが好きに変えられるのか……どうしようかな」

「そんな事より、少しお茶にしよう、2人とも。もう準備できてるから」

「あ、そうだね。お茶にしよう。お兄ちゃんもいいよね?」

「ああ、構わないぞ。どうせなら談話室に行くか」


 3人で連れだって談話室に移動すると、柚月達他のクランメンバーもいた。

 3人とも疲れた様子だった。


「こんばんはー。なんだか疲れた様子ですけど何かありました?」

「あら、ハルじゃない。こんばんは。……ちょっと生産作業で行き詰まっててね……」

「『ライブラリ』がですか?」

「あら、私達だって、元はシロウトだったのよ? 新しい作業工程が加われば普通に行き詰まったりするわ」

「……なんだか大変そうですね」

「大変なのよ。それでハルはどうしたの?」

「あ、お兄ちゃんに聖霊武器を作ってもらいに来ました」

「……聖霊武器ねぇ。私達も聖霊石まではできてるし聖霊武器を目指すべきかしらね?」

「さすがに聖霊武器は好みだと思うぞ。聖霊の試練もそこそこきついし」

「そこがネックなのよね。1人で挑まなきゃいけないみたいだし、単純にスキルを鍛えると敵も強くなるし……」

「そこは気合いでガーッと行けばいけますよ。とにかく先手必勝ですね」

「あまり参考にならない説明ありがとう。……それで、3人はどうしたの」

「ちょっとお茶をしに来ただけだ」

「そう、私達はここでゆっくりしてるからごゆっくりどうぞ」

「はーい、お邪魔します」


 俺達は柚月達とは別のテーブルに着き、お茶を楽しんだ。

 なお、ユキは柚月達にもお茶を振る舞っていた。


「はー、疲れが取れるわ。……トワ達はこの後どうするの? もう練習は終わってるんでしょう?」

「ああ、俺達はちょっと調べ物があって王都の図書館に向かうよ」

「王都の図書館? お兄ちゃん何しに行くの?」

「ちょっとケットシーについて調べに。まあ、暇つぶしというか息抜きだな」

「ケットシーって……お兄ちゃん、眷属増やすの?」

「そこまでする予定は今のところないんだがな。たまたま、情報が手に入ったからその裏付けを取りに行くと言ったところか」

「……どこでそんな情報仕入れたの?」

「第4の街でたまたまだな。住人と話をしていたら話してくれたぞ」

「……お兄ちゃんはなにげに住人からの好感度高そうだよね」

「好感度? あるとは聞いていたけどわかるようになったのか?」

「この前のアップデートで開示されるようになったよ。メニュー画面から調べられるよ」


 ハルに教わった通りにメニュー画面を操作していく。

 するとそこには『NPC好感度』の表示が確かにあった。


 試しに中を確認してみると、街ごとに分けられて住人NPCの好感度が表示されるようになっていた。

 表示が『???』になっているのは、まだ会ったことがないか名前を聞いていない住人だろう。

 各街にそれぞれそれなりの数の『???』表示がある。


 第4の街を選択してみると、メシアさんやアメリアさんの名前が確かにあった。

 そして、それぞれの好感度は100を突破していた。


「……好感度って100が上限じゃないのか?」

「ヘルプを読もうよ。-50が最低で150が最高だよ」


 ハルに言われた通りヘルプを確認したが、確かに好感度の幅は-50から150の間のようだ。


「その反応からして100を越えてる住人さんがいるって事だよね。ちなみにその情報をくれたのって?」

「100を越えてる住人だな。もっとも、今100を越えているからってあの時も100以上だったかはわからないけど」

「つまり好感度がマスクデータの間にはすでに情報を入手済みだったんだ。ちなみにその情報って教授には?」

「教えてあるけど売り出したとは聞いてないな。まだ検証段階なんじゃないのか? もうかなり前の情報なんだが」

「そっか。まあ、わかれば売ってもらえるようになるでしょ」

「なんだ、気になるのか?」

「それはね。武闘大会であんな負け方すれば気になるよ。例え戦闘向きじゃなかったとしても」

「戦闘向きかどうかなんてわかるのか?」

「眷属関係のヘルプページに眷属の特徴も書かれてるよ。この間のアップデート後からで、まだフェンリルの情報しかないけど」

「つまり、新しい眷属を開放すれば新しいヘルプも開放されるのか」

「そうみたいだね。……さて、それじゃあわたしはそろそろ帰るね。あ、これ今日のお礼!」


 渡されたのは雷獣素材の詰め合わせだった。

 どうやらハル達のパーティも雷獣相手に周回出来る程度には強くなっているらしい。


 ハルが帰っていった談話室内はまたゆったりとした空気が流れていた。


 俺はこの際だからと、アップデート内容を見直してみる。


 すると、確かに『好感度情報の開示』という項目があった。

 そのほかにも、『一部武器におけるマスクデータの開示』などいままで隠されていたデータを確認できるようになった項目がいくつかあった。


 ちなみに、フェンリルの情報を見てみると、


『戦闘能力に長けた眷属。育て方次第で攻撃・回復・盾役どの役でもこなせる。また、亜成体になると騎乗して移動も可能』


 と書かれていた。


「……さて、そろそろ図書館に行くか」

「うん、そうだね。あまり遅くなっても困るしね」


 王都の図書館に移動しようと席を立つと、柚月から声がかかる。


「トワ、そのケットシーの情報を調べるのって私達じゃ無理?」

「うん? いや、そんな事は無いと思うぞ。少なくとも俺達が一緒なら。それがどうかしたのか?」

「私も一緒に行こうかと思って。さすがに今日はこの後、生産する気にはなれないわ」

「それならわしも行こうかの。わしも気分転換したいところじゃ」

「それならボクもー。かなり煮詰まってたんだよねー」


 どうやら3人とも、かなりグロッキー状態らしい。

 まあ、全員が店を離れたところで何も支障は無いし構わないか。


「ユキ、どうする?」

「皆も行きたいなら皆で調べればいいんじゃないかな? 私達だけで調べきれるかわからないし」

「なら決まりね。それじゃあ王都まで行きましょうか」

「そうじゃの。ついこの間まで勉強漬けじゃったが、息抜きに調べ物も良かろう」

「もしかしたらケットシーも手に入るかもだしねー。頑張らないと」


 どうやら5人全員で行くことが決まったらしい。

 全員が【言語学】をそれなりのレベルで持ってるし、手分けすればすぐに調べ終わるかも知れないな。

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