109.レシピの内容とケットシー

「ようやくレシピが使えた……」


 先週の金曜日から王都の図書館で【言語学】スキルのレベリング作業をすること6日間。

 翌週の水曜日になってようやく全てのレシピの取得となった。


 ちなみに、柚月達はもうレシピの解読を終えて次の修行段階に入っている。

 柚月達が全てのレシピを解読できたのがレベル25であったのに対して、俺の場合は30まで上げる必要があった。

 この差が、一般的なジョブ系列を選んだ柚月達と特化型のジョブ系列を選んだ俺の差なのかはわからない。

 ともかく、これで次の段階に進むことができるという訳だ。


「お疲れ様、トワくん」


 向かいの席に座っていたユキがねぎらいの言葉をかけてくれる。

 ユキの方もレベル25の時点で全てのレシピを取得できたらしいが、俺の分のレシピ取得まで付き合ってくれていた。

 参考までにユキの【言語学】のレベルを聞いてみたが既に33まで上がっているらしい。

 上がったスキルレベルに任せて色々な本を読んでいるうちに、料理レシピもいくつか覚えたそうな。


「それで、トワくんのレシピの内容ってどうだったの?」

「ああ、基本的には他の皆と一緒だな」


 そう、レシピの内容は新しい制作物のレシピではなかったのだ。

 レシピの内容は作業工程そのものを上級レベルに引き上げるものだった。

 具体的には、作業途中でも魔力を注ぐことによって、さらなる品質の向上が望める、そんな内容だ。

 他にも、各工程で細かい注意点なども記されていた。


 俺の場合、錬金薬士という職業ゆえか『錬金』用と『調合』用の2種類の作業レシピが手に入った。


 それから、ユキと一緒に行った料理修行の店で渡されたレシピは、上位の薬膳料理用の中間素材レシピだった。


 今度は薬草を下処理するのではなく、調合した薬そのものを処理して調味料のように扱えるようにするらしい。

 こうすることで、品質向上のほか、状態異常耐性をバフとして付与出来るようになるらしい。


 ただ、そちらのレシピの扱いはかなり難しいらしく、【中級料理術】のレベルが26もあるユキでも★5を作るのが精一杯らしい。


 まだ【中級調合術】のレベルが20にも達していない俺の作る中間素材では、★5すら怪しいだろう。


「ともかく、レシピを覚える事は出来たんだ。早速、修行先に行ってみよう」

「うん、わかった」


 俺達は図書館を出た後、サブポータルを使いそれぞれの修行先――ユキ達も修行先直通のポータル利用ができるようにしてもらったらしい――へと移動した。


 俺がたどり着いた修行先、ワグアーツ師匠の家ではワグアーツ師匠が待っていたようだった。


「予想以上に早くあのレシピを解読できたようだな。異邦人というのは羨ましいものだ」

「まあ、こちらは色々特別らしいですからね。それで次のステップに進めるんでしょうか?」

「ああ、レシピが使えるようになったのなら次のステップへと進もう。まずはこのレシピを覚えてくれ」


 そう言って渡された次のレシピ。

 これは問題なく使用することができた。

 覚えた制作可能アイテム名は……


「『劣化ハイポーション』?」

「ああ、そうだ。『ハイポーション』の劣化版だな。もっとも、素材の種類が違う以上、『劣化』と名付けること自体が間違いと思うのだが……」

「どうしてこのレシピを?」


 普通のハイポーションのレシピなら既に持っている。

 実際、店舗の方でも販売しているのだ。

 ……★6までしか作れないが。


 ★6であってもミドルポーション★11より回復量の高いハイポーションはそれなりに売れている。

 原価の差故にハイポーションの方がかなり高めのため、売れ筋はミドルポーションの方だが。


「まずは劣化ハイポーションを先に渡したレシピの方法で作り、【魔力操作】と【気力操作】のスキルを習得するのだ。それが済み次第、さらなるステップへと移ろう」


 ここでまた知らないスキル名が出てきた。

 【魔力操作】と【気力操作】という名前から察するに、レシピで出てきた効率を高めるスキルか?


「わかりました、それでは早速やりましょう」

「うむ。やる気があってよろしい。……材料はこれだやってみたまえ」

「はい。……っ、これは……」


 思った以上に魔力MPスタミナSTを持って行かれる。

 MPについてはそうそう尽きることはないのだが、狐獣人の悲しい定めか、STについてはかなり少ない。


 実際、3回ほどの試行でST切れを起こしそうになってしまった。


 なお、劣化ハイポーションは完成せずに3回ともゴミができるだけだった。


「……ふむ、やはりそう上手くはできぬか。どれ、一度ぐらいは手本を見せよう。よく見ておれ」


 枯渇しかけたSTをポーションで無理矢理回復させてワグアーツ師匠の作業の様子を見守る。


 すると確かに魔力ともう1つの力が素材に少しずつ注ぎ込まれているのがわかる。

 ワグアーツ師匠は最後の工程まで無難に作成を終了させた。

 完成品の品質を見せてもらったが★12であった。


「次のステップに進むならば、せめてこの作業手順で★11を作れるようになってもらわねばな」

「……先は長そうですね……」

「職人の道に近道などありはしないよ。……素材は毎日決まった量を渡す。こなかった日の分も考慮しておこう。それで★11以上の劣化ハイポーションを作ってくるのだ」

「わかりました。……作ってこいという事は、ここで作業しなくてもいいのですか?」

「お主もそれだけの腕を持った職人ならば人並み以上の工房を持っているだろう? 作業をするならばわざわざ使い慣れない作業場より自分の工房を使った方がよかろう」

「……なるほど、確かに。それでは今日の分の素材はお預かりしていきます」

「預けるというより渡しているのだがな。……ああ、できた劣化ハイポーションは好きに使っていいぞ。それから、スキル修練は渡した素材だけで行うように。それ以外の素材で練習しても上達はしないだろう」

「ありがとうございます。それでは」


 受け取るものを受け取った俺は、一路自分の工房のあるクランホームへと戻るのだった。


 ―――――――――――――――――――――――


 チェインクエスト『最上級の劣化HPハイポーションを作成せよ』


 クエスト目標:

  ★11以上の『劣化HPハイポーション』を作成しワグアーツに見せる

 クエスト報酬:

  次段階へのクエスト進行


 ―――――――――――――――――――――――


 ―――――――――――――――――――――――――――――――



「あら、おかえりトワ。あなたもこっちで修行することにしたのね?」

「……その様子だと柚月もか」


 クランホームに戻って談話室。

 そこには柚月がだるそうに机に突っ伏していた。


「そう言う事よ。さっきまではドワンやイリスもいたわ。私ももう戻って修行の続きをやってもいいのだけど……さすがにMP切れやST切れを何回も起こしていると精神的な疲れがね……」

「という事は、皆【魔力操作】と【気力操作】の習得で困ってるのか……」

「さすがに今までやったことのない作業だからね……私の場合、布を織る作業で練習しているのだけどどんどんMPとSTが抜けていって作業に集中できないわね……」

「確かにそれはあるな。『拠点内回復速度上昇』オブジェクトのおかげで何もしていなければMPもSTもすぐに回復するだろうが……」

「精神的な疲れが抜けないのが難点よね……って、ユキが戻ってこないけど、あの子は大丈夫なのかしら?」

「そういえばそうだな。俺と一緒のタイミングで修行先に向かったはずだが……」

「さすがに今回ばかりはあの子でも苦戦しそうだけど……」


 ユキが『ライブラリ』メンバーについてこれているのは、はっきり言って本人の天才的な素質のおかげだ。


『ライブラリ』が高品質品を作り続けられるのは、ひとえにβのときの経験則で作業をしてきたからだ。

 そんな中にβプレイヤーではないユキがいて、しかも誰に習うでもなく俺達と同じ品質のアイテムを作れるのは天才と称するしかない。


 実際、俺達はこうして新しい作業手順で躓いているのだから。


「もしかしたら、もうスキルを覚えていたりしてね」

「さすがにそれはないだろう。……どうやら帰ってきたようだ」


 ホームポータルからユキの姿が現れた。


「お帰りなさいユキ。そっちの調子はどうだった?」

「あ、ただいまです。そうですね、しばらく練習すれば何とかなると思います」

「……念のため確認だけど、あなたも【魔力操作】と【気力操作】の習得を目指して練習中なのよね?」

「はい。でも、何となくですが、魔力や気力、ですか? それの動かし方はわかる気がします。あとは、ゆっくり必要な量だけを注げるようになればスキルも覚えられると思います」

「……トワ、やっぱりこの子、天才だわ」

「……ああ、俺もそう思ってるよ」


 疲れたように机に突っ伏す俺達をユキは訳がわからない様子で眺めていた。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――



「そうなんだ、これってそんなに難しかったんだ……」

「ああ、俺達にはかなり難しいスキルだな」


 場所は移り変わって俺の工房。

 劣化ハイポーションの作成に失敗しながら、話をしていた。


 MPやSTの枯渇を防ぐために1回作業するごとに少々の休憩を挟んでいるので、お互いに話をする余裕はある。


「ちなみに、コツって何かあるのか?」

「うーん、言葉じゃ説明しにくいかも。魔力はこうザワザワって感じで、気力はガーッって感じ、それを上手く制御してあげるんだけど……」

「うん、よくわからないな。すまない……」

「うん、わからないよね……」


 そんな風に話をしながら渡された今日の分の素材、最初にこちらに来る前の失敗分も含めて20回分の試行が終わった。

 作業が終わってすぐにユキは簡単な飲み物を用意してくれた。


「……これは最悪、最大試行数まで覚えられないかもなぁ」

「……最大試行数って確か、スキルを確実に覚えられる練習回数だっけ?」

「ああ、そうだ。……しかし、ゲーム内1日で20回分の素材を渡されるって事は100や200ですまないだろうなぁ……」

「うーん、その前に覚えられると思うけど」

「その希望が見えないのが今の状態なんだよな」

「でも、今日が初日な訳だし、明日からもがんばればきっとすぐにできるようになるよ」

「だといいんだが」

「あ、あと、図書館に【魔力操作】と【気力操作】の本があったよ。感覚的な話しか書いてなかったからあまり役に立つかはわからないけど……」

「本当か!? ……まだ寝るまでは時間があるな。もう一度図書館に行って調べてみるか」

「行くなら私も一緒に行くよ。案内してあげるね」

「ああ、助かる。それじゃあ、行こうか」

「うん。あ、ちょっと待ってね。『アーマーチェンジ・サマーワンピ』っと、それじゃ行こう?」


 ユキは暇なときに【アーマーチェンジ】を使って遊んでいることが多かったらしく、スキルレベルが上がっていた。

 レベルが上がった事によってできた遊びにステータス補正の極めて低いアバター装備をセットし、おでかけ用装備として使っている。

 ちなみに、今来ているのは夏用のワンピースで、柚月がノリノリで作ったものだ。

 防具としての性能は低いが、素材などは厳選されているため見た目はすごく美しい。

 デザインセンスもさすがの柚月である、文句のつけようがない。


 ちなみに、柚月は夏が過ぎれば秋冬向けの服も作るとのこと。


 ともかく、おでかけ用のおしゃれ着に身を包んだユキを伴って俺は再び王都の図書館を目指すのだった。

 ……俺も普段着装備作ってもらった方がいいんだろうか……



 ―――――――――――――――――――――――――――――――



「今の本だったんだけどわかった?」

「内容は読めたが、意味はさっぱりだ……」


 柚月に案内されて【魔力操作】と【気力操作】の入門書のような本を読破した。

 30分程度で読めてしまう程度の内容しかなかったが、魔力とは何か、気力とは何かを説明していた本だ。

 ただ、文字の説明を読んでも実物がわからないわけで……


「はあ、参考にならない訳じゃないが、練習あるのみだな……」

「がんばってね、トワくん。私にできるお手伝いがあれば手伝うから」

「ああ、ありがと。……そう言えば王都の図書館のいえば何かを忘れているような……」


 確か大分昔に、王都の図書館で何かについて調べればいいと聞いていたような……


 …………ああ、思い出した、ケットシーだ。

 目の前のユキの猫耳を見たら思いだした。


 確かここなら文献があるかもと言う話だったはずだ。


 図書館に来ているついでだ、調べてみるか。


「どうかしたの? トワくん?」

「ん、ああ。前に王都の図書館でケットシーについて調べれば何かわかるかもって聞いたのを思い出してな。ちょっと調べてみようかと」

「ケットシーって確か眷属の一種だよね? 新しい眷属を増やすの?」

「んー、そこまでする気はないかな。興味があるから息抜きがてらに調べてみようかと」

「わかった、私も手伝うよ」

「任せた。それじゃあ、とりあえず司書さんにでも聞いてみよう」


 試しに司書の住人に尋ねてみたところ、あっさりと色々な文献があると言う情報を教えてくれた。

 それこそ、子供向けの絵本から生態を研究した研究資料まで揃っているという話だ。


 今日はもうそろそろ時間が怪しいので、とりあえず絵本を読んでみることにした。

 ……うん、子供向けの内容だな。


 ケットシーがどんな格好をしているとか、どんなものが好物なのかとかそんな内容だった。


「マタタビで酔って、お魚料理が好きなんて本当に猫みたいなんだね」

「そうみたいだな。……明日も時間があったらこっちを調べてみるか」

「うん、そうだね。こう言うのも面白そう」


 とりあえずの予定が決まった俺達はクランホームに戻ってログアウトした。

 ……ケットシーか、仲間にするつもりはあまりないが、調べて教授にでも伝えてみるか。

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