106.王都到着

 ちょっとしたトラブルのあった最後のセーフティーエリアを過ぎ、ボスエリア前までたどり着いた。


 ボスエリア前は基本的にモンスターの沸かないゾーンとなっているため、ここなら安心して準備ができる。


「はい、トワくん。料理だよ」

「うん。ありがと」


 ここまで戦闘自体を回避してきたため、消耗は0だ。


 ただ、念のためと言うことで食事によるバフだけはつけておくことになった。

 ただし、念のためで渡された★11料理とか出なければ、だが。


 念のためで使うには過剰すぎる料理である。

 種類はいつもの薬膳料理系。

 今日は煮物系のようだ。


 料理は基本的に、使った材料によってバフの種類が変わる。

 ただ、薬膳料理にしてしまう、つまり薬草類を加えると、必ずHP・MPバフがつくようになる。


 手順だけ聞くと簡単なように聞こえるが、適当に下処理をした薬草を入れただけでは大きく品質が下がる。

 高品質な薬膳料理にするには、最適な薬草類のブレンドを考えなくてはいけないのだ。


 閑話休題それはともかく


 ★11の薬膳料理。

 そのバフ効果はHP+150・MP+150という破格の値だ。


 間違っても『念のため』で使うレベルじゃない。


 まあ、HPの少ない狐獣人の俺やハーフリングのイリスにはあった方がいいのはわかるが……


 他の皆を見ても、頓着しないイリスと配った本人であるユキ以外は少し苦笑いを浮かべながら食べている。


(まあ、出されたものだし食べてしまうか)


 俺も気持ちを切り替えて料理を平らげる事にした。


「……さて、食事が終わったらいよいよボス戦だ。準備はいいな?」

「うん、大丈夫だよ」

「OKよ」

「無論じゃ」

「ボクも大丈夫」


 さて、それじゃあ早く食べてしまってボス戦と行こうか。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――



 ウォォォォォン!!


 白銀魔狼の遠吠えが辺りに木霊する。


 白銀魔狼とのボス戦は峡谷にある開けた岩場だ。


 素早い動きを得意とするウルフ系がわざわざ狭い岩場をテリトリーとしているのにはもちろん訳がある。


 しかし、序盤戦では意味は無いのでとりあえず目の前の敵にのみ集中する。


 崖の上から降り立った白銀魔狼はこちらを確実に敵視していた。


「グルゥァ!!」


 タンク役であるプロキオンが挑発効果のある咆吼をだしながら白銀魔狼に襲いかかる。


 白銀魔狼の方は挑発効果を受けてしっかりとプロキオンを視界に収めつつも、飛び退ってプロキオンの初撃を躱した。


 白銀魔狼の、と言うよりこれ以降のボスの面倒なところは、挑発でヘイトをガッチリ稼いでいても動き回るところだ。


 これまでのボス戦ならヘイトコントロールさえできていれば、あまり動き回ること無かった。

 白銀魔狼以降のボスはヘイトコントロールがしっかりしていても、回避や攻撃で動き回る事が多い。


 ここから先は上級者向けと言わんばかりのAIだ。


 とりあえず30秒ほどプロキオンと白銀魔狼の戦闘を眺めて、ヘイトが十分にたまったことを確認してから攻撃に移る。


 今回は柚月、ドワン、イリスがアタッカー、俺とユキはアタッカー兼ヒーラーで、タンクはプロキオン1枚構成だ。

 特に俺は過剰な攻撃力があるため、開幕すぐに攻撃してしまうとヘイトを奪いかねないため、全員で30秒ほど待ってからの攻撃開始とした。


 白銀魔狼の攻撃力はそこそこ高いため、プロキオンの自己回復だけではHPが削られてしまう。


 そのため、まずユキが回復を行い、その他4人は白銀魔狼に攻撃を仕掛ける。


「そーれ、ハンマースイング!」

「スナイプシュート!」

「ラーヴァショット!」

「ライトニングレイ!」


 4人の攻撃を受けて白銀魔狼のHPは2割弱ほど減った。


 やはり、レベル帯は適正範囲でも装備品の質が良すぎるため、過剰攻撃力気味だ。


「皆、念のためもう少し火力を抑えよう。プロキオンからタゲをはがしてしまったら困る」

「了解じゃ!」

「オッケー!」

「わかったよ!」


 大技から小技へと切り替え、細かくダメージを積み重ねる事数分。


 白銀魔狼のHPバーが残り5割に迫っていた。


「そろそろ増援来るぞ! プロキオンの周りに近づけ!」


 俺の号令を合図に一旦攻撃の手を止め、あえてプロキオンの近くに立ち位置を変える。


 全員の移動が終わったことを確認したら、改めて全力の攻撃を仕掛ける。


 最初の攻撃と同じようにHPバーを2割弱削ったことで白銀魔狼のHPが半分以下となり、特殊行動に移る。


 俺達から距離を取り、岩山を駆け上がって。


 アォォォォォォォン!


 再びの遠吠え。


 すると岩山の上から襲ってくるもの達がいた。


 ブレードウルフ、ニードルウルフ、ファングウルフそれぞれ3匹ずつ計9匹だ。


 それに加えて白銀魔狼も岩山から飛び降り、計10匹が同時に相手となる。


 増援として現れた9匹はまだ、誰もヘイトを稼いでいない。

 そのため、近くにいる相手に襲いかかろうとする、だが。


「ガァァァッ!!」


 プロキオンの広域挑発技、ウォークライが発動する。


 ウォークライによって増援として現れた9匹もプロキオンめがけて襲いかかって行った。


 白銀魔狼戦後半で取られる戦法は大きく分けて2つ。


 1つ目は、サブタンクが増援のヘイトを集めて処理する方法。

 2つ目が、メインタンクが広域挑発技を使用して全ての敵のヘイトを集める方法だ。


 今回はこの2つ目の戦法を採用している。


 増援のウルフたちのAIはそんなに賢くない。

 ひとかたまりとなってプロキオンに襲いかかろうとする。


 そこを狙って、俺と柚月の範囲魔法がプロキオンごとまとめて焼き払う。


「イラプション!」

「ライトニングボルト!」


 地面からは溶岩の噴出が、空からは雷が襲いかかる。


 この2つの攻撃の直撃を受けたウルフたちはHPを全て失い、一部は少しだけHPを残した状態で生き残っていた。


 そのわずかな生き残りはドワンやイリス、それからユキが各個撃破する。


 このゲームにおいてはFFフレンドリーファイアではダメージが入らない。

 ノックバックやヒットストップ効果のみ受けることになる。


 だが、プロキオンならその2つに対しての耐性を持つため、ある程度の攻撃なら巻き込んでも平然としている。


 増援は最大3回、1回目の増援登場から1分間隔で襲ってくる。

 逆を言ってしまえば、1分以内に白銀魔狼を倒せてしまえば、最初の増援だけで終わってしまう。


 俺と柚月は魔法の発動場所を調整して、しっかりと白銀魔狼も巻き込むように撃ちこんだ。


「さて、それじゃあ決めさせてもらおうか。ライトニングバインド!」


 雷の鎖が白銀魔狼に襲いかかり、その動きを封じてしまう。


 あとは残り2割強となった白銀魔狼のHPを削るだけのお仕事であった。


〈エリアボス『白銀魔狼』を初めて撃破しました。ボーナスSP6ポイントが与えられます〉



 ―――――――――――――――――――――――――――――――



「ふぅ、お疲れ様。意外と楽なものね?」

「まあ、そうじゃろうよ。適正レベル帯でこれだけ高品質な装備に身を包んでいるのじゃ。負けるはずもない」

「それにユキちゃん特製の薬膳料理も食べてるしねー。少し白銀魔狼の攻撃がかすったけど、まったく問題なかったよ」

「そうね……ところで戦闘開始からまだ10分経ってないわよね?」

「うん、ああ、7~8分ぐらいで倒したと思うが……まさか周回する気か?」

「あら、いいじゃない。これだけ余裕なら料理バフが切れるまで周回しましょう」

「それもそうじゃの。このまま王都に向かっては料理バフが少々もったいないか」

「ボクも周回に賛成かなー。素材も集めておきたいし」

「私も特に反対はしませんよ。プロキオンももう回復してますし」

「……わかったよ、じゃあ後2戦ほど周回しよう」

「そうこなくっちゃ。さあ、準備はいいわよ! 早く始めちゃって、トワ!」

「はいはい、他の皆も準備は大丈夫か?」

「無論じゃ」

「へいきー」

「大丈夫だよ」

「わかった、それじゃあ2戦目始めるぞ」


 俺は岩場横にある石碑に向かい、白銀魔狼との再戦を選択した。


 その後、キッチリと料理バフが切れそうになるまでの2戦分しっかりと周回をして、それから王都へと向かうのだった。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――



 王都、そこは異邦人プレイヤー達が5番目に訪れることになる街である。


 この街だけはプレイヤーも『王都』と呼び表している。


 王都はその名の通り、巨大な外部城壁と広大な面積を誇る、現在確認されている中では最も規模の大きな街だ。

 その広さは普通に歩いて探索しようとすると、街の端から端まで歩くだけでかなりの時間を要してしまう。

 そのため、街中では駅馬車などの移動手段が用意されているほどだ。


 また、街の中心部から北側には貴族街と王城が広がっており、その付近は平時の立ち入りは制限されている。

 そんなところはゲームよりもリアルに作ってるようだ。


 閑話休題それはともかく


 俺達は白銀魔狼の周回を終えた後、それぞれの騎獣に乗って戦闘を避けながら王都へとたどり着いた。


「はー。やっぱり王都の城壁は大きいわよねぇ……」

「まあな。……ここに来るのも何ヶ月ぶりだろうな」

「βテストが終わってからじゃ。4ヶ月ぶりぐらいではないのかの?」

「いつ見ても大きな街だよねー」


 βテストは王都とその周辺までが実装済みエリアだった。

 そのため、ごく一部のテスターを除き、ほぼ全てのβテスターは王都にきたことがある。

 設定ではβテストから300年後となっているが、王都の大きさは健在のようである。


 そんな懐かしさに浸る俺達とは対照的に、王都を初めて見るユキはその大きさに圧倒されているようだった。


「すごい大きいね……あれだけ広いと移動だけで時間がかかりそう」

「ん-、そうでもないんだよな。とにかくいつまでも眺めてないで早く王都に入ろう」

「それもそうね。それじゃ行きましょうか」


 全員が騎獣を操り王都の入場口前まで移動する。

 普通ならこの規模の街なら入場待ちの行列ができていてもおかしくないが、さすがにそこはゲーム、そんな行列は存在しない。

 王都の東口まできた俺達はそれぞれ騎獣を送還、あるいは幼体化して王都内へと足を踏み入れる。

 そこは、街の規模に相応しいような街並みが広がっていた。


「まずは転移門の登録だよね? ……これだけ広いと迷子になりそう」

「そこは心配しなくても大丈夫だから。……さあ、こっちだ」


 辺りを見渡して目的のものを見つけた俺は、ユキの手を引いて人間大の水晶のオブジェのようなものの前まで足を運ぶ。

 それがなんなのかを知っている他のメンバーも一緒についてきている。


「えと、トワくん、これは?」

「サブポータルって言う、王都内の移動を補助する転移装置、かな」

「ええ、そうね。これを使えば王都の色々なところに移動できるわ」

「さすがにこれがなくなっておったら手間じゃったがのう」

「さすがにそれはないよー。そうじゃないと王都内を移動なんてしてられないもの」

「とにかく話は後でもできる。……ユキ、これは普通のポータルを使う要領で使用すればいいから試してみてくれ」

「……あ、移動先の一覧が出てきた。……それでも結構な数があるね」

「まあ、主要な施設側には必ず設置されているからな。……そこから『転移門広場』を選択すれば移動できる」

「わかった。……でも、それって皆バラバラにならないの?」

「うん、だから今回はパーティリーダーの俺が代表して全員を移動させるから、移動先を選択しなくても大丈夫だぞ」

「わかったよ。それじゃあ、任せるね」

「それじゃ、ユキに説明もできたし行きましょうか」

「ああ、行こう」


 その後、転移門前広場に移動した俺達は、王都の転移門を登録して転移可能にした。


「さて、これからどうしたものかな」


 とりあえずすぐにやらなければいけない転移門登録を終えた俺達は改めて転移門前広場の方へと戻っていた。


「そうね……とりあえず生産ギルドへ移動しましょう。出張販売所の商品も更新しなきゃいけないし、生産ギルドなら各職業ギルドの場所もわかるでしょうし」

「それが優先か。とりあえずは生産ギルド前へ移動だな」


 サブポータルを操作して、生産ギルド前広場に移動する。

 そして全員で生産ギルド内へ入り、各自の職業ギルドの場所を確認したり出張販売所の更新作業などを行ったりしていた。


「……ふむ、生産系の職業ギルドは大体この近くに集まっているのか」

「そうみたいね。とはいえ、場所によってはサブポータルを利用して近場のポータルに移動した方がいい場所もあるわね」


 ミニマップを開けば場所を聞き出した各ギルドの場所や、サブポータルの場所などがわかった。

 ミニマップ上でもわかるほど王都の広さは群を抜いている。


「それじゃあ、ここからは分かれて行動した方がいいか」

「そうね。ここからは各自で分かれて行動しましょう」

「そうじゃの。……だが、トワ。お主はユキと一緒じゃからな」

「そうだね-。この街をいきなり一人で歩くのは大変だからねー。ちゃんとエスコートしないとダメだよ?」

「わかってるよ。それじゃあ、俺達はまずは料理ギルドに顔を出すことにするよ」

「それがいいわ。パーティは念のために組んだままにしておきましょう。それじゃあまたね、皆」

「おそらく今日はもう会わんじゃろう。また明日のう」

「またねーみんなー」


 三々五々それぞれの職業ギルドに向かって移動を開始する柚月達。


 俺はユキを伴って料理ギルドに移動することにする。

 料理ギルドに向かうなら、一度サブポータルを経由して移動した方が早い。

 だが、王都の移動方法を知ってもらうために、あえて駅馬車に乗って移動する事にした。


 駅馬車と言っても要はバスと一緒だ。

 あえて違うところを上げるなら、利用料金がかからないことだろうか。

 普通ならある程度の金額は払わなきゃいけないのだろうが、そこはゲームといったところだった。


「駅馬車って言うからどんなものかと思ったけどバスみたいなものなんだね」


 俺の隣に座ったユキがそんな事を言ってきた。


「まあな。あと、この駅馬車の中もインスタンスフィールド扱いだから他の乗客とかち合うこともないしな」

「そうなんだ。じゃあ王都の移動はこれとサブポータルがメインなんだね?」

「そうなるな。サブポータルでおおよその場所まで移動したら、そこからは徒歩か駅馬車を拾うかだな」

「駅馬車ってどういう風に走ってるの?」

「循環バスと一緒だな。決まったコースを何分かおきに走ってる。あとは、降りたい場所付近まできたらそこの駅で降りる、それだけだ」

「そうなんだ……本当にバスや地下鉄みたいなものなんだね」

「まあな。要は公共交通機関みたいなものだからな。あと、こっちはお金がかかるが目的地まで送ってくれる『辻馬車』ってのもあるぞ。こっちはタクシーみたいなものだと思えばいい。……さあ、この辺が料理ギルドの最も近い駅だ。降りようか」

「うん、わかった」


 こうして料理ギルドまでたどり着いた俺達はギルド内に入り、ユキは受付で紹介状を渡していた。

 俺はその間に出張販売所の更新を行っておく。

 受付はすぐに対応してくれたようで、別の紹介状がユキの手元に渡されていた。


「どうだったユキ?」

「うん、次の修行先を紹介してもらえたよ。……ただ、ここからだと距離があるかな?」


 ミニマップ上にユキの次の修行場所を示すマーカーが表示されていた。

 確かに、修行場所はここから離れた場所にあった。

 昔と配置が変わっていないなら、商業地区に当たる場所だな。


「どうする、今日これから訪ねてみるか?」

「ううん、今日はいいや。それよりもトワくんの職業ギルドに行こう」

「いや、別に俺の方は職業ギルドに行かなくても大丈夫だぞ。元から修行先の師匠を紹介されてるから」


 そう、俺の紹介状は王都の職業ギルド宛てではなく紹介先の人物宛てなのだ。


「そうなんだ、それじゃあ今日はもう終わりにする?」

「そうだな……そうするか」


 今日はもういい時間だったためこの日はお開きとなった。


 王都からはクランホームに帰るのも時間がかかるものなのだ。

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