105.王都に向けて

 2日明けて約束の夜時間。


 予定時間より早くログインした俺は、いつも通り持っていくポーションの在庫を確認していた。

 今回持ち出すのは、通常のポーションではなく、ポーション瓶も併用した回復量増加ポーションだ。


 ちなみに、このポーションは店では取り扱っていない。

 ただでさえ高ランクポーションの市場を荒らしているのに、さらに回復量の増したポーションなんて放出したらどうなるかわかったものじゃないからだ。


 そのため、これら回復量増加ポーションは自前の使用か、『白夜』や『インデックス』、あるいは妹達やリク達に卸すぐらいしか使い道がない。

 【道具作成】で調子に乗ってかなり大量のポーション瓶を作ってしまったため、不良在庫状態で個人用倉庫にたまっている。


 ともかく、攻略動画などもユキ達と一緒に確認したが、そんなに苦戦する相手ではないだろうが用意はしておくに越したことはない。

 個人用倉庫を確認しながら準備を調えていると、ユキがログインしてきたみたいだ。


「こんばんは、トワくん。やっぱりこういうときのログインは早いんだね」

「こんばんは。俺はパーティの実質的なヒーラーでもあるからな。事前配布するポーションの確認とかも考えると準備するにこしたことはないさ」

「そこまでしなくても大丈夫だと思うけど……私達の装備もかなりアップグレードされたんだし」


 そう、今のクランメンバー全員の装備は生産職が装備する物とは思えないほど充実している。

 理由は単純で、武闘大会のときに余った素材を使って、片っ端から装備の更新やアップグレードを行ったからだ。


 その結果、ユキの防具は氷鬼と雷獣の革を用いた装備にアップグレードされたし、薙刀もダマスカス製と生産職が持ち歩くものではないレベルまで強化された。

 ま、他のメンバーも質は劣るが、まだまだ前線でも現役なクラスの装備品、それも★10装備品で揃えられていた。


 はっきり言ってしまえば、装備の質だけ考えれば白銀魔狼程度に負ける恐れはないのだ。


 それに、昨日の夜はクランメンバーが全員揃ったのを機に、連携の確認も含めて鉱山ダンジョン深層部に潜って地下40階までのショートカットを開通させた。

 そのときも連携に特に大きな乱れはなく、柚月達のレベルが上がった関係で攻撃範囲が広がったり、FFフレンドリーファイアによるノックバックやヒットストップに気をつける必要があった程度で済んだ。


 従って、今日の準備は万端と言っても言いレベルで揃っている。

 念のためポーションを確認しているのは、自分が心配性なだけだろう。


「そう言えば、トワくん。武闘大会の賞品でスキルチケット? だっけ? をもらってたよね? アレって使ったの?」

「いや、まだだ。覚えられるスキル数が多くてな。ゆっくり落ち着いた頃に覚えるよ」

「そうなんだ……トワくんならてっきりもう使ったものだと思ってた」

「まあ、そう思われてもしょうがないけど。……先に王都のスキルショップの内容も確認したかったしな」

「なるほど。スキルショップで買えるスキルを覚えちゃったらもったいないものね」

「そういうことだ。……そろそろ時間だな。談話室に向かうか」

「うん、そうだね」


 ユキを伴って訪れた談話室では、残りの3人が既に待っていた。


「あら、2人とも。予定時間よりずいぶん早かったじゃない」

「そういう皆こそ早いな」

「私達は自分達の在庫補充もあったからね。予定より早めに入ってたのよ」

「なるほどな。……それで準備はもうできてるのか?」

「ええ、もちろんよ。そっちこそ大丈夫?」

「もちろんだとも。ああ、これ、今日の分のポーションな」

「……相変わらず大量のポーションをくれるわね。……まあ、おかげで『幻狼の腕輪』を手に入れるのは楽だったけど」

「あれ、『幻狼の腕輪』取りに行ってたのか?」

「『百鬼夜行』と、と言うより鉄鬼と一緒にね。あっちから誘われたのよ。もっとも、試練の大狼のレベルが高すぎて足手まといだったけど」

「それでも、トワ製のポーションを惜しげも無く使ったことには感謝されたのう」

「試練の大狼のレベルが高すぎて、私のバインド魔法じゃ滅多に効かなかったしね」

「まあ、それでも、鉄鬼の防御力が高くてよゆーだったけどねー」


 ともかく、3人もフェンリルへの挑戦権を入手したわけだ。


「その顔は考えてること大体想像つくけど、フェンリルになんて挑まないわよ」

「さすがにアレはレベルが違いすぎるぞい」

「行くなら同じレベル帯で、優秀なタンクとヒーラーがいるねー」


 ああ、フェンリルはまともにかち合えばタンクとヒーラー必須か。

 俺はかなり変則的な方法で倒してしまったからな。


「ともかく、揃ったんだし早速王都に向けて出発しようよー」

「それもそうね。準備ができているなら早速向かいましょうか」


 準備に漏れがないかを再確認した俺達は王都に向かうため、第4の街へと転移するのだった。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――



 第4の街へと転移して、王都方面に続く東門を出た辺りで、それぞれの騎乗用ペットおよび眷属を召喚する。

 俺とユキは言わずもがなフェンリル(亜成体)、柚月は移動用としては一番人気のペット『サラブレッド』、ドワンは騎乗するだけでなく荷物を運ぶこともできる道産子に似た馬『キャリーホース』、イリスはダチョウに似通ったシルエットを持つ走る鳥『ランバード』をそれぞれ召喚した。

 なお、眷属であっても騎乗用として召喚している間はパーティメンバーにカウントされない。

 ただし、戦闘になってしまった場合は、他の騎乗用ペットと同じく消えてしまうのだが。


 『キャリーホース』の『荷物を運べる』という設定はインベントリをもつ異邦人プレイヤー達には関係ないように思えるが、『キャリーホース』を使うと行商人のように馬車を使って街と街の間をアイテムを輸送する特殊イベントをできるようになるらしい。

 そのほかにもいくつか特殊な使い道があるらしく、職人の中にはこちらを買う人間も多いそうな。


 なお、イリスの『ランバード』については完全に趣味とのこと。


 そのような個性的な騎乗生物に乗って王都への道を走る『ライブラリ』メンバー。

 王都までの距離は、このゲームとしてはなかなか遠く、普通のプレイヤーの足だと、途中に何カ所かあるセーフティーエリアで休憩を取りつつ、一日のゲーム時間を潰して向かうのが一般的だ。

 なにせ、徒歩だと休憩抜きで片道4時間近くかかるのだから。


 俺達の移動は、移動速度の一番遅いドワンにあわせての移動になったが、第4の街を出て1時間強で、エリアボス前最後のセーフティーエリアが見えてきた。


「とりあえず、あそこのセーフティーエリアで休憩をとって、最後の準備を行うか」

「賛成ね。そんなに長丁場にはならないと思うけど、エリアボスには注意しておきましょう」


 俺達がたどり着いたセーフティーエリアには先客であるパーティが1組いた。


 彼らも白銀魔狼に挑むのだろう。

 ただ、彼らの装備はかなり痛んでおり、様子も疲労困憊と言った様子だった。


 俺達は余計なトラブルを避けるため、彼らとは反対側のセーフティーエリア内にて準備を行う。

 具体的には、パーティ枠として入れていたシリウスを外し、プロキオンをパーティ枠に組み込む。

 こうすることで、ボスエリアに侵入すれば自動的にシリウスが送還されてプロキオンは残るという寸法だ。


 パーティ編成の変更が終わったら、各自思い思いに休息をとる。

 このゲームでは騎乗用ペットやモンスター、眷属などに乗る場合、【騎乗】スキルが標準で存在しているため、長時間乗って移動しても実際には疲れない。

 ただ、それはあくまでもゲームとしての話であって、精神的な疲れは出てしまう物だ。

 そんな疲れを取っていると、もう1つのパーティの方から何人かが近づいてきた。


「あの、すみません」

「あら、何か用かしら?」


 こういうときの交渉担当は柚月だ。

 俺だとどうしてもケンカ腰になってしまうらしい。

 そんな意識はないのだけど。


「これからこの先のボスに挑むんですか?」

「ええ、その予定よ。それがどうかしたの?」

「ええと、僕達もその予定でここまできたんですが、途中の戦闘でポーション類を使い切ってしまって……もしよろしければ少し売ってもらえませんか?」


 なるほど、ボスに挑みたいがポーションが尽きて挑めないでいた、と。

 柚月がこちらに視線を向けて確認を取ってくるが、俺は首を振って拒絶の意思を示した。


「悪いんだけど、私達もこれからボスに挑むところなのよ。消耗品を譲ってあげられるほど余裕は無いわ」


 もちろんこれは嘘である。

 俺が持ってきている余剰在庫を出せばおそらく彼らの分はあるだろう。

 だが、回復量過多になっているポーションをわざわざくれてやる意味などない。


 むしろ、ここまで来る間にポーションを使い切ってしまったのなら、準備不足かそもそもボスに挑むにはレベルが足りないかだ。

 装備の消耗具合から見て後者かな?


「そこを何とかできませんか? 相場よりも多く払いますので」

「そう言われても困るわね。悪いけど諦めて頂戴」


 こういうときの柚月はとりつく島もない。


「そんな事を言わずに頼むぜ、ネーチャン。困ったときはお互い様って言うだろうが」


 ここで、ついてきていたもう1人が口を挟みだした。


「別に私達は困ってないから関係ないわ。困っているのはあなた達だけでしょう?」


 唐突に口を開きだした男のなれなれしい態度に柚月の態度がさらに冷たくなる。


「そう言わずに頼むぜ。HPにMP、それにSTの各ポーション20個ずつもあれば足りるからよ」

「20個ずつって……あんた達なめてるの? 普通、ボスにこれから挑もうってときに60個もポーションを減らせるわけがないでしょうが」

「つれねぇなぁ、おい。そんな事言わずに頼むぜ、15個ずつでもいいし、何だったらレイドチームで手伝ってやってもかまわねぇからよ」


 最初の男が柔らかい物腰で近づいてきて警戒心を解いて、2人目が要求数を告げてだんだん少なくしていって交渉成立させようとしてるのかな?


「あんたらみたいなポーション管理もできないような素人と組む気はないわ。こっちが足を引っぱられるもの。それにボスドロップを関係ない人間を助けるために投げ出すようなバカでもないわ。大人しく諦めて頂戴」

「……ちっ、このアマ、下手に出てればつけ上がりやがって。おい、さっさとポーション渡しやがれ!」

「ちょ、落ち着きなよ。……すみませんが少しでいいので分けてもらえませんか? 彼が暴れ出すと手がつけられなくなるので……」


 しまいは力尽くで脅してしまおうってところか。

 もう、これ以上あいつらの相手をするのは時間が惜しいな。


 俺はクランチャットで相手パーティメンバーの名前を告げた。


 看破は基本的にモンスターに使用して属性や弱点を見破るスキルだ。

 だが、プレイヤーに使用することで相手のプレイヤーネームを調べることもできる。

 ……基本的にはマナー違反とされている行為だが、マナー違反は先にあちらが仕掛けたことだ。

 こちらだけやられっぱなしと言うのも嫌だからな。


 全員に相手パーティの名前を連絡した後、それぞれブラックリストに入れるように指示。

 交渉担当になる俺と柚月以外がブラックリストの登録を終えたところで俺も口を挟む事にした。

 もちろん、GMコールもおまけでしておいてから。


「悪いけど、あんた達みたいな連中と取引する気は俺達にはないからとっとと引っ込みな。さもなくばボスに挑んで玉砕してこい」

「……ああん? ガキがイキがってんじゃねぞ? ぶん殴られてぇのか?」

「……その様子を見るに第2陣か? このゲームではハラスメントブロックが強いからな。フレンドかPvPモードでも無い限り相手を殴る事どころか触ることも出来ないぞ?」

「ちっ、口の回るガキだ。お前らみたいな連中はさっさと出す物出せばいいんだよ!」

「はあ、やっぱり言っても無駄か。それじゃ遠慮無くブラックリストに登録っと」

「ああ? 何を言ってやが……」


 脅しをかけてきてた男をブラックリスト登録したことで、そちらからの声は聞こえなくなった。


「もうそっちの声は聞こえないから、これ以上脅そうとしても無駄だぞ。あと、あまり度が過ぎるとGMから仕置き部屋に案内されるぞ」

「え!? それはどういうことですか!?」

「あんたはともかく、そっちの男の態度は完全に脅迫だったからな。口を挟む前にGMコールをしておいた。ブラックリストに入れた以上、俺達にはもう聞こえないがあまり度が過ぎた発言を続けるようなら隔離部屋に転送されるぞ?」

「な!? この程度のことでGM案件なんて……」

「嘘だと思うならこのまま騒がせておけばいいさ。あと1分もしないうちに隔離部屋送りだ。隔離部屋からは1時間は出られないし、隔離部屋から出てもリスポーンポイントまで戻されるからな。少なくとも街までは逆戻りだ」

「それは困ります!? せめてGMコールを取り下げてください! 彼はすぐに止めますから!」

「悪いけど、GMコールは一度受理されたら取り下げはできないよ。それよりこいつを今すぐ止めるべき何じゃないか?」

「くっ……おい、そこまでにしないか! このままじゃ本当にGMに処罰されるぞ!?」


 最初の男に止められてた2人目の男はこちらをにらみっぱなしだが口を開くのは止めたようだ。

 GMが動かないところを見ると、どうやら間に合ったらしいな。


「さて、これ以上話をするだけ無駄だから行かせてもらうよ。あと、お前さん達の名前は全て調べてブラックリストに入れたから。今後接触を図ろうとしても無駄だぞ」

「な……まあ、いいでしょう。そうそう会うこともないでしょうし……」

「そうだな、今後会うことがなければいいな」


 俺と柚月はそれで話は終わったとばかりにそれぞれの騎獣に乗った。

 もちろん最後の男のブラックリスト登録も忘れずにしてだ。

 そして、そんな俺達の様子を見ていた他の3人も既に出発準備を整えてそれぞれの騎獣に乗っている。


 クランとしてのブラックリストにも彼らの名前は載ることになるわけだが、本当に縁が無ければいいな?


 さて、無駄な時間を食ってしまったし先を急ぐか。

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