103.ある雨の日

 その日、私は夢を見ていた。


 そう、これは夢だ。


 明晰夢というものだろう。

 自分でこれが夢だと自覚できているのだから。


 夢の中に出てくるのは、まだ子供の頃の私と悠くん。


 どちらもまだ小さい、小学生の頃だろう。

 私の姿はもちろん見えないが、視線の低さがそれぐらいの頃だと理解させてくれる。


 夢の中では雨が降っていた。


 既に辺りは暗くなっている。


 そんな中を私と悠くんは歩いていた。


 この頃は、悠くんとはそれなりに仲のいい友人、くらいの関係だったと思う。


 なぜ、2人で歩いていたのかと言われると、理由は思い出せない。

 多分、何かの都合で出かけていて偶々帰る時間が一緒だったとかそれぐらいの理由だと思う。


 ともかく、雨の降り続く帰り道を2人で歩いていた。


 見慣れた、それでも今とは少し違う町並みの中、家に向かって歩く。


 そんな中、街灯の切れ目のところから、夜の闇よりなお暗い影が私達の行く手を遮った。


 影は私達見つけると、私達に向かってかけ出してきた。


 悠くんは私と影の間を遮るように立ちはだかる。


 影は私達に向かってを振りかざして迫ってくる。


 悠くんはとっさに傘で遮るが、傘はすぐに破かれてしまう。


 影は破れた傘をうっとうしげに蹴り飛ばし、改めて悠くんに対してを振りかざし突き立てる。


 悠くんはとっさに右腕でを受け止めるが、それは悠くんの右腕に軽々と突き刺さっていた。


 影は悠くんの右腕からをすぐに抜き、悠くんの右腕からは赤いシミが広がっていく。


 そして、影が悠くんを見下ろし改めてを振りかざした……


 そこで、私の夢は終わった。




 ―――――――――――――――――――――――――――――――




「ん…………またあの夢か……」


 目を覚ました私は、またを見たんだと自覚する。

 もっとも、の内容は一切覚えていないのだけど。


 酷い寝汗をかいてるし、目を覚ますような時間じゃないことからを見たんだと推測した。


 今の時間は午前3時17分。

 こんな時間から起きていたら、学校とかに影響が出てしまう。


 そう思い、またベッドに横になるが眠気はなかなか戻ってこない。


 仕方が無いし、のどが渇いた気がするので起き上がり、キッチンに向かおうとする。


 そのとき、ふと気になって窓の外を見てみた。


 窓の外は雨が降り続いていた。


 昨日の昼間から降り出した雨は、いまだやむ気配を見せず降り続いている。


「夜の雨は嫌いだな……」


 誰に言うともなく、そんな独り言をつぶやいた私は、今度こそキッチンに向かうのだった。




 ―――――――――――――――――――――――――――――――




 GWゴールデンウィークも明けて数日経ったある日の放課後。

 俺の家に集まって勉強会をすることになっていた。


 天気は昨日の昼間から降り続く雨が一向にやむ気配を見せない。

 まあ、勉強会をやる分には当然室内なので影響など無いのだけど。


「えーと、ここは……どう解くんだ?」


 陸斗が数学の問題を前に悩んでいる。

 その範囲はGWゴールデンウィークの宿題の範囲のはずなんだがな……


「……わからん。雪姉、ヒントでもいいから少し教えてくれ」


 雪音に早速泣きついたようだ。

 もう少し自分で考えてもいいと思うのだが。


「……え? どうかした陸斗?」


 しかし、どうやら雪音の方は気がついていなかったらしい。


「……ああ、この問題なんだけど……」

「この問題なら宿題の範囲だったよね? そっちを見直せば少しはわかると思うよ」

「……そうだったのか。それじゃ、宿題の範囲を少し見てみるわ」


 雪音にヒントをもらった陸斗は自分で宿題の範囲を見直し始めた。


 陸斗は別に勉強ができないわけではないのだ。

 単に、興味がそっち方面にないため、覚えていられないだけで。


「陸斗さんは相変わらずだよね……」


 俺の隣に座って中2の問題集じぶんのべんきょうをしている遥華がそんな事を言う。


 ちなみに、遥華は陸斗と違って勉強も普通にできる。

 飛び抜けて成績がいいわけではないが、中の上から上の下辺りにいる、とは本人の談。


「正直、こんな勉強をする暇があったら帰ってゲームがしたい。できれば、爽快感があるヤツ」

「陸斗……」

「……いや、わかってるから。ちゃんと勉強するって。……少なくともテストが終わるまでは」

「テストが終わった後も、毎日復習だけでもしていれば大分違うと思うぞ?」

「悠よ。俺がそんな事出来ると思っているのか?」

「思ってないけど。一応、忠告だけでもしておいただけだ」

「わかってるなら、いうな。正直、テスト期間中の勉強だけでもきついんだから……」


 だから、そのきつさを和らげるために毎日勉強しろと言っているんだがな……

 どうにも、その辺の事情はくみ取ってもらえなかったらしい。


 ……まあ、俺も言うだけ無駄なのはわかりきっていたが。


「うぅ、こんな時間を過ごしてる間にも、レベル差が広がってしまう……」

「これでも、休みの間は自由にさせていたんだがな。どうせなら休みの間も勉強の予定を入れておいた方が良かったか?」

「せっかくの長期連休の間にまで勉強なんてやってられるか。そのために宿題だっていち早く片付けたんだからな」

「まったくその通りで」


 本当に、この情熱の1割でも勉強に向けられれば、毎回こんな苦労をせずにすむのにな、お互いに。


「それに、休みの間はお前だって結構忙しかったんだろ? さもないと、武闘大会であれだけの成績は残せないからな!」


 まあ、実際のところ俺も休みの間中、ゲームに入り浸っていたことは否定できないな。


「否定はしないが、1日2日ぐらい昼間を勉強会に充てるぐらいは余裕があったぞ?」

「くっ……優勝ギリギリだったのによく言うぜ……」

「別にどうしても優勝したかった訳じゃあないしなぁ……」


 負けたら当然悔しいので勝ちを狙っていったが、負けたら負けたでそれで良かったのも事実だ。

 ……いや、勝ちたかったのは本当だけどさ。


「……ねえ、そろそろ少し休憩にしない? 私、お茶の用意をしてくるね」

「ああ、わかった。キッチンにあるものは適当に使っていいからよろしく頼む」

「うん、じゃあ、ちょっと行ってくるね」


 雪音はそれだけいうとキッチンの方へと向かっていった。


「……陸斗、雪音の様子は今朝から調子か?」

「ん? ああ、あんな感じだな。……今日は雨だし、またでも見たんだろうさ」

「雪姉の症状も深刻だね……」

「それでも昔に比べれば大分よくなったほうさ。なあ、悠?」

「ん? まあな。……だからと言って予断はゆるさないけどな」

「……そこんとこは、定期的に医者にかかってるんだから大丈夫だろ?」

「そういう油断をしてると痛い目にあいかねないからな……」

「お前も心配性だな。……もう少し余裕を持たないとお前まで共倒れになりかねないぜ?」

「……そうかもしれないな。まあ、今のところは大丈夫だから心配するな」

「医者の不養生とも言うし、気をつけなきゃダメだよ? お兄ちゃん?」

「はいはい、わかったから。……俺も雪音を手伝ってくるか」


 俺は席を立ちキッチンへと向かった。


「……あいつ、逃げたな」

「お兄ちゃんも本当に雪姉の事になると心配性なんだから」

「心配性と言うよりも過保護な気もするけどな」

「……どっちにしても、わたし達も注意して様子を見ないとね」

「ああ、そうだな。……しかし、この雨、さっさとやまねーかな……」


 雨はまだまだやむ気配がなかった。

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