88.GW7日目 ~武闘大会 決勝トーナメント 幕間~
「ふぅ、覚悟はしていたがやっぱり強いもんだな【爆撃機】は」
勝利宣言がなされたことで戦闘不能状態がとけたのか、モリューが立ち上がりながらそんな事を言う。
「それにしても、最初は何で先手を打ってこなかったんだい? 君の力なら開幕から全力攻撃すれば、俺なんて反撃もできずに負けていただろうに」
「それじゃ意味がなかったからですよ。確かに、全力で攻撃すれば圧殺できたでしょうが、それじゃ俺がどの程度動けるか、俺の格闘戦術が対人戦で有効かどうかわからないじゃないですか。だからこそ、そちらに先手を譲って自分の対応力を計る必要があったんですよ」
「はは、わかってはいたが俺じゃせいぜいスパーリング相手と言ったところか」
「そんなつもりはないですよ。最初の小技の競り合いだけでこっちのHPは3割近く削られてたし、大技を1発食らえばHPの大半を持っていかれたでしょうからね」
「でも、勝とうと思えばいつでも勝てた。そうだろう?」
その言葉には肩をすくめるだけで返した。
実際問題、負ける要素は俺自身の油断や慢心によるものぐらいしか考えられなかった。
相手は普通の皮鎧装備――おそらくはワイバーンレザーアーマー――だったのでノックバック耐性はないか、付与していたとしてもそれほど強くない事は見て取れた。
それならば、近づかれたら【嵐魔術】のゲイルストームではじき飛ばしてしまえばいいだけだ。
ゲイルストームはリキャストタイムも短く、MP消費もたいして多くないので、こちらの消費はほとんどない。
そうすれば一方的に間合いを離すことができ、一方的に銃で撃ち抜けるのだから。
しかし、それでは対人戦の経験を積むことはできない。
俺には圧倒的に対人戦の経験が少ない。
正式サービス開始以降にいたっては0だ。
この先、というよりも次の対戦相手になるであろう、【城塞】鉄鬼戦に向けて対人戦、特に近接戦闘の経験はできれば積んでおきたかった。
そのため、自分と
見よう見まねにすらなっていないであろうガン=カタも格闘戦の距離なら有効なこともわかった。
【城塞】がノックバックやヒットストップに対して備えをしてこないとは思えない。
はっきり言ってしまえば、近接戦闘は避けきれないのだ。
そう言った意味では、『負けられない』緊張感と『いざとなったら安全圏に離れられる』安定感のあるモリューはいい対戦相手だった。
もちろん、モリューがどう思うかは別だが。
「まあ、いいさ。一方的にアウトレンジから攻撃されて負けるよりかは、全力を出して挑んで負けた、こっちの方が気が楽ってもんだ。もしよかったらまた今度相手をしてくれよな、【爆撃機】」
「俺自身は、余り普段は対人戦をするつもりはないんですが……まぁ、何かの際に機会があればですかね」
「つまり、する気はないってことだな。わかった、無理強いはしないさ」
苦笑いを浮かべながらモリューは言う。
「俺に勝ったんだ、どうせなら優勝まで行ってくれよ」
「最初からそのつもりですよ」
「大口を叩くもんだ。まあβのときの優勝者だし、当然か。じゃあ、またな!」
それだけ言い残してモリューの姿は消えた。
俺の方の仮想ウィンドウにも表示されているが『退出』ボタンを押したのだろう。
これ以上この場にとどまっても意味がないので、俺も退出を選んで闘技場を後にした。
――――――――――――――――――――――――――――――
退出を選んだ後に転移されてきた先は、個人用控え室だった。
ここでは、他の対戦者の試合を見ることも可能となっている。
ただ、一人で見ていてもしょうがないので、俺はユキ達のところに移動することにした。
「あら、トワおかえり。いい試合してたじゃない」
ユキ達の観戦ボックスに移動してすぐ、柚月からそんな声がかけられた。
「あなたなら、いきなり魔法でドーンも出来たでしょうに。見せ方がわかってるじゃない」
「別に見世物としての戦いをしたかったわけじゃないさ。単純に対人戦の戦闘経験を積みたかったんだ」
「なるほどねぇ。確かにあなたも昨日までかかって装備仕上げてたものね。対人訓練までは手が回ってなかったものね」
「そういうことだ。とてもじゃないけど、そっちまで気を回す時間はなかったからな」
「あれー? トワ、1日ぐらいポーション瓶を大量に作ったり、家具作りしてなかった? その日を対人戦に当てればよかったんじゃない?」
「今度は対戦相手がいないだろ。そうそう都合よく対人戦の相手なんか見つかるか」
「ハルちゃん達はー? ハルちゃんも明日は武闘大会でるんだよね? それなら相手してくれたんじゃないかな-?」
……すっかり忘れてた。
ハルかリクにでも頼めば対人戦の相手にちょうどよかったかも知れない。
さすがに「忘れてた」とは言えない俺は、イリスから顔をそらす。
「その様子じゃと忘れていたようじゃの」
「まあ、そんなところでしょうね。もっとも、使ってないスキルを使ってスキルによるステータス上昇を狙うのも間違いじゃないけど」
さすがに反論できないので大人しく聞いていることにする。
「あ、次の試合が始まりますよ。一緒に見ましょう、皆」
ユキの言葉通り第2戦のカウントダウンが始まっていた。
「それもそうね。それに第2戦には鉄鬼もでるんだし」
「鉄鬼、ですか?」
「そ。【城塞】こと鉄鬼。聞いたことなかったかしら」
「名前を聞いたのは初めてかも知れません。【城塞】って言う二つ名でしたら教授さんから聞いてますが」
「なるほどね。トワの【爆撃機】と一緒で二つ名の方が有名だものね。……さあ、始まるわよ」
画面に表示されていたカウントダウンが終了し試合が開始される。
しかし、今回の試合もまたどちらも動こうとしない。
お互いに、様子見か、そう思われたとき、鉄鬼の方が声を張り上げた。
「第1試合じゃ【爆撃機】が面白い事をしてたじゃねえか。いっちょ俺も自己紹介からさせてもらうか。俺は鉄鬼! 【城塞】ことクラン『百鬼夜行』の防具鍛冶師だ! メインジョブは見ての通り剣士系列だな。詳しい職種までは教えてやらんよ!」
なんと、鉄鬼のヤツも自己紹介、というか名乗りを上げた。
……あいつ、こう言う展開好きだったからなぁ……
それに数瞬遅れるようにして鉄鬼の対戦相手も名乗りを上げる。
「よーし、名乗りも上げたし、これで様子見は終わりだ! 全力で行くぜ!」
その言葉通り、鉄鬼は全身鎧にも関わらず猛ダッシュで間合いを一気に詰める。
相手の方は、どう見ても鈍重そうな全身鎧が機敏に走ってくる姿を見て、一瞬動揺してしまったようだ。
間合いを詰めた鉄鬼は、その左手に持っていた巨大な盾を使って相手を突き飛ばす。
【盾】スキルの技の1つ『シールドバッシュ』を使ったのだろう。
盾の直撃を食らった相手は後に倒れ込んでしまった。
「おら! パワースラッシュ!!」
倒れた相手への追撃として、隙は大きいが代わりに威力も高いスキルを使って攻撃する。
だが、鉄鬼の攻撃では倒しきることができず、HPを6割ほど失った対戦相手は転がるようにして間合いを離した。
間合いを離した対戦相手は大慌てでHPポーションを使用してHPを回復する。
だがそこに、またしても鉄鬼からの追撃が入る。
「そらよ、シールドブーメラン!」
盾をブーメランのように投げつけるスキルによって、対戦相手のHPはまた減る。
だがその減り幅はかなり小さかった。
シールドブーメランは見た目の派手さの割に攻撃力は少ない技なのだ。
主な使用方法が遠く離れた敵を引き寄せる事からもタンク役用のスキルと言える。
そう、鉄鬼の役割はタンクなのだ。
『ライブラリ』時代も狩りに行く場合のタンク役は鉄鬼が担っていた。
だからこそ、高倍率スキルである『パワースラッシュ』を転んでいる相手に使ってもHPを6割削る程度にしかならないし、『シールドブーメラン』なんてタンクぐらいしか普段は使わないようなスキルも使う。
フルフェイス型の兜に包まれて種族がわからないが、身長から考えて種族はドワーフだろう。
体力と器用さに優れているドワーフだが、
鉄鬼がタンク型のステ振りをしているなら、STRにはあまり振っていないはずなので攻撃力がイマイチ伸びなかったのだろう。
だからこそ対戦相手はまだ負けていないのだ。
普通にアタッカータイプのステ振りだったらすでにHPを全損してるはずなのだから。
「トワ、あの動きどう見る?」
「最低でも【重装行動】は持っているな。それじゃなきゃ、あのダッシュはありえない」
俺達が会話の対象にしているのは、最初のダッシュだ。
普通に考えて全身鎧でダッシュをしても、その重さからたいした速度は出ない。
だが、その前提を覆すスキルがある。
それが【重装行動】だ。
これを覚えていれば、例え全身鎧のような身動きが制限される装備をしていても、身軽に行動することができる。
ただ、そんな便利な【重装行動】だが1つ大きな問題がある。
ひたすらに手に入れにくいのだ。
少なくともβのとき、スキルブック以外の方法で入手したプレイヤーはいなかったらしい。
検証班の面々でさえ、匙を投げたのだから、その入手に必要な行動はわかっていない。
唯一手に入れることができる方法は、ボスのレアドロップのあるアイテムを集めて住人との交換でスキルブックを手に入れる、という方法だったのだから珍しさは他のスキルの比ではない。
無論、もっとレアなスキルというのもあるだろうが、有用で誰でもほしいのに極めてレアというスキルなのだ。
「ねえ、どうやってあのスキルを手に入れたと思う?」
「普通にボス周回だろうよ。あいつがいるクランは『百鬼夜行』。今でも最前線で戦っている連中だ。その気になればボスドロ目当ての周回作業なんてお手の物だろうさ」
「それを鍛冶士である鉄鬼が持っている理由は?」
「鉄鬼はタンクとしても優秀だったからな。実戦もしてるんじゃないか? 鉄鬼がいればその場で修理もできるんだし」
「それもそうね。ってなると注意しなくちゃいけないスキルがもう1つでてくるんだけど」
「【
「おそらくアレも持っているでしょうね。となると問題は効果時間なんだけど」
「確か効果時間600秒……つまり10分だな。で、試合時間は15分と」
「リキャストタイムは1800秒、30分じゃったはずじゃのう。そう考えると、どのタイミングで使ってくるかじゃが……」
「普通に5分経過してから使ってくるだろうさ。最初に10分間耐えるよりも、最後の1秒まで耐えられた方が厳しい。火力で押し潰す事が出来ないならな」
【
はっきり言って、対人戦、それもマイスタークラスで使わせるなといいたいスキルだが、制限スキルの中に名前がなかったことから使用可能だろう。
……まあ、それを言うなら俺にも1つ使用禁止されていない
「さて、ここからどうなると思う?」
「普通に鉄鬼が守りを固めて判定勝ち狙いだろうさ。相手はもうHPポーション使い切っているしな」
「……それもそうね、これ以上手札は晒してくれないか」
「それはそうだろう。俺達が見てるのは間違いないんだからな」
そこからの戦いは、俺達の予想通りの展開となった。
タワーシールドと呼ばれる長方形の巨大な盾に身を隠しながら攻撃する鉄鬼に対して、対戦相手は手も足も出ず制限時間切れ。
残HPの割合による判定で鉄鬼の勝利となった。
なお、鉄鬼のHPは1割も削れていなかった。
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