85.GW7日目 ~武闘大会 予選~

 GWゴールデンウィーク7日目。

 本日、リアルの外は雨模様だが、ゲームの中では関係なく晴れ渡っていた。

 そもそも天候システムがないのだから当然だが。


 ログインした俺は、改めて装備品や持ち込む消耗品に不備がないか確認する。

 ……よし、忘れ物も足りないものもないな。


 まあ、気合いを入れたところで、午前中は予選会しか行われない。


 さすがに、β時代の大会優勝者だからといってシードはないから、予選から勝ち上がる必要がある。


 予選だが、マイスタークラスでは合計4組に分かれて行うバトルロイヤルだ。

 それぞれの組み合わせで、最後まで残った2名が決勝トーナメントに進出できることになっている。


 俺は、予選の間はライフルと聖霊武器、それと消耗品は使わない事に決めてある。

 これは、『縛りプレイ』とか『なめプ』とかではなく、手札を隠しておきたいからだ。

 存在が確認されていない隠し球は多ければ多い方がいいに決まってる。


 現実時間午前9時にログインしたが、予選……というか開会式が始まるのは現実時間午前10時からだ。

 つまりゲーム内時間でいえば約2時間の空きがある。


 さて、どうやって時間を潰せばいいのやら。


「あ、トワくん。おはよう。今日の調子はどう?」

「ん、ユキ。おはよう。調子ならまったく問題ないな」


 ユキもこの時間からログインして来たみたいだ。

 ログイン場所として設定してある、クランホームの部屋が同じなので、こうしてログイン直後に顔を合わせることはしばしばある。


「とりあえず、ここで話をしててもしょうがないし談話室にでも行くか」

「うん、行こう。今日の分のお弁当は、昨日のうちに作ってあるし」


 ユキにとっては今日のイベントは遠足やピクニックみたいなものか。

 観客席で眺めている分には大差ないから仕方が無いか。


 談話室に行くと残りのメンバーもすでにログインしていた。


「おはよう。皆、早かったんだな」

「ああ、トワおはよう。いや、ね。昨日のうちに仕上げた発注品の納品をしてきたのよ」

「うむ、それなりの量だったのでな。ちと疲れたわい」

「ま、ギリギリになったボク達が悪いんだけどねー」


 どうやらこの3人は、頼まれていた装備を配り終えた後だったらしい。


「それはまた、おつかれさんだ」

「ええ、やりがいのある仕事だったけど疲れたわ」

「それでも、納品作業が終わっているお主らはまだいいい。わしはもう1件作業中のものが残っているでな」

「うん? ドワンが仕事遅いのって珍しいねー」

「ちなみにどんな仕事が残っているか聞いてもいいかしら?」

「まあ、隠し立てするような依頼でもないし、ええじゃろう。白狼さんから頼まれている盾じゃ」


 白狼さんから頼まれてる盾というと……


「ああ、あの盾か。やっぱり作るの難しい?」

「技術的な話でいいならすでに完璧に近い。ただ、どうしても魔石を使うせいで品質が安定しおらん」


 ……ああ、それって。


「ひょっとして、俺の手が空くのを待っていたとか?」

「期待はしていたな。今日の大会終了後なら空いてるじゃろう?」

「わかった。俺も作るの手伝うよ」


 大会終了後の予定が1つできてしまった。

 白狼さんには何かとお世話になっているから構わないんだけど。


「……そう言えば、イベント会場へはどうやってアクセスしたらいいのかしら? 昨日はまったく興味がなかったから聞いてなかったわ」

「参加者については開始10分前からイベント会場に転移できるメニューウィンドウが開く事になってるな。観戦者についても同様だと思うよ」

「そうだったかしら? 昨日見た記憶がないんだけど」

「観戦者は時間になったらシステムメッセージが出るだけだからね。気付かなくても仕方がないさ」

「なるほどねぇ。……ちなみに大会出場者が遅刻した場合はどうなるの?」

「開会式中ならセーフ。予選が始まってしまうとアウト。だった気がする」

「意外とシビアなのね……」

「まあね。でも、その辺はしっかりしておかないと、予選が早かった人と遅かった人で差ができるから仕方が無いさ」

「それもそうね。ところでトワ。準備の方は大丈夫? 忘れ物はない?」

「昨日の教授みたいなこと言うなって。もう何回か確認済みだよ。……それよりもそっちの準備ができてないんじゃないか?」

「私達の準備?」

「そう、観戦者の準備。同じグループで観戦したいなら、事前にPTなりレイドチームなり組めば同じ個室に転送されるそうだ」

「PTを組んでいなかったら?」

「バラバラに転送されてしまうって。だから全員で観戦したいならPT組んでおくといいよ」

「了解。それじゃあ、PT組んでおきましょうか」


 そんなこんなで雑談をしていると、システムメッセージと確認ウィンドウが表示された。

 どうやら時間のようだ。


「さて、時間になったようだし俺は行くよ」

「私達も行くわ。それじゃ、がんばってきなさいよ、トワ!」

「うむ、予選落ちはありえないじゃろうが、気をつけるのじゃぞ」

「がんばってねー」

「しっかりね、トワくん」

「ああ、いってくる」


 俺は確認ウィンドウを操作して武闘大会の会場へと転移した。



 ――――――――――――――――――――――――――――――



『……最後に運営管理室室長より一言お願いいたします』


 開会式は無事進行して残るは、例のアバターをした運営管理室室長のお言葉のみ。


『皆様、おはようございます。運営管理室室長の榊原です。今日はマイスタークラスという事で、他の2つのクラスとは大きくルールが異なります。それぞれが自分の特性を活かした戦いをしてくれるよう期待しております。皆様の健闘を祈ります。……あまり長々と話すのは好きではありませんので、これにて挨拶を終了させていただきます。最後にもう一度、皆様の健闘を祈ります』

『それではこれにてマイスタークラス開会式を終わらせていただきます.このあと、参加者の皆様は控え室へと転送されます。ご自身の予選が始まるまではそちらでお待ちください。試合開始5分前に試合会場へと転移されます。以降は試合開始まで会場にてお待ちください。なお、ルールは先ほど説明した通りになっております。……それでは転送を開始いたします』


 進行役のGMの言葉とともに俺達参加者は控え室へと転移させられた。

 ……開会式の人数から減っているって事は控え室も何カ所かあるって事か。


 ここの控え室にいる参加者は……ざっと見渡す限り30人ぐらいか?

 意外と多いと考えた方がいいな。

 開会式のときも100人はいたわけだし。

 ……このうち、どれくらいの人数が『本物』の生産職かはしらないけど。


 しばらく待っていると、控え室にいたプレイヤーの一部が転移していった。

 彼らが予選第1組って言うことだろう。

 ……予選は1試合30分予定だから待ち時間が長くて暇だなー。


 あまりにも暇だったので、俺は聖霊武器を取り出し銃身を磨いてみることにした。

 こんな事をしたところでたいした意味はないだろうが、特別な武器なんだから手入れはしておきたい。

 所詮しょせんは気分の問題だけど。


「へっ、ガンナー様がこんなところで銃を取り出して磨いてるなんて余裕だなぁ、おい」


 ……せめて別の試合の様子でも見られればまた違ったのになぁ。


「おい聞いてんのか、このガキ!」


 ……改善要望として運営に投げておくか。

 待ち時間があまりにも暇すぎる。


「聞いてんのかって言ってんだよ!! この紙狐のガキが!!!」


 …………うるさいなあ、とりあえずGMコールっと。


「おいいい加減にしろよ、このガキが!」

「いい加減にするのはそっちだろ。暇だからって他人にケンカ売ってどうするんだ」

「なに生意気な口聞いてやがんだ! 俺様はなあ……って警告だと!?」

「控え室で騒ぎを起こさないのは、ルールの1つだったはずだぞ。そのルールを破っているんだ。警告の1つや2つ飛んでくるだろ」

「このクソ狐がふざけやが……」


 それ以降、彼の口から言葉が出ることはなかった。

 こいつ自身も驚いているようだが、おそらくGMからの制裁だろう。


 これ以上やったら失格という意味も込めての。


 その後もしばらくわめいている様子だったが、やがて諦めたのか一睨みしてからどこかへと歩いて行った。

 ……ひたすらに暴れながら口をパクパクしている様は見物だったのになぁ、残念。


 その後は話しかけてくるものも絡んでくるものもなく、第2戦の参加者達が転移するのを見送り、第3戦目でようやく自分の出番が回ってきた。

 ……なにもないのに一時間待ちは長いと思うんだ。



 ――――――――――――――――――――――――――――――



 予選の会場となる闘技場はかなり広かった。

 その舞台上におそらく20人から30人程度のプレイヤー達がいた。


「おいクソ狐! てめえも同じ組だったか、運がねぇな!!」


 さっき騒いでいた男もこの組での参加らしい。


「紙狐のガンナーなんて俺様が1撃で斬り殺してやるから安心しな……って何で近づけねえんだよ!!」


 こいつ、ルールをまるっきり聞いてないな。


「予選開始までは各参加者の10メートル以内には近づけないルールだよ。聞いてなかったのかバカ」


 各自の足下周囲10メートルの円形に光の円が描かれている。

 この円の中には他のプレイヤーは入れない。


「ああん!? よくもこの『魔王』のギラン様にそんな口聞けたもんだなおい!!」


 『魔王』って、『漆黒の獣』で処罰が軽くすんだ連中のたまり場じゃん。

 また『漆黒の獣』絡みかよ……


「『魔王』だか『魔王(笑)』だか知らないけど、これ以上警告食らっても知らないよ」


 俺はバカを放っておいて舞台の端の方へと移動する。

 今回の武闘大会は場外負けルールはなしだ。

 なので舞台の端には見えない壁がある。

 俺は壁の存在を確認したら、舞台の端を背にして試合開始を待つ。


「ふん、紙狐ごときが調子づきやがって! 試合が始まったらお前から斬り殺してやる!!」


 さっきのバカもついてきていたようだ。

 まあ、無害なので放っておく。


 やがて試合開始1分前となり、仮想ウィンドウにカウントダウン表示が映し出される。

 それはどんどん数字が少なくなっていき……


 5……4……3……2……1……START!!


 最後の『START』が表示されるとともに、足下の円が消え去った。


「おら、死ねやクソ狐!!」

「まずはお前からだ、狐!」

「ここで消えてくれ【爆撃機】!!」


 周囲にいたプレイヤーが示し合わせたように一斉に群がってくる。

 声を聞く限り俺が誰なのか知っているプレイヤーもいるようだな。


 俺は両手に持った魔導銃をそいつらに向ける。

 ただし、狙いをつけるのではなく、前方から少し離れた、ちょうど扇形になるような形で前に向ける。


「策がない。そう思っていたのか? じゃあ、お前らから消えろ。スプレッドショット!」


 ガンナー系統で唯一の範囲攻撃を宣言使用する。

 すると両手に持った魔導銃それぞれから扇状に、つまり俺の前方180度近くをなぎ払うように弾丸が発射された。


「がっ!!」

「なっ!!」

「やっぱりか……」


 すると目の前に迫っていたプレイヤー達は全員光の粒子になって消え去った。


『おおっと、第3試合ですがすでに10名以上の脱落者が出た模様!! 開始まだ30秒も経ってないぞ!!』


 実況の声が木霊した。


 どうやら今の1撃だけで10人は吹き飛ばしたらしい。


 ……1人か2人は倒し漏れると思ってたんだがなぁ。


 最初の一斉攻撃に加わらなかったプレイヤーは遠巻きに俺を見ている。

 開始時の最低距離だった10メートル以内には誰も残っていない。

 というか、誰も攻めて来ようとしない。


「おいおい……せめて距離を詰めるとかはしてこいよ……」


 嘆いていても一向に攻めて来ようとはしていない。

 というか舞台上の全ての視線がこっちを向いていた。


「はぁ、そっちが来ないならこちらから行くぞ。ライトニングボルト!!」


 一番近いところにいた、少し固まった集団に対してライトニングボルトを撃ちこむ。

 左手に持った魔導銃『雷迅』がかすかに光を放ち、魔法の威力を増幅させる。


 そして、轟音とともに落雷が発生し対象の近場にいたプレイヤー諸共一発で跡形もなく吹き飛ばした。


『これはすごい!! トワ選手、これで参加者の半分を消し飛ばした!!』


 実況の声がまた響き渡る。


「おい、あいつが……」

「うそだろ、何であいつと同じ組なんだよ……」

「俺オワタ……よりにもよって【爆撃機】と同じ組だなんて……」


 どうやら、俺の事は広く知れ渡っているらしい。

 姿を見ても気がつかなかった連中は、俺の事を知らなかったのか、それとも装備が変わってるから判断できなかったのか。


 とにかく、派手にやってしまったし、他に近づいてくるプレイヤーもいない。

 ここは様子見として、近づいてくるプレイヤーがいたら戦う事にするか。



 ――――――――――――――――――――――――――――――



『あのー、トワ選手。試合中飲み物を飲まないでくださーい』


 実況からそんな声がかかる。


「仕方がないだろ。俺が近づいたら皆逃げて戦いにならないんだから」


 そう、あれ以降、20分は経ったというのに俺に仕掛けてくるものは誰もいなかった。

 というか、俺から近づいていくと一目散に逃げ出す始末だ。


 最初5分ぐらいは俺も真面目に戦おうとした。

 でも逃げられて、しかも、俺が近づくと戦っていたもの同士でも慌てて逃げ出す。


 その後10分ぐらいは舞台の中央付近で誰か襲ってこないか待ってみた。

 誰も俺には襲いかからず、各自舞台の隅の方で戦っていた。


 そして、俺はこれ以上戦うことを諦めて舞台の端に寄って観戦モードに移った。

 今現在がこの状態だ。


『解説の榎田GM、この場合はどうなるんですかね?』

『この場合が何を指すかですが……飲み物が飲めるのはシステム的に禁止されていないので問題ないでしょう。バフは付きませんが。そして、戦わない事については……他の参加者は逃げるので仕方が無いでしょう』

『あー、それもそうですね……しかし、この場合、時間切れになったときの決勝進出者はどうなりますか?』

『まずどれだけ他のプレイヤーを倒したかが条件になります。なので、半数以上を倒しているトワ選手の決勝進出は確定的ですね。倒したプレイヤー数で勝負が着かなかった場合は残りHPの割合の勝負です。もし、それでも差がなかった場合は残った参加者によるサドンデス方式の決戦ですね』

『サドンデス方式ですか?』

『はい。最大HPを1とし戦うモードです。……さすがにそこまで縺れ込むことはないと思われますが』

『解説ありがとうございました。そう言うわけですので、トワ選手はこれ以上戦う意思がないのでしたら舞台の端で観戦してください』


 言われなくてもそうしてるって。


 よく考えたら『上位2名』が決勝進出だものな。

 俺を倒す必要はないってわけか。


 ……ラスボスにでもなった気分だ。


 あと、ちなみにだが魔法を使った場合、射程距離の中にいるプレイヤーも少しばかりいる。

 これ以上、手出しする気はないから放置だがな!



 ――――――――――――――――――――――――――――――



『決まったー!! 約1名強すぎる選手がいた結果、時間ギリギリまで縺れ込みましたが決勝進出者が決定しました!!』


 どうやら最後の1人が決まったらしい。

 勝ち残った1人はもうボロボロといった感じだ。


『それでは、マイスタークラス予選第3組決勝進出者はトワ選手、ギース選手に決定だー!!』


 一応、決勝進出者になったわけだし、飲み物をインベントリにしまい込み、片手を掲げて見せた。

 その姿に、こちらも一応といった感じだが歓声が起こる。


 運営の演出なのか本当に歓声が起きたのかは知らない。


 少しすると控え室とは違う個室のような場所に転移した。

 最後の試合が終わるまでは、ここで過ごせって事だろう。


 しょうがないのでインベントリから食べ物と飲み物を取り出し、第4試合が終わるのを待つことにした。

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