54.ある日の学校の一コマ

「あーもう、学校とかめんどくせー」


 開口一番、陸斗はそんなことを言い出した。

 今日は木曜日。

 お昼からは大型アップデートのためUWにはログインできない。


「陸斗さん。気持ちはわかるけど、朝からそんな調子じゃ明日までもたないよ?」


 遥華からもたしなめられる陸斗って……

 GWゴールデンウィークも間近になり浮かれる気持ちもわからなくはない。

 だからといって登校前から、学校に行きたくない発言はダメだろう。


「陸斗。学校の勉強はきちんとやるって両親と約束してるでしょう? このまま勉強をサボって赤点をとったりしたら、お母さん達からゲーム禁止令が出るかもしれないよ」

「うげ。それはマジ勘弁だ」

「そう思うなら学校にはちゃんと行って真面目に勉強なさい。あなただってちゃんと勉強すれば、それなりの成績を取れるんだから」


 そう陸斗こいつもやればできるやつなのだ。


 ただ、


「勉強なんてかったりいよ。できればもっとゲームをする時間がほしいぜ」


 こんな考え方だったりするために一向に成績が上昇する兆しは見えないのだが。


「そんなことを言っていると、お母さんに話してゲームを取り上げてもらうけど?」

「うげえ。待ってくれ雪姉。俺が悪かったからそれだけはマジ勘弁!」

「それなら、休み明けの中間テストで赤点をとったりしない事ね。赤点をとったらきちんとお母さん達に説明させてもらいます」


 雪音がなかなか厳しい事を言う。


「うー……わかったよ。これからはしっかり勉強するさ! さしあたっては悠、勉強を教えてくれ!」

「……まだ一学期が始まったばかりだろう。復習ぐらい自力でやれ」


 陸斗を甘やかしてもしょうがないので俺は適当にあしらう。

 せめて、この1ヶ月分の復習ぐらいは自力でやってもらいたい。

 それぐらいはやってもらわないと、陸斗のためにならないからな。


「……わかったよ。じゃあせめてGWの宿題ぐらいは一緒にやろうぜ。それぐらいならいいだろう?」


 陸斗がそんな折衷案をだしてきた。

 ……まあ、それぐらいなら構わないか。


「わかった。ただし、早めにやれる分についてはさっさと終わらせるぞ」

「すでに課題を渡されているものもあるもんな。それはさっさと片付けてしまおうぜ。放課後、悠の家に集まって勉強会だな」

「はぁ、もう……悠くん、邪魔じゃない?」

「邪魔と言うほどの事はないな。今日は一緒に宿題を片付けてしまおう」

「よっしゃ!これで明日からのゲーム時間を少しでも確保出来る!」

「……陸斗はそればっかりなんだから。あ、悠くん、晩ご飯も一緒に食べていいかな? 準備は私がするから」

「ん。構わないぞ。……それなら帰りに食材の買い出しでも行こうか」

「やった! 今日は雪姉のご飯だ! お兄ちゃんのご飯でもおいしいんだけど、雪姉の方がやっぱりおいしいんだよね!」

「下ごしらえにかける手間とかの差かねぇ……まあ、俺よりも料理が上手なのは間違いないしな」

「そんな事ないよ。……ただ、せっかくご飯を食べるなら少しでもおいしく食べてもらいたいだけで」


 それでおいしい食事が作れることがすごいと思うんだがなぁ。

 4人で雑談を続けていると学校に到着したので、俺達はそれぞれ自分の教室に向かうのだった。



 ――――――――――――――――――――――――――――――



 その日の昼食は3人で食堂に集まり宿題をしながら食べることになった。


 学食はかなり広めに作られており、俺達のような弁当を持ち込んで食べている生徒の姿もそれなりに存在している。


「うーん、悠。この問題の解き方を教えてくれ」


 俺達はまず手始めに数学の宿題から片付けていた。

 なお、俺と陸斗はすでに弁当を食べ終えており、雪音もあとわずかといったところだ。


「あら、海藤さんに都築くんじゃない、学食にいるなんて珍しいわね」


 声の方を見ると片桐と鈴原がそこに立っていた。


「ちょっと3人で集まってGWの宿題を片付けようって話になってな。そういうそっちは……これから昼食か」


 2人の手には学食のお盆があった。


「そういうこと。せっかくだし相席いいかしら?」

「何がせっかくなのかわからないが、どうぞ」

「それじゃあ失礼するわね」

「おじゃまします」


 2人が席に座ったあたりで雪音も弁当を食べ終わり、宿題を取り出し始める。


「それで、そっちの男子は誰なのかしら? 初対面よね?」

「あ、うん、そうだと思うよ。私の双子の弟で陸斗だよ」

「海藤 陸斗です。よろしく」


 宿題に集中してるせいか、陸斗の方も素っ気なく返す。


「私は片桐 愛莉よ。それでこっちが……」

「鈴原 祈です。よろしくお願いします」

「ん、ああよろしく。……ところで2人は悠と雪姉の友達か?」

「知り合い以上、友人未満ってところだな」


 陸斗の質問に対して、俺が率直な答えを返す。


「……まあ、そんな感じね。現実での付き合いよりゲームでの方が顔をあわせてる気もするし」

「それだって数える程度だろ。……まあ、そんな程度の仲ってことだ」

「へえ、2人もUWやってるんだ」

「その反応だと、あなたもUWをやっているみたいね」

「おう、これでも前線で活躍……とまではいかないけどそれなりに名前の知れたプレイヤーなんだぜ」


 その言葉に片桐と鈴原は顔をしかめる。

 その反応を見て何か思うところがあったのか、陸斗が反応した。


「……ひょっとして、2人は漆黒の獣絡みで何かあったのか?」

「そうですね……ゲームで都築くんと海藤さんに会ったのは漆黒の獣とのトラブルのおかげですし。ところでなぜ私達が漆黒の獣と関係があると思ったんですか?」

「ああ、あいつら自称攻略組だったからな。実際には第4の街周辺でもまともに戦えないようなザコ軍団だったわけだが」


 陸斗の勘はこういうときは鋭いからなぁ。


「……まあ、漆黒の獣の連中に絡まれているところを、この2人に助けられたのは事実ね」

「それにいいクランを紹介してもらえましたしね」

「ふーん、悠のつながりでいいクランって言うと『白夜』あたりか。あそこなら新人教育にも力を入れてるし、いいところじゃね」

「……確かにその通りだけど、よくわかったわね」

「悠のUWあっちでの交友関係って広く浅くが基本だけど、特別に仲がいいのは『インデックス』と『白夜』くらいだからな。そんな中で、初心者にもわかりやすいクランってなると『白夜』しかありえないからな」

「……その勘の良さを勉強にも発揮しろよ。ほれ、手が止まってるぞ」

「いっけねえ、さっさと数学を終わらせて、次の教科に移らないと」

「……ねえ、今やってるのってGWの宿題よね? 何で今慌てて片付けてるの?」

「そんなの休み中はUWで忙しいからだぜ。GWの目標は目指せカンストレベルだからな」


 陸斗の今のレベルは40台半ばのはずだ。

 GW中にがんばればカンストまで届く……のか?


 ちなみに会話に参加していない雪音と鈴原は、それぞれ宿題と昼食にとりかかっている。


「ふうん、ちなみにそれって放課後もやるつもりなの?」

「それって宿題の事か? 放課後もやるつもりだけど、それがどうかしたのか片桐さん」

「どうせなら私達も一緒にやろうかと思って。悪い話じゃないでしょ」

「ちょっと愛莉ちゃん」

「私達だってGWの宿題は早めに片付けたいわけだし、いいじゃない祈。それで、どうなのかしら」

「うーん、俺は構わないと思うんだけどな。……雪姉はどう思う?」

「……私も2人がいいというなら構いませんよ」

「じゃあ悠は?」

「俺も構わないかな」


 もし上手くいけば、雪音とこの2人が仲良くなってくれるかもしれない。

 雪音は基本、俺にべったりで他の女子との付き合いは極めて事務的なやりとりだけだ。

 本当は、雪音には同い年ぐらいの女子の友人ができてほしいわけだが……雪音の態度が素っ気なさ過ぎて上手くいかないんだよな。


 その点、この2人なら同じ話題ゲームがあるわけだしひょっとしたらと思うんだが……初対面の印象が悪いのがなぁ……


「とりあえず、放課後も学食で勉強ってことで構わないか?」

「おう」

「うん」

「私達も構わないわ」

「えっと、押しかけちゃってすみません」


 それじゃあ放課後もここで勉強だな。

 遥華には学校で宿題をしていくから帰るのが遅くなるとメッセージを送っておこう。

 そうして俺達の昼休みは過ぎていった。



 ――――――――――――――――――――――――――――――



「うーん。ここってどうなってるのかしら。海藤さん、わかる?」


 放課後。

 約束通りに5人で集まりGWの宿題に取りかかる。

 幸いなことに、すべての教科の宿題が提示されたのでやることは事欠かない。


「ここはこうすればいいんですよ」

「そっか、ありがと。助かったわ」


 当初心配していた、雪音と片桐の仲もそれほどギスギスした感じはなく、宿題の受け答えなら特に問題なくしている。

 このまま仲良くなってくれると嬉しいのだが、難しいだろうなぁ。

 今の雪音の片桐に対する態度は、好き嫌いと言うより無関心と言ったところだ。

 好きの反対は無関心とはよく言ったものだが、ここを矯正するのは難しいだろうなぁ……


 ちなみに、鈴原に対する態度は幾分柔らかい感じになってきている。

 ……やっぱり初対面時の印象の差かなぁ……


「よし、この教科は終わった!」


 どうやら陸斗の方も2教科目が終わったようだ。

 ちなみに俺と雪音はすでに3教科目の終盤にさしかかっている。


「そろそろ少し休憩にしようぜ、皆何か飲む? 俺買ってくるよ。あ、金は出してくれよ?」


 せっかくなので陸斗の厚意に甘えて飲み物を買ってきてもらう事にした。

 4人全員のリクエストを聞き終えた陸斗は、自販機のある方に向かって歩いて行った。


「はー、やっぱり皆でやると宿題もはかどるわね」

「愛莉ちゃんはどちらかというと教えてもらえるからはかどるだけじゃない?」

「言ってくれるわね、祈。……まあ否定はできないけど」


 2人も休憩に入るみたいだ。

 俺と雪音はどうせなので、今やっている教科を先に片付けてしまうことにした。


「都築くんもそうだけど海藤さんもなかなかの勢いで宿題進んでいるわね。……やっぱり2人とも頭がよかったりするの?」

「ああ、2人は高校からの合流組だったか。俺はそこそこだが、雪音は学年でも上位に入る成績だぞ」

「やっぱりすごいのね。正直、祈よりも教え方が上手いとは思ってなかったわ」

「そうですか? ありがとうございます」

「海藤さんってなんか堅いのよねぇ。私としてはもう少し仲良くしたいんだけど」

「私がこう言う態度なのは大体同じなのでお構いなく。それに私としては、あまり仲良くなるメリットを感じませんので」

「メリットって……友達付き合いってそういうものだけじゃないでしょ?」

「私にとっては悠くん達がいればそれで構いませんから」


 片桐が助けを求めるようにこちらを見てくるが、俺にとっても処置なしと言ったところなので肩をすくめて見せる。


「……あなた達の仲がいいのはわかるけど、それだけがすべてじゃないと思うのよね。そうでしょ、祈」

「え、うん、そうだね。せっかくだし、せめて連絡先だけでも交換しない?」


 雪音は少し考えるそぶりを見せ、


「……連絡先くらいなら構いませんよ。特にどこか一緒に行こうとかってつもりはありませんが」

「とりあえずは連絡先だけで十分よ。あ、ついでに都築くんもお願い」

「はいはい、わかったよ」


 こうして俺達は連絡先を交換した。

 ……これを機に雪音の目がもう少し外に向いてくれるといいんだが。


「おーい、飲み物買ってきたぜ……ってなにやってんの?」

「連絡先の交換」

「えー、そういうの、俺のいない時にする? 俺とも交換しようぜ」

「……そうね。海藤さんの弟くんなら構わないか。ああ、でもデートのお誘いとかはお断りよ」

「そんなことしないって。それにデートとかしてる暇あったら今はゲームがしたいしな!」

「……えーと、都築くん?」


 鈴原よ、そんな困った目で俺を見るな。

 俺だって頭がいたいんだから。


「……こいつは根っからのゲームバカだからその辺は安心していいぞ。あと、UWでわからない事があればこいつに聞くといい。俺よりも色々詳しいはずだから」

「さすがにそれはないんじゃないか? お前だったら教授とかにも聞けるんだし」

「そんなことはないさ。俺は生産職で基本ゲーム内では引きこもりだからな。……さあ、休憩はこれくらいにして続きに取りかかろう」

「へーい、早く終わらねぇかな……」


 そんなこんなで勉強会は続き、結局、明日も同じように集まって宿題に取りかかることになった。

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