55.大型アップデート

「よっしゃ!今日からUnlimited World参加できるぜ!」


 勉強会の翌日、朝の教室に着いた俺達を出迎えたのはそんな叫び声だった。


「私も。本当に楽しみよね!」


 この教室でもUWの1次出荷分から漏れた人間はそれなりにいた。

 UWは割と最近のVRゲームとしては敷居が低く、過剰とも言えるぐらい身の安全が守られているため、若年層の方が受けがいいらしい。


 実際、この間の生放送中に発表された年代別ユーザーの分布で見ても、10代から20代前半のプレイヤーが大半を占めていた。

 もっとリアル志向なゲームをしたいヘビーユーザーは、UWには少ないという事だろう。


 ……まあ、そんなゲームでも廃人と呼ばれる人々やどこぞの獣どもみたいな、迷惑プレイヤーは一定数いるわけだが。


「あ、おはよう、海藤さん、都築くん。どうしたのこんなところで立ち止まって」

「うん? 片桐か。いや、なに。教室の熱気にあてられてな」

「熱気? ……ああ、今日はUWの2次出荷日でもあったっけ。すっかり忘れてたわ」

「まあ、そんなもんだろうよ。新人勧誘する気もない既存プレイヤーにとってはな」


 とりあえず教室に入り自分の席に着く。

 クラス内での騒ぎを眺めていると、片桐にクラスメイトの女子が話しかけてるのが見えた。


 どうやら、一緒にプレイしないか誘っているようだ。


 だが、片桐は園田某の一件で懲りているらしく、その誘いを断っているようだった。


「なあ、都築。お前もUnlimited Worldやってるんだったよな?」


 おっと、俺の方にも飛び火してきたようだ。


「ああ、やっているけどそれがどうかしたのか?」

「それなら俺達と一緒に組んでくれないか?」

「最初のうちならレベルの近いもの同士で集まってやった方が楽しいと思うけどな」

「そんな事言わずにさ、頼むよ。この1ヶ月分の遅れを少しでも早く取り戻したいんだって」


 なるほど、つまりはパワーレベリングがしたいと。


「UWはそんなに甘いゲームじゃないぞ。無理にレベルだけ上げてもプレイヤースキルが身に付いていかなければすぐに頭打ちになるぞ。これはβテストの頃からの教訓だな」

「お前βテスターだったのか……なあ、でも少しぐらいならいいだろ? ちょっとしたコツとかを教えてもらえれば十分だからさ」

「そうは言われてもな。おれは基本的に現実リアルの付き合いをゲームに持ち込むつもりはないんだ。それに俺にもやりたいことはたくさんあるし、何よりクラン活動が忙しい」

「お前クランにも所属してるのか……ちなみにどんなクランなんだ?」

「生産系クランだよ。だから戦闘とか楽しみたいんなら他を当たった方がマシだと思うぞ。あと、うちのクランは身内クランに近いから新人勧誘はしてないからな」

「生産系クランか……俺は戦闘系クランに所属して最前線で戦いたいから合わないな。そういうことなら仕方ないか。またな」


 言いたいことだけ言って彼は去って行ってしまった。

 話の内容は大体のクラスメイトに聞こえていたらしく、これ以上、俺が勧誘されることはなかった。

 あと、余談だが、雪音の方に声をかける人間は「悠くんに聞いてください」の一言で切り捨てられていた。


 しかし、ここで話を聞く限りでも生産系って人気ないんだな……

 クラスの皆は話が聞こえてくる限り、生産職には興味がないようだった。


 ……何をするのでも生産職の手伝いがないと成り立たないゲームなのになぁ。



 ――――――――――――――――――――――――――――――



 その日の昼休み。


 俺達はまた5人で集まって昼食を食べて、余った時間を宿題の消化にあてていた。


「あー、なんだこれ……」


 集中力が切れて携帯端末を操作していた陸斗がそんな声を漏らした。


「何かあったのか陸斗。あと、手を止めてたらいつまで経っても宿題は終わらないぞ」

「わかってるよ、ちょっと休んでるだけだって。でだ、UWの公式サイトにいってみたけど、メンテナンス作業延長だってさ」

「へぇ、何時まで延長なんだ?」

「18時、つまり午後6時だと。」

「どうせ今日の放課後も集まって宿題する予定だったんだからちょうどいいんじゃないか? 早めに終わらせて帰るようにすれば、ちょうどいいぐらいの時間になるぞ。……再延長がなければな」


 この手の大型アップデートでメンテナンス時間が延長されることなんてザラだ。

 いちいち細かい事なんて気にしてもしょうがない。

 むしろバグが残っていた方がめんどくさいからな。

 そんな事はゲーム歴の長い陸斗ならとっくに理解してるはずなんだけど。


「それはわかってるけど、やっぱり少しでも早く遊びたいだろ、なあ」

「そうね」

「気持ちはわかりますけど、先に宿題を終わらせた方が建設的ですよね」

「わかったから早く宿題に戻りなさい、陸斗」


 陸斗の問いかけに対し、賛同したのは片桐で残りの2人は先に宿題を片付けろという回答だった。


「へいへい、わかってますよ。それじゃあ続きをやりますか」

「うん、それがいい。さっさと終わらせるぞ」


 こんな風に昼休みの時間は過ぎていった。



 ――――――――――――――――――――――――――――――




「よっしゃ終わったー」

「私もこれで終わりね……さすがに疲れたわ」


 放課後の勉強会に移って、現在午後5時頃。

 最後に残っていた陸斗と片桐の宿題も無事に終わったようだ。


「終わったんなら早く帰るとするか。……どうせ早いところ帰ってUWをやりたいんだろ?」

「いや、少し休憩してから帰ろうぜ。疲れちまったし、意味もほとんどないしな」

「うん? どういう風の吹き回しだ?」

「ああ、さっき確認したんだけど、メンテ再延長で午後9時からだってさ」


 なるほどな。

 だから急いで帰っても意味がないと。


「そういう訳だからなんか飲み物買ってくるわ。皆もいるだろ?」

「じゃあ頼む」


 昨日と同じように5人分の飲み物を買いに行く陸斗。


「なにげに海藤くんって気配りができるわよね」

「あいつはその気になれば色々そつなくこなすよ。ゲームバカって事を除けばな」


 片桐のつぶやきにそんな答えを返す。

 ……ホント、ゲームバカって点を少し直せばモテそうなヤツなんだけどなあ。


「あ、私ちょっと席を外すね」

「ああ、いってらっしゃい」


 雪音も席を外してしまった。


「……ねぇ、都築くん。1つ気になってたことがあるんだけどいいかしら?」

「話の内容にもよるな。で、なんだ?」

「あなたって海藤さんにずいぶん過保護な気がするんだけど気のせいかしら?」


 片桐から何とも答えづらい質問が飛んでくる。


「……まあ、過保護かもしれないな。理由を答えるつもりはないけど」

「理由まで聞く気はないわ。……それで、私達を遠ざけない理由は何かしら?」


 俺が普段意識して雪音から他人を遠ざけているのもわかってるか。

 ……まあ、こっちは露骨にやっている面もあるから仕方が無いか。


「少なくとも、2人が害になるような人間じゃない事がわかったからだな」

「害になるような人間?」

「色々と面倒な事があるんだよ、俺達にとっては。それで、追加でお願いしたいなら雪音と適度につきあってもらえると助かる」

「どういう意味か聞いても?」

「雪音には同世代の女子で友達なんていないからな。普通に世間話ができる程度の友人が少しでもいてくれると助かるんだ」


 そうしないと雪音はいつまで経っても殻に籠もったままだからな。

 UWで『ユキ』として活動することで、少しは改善傾向が見られるけど、現実でもつながりはほしい。


「……なんだか面倒そうな裏がありそうな話ね」

「ちょっと愛莉ちゃん」

「わかってるわよ。別に断ろうってつもりはないわ。海藤さんも悪い人じゃないし」

「私も構わないかな。ちょっと海藤さんとの間に壁は感じるけど……」

「すまないがあれが雪音の普通なんだ。そこは勘弁してほしい」

「あ、ううん、悪いって意味じゃないんだけどね。ただ、どうしてあんな風に壁を作ってるのかなと思って」

「そこの説明は難しいな。とにかく、少し世間話をする程度で構わないから気にかけてもらえると助かる」

「構わない話よ、それ位。ね、祈」

「うん。大丈夫だよ」


「何を話をしてるんですか、悠くん」


 いつの間にか雪音が戻ってきていたみたいだ。


「なに、ちょっとした世間話だ、なあ」

「ええ、そうね、大したことじゃないわよね、祈」

「そうだね。ちょっと聞きたいことがあったから聞いてただけだよ」


 とりあえず2人とも無難に返してくれた。


「それなら構わないけど……陸斗はまだ戻ってないの?」

「ああ、そういえば戻ってきていないな。どうしたんだろ……って戻ってきたな」


 陸斗が飲み物を抱えて戻ってきた、携帯端末片手に。


「おう皆、UWの公式ページで今日のアップデートについてのリリースノートが出てるぞ!」

「わかったから、とりあえず飲み物を置いて座れ」

「おう、それじゃ、ほいこれ皆の飲み物な」

「ねえ、リリースノートって何?」

「片桐は知らないか。アップデート内容をまとめて書いてあるのがリリースノートだよ」

「そうだったんだ、で、どんな事が書いてあるのかしら海藤くん」

「ああ、俺のことは『陸斗』って呼んでくれて構わないぜ。雪姉と呼び分けるの面倒だろ? で、リリースノートだが、まださわりしか読んでないから何が書いてあるのかまだわからん。一緒に見ようぜ」

「そうね、そうしましょうか」


 全員がそれぞれの携帯端末を取り出してリリースノートを確認する事に。


「これがリリースノート? すごいページが長いんだけど……」

「うん、すごい長いよね……」

「まあ、変更点が全部書いてあるわけだしな。最初の方に見出しが書いてあるから、気になるところだけ読むだけでも大丈夫だぞ、初心者なら」

「つまり上級者はこれを全部読むわけね……」

「まあ、どんな細かい変更点が影響を出すかわかったものじゃないからな。全体を読むのは帰ってからだけど」


 それぞれが気になるところを読み始める。

 目立った修正点は、やはり事前にも説明のあった鉱山ダンジョンの仕様変更や生産関係の緩和などだ。

 そんな中、メインジョブの修正項目の中にかなり大きな変更点があるジョブがあった。

 ガンナーだ。


「ねえ、ガンナーがやたらと強化されてるような気がするけど気のせいかいかしら?」

「スキル『リロード』を廃止して弾切れを起こさないようにする、スキル攻撃力の修正、NPCの店売り装備品の品質向上ねぇ……専門職である、悠の意見はどうなんだ?」

「どうもなにも、これでようやく他のジョブとの差が埋まるってところだろうよ。今までの環境じゃ自分で武器を調達できた俺以外のプレイヤーは、装備を買うだけでも一苦労だったわけだしな」

「悠としては妥当と……でも、これだけ優遇されたら荒れるんじゃね?」

「今までが不遇過ぎたんだよ。クエストクリアしないとNPCから装備品も買えなかったぐらいだしな。それに公式生放送の時の職分布のこと覚えてるか?メインジョブがガンナーのプレイヤーなんて3%程度だったんだぞ」

「あー、人気の高いソードマン系統と比べると10%以上離されてたもんな……そう考えるとこれくらいの上方修正が入らないと人が増えないか」

「それに他のジョブだって多かれ少なかれ上方修正入ってるだろ。まあ、騒ぎになるかもしれないがそこまで大きな話にはならないだろ」

「そんなもんか。まあ、他のジョブ用の武器も数量限定でNPCショップでも高品質品が出回るみたいだし、そこまで大きな話にはならんか」


「他には……本当に細かい内容ばっかりね……」

「ヘタに大きくいじってバランス崩壊させるわけにもいかないって事さ。……さあ、そろそろいい時間だし帰ろうか」

「そうね。帰りましょうか」


 こうして俺達は宿題を終えてそれぞれ家路につくのであった。



**********


第1章でも書きましたが本作ではアップデート内容の修正点や改良点をまとめたもののことを『リリースノート』としています。

オンラインゲームを知っている人なら『パッチノート』のほうが馴染み深いと思いますがご了承ください。

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