39.狼は銀月に吠える 4 ~事前準備~
生産職の戦いは事前の仕込みがどれだけ出来るか。
それが全てですね。
**********
2周目の深層攻略を終えてクランホームに戻ってくると、カウンターで何かの操作をしているらしき柚月がいた。
「ただいま、柚月。なにしてるんだ?」
「ああ、おかえりトワ。たいしたことじゃないわ。今日の売上を確認していたの」
店側にいてもしょうがないので、関係者用入り口からカウンター内へ移動し話を続ける。
「それで今日の売れ行きはどんな感じだった?」
「いつも通りね。装備品も消耗品も高品質のものから順に売れていったってところかしら」
「なるほど。いつも通りだな」
あまりにもこれまで通りな売れ行きに2人で苦笑を漏らす。
「それで、そっちはどうだったの」
「バッチリだ。正直、パワーレベリングとか好きじゃないけど、がっつりスキルレベルを上げてきたよ」
「うん、ちょっと上がりすぎて恐いくらいかな」
「そう、それはよかった。ちょうどいいから耐久力も減っているだろうしメンテナンスしてあげるわ。奥に行きましょう」
俺達3人は連れだって談話室へと移動する。
そこにはドワンとイリスも休憩していた。
「お疲れ様。そっちの調子はどうだった?」
「おう、おかえり。こっちは良くもなく悪くもなくと行った感じじゃのう」
「補充したそばから商品が売れていくんだよー。儲けは大きいけどあとが不安だなー」
「確かにのう。装備だけ良くなれば何とかなるゲームでもないのじゃが……それでトワ達はどうじゃった?」
「こっちはバッチリだった。はいこれおみやげ。採掘したての鉱石詰め合わせ」
「あ、私からもどうぞ」
「うむ。ありがたくいただいておくかのう……さすが深層だけあって、上位鉱石が目立つのう」
「まあ、深層だからねぇ……むしろ下位金属が出なくて在庫に支障でない?」
「下位金属については市場でいくらでも……は言い過ぎじゃが、『
「まあ、そうなるよな。それで上位素材の方はどうなんだ?」
「そっちは微妙だねー。時間があるときは市場の様子を見てるけど、ボクら基準の値段の商品は滅多に見なくなってきちゃったかなー」
「市場の取引記録を見る限りでは安値で出してる物もそれなりにあるけど、それ以上に相場より少し高めで出品されている物が多いわね。おそらく……」
「転売屋達が本格的に動き始めた、か」
「そうみたいね……と言っても、転売自体はマナー違反でも利用規約違反でもないから止めようがないのだけどね」
「あの、転売って問題にならないんですか?」
「運営的に言えば間違いなくシロね。
「安く買って高く売る行為自体は何の問題もないからな。俺達生産職にとってはいやな行為だけどな」
「そうなるのう。『漆黒の獣』の一件と転売屋の一件はまったく別の代物じゃからのう」
「だから素材が安くなるまでは、販売価格を上げるか、販売数を減らすかしかないんだよねー。ボクらの場合は後者の対応をとってきたけど」
「『漆黒の獣』は明確な利用規約違反があったわけだしね。運営としても看過できない内容だったから一斉処分になったけど、転売程度の問題じゃすぐには動いてくれないわね」
「でも、動いてくれることもあるんですよね?」
「まあな。もっとも転売屋を取り締まる訳じゃなくて、キャンペーンと言う形で素材の入手難易度の低下や量を増やす、と言った対応をとる事になるだろうなここの運営の場合」
βテストの時もなんの前触れもなくオンラインメンテナンスで、キャンペーンを始めた事もあったからな。
多分、市場の動向は監視してて値段が高止まりし始めたら、また、キャンペーンを始めることだろう。
「とりあえず、ボクらの取れる対応はないから、手に入った素材の範囲で作れる物を作って売るぐらいかなー。正直、ボクらの戦力じゃあ、前線の素材は集められないからねー」
「そうね。さっきメッセージボードにも、『素材不足による供給減少』のお知らせを書いておいたわ」
「わしの方でも掲示板の方に書き込んでおくかのう。それで買取量が増えてくれれば御の字じゃ」
「うーん、私達の素材の場合、あまり影響がないよね。どうしよか、トワくん」
「俺達は俺達で作れた分だけ売ればいいんだよ。別に素材に余裕があるのに販売数を減らす必要もないんだしな」
「そうね。消耗品ぐらいは数を稼いでおきたいわね」
「わかりました、それじゃあ早速……」
「はいストップ。別に今から急いで作る必要はないから、落ち着け」
「そうね。そりゃ、商品はあればあるだけ助かるけど、別に急いで作らなくちゃいけない物でもないもの」
「それにわしらもじゃが、明日のクエストの準備をしなければならぬのではないか?」
そう、明日のクエストに向けた準備も必要なのだ。
俺やユキの担当する消耗品は補充しておかないとまずい。
今日のパワーレベリングで相当数のポーション使ってしまったからな。
「あ……それもそうですね。明日の準備しなくちゃ……」
「と言っても、あとはあなた達の装備品のメンテナンスと消耗品の補充くらいなんだけどね」
「ポーションは結構使ってきたから補充しておかないとまずいかな。ユキ、料理の作り置きってどれぐらいある?」
「えっとちょっと待ってね……うん、明日のクエスト分ぐらいなら、まだ売りに出してない料理が残ってるよ」
「それじゃあ必要なのはポーションの補充ぐらいだな」
「その前に確認させて。トワ、今あなたの持っているポーションの在庫ってどれくらいあるの?」
「うん? 品質問わなければミドルポーションのHPが100個、MPポーションが50個、STポーションが70個ぐらいかな?」
「……ねえ、あなたそれでもまだ足りないの?」
「え? 参加者全員に配るなら全然足りないと思うけど」
「……教授に確認をとってみなさい。さすがに消耗品や装備品は各自の持ち込みのはずよ」
そう言われたので、教授に確認をとったら『各自で用意するから持ちだしはなくていい』との事だった。
一言言ってもらえれば、ある程度の数は供給するつもりだったんだけどな。
「わかってもらえたなら、まずは、あなた達の装備品のメンテナンスからね。ほらさっさと貸しなさい。あと、ユキの装備はちょうどいい素材が手に入ったからアップグレードも行うわ。明日の集合予定時間には間に合わせるから心配しないで」
「わしからもトワにプレゼントじゃ。ミスリル合金製の銃身をいくつか用意しておいた。これがあれば先の間に合わせ武器より強い武器ができるじゃろう」
催促されたので俺とユキは装備品を柚月とドワンに預けた。
2人はすぐにメンテナンス作業を始めて、俺の装備はすぐ手元に装備品は戻ってきた。
ユキの装備についてはアップグレード作業があるため、明日まで柚月預かりとなる。
装備している装備品の修理はいちいち装備を外す必要はなく、『リペア』っていう修理専用の魔法を使って直すだけなので、強化や派手な破損がない限りはすぐに手元に帰ってくる。
また、俺にはドワンからミスリル合金の銃身が手渡された。
「それで私達のポーションだけどHPポーションが10個、MPポーションとSTポーションは各5個ずつで構わないわ」
「それだけで足りるか?」
「むしろ余るじゃろうのう。わしらのHPではお主のミドルポーションならば1個で全回復に近いじゃろうし。MPとSTはおそらく過剰回復じゃ」
「そうそう、それにボクらの戦力じゃポーションを使う暇もなく全滅する可能性もあるからねー。一応、がんばるけどまともに倒すのは多分無理じゃないかなー」
確かに言われるとその通りだ。
でも、せめて渡したポーション使い切るぐらいは粘ってほしいな。
「そんな顔をしなくても、できるだけはがんばるから安心しなさい……ともかく今日はこれで解散ね」
「ああ、わかった。ただ、俺は自分が持ち込む分のポーション作っておくから、もう少しログインしてるよ」
「あら、残ってる分じゃ足りないかしら?」
「量はともかく質がな……俺の場合、すでにMP180越えてるからミドルポーションじゃ全回復にはほど遠いんだよ」
「MP180越えてるって……トワの種族レベルって今いくつなのよ?」
「まだ20だよ。狐はMPはバカみたいに増えるからしょうがないんだよ」
「……さすが魔法砲台扱いされる種族だけあるわね、狐……」
「その分、VITにもBP振らないと紙装甲過ぎるんだけどな……」
「まあ、そういう事情なら構わないわ。あまり遅くならないようにしなさいよ」
「うむ。明日遅刻しては元も子もないからのう」
「それじゃ、おさきに落ちさせてもらうねー。おやすみ、みんなー」
「私もそろそろ落ちさせてもらうわ。それじゃあね」
「わしも落ちるぞい。お疲れさんじゃ」
俺はログオフしていくクランメンバーを見送る。
さて、工房に行ってポーション作りするか。
「あ、トワくん、何か手伝えることある?」
あ、まだユキが残ってた。
「いや、特にないから先にログオフしてもらって構わないぞ」
「んー、私はもう少し一緒にいたいんだけど」
現実時間は午後11時ぐらいか……
微妙な時間だけど少しぐらいならいいか。
「それじゃ、お茶とお菓子の用意を頼むよ。ポーション作りの合間に食べたいから」
「うん、わかった。それじゃ、すぐに支度してくるね」
俺達はポーション作りの合間にお茶をしながら会話を楽しむのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――
月曜日の学校。
警察のご厄介になった園田某の件で全校集会があった。
それ以外は特段変わった事はなく終了した。
普段通り雪音や陸斗と一緒に下校して、夕飯の準備を始める。
「あれ、お兄ちゃん。もう夕飯の準備してるの?」
「ああ、ちょっと用事があってな。夜7時までにログインしなくちゃならないから、夕飯早めに準備してるんだよ」
「それじゃ、わたしも早く晩ご飯にしようかな」
「了解。すぐに準備終わるから待っててくれ」
「はーい」
俺は手早く食べられるカレーを準備して夕飯になった。
「それで、お兄ちゃん。用事って?」
「『インデックス』から依頼があってな、その関係だ。それ以上は教えられないぞ」
「『
「そこは遥華の好きにしてくれ……それじゃあ、御馳走様」
「あれ、お兄ちゃん、もういいの?」
「ああ、おかわりがほしければ、まだ、あるから食べていいぞ」
「うん、わかった。それじゃあ後片付けはわたしがやっておくから」
「ああ、まかせた。俺はお風呂に入ってくる」
「はーい」
こうして俺は寝る支度を終えて、ログインした。
**********
いつもお読みいただきありがとうございます。
「面白かった」「これからも頑張れ」など思っていただけましたらフォローや応援をお願いします。
作者のモチベーションアップにつながります。
~あとがきのあとがき~
オンラインゲームをやっていると転売屋対策は本当に面倒ですね。
マナーの問題ですから取り締まられることもないですし。
まあ、健全な経済活動と言えなくもないですし、売れ残りのリスクもあるんですがね。
今回の件も荒れそうな気がするので、ご意見等はなしでお願いします。
あと、作中に出てきたような、供給自体を増やすという対策が有効かどうか、あるいは現実でやったことがあるかは知りません。
あくまでもこの物語はフィクションです。
作者の妄想が8割です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます