33.水曜から木曜 ~商品補充の日々~

 生産職の戦いは仕込みの段階から始まります。

 というか、仕込みの段階でほぼ決まります。


 そんなお話です。


 **********



 大忙しだった、火曜の夜が明けて水曜。

 正直に言って、体はともかく精神的には大分疲れていた。


 それでも、学校の授業中に居眠りなどをしなかったのは気合いのなせる技だったのだろうか。

 微妙に寝ぼけた頭で、悠は昼食のお弁当を食べていた。


「悠くんも眠そうだねー」

 対面の席に座った雪音が、こちらも眠そうな表情で言ってくる。


「雪音も眠そうだな……と言っても、当たり前か」

「うん、普段はあんなに夜更かしした事なんてないし」


 雪音も、このまま寝てしまいそうな顔で、お弁当を食べている。

 うちの両親も雪音達の両親も共働きだが、毎日のお弁当だけは欠かさず作ってくれる。

 それだけは本当に感謝だ。


「はーい、都築くん、海藤さん、今暇?」

「見ての通り食事中だが、片桐」

「じゃあ話をするぐらいなら大丈夫よね」

「ちょっと、強引すぎるよ……ごめんなさい都築くん、片桐さん」


 俺達の席のとなりに片桐と鈴原が座る。

 ……なんだかんだ言っても、2人とも神経が図太いよな。


「それで何のようだ? わざわざ接触してくるって事は用事があるんだろう?」

「話が早くて助かるわ。……昨日売ってもらったお店の品なんだけど、もう少し買う事ってできないかしら」

「制限された数よりも欲しければ並び直せ。以上」

「……はあ、やっぱりダメなのね」

「何かあったのか?」

「ええと、私達、昨日あのあと狩りに行ったんだけど、そこでPTメンバーとの火力差が出てね……」

「それで、あんたのところのお店を紹介したんだけど『自分達の分も欲しい』とか言い出してね」

「自分で買いに来ればいいだろう」

「うん、でもその人達、並んで買うぐらいなら、その時間を狩りに充てたいって考えてるみたいでね……」


 なるほど、それで知り合いの俺を通して買おうって魂胆か。


「悪いけど、知り合いだからって店売り品の制限を変える気はないぞ」

「うん、そんな気はしてたわ。ま、私達としても『断られた』って事実が欲しかっただけだからね」

「そうだね。変なこと聞いてごめんね、二人とも」

「まあ、これくらいなら気にしませんよ。私も悠くんも」

「そうだな。それじゃあ、俺達は昼食の続きがあるから」

「そうね、食事中にごめんなさい。またね」

「失礼しました」


 片桐と鈴原は去って行った。


「……この程度の距離感なら警戒しなくても良さそう」

「……その女子なら誰にでも警戒心むき出しにするの、少し直した方がいいと思うぞ」

「悠くんを見知らぬ誰かに奪われるわけにはいかないから」

「……俺はそんなに誰でも受け入れるわけじゃないんだがなぁ……そんなことより昼食を食べてしまうか」

「うん、そうだね」


 俺達は昼食を食べ終えたあと、午後の授業に備えて一休みするのであった。



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 学校から帰って部屋着に着替えたらすぐにログイン。

 ガンナーギルドで拳銃製造だけをして、それが終わったらクランホームに戻りログアウト。


 夕食とお風呂、授業の復習と予習を簡単にすませて改めてログイン。

 次は昨日買ってきたホームオブジェクトの設置と明後日から販売する商品の準備である。


「うん、レジの配置はこれでいいかな」


 向かって左手側に販売専用レジを5台、右手側に買取専用レジを1台、さらにその右隣に出張販売所を設置。

 カウンター奥の棚には目立たない位置に『拠点内回復速度上昇』をひっそりと置いてみた。

 ぶっちゃけ、他の部屋に設置に行くのが面倒だっただけだ。


「あら、もうレジの設置と設定終わってたのね」


 後から声をかけられたので、振り返って見ると柚月がいた。


「外に行ってたのか?」

「ええ、昨日の話し合いでは出なかったけど、今後のお店のことを考えたらこれが必要だと思ってね」


 柚月が取り出したアイテムは『メッセージボード』だった。

 『メッセージボード』は、そのホーム内でのみ使用できる掲示板のようなものだった。

 削除を含めた管理が自分達でできる分、荒らし行為があった場合も自分達で対応しなければならない。


「昨日一日でも装備のオーダーメイド依頼とか結構あったからね。注意事項とか連絡とかまとめて書いておこうかと思って」

「なるほどいいんじゃないかな。それで、『メッセージボード』が2つあるのは何でだ?」

「1つはお店用、お客様も含めて全員に見せる分。1つはクラン内での連絡用、私達しか見れないようにするためのものよ」

「なるほどなぁ。今までは顔を合わせたときに打ち合わせとかすれば良かったけど、今後は各自の予定とかをメッセージボードに書いておけば、あらかじめ予定がわかるってところか」

「クラン全体の連絡事項についてもね。いちいち全員にメールを飛ばすのも面倒だし」

「そうだな。それで設置場所は決まってるのか?」

「お店用のはマーケットボードのとなりに置く予定よ。私達用のは3階の階段前にでも置こうかと考えてるわ」

「うん、それでいいんじゃないかな。設置は任せても?」

「ええ、これくらいは一人でできるわ。と言うよりもホームオブジェクトの設置は仮想ウィンドウから設置するだけだから一人でしかできないんだけど」

「それじゃあ、任せた。俺は工房に籠もってポーション類を作成してくる」

「任されたわ。あまり無理しすぎない程度にしなさいよ」

「わかってるって。それじゃあよろしく」


 メッセージボードの設置に取りかかる柚月を残し、俺は調合・錬金術用の工房へと向かった。


「さて、それじゃあ、今日もがんばってポーション作りに励みますか」



 ――――――――――――――――――――――――――――――


 ゲーム内時間午前9時頃、俺はポーション作りをひとまず終えた。


「ふう、とりあえずはこんなものか」


 俺の前には売れ筋のミドルMPポーションを筆頭に、合計500個あまりのポーションが並んでいた。


「素材の納品を急いでもらって助かったな。急いでもらわなかったら途中で素材不足になっていたよ」


 俺は肩をほぐすような動作をしながら独りごちる。

 もちろんゲームなのだから実際に肩こりなど起こすことはないのだが、そこは気分というものだ。


「本当にストレス要素を色々排除してくれている、このゲームの仕様に感謝だな」


 俺は作成したポーションをまとめて回収し、販売用倉庫に移していく。

 これらの作業もすぐに終わり、倉庫の中を整理したりしなくてもいいのはUWの楽な一面だろう。


 商品の整理を終えた俺は、談話室へと向かった。

 そこにはイリスを除いたクランメンバーが勢揃いしていた。


 ユキは今日、料理をしに来ていなかったって事は今きたばかりなのだろうか。


「あ、トワくんも休憩?」

「ああ、とりあえず500ほど作ったからな。皆は?」

「私達はユキ以外は素材が尽きたから休憩って感じかしら、さすがに上位素材はそんなに数がないからね」

「わしもそんなところじゃのう。市場に残っている素材も、わしらの相場観からすれば割高なものしか残っておらん」

「そうか……ところでイリスは?」

「今日はログインしてるところを見ていないわね。昨日があれだったから、今日はログインせずにゆっくり休んでるんじゃないかしら」


 それもそうか、昨日はイリスも慣れない接客をがんばってたものな。

 疲れて1日2日ログインできない可能性は十分にあるだろう。


「それから、昨日の夜に店の営業日について書き込む際に『商品の品揃えは素材の入手量によって減る可能性がある』とも書き込んでおいたし、まあ問題なかろう」

「そうか……ふむ、それじゃあこれからどうしたものか」

「低ランク装備をあまり作っても仕方がないものねぇ……」

「それにわしらだけが装備需要の大部分を奪ってしまっては角が立つと言うものよ。大人しく、低ランク装備は今の在庫だけでよかろう」

「そうなるといっそ暇よねぇ……」

「なら、鉱山ダンジョンでも行かないか? 25階から20階までの逆走ルートで採掘していけば、上位鉱石もそれなりの量が取れるだろう」

「うむ、悪くないのぅ」

「そうね、いいと思うわ」

「よし、ユキも来るか?」

「うん、私ももちろん一緒に行くよ」

「それじゃあ、決まりだ。全員準備を整えたら早速出発だ」


 こうしてその日の最後は鉱山ダンジョンに潜って鉱石集めで終わった。



 ――――――――――――――――――――――――――――――



 開けて次の日、木曜日。

 同盟の関係者達から送られてきていた、大量の素材を確認した俺達は各自の工房で商品作りを行っていた。

 昨日はログインしてこなかったイリスも今日は元気にログインしており、自分の工房に籠もっている。


「それにしても『拠点内回復速度上昇』って地味だけど便利だな……」


 MPポーションをがぶ飲みしながら調合や錬金をせずに済むようになったのは本当にありがたい。

 ……それでも長時間続けていたらMPが尽きるので、時々はポーション頼りになってしまうが。


「トワくん、薬膳料理用の薬草が切れそうだから補充お願いできる?」

「わかった、すぐに準備するよ」


 俺の利用する調合・錬金用工房と、ユキの料理用設備は同じ部屋にあるため、一声かけてもらえればすぐに対応できる。

 【初級錬金術】スキルのレベルも上がり、まとまった数の薬草を一気に処理しても品質に影響が出なくなったため、薬膳料理用の薬草類は足りなくなったらその都度補充するようにしている。


「ほい、薬草の準備出来たぞ。そっちの作業は進捗どうだ?」

「うーん、薬膳料理以外は一昨日の在庫量の8割弱ってところかな。薬膳料理は……ちょっと作るの大変だから、そこまで量をそろえることができなさそう」

「まあ、作れるだけで十分だろう。さあ、もう一踏ん張りがんばろう」

「うん、そうだね」


 こうしてお互いに自分の作業へと戻る。

 初めから、一昨日と同じ在庫量など諦めているので、そこは全員気楽に用意している。

 今度は一昨日のような長蛇の列にならなければいいんだけど……


 自分達の商品作りが一段落ついた辺りで談話室に行くと、他の3人もそこにいた。


「あ、トワ、ユキちゃん。商品補充終わったー?」

「ああ、一応、作れるだけは作っておいたよ」

「わしらも出来る限りの分はと言うところじゃのう」

「そうね。あとは当日にどれぐらい売れるかだけど……こればっかりは蓋を開けてみないとね」

「大丈夫ですよ。きっと、明日もたくさん売れますよ」

「むしろ、売れすぎって言う方面で心配してるんだけどね」


 俺達の商品が売れないといういことはないだろう。

 むしろ、前回のように売れすぎる方が困るわけで……


 あのペースで売れていたら、またお店を何日か休みにして商品補充としなければならない。

 出来る事なら、そこそこに売れてお店自体は24時間常に開いている状態にしたいのだが。


 ユキが作業の合間に作ったクッキーとお茶を飲みながら、俺達はのんびりと休憩する。

 本当はこんなのんびりとした感じのクランにしたかったんだけどなぁ。

 ホント、どうしてこうなった。


「ねえねえ、ボクあと1時間ぐらいログインできるんだけど、鉱山ダンジョン行きたいな」

「鉱山ダンジョンか。わしとしても鉱石が手に入るから問題ないが、何でまたお主が行きたがるんじゃ?」

「あそこって戦闘スキルのレベル上げに最適らしいからねー。暇を見ては通っておかないと大変だと思うんだ」

「そういう事なら問題ないわね。行きましょうか」

「そうだな。ユキも大丈夫か?」

「うん、もちろん行くよ」


 そして俺達は2日連続の鉱山ダンジョン通いとなり、この日も大量の鉱石類とスキル経験値を稼いで終わった。


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 明日の更新は2本同時になります。

 ただ、1本目はリアルパート、それもかなり後味の悪い内容です。

 ぶっちゃけ読み飛ばしていただいても構わないので、さっぱりした内容を読みたい方は1本目読み飛ばし推奨です。

 そんなの気にしないと言う方は1本目もお読み下さい、微妙なフラグをはっています(回収がいつになるかは不明)。

 本当にどんな心境であの話を書いたんでしょうね()



 ~あとがきのあとがき~


 設定として登場させる機会に恵まれなかったため、今まで登場していませんが、生産設備の質によって同時に生産できる数が変わってきます。

 例えば、中級調合生産セットなら、一度に30本分のポーションを作成可能です。

 トワが500個とかいうあポーションを作成できてしまうのはそのためです。


 もっとも、素材と魔力やスタミナもそれだけ必要ですから決して無制限に作れるわけでもないのですが。

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