31.火曜の夜 ~千客万来1~

 ついに生産チート集団ライブラリのお店がオープンします。

 さあ、どうなることやら。


 **********



「俺、今日の夜は忙しいから悪いけど適当に食べてくれ」


 朝一に遥華に対して断っておく。


「え? わかったけど、何かあったっけ?」


 うん、遥華には何が何だかわからないよな。


「今日の夜に『ライブラリ』のお店が開店なんだよ」

「おお、ようやく開店かー。おめでとうお兄ちゃん」

「ああ、ありがとう。でだ、商品が足りてないんだよ。俺の担当しているポーションが」

「ああ、なるほどねぇ。それで帰ってから晩ご飯適当にすませて、早めにログインしてポーション作り貯めようって考えか」

「その通り。と言うわけで、晩ご飯は作ってやれないから適当にすませてくれ」

「はーい。お兄ちゃんがんばってねー」


 妹の了承も取れたし、今日は帰ったら急ぎでログインしてポーション作りしなきゃな。



 ――――――――――――――――――――――――――――――



 と言うわけで、帰ってすぐに軽食を食べてシャワーを浴び寝る支度を調える。

 まだ、午後5時前だというのにもう寝る支度は万全である。


 ……こんな廃人プレイする予定はまったくなかったんだけどなぁ。


 今の現状をなげいていても無駄に時間を取るだけなので早いところログインしなければ。


 ログインしたらすぐにガンナーギルドに行って今日の日課の拳銃製造を行う。

 これは自分が行っている数少ない、というか唯一のガンナーギルドへの貢献値稼ぎだから、可能であれば忙しくても受けたい。

 早いところギルドランク10になりたいのだ。


 拳銃製造を終えたら急いでクランホームまで戻り、ポーション作成を始める。


 材料だけは大量にある。

 同盟関係になった『白夜』や『インデックス』から納品された薬草類だけでもかなりの量だ。

 今日はとりあえず薬膳料理用の薬草は用意しない予定なので、すべてポーションにしてしまって構わない。

 さあ、後は時間の許す限りポーションを作るだけだ!


 ……

 …………

 ………………


「トワくん、いる?」

「ああ、いるぞー」


 ゲーム内時刻午前4時、だから現実時刻は午後8時か。

 ユキがログインしてきたみたいだ。


「トワくん、大丈夫?」

「ああ、何とか大丈夫だ」


 ゲーム内時刻で5時間ほどぶっ続けでポーションを調合し続けていたらしい。

 少しほうけた頭を振って覚醒させる。

 いかん、やばい薬品を作っているみたいな感じになっていた。

 ……まあ、MPが尽きそうになったらMPポーションで無理矢理回復させて、それで5時間ぶっ続けで調合するとか、割と頭おかしい気がしてきた。


 あ、システムログに【集中】スキルを取得したってログが残ってる。


「……トワくん、本当に大丈夫? 疲れた顔してるよ?」

「ああ、大丈夫、大丈夫。気疲れしてるだけで、少し休めば平気だから。ユキの方は準備大丈夫か?」

「うん、私は大丈夫だけど……トワくん、取りあえずこれを食べて元気出して」


 差し出されたのは薬膳粥。

 そっか、そんなに疲れた顔してるか。


「うん、ありがとう、ユキ。これを食べたら少し休んでくるよ」

「わかったよ。山積みになってるポーションは販売用倉庫に運んでおくから心配しないでね」

「ああ、悪いけど、よろしく頼むよ」


 俺はユキに一声かけて談話室の方に向かった。


 そこには先客ドワンがいた。


「ドワンお疲れ。ドワンも最後の追い込みしてたのか?」

「ああ、トワか。うむ、わしも最後の追い込みで3時間ほどハンマーをふるっていたわい……嬢ちゃんの薬膳粥か、うまそうじゃのう」


 ドワンと話をしながら薬膳粥に口をつける。

 うん、やさしい味がしてうまい。


「言っておくけどやらないぞ」

「別に欲しいとは言っておらんじゃろうに……それがあると言うことは、嬢ちゃんももう来ているのか?」

「ああ、俺が作ったポーションを販売用倉庫に運んでくれているはずだ」

「そうか、内助の功じゃのう」

「少し違う気もするが……助けられているのは事実だな」


 本当はもっと俺がしっかりして、ユキを支えなきゃいけないのに。

 ふとした瞬間に支える側と支えられる側が逆転してしまう。


「……ここはゲームじゃから問題ないとは思うが、早く食べないと冷めるぞ?」

「……ああ、わかってるよ」


 俺は残っていた薬膳粥をゆっくりと味わいながら食べた。



 ――――――――――――――――――――――――――――――



「さぁ、開店まであと1時間! 気合い入れていくわよ!」

「やたらテンション高いな、柚月」

「あなたはなんでテンション低いのよ、トワ」

「ポーション作りに集中しすぎた反動だ」


 ゲーム内時刻午前5時、やたらと気合いの入った柚月がそこにいた。


「まあまあ、柚月さん。少し落ち着いてください」

「そうだよー。柚月ちゃん、少しはしゃぎすぎー」

「う……わかったわよ、落ち着くわよ」


 ユキとイリスが気合いが入りすぎている柚月をなだめる。


「それにしてもトワ、がんばったわね。ポーションの在庫が合計で1000個ぐらい増えてるじゃない」

「……確かに1000個ぐらい作った覚えはあるが、本当にそんなに作ってたのか?」

「正式版からの機能だと思うけど、販売用倉庫の在庫状況を確認することができるのよね。それで昨日の夜と今の在庫数確認したら、合計1000個ちょっと増えてるわ。私が言えた義理じゃないかもしれないけど、がんばったわね」

「ああ、がんばったぞ。だから仮眠取ってきていいか?」

「ダメに決まっているでしょう。何かあったときにクランホームの機能設定変更できるの私とトワしかいないんだから」

「わかってる。言ってみただけだ」


 可能なら1時間ぐらい仮眠を取りたかったがダメなようだ。


「あの、私達が実際にお会計とかするわけじゃないですよね? それでもいないとまずいですか?」

「確かに会計はホームオブジェクトの『自動会計レジ』任せで大丈夫よ。商品だって、店先に出てるのは全部見せかけだけの飾りただのオブジェクトだから万引きとかもシステム的に不可能だしね。でも、お店で何か不備があった場合の対応は私達の仕事よ。ログインしていないならともかく、ログインしている以上はキッチリこなさないとね」

「βの時もそうじゃったが柚月はこういうとき真面目じゃのう」

「もう少し肩の力を抜いた方がいいと思うが。取りあえず、最終確認と行くか」


 最終確認と言っても、やることはほとんどない。

 と言うよりも、クラマスの俺とサブマスの柚月以外にできる設定項目は多くない、と言うべきだろう。

 普通のメンバーが設定できる商店関係の項目は、自分が担当になっている商品の値段変更や販売用倉庫の出し入れ、それからブラックリストの登録ぐらいだろう。

 ブラックリストはその名の通りの代物で、ここに登録された個人、あるいはクランはクランホームに入ることができなくなる。

 ブラックリストの登録・解除がメンバーでもできるかどうかはクランマスターが設定できるが、『ライブラリ』うちは誰でも登録・削除可能としている。

 なお、余談だがこのブラックリストには同じクランのメンバーは設定できない。


 現状、クランホームのブラックリストに載っているのは『クラン:漆黒の獣』ぐらいだが、もし店内で騒いだり暴れたりするバカがあらわれた場合、容赦なくブラックリスト登録していいことになっている。


 一連の操作の確認が終わった後は、柚月と2人でクラマスしかできない設定項目の確認をしておく。

 クランマスター権限がないとできない設定は、店舗スペースの滞在可能時間、最大入場人数の変更、店舗部の稼働時刻の設定など多岐にわたる。

 とりあえず、現在は『店舗スペースの滞在可能時間:1時間』『最大入場人数:設定なし』『稼働時刻:24時間』となっている。

 あとは、開店時間に合わせて、店舗部の入場制限を『制限なし』に変更すれば、晴れて『ライブラリ』の店舗開店というわけだ。


「それにしても緊張してきたわね。ちゃんとお客さん来てくれるかしら?」

「さあなあ……今回は宣伝らしい宣伝、一切行ってないだろ? 掲示板に書き込みに行ったりもしてないし。開店して時間が経ったらぽつりぽつりとでも来てくれれば良い方じゃないのか?」

「あなたはまたそういう現実的な話を……でも、掲示板にすら告知していないのはまずかったかしら。告知らしいものと言えば、店の入り口に貼ってあるポスターぐらいしかないものね……」

「まあ、柚月よ。そんなに焦るでない。客なんぞ来ても来なくてもクランの経営方針に変わりはないのじゃからな」

「そーそー。それにヘタに大々的に告知をしてβの時の二の舞はゴメンだからね……」

「……βの時になにかあったの? トワくん」

「ああ、βの時に店を始めたときはな、掲示板に大々的に告知を出したんだよ。そうしたら人が集まりすぎてなぁ……」

「いやー、あれは今思い出しても地獄だったと思うんだ、ボク」

「確かにあれは地獄じゃったのう……」

「さすがにあれはもうこりごりね……」

「そんなにすごかったんですか?」

「そりゃあもう、当時は『ライブラリ』にトップ生産者がほぼそろっていたようなものだったし」

「今みたいな5人体制じゃなかったからな。お目当てのものを買いにたくさんの人が集まりすぎた訳だよ」

「あの頃は本当にすごかったからね『ライブラリわたしたち』。他の皆はそれぞれ、所属したいと思えるクランを見つけてそこに移っていった訳だけど」

「皆、元気にしてるかなー」

「元気にはしておるじゃろう。ほとんどのものがログイン履歴を残しておるよ」

「まだログインした形跡はないのは1人だけかー。あの人、どうしちゃったんだろう?」

「彼は、社会人ではあったけど時間の自由はきくお仕事だって言ってたわよね? なにか正式サービスからゲームをできない事情でもできたのかしら?」

「さてな、今度ログインしてきたら聞いてみたらどうだ?」

「それもそうね……今度ログインが確認できたら聞いてみましょうか。さて、開店まであと30分、準備はいいわね?」

「おう」「うむ」「おっけー」「はい」


 30分後の開店時刻に向けて最後の確認を取っていたとき、そのフレチャがかかってきた。


『もしもーし、お兄ちゃん。今大丈夫?』

「ハルか。どうかしたのか?」

『どうかしたかと聞かれるとどうかしたんだけど。お店の前、けど準備は大丈夫?』

「は?」

『は、じゃなくて行列できてるよ。確認してないの?』

「……いや、確認していない。あとでかけ直す」


「どうしたのよ、トワ。そんな焦った顔をして」

「妹からフレチャがあった。店の前にって……」

「なんですって?」

「だから店の前に……とにかく確認してみよう。2階からなら確認できるはずだ」

「ええ、急ぎましょう」


 2階に上がって窓から外を確認した俺達を待っていたのは、ゆうに50人以上はいそうな開店待ちの行列だった。


 **********


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 ~あとがきのあとがき~


 トワくん達は宣伝らしい宣伝は1度しかしていませんね。

 でも、その1回が……

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