30.月曜の夜 ~何でもない日常~

 学校から帰って着替えて少しの間だけログイン。

 ログイン場所をクランホームの自室に設定していたため、自分の部屋で目を覚ます。

 昨日、確認できなかった新しい設備の使い勝手を確認だけしてログアウト。


 夕食を食べた後、寝る支度を調え、少し勉強をしてから改めてログイン。

 クランホームを出て、ほぼ日課となっているガンナーギルドでの拳銃製造依頼をこなす。

 ギルドから戻ってくるとクランメンバーが全員そろっていたので、少し打ち合わせをすることにした。


「それで、打ち合わせすることって何かしら、トワ」

「ああ、クランホームの設備を拡張したくってな」

「おいおい、まだ2日目だと言うのに拡張かの?」

「話の内容を聞けば否定はしないと思うぞ?」

「うーん、それじゃあ話の内容だけでも聞いてみようか」

「拡張と言ってもたいしたことじゃない。『マーケットボード』と『ホームポータル』を設置しようと思ってさ」

「……ああ、なるほど。それは反対しないわね」

「……うむ。昨日1日だけでも不便だと思ってしまった内容だからのう」

「あると便利だよねー。2つともー」


 マーケットボードは市場マーケットを利用するとき、必要な掲示板のようなものだ。

 これにアクセスすることによって市場の出品や購入などの操作が可能になる。


 ホームポータルはその名の通り転移門のホーム設置用簡易版だ。

 これにアクセスすることで、街の転移門を使わずに各街へと転移が可能になる。

 また、その逆、各街からホームへの転移も可能になる便利なオブジェクトだ。


 両方合計すると150万Eほど必要となってしまうため、クランホームを建てたときの初期設備からは外したが、市場を利用するのにわざわざ生産ギルドまで足を運んだり、どこかの街へ行くために転移門まで移動するのは非常に面倒だった。

 それはもう、考えていたよりはるかに面倒だった。


「……でもそれだと商品鑑定はどうするの? 結局、一度は生産ギルドに行かなくちゃいけないんじゃないかな?」

「それは『簡易鑑定施設』を設置することで対応しようと思う。お金にはかなり余裕があるんだし、使えるときに必要そうなものはそろえてしまおうかと」


 簡易鑑定施設は、普段は生産ギルドに行かなければ受けられない商品鑑定をクランホームで受けられるようになるための設備だ。

 簡易鑑定施設だと、住人NPCに商品を渡すのではなく機械相手にトレードするような形になるが、まったく同じ内容を受けることができる。


「確か、簡易鑑定施設は20万Eだったわよね。それじゃあ、合計で170万E。今のクラン資産の現金額が500万Eちょっとだから半分も使わないわね」

「そういうことじゃったら、まあ問題はあるまい。むしろ移動時間が減る分だけ、様々なことが出来ると思えば安い投資じゃろう」

「ボクもさんせー。市場価格を調べるためとか、売上金の回収だけのために生産ギルドまで行くの面倒だったからね-」

「わたしも賛成かな。移動するだけでも結構大変だものね」

「それじゃあ反対なし、全会一致って事で、早速設置作業に入ろうか」


 全員の意思を確認したところで、俺は席を立つ。


「トワくん、どこかに行くの?」

「ああ、この前クランホームを買いに行ったとき、ユキはいなかったんだっけ。ホーム屋って言うところに行ってくる」

「ホーム屋?」

「その名前の通り、ホームに関する様々なものを取り扱っているお店だよ。ホームオブジェクトとか家具とか。あと、ホームそのものの売買もここで行うことになってるな」

「そうなんだ、わたしもついていっていい?」

「構わないけど、面白いことは何もないぞ」

「うん、それでもいいから行く」


 それだけ言うとユキも立ち上がって俺のとなりに並んだ。


「それじゃあ、気をつけて行ってきてね。すぐ近くだけど。私達は商品の作成をしてるわ」

「そうじゃのう。売り切れるよりは、売れ残りが出る程度に商品はそろえておきたいからのう」

「そうだねー。それに今日からは鑑定に行かなくていいから、なおさら物作りに専念できるね」

「あ、そうだ。ついでに応接間に飾るのにいい家具とかないか見てきてくれる?予算は30万Eぐらいで」

「了解……ああ、家具で思い出した。これ、教授からの新築祝いだってさ」


 俺は全員に【家具作成】のスキルブックを渡す。


「……これはまた、趣味スキルを押し付けてきたわね。あの教授は」

「……生産系クランなら自分達の家具は自分でそろえろと言うことかのう」

「……うん、覚えても使わなければ使わないでいいんだし、覚えちゃおう」

「……家具って事は食器も作れるのかな、トワくん」

「いや、食器類は【家具作成】じゃなくて【道具作成】だな。品質のいい食器を使って料理を作るとボーナスが付与されるから」

「うーん、それなら私、【道具作成】も覚えようかな?」

「覚えるなら帰りにスキル屋にも寄ってくるか」

「うん、そうしよう」


 うーん、これじゃほとんどデートだな。

 まあ、構わないんだけど。


「はいはい。お二人さんは適当に買い物に行ってきてね。……そういえば、ユキ。あなた料理の材料ってどこで仕入れてるの?」

「モンスター素材は市場で買ってます。それ以外は……あ、生産ギルドの販売所だ……」

「……トワ、購入リストに『出張販売所』も追加で。確か30万Eだから問題ないでしょう」

「えっと、私のためにすみません……」

「気にしなくていいのよ。私達も使うことがあるんだし。ほら、早く買い物を済ませてきなさいな」

「了解。応接間の家具は見送りで構わないよね?」

「そうね、家具は私達で何とかする方向で動きましょう」


 それだけ決めると全員そろぞれの目的に従って行動を始めるのだった。



 ――――――――――――――――――――――――――――――



「いらっしゃいませ、今日は何をお求めでしょう、トワ様」


 ホーム屋に入ると、クランホームを購入したときに担当してくれた住人が対応してくれた。


「ホームオブジェクトを追加で購入しにきました」

「かしこまりました。それで何をお求めになりますか?」

「ええと、『マーケットボード』と『ホームポータル』、『簡易鑑定施設』、『出張販売所』の4つをお願いします」

「はい、かしこまりました。購入いただいた商品はクランホームへとお送りしてよろしいでしょうか?」

「はい、お願いします」


 何とも事務的な対応だがそれが妙に心地いい。


「他に何かお求めになるものはございますでしょうか」

「いえ、今日のところは何も」

「かしこまりました。それではお会計が200万Eになります……はい、クラン口座より代金の振り込みを確認いたしました。商品は至急クラン倉庫の方に運ばせていただきます」


 購入手続きも完了し、ユキの方を確認してみるとホームオブジェクトを見ていたようだ。


「ねえ、トワくん。この『拠点内回復速度上昇』ってどんなオブジェクトなの?」

「ん? その名の通り、それを設置した拠点内にいる限り、HP/MP/STの自然回復速度が上がるってオブジェクトだな」

「これは買わないの?トワくんとか調合とか錬金でMPカツカツだよね?」

「確かに厳しいものがあるけど、結構高いんだよ、それ。回復速度2倍で20万Eだけど、最大の10倍になると200万Eもするんだよ」

「なるほど……ちょっと手が出せないね」

「うん、2倍程度だったら待ってても問題ないしMPだけだったらポーション飲んでもいいからなぁ」

「そうだよね。それじゃあ今度はこれを買えるようにお金を貯めよう?」

「まあ、その前に他のメンバーとも意識あわせが必要だけどな。さあ、そろそろ行くとしよう」

「うん、おじゃましました」

「またのご来店をお待ちしております」


 その後は、ユキのスキル購入のためにスキル屋によってからクランホームへと戻った。



 ――――――――――――――――――――――――――――――



「えーと、マーケットボードはこの壁沿いに設置でいいかな?」

「そうね、その場所なら動線の邪魔にならないしいいんじゃないかしら」

「それじゃあ、ここに飾ってあるものをよけて設置してしまおう」

「そうじゃの。早く終わらせるぞい」


 ホームオブジェクトを購入して戻ってきた俺達は、早速ホームオブジェクトを設置するための改装作業に取りかかっていた。

 元々は設置する予定のなかったものなので、すでに配置してしまっている鎧や服かざりを移動する必要があった。

 マーケットボードと簡易販売所はお店の利用者も利用できるように商店スペースに設置することになったためだ。


「ドワン、この鎧はここに飾る形で大丈夫かしら?」

「おう、こちらの服はショーウィンドウの方に追加しておくぞい」

「ええ、任せたわ」


 並べられていた鎧や服は柚月とドワンによって配置換えされていく。

 ……俺? 腕力STRが低すぎて重いものを運ぶのがきついから作業監督見てるだけだよ……


「トワ、こっちは並べ終わったからマーケットボードの設置をお願い……ってなに黄昏れてるの?」

「ん? いや、自分の非力さを思い知っててさ……」

「そんなこと種族を選んだときから決まってたことでしょう。ほら早くマーケットボードを設置して」

「了解」


 俺はクラン倉庫からマーケットボードを取り出し使用する。

 すると、仮想インターフェースが起動して店の概観図が表示された。

 あとは、この概観図からマーケットボードを設置したい場所と大きさを設定し、決定ボタンを押して終了。


 すると、目の前の壁にマーケットボードが設置される。

 こういうところはゲームっぽくて、大きなものをエッチラオッチラ運ばなくて済むところはすばらしい。


 試しにマーケットボードにアクセスしてみると、きちんと市場マーケットウィンドウが開いた。

 これでこっちは問題ないな。


 出張販売所は、カウンターのところに新しく設置して終了。


「皆。ホームポータルと簡易鑑定施設の設置終わったよー」

「ありがとう、お疲れ様」


 ホームポータルと簡易鑑定施設の2つは、クランメンバーしか基本的に利用できないようにした。

 具体的には、工房部

 の一番奥の空き部屋に簡易鑑定施設、談話室にホームポータルを設置した。


「皆、お疲れ様。お茶の用意ができました」


 ユキには他の皆が模様替えを行っている間にお茶の用意をして貰っていた。


「ありがとーユキちゃん」

「模様替えも終わったし一息つきましょ」

「そうじゃのう」

「そうだな」


 全員が作業終了していたため、そのままカウンターに集まりお茶をいただくことにする。


「はー、おいしいわね、このハーブティ。現実リアルでもハーブティとか飲むの?」

「はい、少しだけ。なのであまり詳しくはないんですよね」

「まあ、それでこれだけの味が出せれば十分じゃろう」

「うんうん、ユキちゃんの料理っておいしいよねー」


 うん、本当にユキの料理はおいしいと思う。

 この世界ゲームだと料理スキル補正がつくけど、それでも基礎ができていないとここまでおいしくはならない。


「はー、それにしても、明日からここが私達の新しいお店になるのね……なんだか感慨深いわ」

「うむ、βの時と比べると大分スペースが小さくなっているがのう」

「それは仕方ないよー。だってあのときは、もっとたくさんの職人が所属していたクランだったもの」

「βの時ってそんなに広いお店だったんですか?」

「そうね、店舗スペースはこの2倍ぐらいあったかしら。ねえ、クラマス?」

「そうだな。それくらいはあったな。もっとも、その時は、クラン全体で14人ほどいたからそれでも手狭だったけどな」


 そう考えると、5人で半分ほどのスペースというのは、かなり広くなったのではないだろうか。


「さて、後は明日の開店を待つばかりね……在庫状況はどう?」

「わしは問題ないのう」

「ボクもー。問題があるとしたらトワのポーション?」

「わかってるよ……明日、学校から帰ってきたら早めに夕飯を済ませて開店時間ギリギリまで量産する予定だから……きっと大丈夫なはず」


 正直、今日徹夜して作れるだけポーション量産したとしても場合によっては売り切れる。

 それなら、初めから作れるだけしか作らずに売ればいいのだ。


「さて、それじゃあ今日はこれぐらいで解散としましょうか」

「そうじゃの」

「はーい、それじゃ、皆おやすみー」


 三々五々に帰っていくログアウトしていくクランメンバー。


「それじゃあ私も落ちるね。お休みなさい、トワ……悠くん」

「ああ、おやすみ、雪音」


 最後に残った俺達2人がログアウトし、『ライブラリ』のホームには誰もいなくなった。


 **********


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 ~あとがきのあとがき~


 27話で『見本はレシピ所持者しか設置できない』という表現が出ているのに、模様替えでは本来の設置者じゃなくても動かせてしまっています。

 これは設置した人間がクランを脱退した後、オブジェクト移動が出来なくなるため、正式サービスから追加された仕様です。


 ええ、そういう仕様なのです。

 あくまで、作者の頭の中で設定が抜けていた訳じゃないのです。

(すみませんでした)

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