22.生産職の一日

 修行が一通り終わって、その後は市場のチェック、自分が適正価格外だと思って売りに出したポーション以外が売り切れている事を確認したら、同じく市場からポーションの素材になるアイテム類を購入。

 市場で買えるアイテムを買い終えたら、足りない分を街の外まで採取しに行く。

 隠密を発動させてモンスターに見つからないように採取を終えたら、生産ギルドに行き生産スペースで商品を作成。


 これがここ最近、というか第2の街に移動してからの行動サイクルとなっている。


 ゲーム内の毎日で違いがあることといえば、ユキが一緒に行動するかどうかぐらいだ。

 ユキも最近は修行の方が忙しいらしく、ゲーム内で会えない日もある。

 ……ゲーム内で会っても、お互いにそれぞれの生産作業をしながら会話をする程度なのだが。

 あと、ゲーム内ではPTを組んだままにしているため、PTチャットならいつでも話せるようにしている。

 ちなみに、今はユキがいない時間だった。


「うーん、今ある生産設備じゃやっぱり品質★5が限界か……」


 目下の悩みは生産設備の限界による品質の頭打ちである。


 今は生産ギルドの貸しスペースで生産しているが、ここにある設備の品質は初級生産セットと同じ。

 はっきりと言ってしまえば、使用している道具の品質がわざわいして生産品の品質が頭打ちになっているのだ。


「でも、今から携帯中級生産セットを買うのもなぁ……」


 生産道具セットは中級以上になると設置に場所を取られるようになってしまう。

 はっきり言えば、拠点ホームを持っていないと設置出来ないのだ。


 対して、効果は劣るが初級以下と同じように携帯出来る『携帯中級生産セット』というアイテムも存在してはいる。

 ただし、その性能は通常の中級生産セットに比べれば劣ってしまう。

 クランホーム完成間近の今だからこそ、わざわざ携帯中級生産セットを買う魅力がないのだ。


 クランホームとそれぞれの中級生産セットは、クラン資金から出して一括購入した。

 しかし、個人で使用する携帯セットの場合、クラン資金から出す、とは言えないだろう。

 魔道具扱いになる中級生産セットからはそれなりのお値段になるのだ。

 資金は十分にあるが、数日で取り戻せるような金額でもない。

 いい加減、自分の装備も更新しないといけないとなると、そこまで余裕があるわけでもないのだ。


「……下手の考え休むに似たりか、ちょっと相談してみるか」


 答えの出そうにない問題は、誰かに相談してみようと思う。

 なので、こういうときに頼りになりそうな柚月にフレチャをつなぐ。


「もしもし、柚月、俺だけど」

『もしもし、トワ、何か用? っていうか、どうせあなたも携帯中級生産セット買おうかどうか悩んでるんでしょ?」

「いや、その通りだけど何でわかった? というか、『あなたも』って事は他の皆もか?」

『ええ、ユキ以外は皆同じ相談してきたわよ。あなたが最後だったけど』

「そうか……それなら皆で集まって話しあった方がいいか」

『ま、結論なんてもう出てるような物だけどね。リアル時間で今夜辺りに集まりましょう。他のメンバーには私から連絡しとくわ』

「了解、それじゃあ頼む」


 どうやら皆考えることは一緒だったようだ。

 これはおとなしく集まって、クラン資金から購入することにした方が早いか。



 ――――――――――――――――――――――――――――――



「ねえ、トワくん。急に皆で集まって何かあったの?」


 同日午後9時頃、生産ギルドの談話室に集まった『ライブラリ』のメンバーを見て、唯一事情を知らないらしいユキが俺に事情を聞いてくる。


「ああ、中級生産セットの事で話し合おうと思ってな」

「? クランホームに中級生産セットを設置するって事で決まってたよね?」

「ユキ、今回の議題はホームに設置する生産セットじゃなくて、携帯出来る中級生産セットの事なのよ」

「え? 携帯できる中級生産セットってあるんですか?」

「ああ、知らなかったのね。それじゃ、説明してあげる、携帯中級生産セットっていうのはね……」


 柚月が携帯中級生産セットの説明を始めたので、俺はドワンとイリスの様子をうかがう。

 見れば二人とも苦笑を浮かべて様子を見守っていた。


「……っていうわけで、今更買うには高くてコスパが悪いって事なのよ」

「なるほど。そういう訳だったんですね」


 柚月の説明を受けてユキも納得したみたいだ。


「ユキも議題を理解してくれたところで、本題だけど、もうクラン資金で全員分の携帯中級生産セットを買ってしまっていいと思うのよ」

「一応、根拠を聞いておこうかの」

「はっきり言ってしまえば、私達のクランってお金が貯まりすぎているのよね。この間のクランホーム購入で大分資金が目減りしたけど、それでも5M以上の余剰資金があるわ。それなら、一人だと買おうかどうか悩む携帯中級生産セットを全員分買ってしまった方が何かと便利よね。出先で作業する機会もこの先は出てくるだろうし」

「そうだねー。この先、出先で装備のメンテナンスとか消耗品の補充とかする事を考えると、中級セットがあった方が絶対にいいよねー」

「それに全員分をそろえたとしても20万Eまでかからないか……それなら買ってしまおうか」

「さんせー」

「異議なしじゃ」

「もちろん私も賛成よ」

「えっと、私もいいと思います」


 と言うわけで全会一致で携帯中級生産セットをそろえることになった。

 なお、携帯中級生産セットで一番高いのが料理用セットだとわかったとき、ユキが辞退しようとしたが『クランで決めた事だから』と押し付けることになったのだが、まあよしとしよう。



 ――――――――――――――――――――――――――――――



 クラン会議も無事終了したが、まだ寝る時間には早かったのでゼノンさんの元に修行に行くことに。


 すると、


「おう、来たなトワ。悪いが大口の依頼が入ったんだ、お前も手伝ってくれ!」


〈緊急クエスト『大量の薬草を下処理せよ』が発生しました〉


 本当にいきなりだな、このクエスト。


 作業内容は至って単純に普段の修行でも行っている薬膳料理用の薬草類の下処理を行うというものだった。

 ……量が半端ないくらいに多かったが。


 ……

 …………

 ………………


「これで終わったな。お疲れさん」


〈緊急クエスト『大量の薬草を下処理せよ』をクリアしました。調合と錬金にボーナス経験値が入ります〉

〈【錬金】が一定レベルに達しました。【初級錬金術】に進化可能です〉

〈【調合】が一定レベルに達しました。【初級調合術】に進化可能です〉


 うわ、いきなり大量のメッセージが来た。

【錬金】も【調合】も昼間に上がったばかりだから、相当ボーナス経験値がおいしかったんだろうなぁ。


 俺は早速、SPを3ポイントずつ支払い、【初級錬金術】と【初級調合術】取得した。


「しかし、これだけの量もさばけるか。腕を上げたものだな、トワ」

「最初にここを訪れた時に比べれば大分上達しましたね。ゼノンさんのおかげで」

「はっはっは! お世辞も言えるようになったか! まあ、俺のおかげというならありがたく受け取っておこう」


 お世辞のつもりじゃなかったんだけど、まあいいか。

 ガンナーギルドを紹介してくれたり、調合の仕事がたくさんあったりで、スキルレベル上げのいい訓練になったんだけどな。


「ところで、何となく想像はできますけど、あの大量の薬膳素材ってどうしたんですか?」

「ん? お前さんがそれを聞くか?」


 ああ、やっぱり想像通りなのか。


「いつも薬草を卸してる料理屋で大量に注文が入ったそうだ。それで店の在庫だった薬草が尽きたそうでな。素材の生の薬草は自力で仕入れたから下処理をしてほしい、って頼まれた訳よ」

「はあ、おそらく異邦人どうきょうのせいですね……」

「まあ、そうだろうが。あそこも料理屋だからな、正当な対価を支払われたら断れなかったと言うだけさ」


 HPやMPを一時的に上昇させてくれる薬膳料理は、それはもう大ヒットした。

 そのバフ内容に適正価格を計りかねた俺達がかなり高めの値段をつけたにも関わらず、1日経たずに売り切れるほどに爆発的に売れた。


 そもそも、市場でも料理カテゴリーに含まれる出品はそれなりにあるが、バフ付きとなるとかなり数が絞られる。

 そんな中にいきなり登場したHP上昇やMP上昇バフ料理だ、売ってるこちらが恐いほどに爆売れだった。


 もちろん教授にも情報を持ち込み売り、即刻検証されて薬膳料理を作れるようになるための条件は特定された。

 今頃、多数の料理人が調合のレベル上げをしていることだろう。


 薬膳料理を標準品質とはいえ、住人の店で買えるのだ。

 お祭り騒ぎになることは想像に難くない。


 そのしわ寄せで起きたのが今回の騒ぎだったのだろう。


「しかし、これだけできればまだまだひよっことはいえ一人前の錬金術士だな」


 ん、この流れは……


「俺から指導できる内容はもうないだろう。これからは自分の力で一流の錬金術士を目指せよ!」


〈チェインクエスト『第2の街の錬金術師』をクリアしました〉

〈称号『初級錬金術士』を入手しました 称号『見習い錬金術士』は上書きされます〉

〈称号『初級調合士』を入手しました 称号『見習い調合士』は上書きされます〉


 ああ、ようやく俺も弟子入りクエスト完了か。

 結局、ライブラリメンバーで一番遅いクリアになってしまったな。


「ああ、修行の確認がしたくなったらまた来いよ。卒業ではあるが、お前さんの師匠を止めるわけではないからな」

「ええ、また来ますよ。薬草の下処理作業もまだまだ毎日あるんでしょう?」

「おう。正直、お前さんがいてくれると助かる。というわけでまた来いよ、トワ」

「ええ、時間があったらまた来ますよ」

「おう。そのときお前さんが中級錬金術士と呼べるぐらい腕を上げてたら、次の師匠になれそうな人を紹介してやるよ!」


〈チェインクエスト『中級錬金術士への道』を受注しました〉


 お、新しいクエストか、達成条件は『上位のジョブにジョブチェンジすること』か。

 ジョブチェンジでクリアになるって事は、その程度までは育てなきゃいけないって事だよな。


 さて、明日は午前中から用事もあることだし早めに落ちるとするか。


 **********


 誤字・脱字の指摘、感想等ありましたらよろしくお願いします。



 ~あとがきのあとがき~


 生産職の一日なんて何もなければこんなもんです。

 あと、クランの資産がやたら多いと思いますが、そこは爆売れ中で売上がすごいからと認識してください。


 それから、生産品の品質の上限について。


 生産品の品質は使う生産セットの種類によって上限が決まってます。

 初級生産セットなら★5、携帯中級生産セットなら★6、中級生産セットなら★8です。

 内部的な判定がそれぞれの上限値を上回っていても上限値の品質にしかなりません。


 もちろん、これらを上回る上級生産セットも存在しています。

 ですが、現時点では入手できないため、そちらの話は割愛します。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る