最終話 愛梨と真琴

「……やっと降りてきたわね、引きこもり娘」


愛梨と一緒にリビングへ降りると、三人分のお茶を用意して母が待っていた。


「この度は、御心配をお掛けして誠に申し訳ありませんでした!」


照れ隠し的な意味も込め、私は母の前に三つ指をついて土下座する。


「真琴は悪くないの……だから、あまり怒らないであげて」


愛梨が私を庇うように母との間に入り、すかさずフォローを入れてくれた。


「心配しないで愛梨ちゃん、私は別に怒ってる訳じゃないし、真琴が悪くないなんて事は百も承知よ……それよりも、お茶を淹れてるから冷める前に飲みましょうか」


そう言って、私と愛梨に席に着くように促す。


「うん、そうだね……ほら、愛梨も座って座って♪」


私が先に席に着くと、愛梨は隣の席にちょこんと腰を下ろした。


「いただきまーす」


何はともあれ、母が淹れてくれたコーヒーを啜る。

湯気が立ち上る淹れたてのコーヒーは、いつもの飲み慣れた味がした。


「愛梨にはちょっと苦いよね、お砂糖もう一個入れる?」


甘党の愛梨には少し苦いだろうと思い、角砂糖を摘まんでポトリと入れる。


「ありがとう、真琴……うん、美味しい❤」


甘味を足したコーヒーを一口啜り、愛梨は満面の笑顔を浮かべた。


「へぇ、真琴は愛梨ちゃんの好みまでしっかりと把握してるのね」


母が感心したように呟く。


「ま、まあね……大事な友達だもん、愛梨の事は何でも知って置きたいしね」


「私も、真琴の事もっと知りたいと思う……真琴は、私の大切な人だから……」


愛梨の言葉は素直に嬉しいけど、少し気恥ずかしくもある。

今まで話せなかったせいなのか、愛梨の言動は気持ちをそのまま言葉にしたかのようにストレートだ。


「……そう、二人はお互いの事をもっと良く知りたいのね」


そう言って、母は何処か意味有り気に頷く。


「お母さん?」


「……貴女達が知りたいと言うなら、教えてあげられる事は幾つかあるけれど、全てを知る事が二人にとって必ずしもプラスになるって、お母さんは思わないの」


母はそこまで言うと一呼吸置き、普段はあまり目にする事のない神妙な顔つきで私達を見た。


「だから、まずは貴女達にとって一番大切な事実ことだけを話すわ」


「私と愛梨にとって、一番大切なこと……?」


「……?」


母の言葉を聞いて、私と愛梨は互いに顔を見合わせる。


「それを聞いた上で、納得出来ない、もっと詳しく知りたいって思うなら、私が知り得る範囲で話をするわ、だけど――」


一瞬、悲痛な表情かおをして言葉に詰まる母だったが、気を落ち着かせるように息を吐くと、再び口を開き言葉を紡いだ。


「――だけど、詳しい話をすればするほど、貴女達二人……特に愛梨ちゃんにとっては、辛い過去を思い出させてしまうと言う事を解って置いて欲しいの」


『辛い過去』と言う言葉を聞いて、愛梨がビクッと肩を震わせた。


「愛梨、大丈夫……?もし、愛梨が聞きたくないって言うなら、私は何も知らなくて良いから……ね?」


震える愛梨を抱き締めながら、私は優しく愛梨を諭す。


「……大丈夫、怖い……けど、私と真琴の一番大切な話は聞きたい……から」


「愛梨……」


私と愛梨にとって、最も大切な事実こととは一体なんだろうか?

愛梨を苦しめてまで、知らないといけない事なんだろうか?


「詳しい話をするかは別として、今から話す『事実』だけは、貴女達も知って置いた方が良いと思う。でも、その事実すら貴女達が知らなくても良いって言うなら、私はこの話を墓場まで持っていくわ」


私の疑念を感じ取ったのか、母が確かめるように繰り返した。


「……愛梨、良いの?」


「大丈夫、真琴と一緒なら……❤」


愛梨が私の手をしっかりと握ってくる。

微かに震えているけど、握った手を通して決意が伝わって来た。


「……お願い、お母さん」


そう言って、私は愛梨の手をしっかりと握り返す。

私達の様子を見て、意を汲んだ母がゆっくりと口を開いた。


「……貴女達は血を分けた実の姉妹なのよ」


――?


思考が停止する。

一瞬、母の言った言葉の意味が理解出来なかった。


「……?」


どうやら愛梨も同じようで、無表情のまま首を傾げて止まっている。


「貴女達は姉妹なの、驚くのも無理はないけれど……これは本当の話よ」


私達の反応を見て、母が念を押すように言い直した。


「私と愛梨が……」

「私と真琴が……」


私達はお互いに顔を見合わせ――


『姉妹……!?』


――二人同時に驚きの声をあげた。





「……私と愛梨が姉妹って、一体どう言う事なの?」


新しく淹れて貰ったコーヒーを啜り、気を落ち着かせ改めて母に問い掛けた。


「貴女達が姉妹と言うのは紛れもない事実よ、それを裏付ける根拠もお母さんはちゃんと持ってるわ」


「根拠って、一体どんな……?」


「待ちなさい、真琴」


前のめりになって問い返す私を母が制する。


「さっきも言ったように、覚悟を決めてから聞きなさい。ここから先の話は二人にとって辛い話になるわ……特に愛梨ちゃんにはね」


その言葉を聞いて我に返り、愛梨の方を見た。


「私……聞きたい、私と真琴が姉妹だ……って、思い当たる節があるの……!」


恐れなのか?それとも他の理由なのか?

愛梨は小刻みに震えながらも、強い口調で聞きたいと訴える。


「思い当たる節があるって、本当なの……?」


「真琴が……なら、パパとママが守ってくれたの……私が一人ぼっちにならないように……って、だから……!」


愛梨の言ってる事が何の話なのか、私には全くわからない。

けれど、辿々しい言葉を必死に紡ぎ、話の続きを切望する愛梨の姿を見て、私も真実を知りたいと思った。


「お母さん、私と愛梨が姉妹だって言う根拠を聞かせて欲しい」


「わかったわ」


母はゆっくりと頷く、そして……。


「……今から15年前、私がまだ看護師をしていた時の事よ」


静かに目を伏せ、昔を思い出すように話し始めた――。





――その日の深夜、母の勤めていた病院に急患が運び込まれた。


運ばれて来たのは若い夫婦とその娘。

病院に運ばれた時、夫の方は既に心肺停止状態だったと言う。


妻の方はまだ意識はあったが、出血が酷く危険な状態。

娘は目立った外傷こそ見受けられなかったが、意識不明の状態だった。


この時、妻は妊娠しており母子ともに危険な状態の為、緊急手術が執り行われた。


手術の甲斐もなく、母親は死亡。

お腹の赤ん坊は帝王切開の末、辛うじて一命を取り留めた。


意識不明の娘は、状態が回復する事なく昏睡状態に陥り入院。(その後、10年間に渡り植物人間として眠り続ける事になる)


結果、両親は死亡。娘は昏睡状態。生後まもない赤ん坊は孤児となった。


孤児となった赤ん坊は、不妊症で子供の出来なかった夫婦と養子縁組を結び、養女として家族に迎え入れられた。


――これが看護師だった頃の母が、実際に体験した一連の出来事らしい。





「……そして、翌朝『資産家一家強盗殺人事件』として、新聞に取り上げられたわ」


全て話し終え、母は小さく溜め息を吐いた。


「その時、産まれた赤ん坊が……」


「ええ、真琴よ……そして、10年間ずっと昏睡状態だった貴女のお姉さんが愛梨ちゃんなの」


俄には信じ難い母の話。

果たして、こんな事があるのだろうか?


「真琴は、運命を信じる……?」


潤んだ瞳で私を見上げ、愛梨が問い掛けてくる。


「愛梨?」


「私は運命を信じる……真琴が産まれて来てくれた事……真琴にまたこうして出会えた事……真琴を好きになった事……真琴が好きになってくれた事……大好きな真琴が一緒に居てくれるなら、私はもう寂しくない、もう何も怖くないから……❤」


とろけそうな笑顔を浮かべ、愛梨が私の胸に顔を埋めた。


私と愛梨が血の繋がった姉妹?

私と愛梨が出会ったのは奇跡?

私と愛梨が結ばれたのは運命?


答えはわからない……だけど、ひとつだけ言える事がある。


「奇跡とか運命とかは解らないけれど、私は愛梨を信じてる……これからも愛梨とずっと一緒に歩んでいくわ」


「真琴……はわ!?」


愛梨をぎゅっと抱き締め、耳元でそっと囁く。


「……愛梨、大好きだよ❤」


「私も……真琴が大好き❤」


私達は互いに抱き締め合い、初めての接吻ファーストキスを交わした。

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