第10話 勇気
土曜日、約束の時間が過ぎても真琴は来ない。
昨日、あんな事があったのだから無理もないのかも知れない。
「……」
あの後、真琴は家に帰って御両親に自分の出生の事を聞いたのだろうか?
真琴のあんな
私の前では、真琴はいつだって笑顔で居てくれたから……。
初めて出会った時、誰とも関わろうとしなかった私に笑顔で手を差し伸べてくれた。
――真琴。
――私の大切な人。
――私の大好きな人。
「……」
――待ってて、真琴……今、私が迎えに行くから。
――ピンポーン♪
遠くでチャイムの音が聞こえる。
今、何時だろう?
真っ暗な部屋の中を、手探りで時計を探す。
「10時過ぎか……」
結局、一睡もせずに朝を迎えてしまった。
「……」
上手く頭が回らない。
何か大切な事を忘れてる気がするけれど、何も思い出せない。
「……」
昨夜、父と母から私が養女である事を知らされた。
自分なりに覚悟はしていたけれど、思った以上にショックは大きかったらしい。
途中からは、二人が何を言っているのかすら聞こえていなかった。
遂にはその場から逃げ出して、自分の部屋に閉じ籠った所までは覚えている。
「……?」
微かに音が聞こえる。階段を上ってくる音。
「お母さん……かな?」
昨夜も何度か部屋の前まで来てくれたけど、私は
両親が悪い訳じゃない事は
むしろ、実の娘と変わらない愛情を注いでくれた事に感謝さえしている。
私の大好きな家族だったからこそ、どうしても裏切られたと言う気持ちが拭えないでいた。
――コンコン
ドアをノックする音。
「……」
私は返事をしない。いや、出来ないのだ。
気持ちが整理出来ないまま話したところで、きっと相手を傷付けてしまうだけだから。
――コンコン
再びドアをノックする音。
「?」
何だか様子がおかしい。
母なら無駄だと解っていても、何らかの声を掛けてくる筈だ。
「……誰?」
私はドアに近づき、小さく声を掛ける。
「……」
返事は返ってこない。
しかし、ドアの向こうに人の気配はしていた。
もしかして……?
私の頭が急激に回り出す。
今日は土曜日、愛梨を迎えに行くと約束してた日。
「愛梨、なの……?」
ドアの向こうで息を飲む気配がする。
間違いない、壁一枚隔てた向こうに愛梨が居るんだ。
「ごめん、愛梨との約束破っちゃったね……」
「……」
きっと、愛梨は私の事を心配して来てくれたんだろう。
今すぐにでもドアを開けて、ありがとうって愛梨を抱き締めてあげたい。
だけど、今の私にそんな資格はないのかも知れない。
「ごめんね、愛梨……直接、愛梨に会いたいけど怖くて開けられないの」
――怖い。
こんな気持ちのまま、もし愛梨まで拒絶してしまったら、私は本当に一人ぼっちになってしまう。
――愛梨に会いたい。
――だけど会えない。
物怖じしない性格が聞いて呆れる。
私はこの薄っぺらい木製のドアを開ける勇気さえ持っていないんだから……。
「だから、今日はこのまま帰っ――」
「真琴」
私の言葉を遮るように、誰かが私の名前を呼んだ。
「……え?」
母親の声じゃない。
初めて聞く筈なのに、懐かしいような、愛おしいような、そんな声が私の名前を呼んだ。
「何も……怖がらなくて良いん……だよ?私が……真琴の傍に居てあげる……から」
絞り出すような辿々しくて小さな声が、懸命に私を励まそうとする。
「愛梨、なの……?」
半信半疑。だけど、何処か確信を持ってドアの向こうに問い掛けた。
「……うん、私も怖かった……けど、勇気を出して……話せたよ」
「愛梨……愛梨ぃ……!」
愛梨が話してくれた。
勇気を出して、私に話し掛けてくれたんだ。
「私が……勇気を出せたの……は、真琴のお蔭……だから、次は……私の番……」
愛梨との距離を縮めたくて、私はドアに寄り掛かる。
「真琴に会いたい……真琴の顔が見たい……真琴に……抱き締めて貰いたいの」
「愛梨……」
ドアの向こうで、大きく息を吸い込む気配がした次の瞬間。
「……真琴、大好き」
精一杯の大きな声で、愛梨がそう言ってくれた。
――私は何を悩んでいたんだろう?
私を大好きだと言ってくれる、私の大好きな愛梨が居る。
血は繋がっていなくとも、私を愛してくれる両親が居る。
「……」
私は震える手でドアノブを掴むと、ゆっくりとドアを開けた。
「真琴!」
「愛梨!」
私の胸に愛梨が飛び込んで来る。
私は愛梨をしっかり抱き止める。
私達を隔てる
「……迎えに来たよ、真琴❤」
「待たせちゃったね、愛梨❤」
私は包み込むように、ぎゅっと愛梨を抱き締めた。
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