第9話 急転

「終わったぁ~♪」


今回は愛梨と一緒に試験勉強した甲斐もあり、テストは手応えバッチリだった。


明日はテスト明けの土曜日、愛梨と一緒に出掛ける約束も既にしている。


(……明日はどんな服を着ていこうかな?)


そんな事を考えながら、愛梨の元へと向かおうとした時だった。


「深海さん、ちょっと良いかしら?」


担任の先生が何やら手招きしている。

何の用だろうと思いながら、教卓の方へ足を向けた。


「はい、何でしょうか?」


「大した事じゃないんだけど、この間の集団献血の時に簡単な書類を出して貰ったでしょ?」


集団献血……そう言う行事(?)もあったような気がする。


「その書類で書いて貰った血液型が、実際の血液型と違ってたみたいなの」


「え、そうなんですか?」


「血液型を間違って認識してるのは、色んな場で問題が出てくるから献血の時の検査結果を渡して置くわね」


「はい、ありがとうございます」


先生から検査結果が印字された書類を受け取り、私は再び愛梨の元へと向かう。


「何の用だったの、真琴?」


愛梨の元に着くと、既に帰り支度を済ませた沙織も一緒に居て声を掛けてきた。


「んー、何か血液型を間違えて書いちゃってたみたい」


「真琴、自分の血液型も知らなかったの?」


「知らなかった訳じゃないんだけど、ずっとA型だと思ってたけど、実はB型だったみたい……あ、確か愛梨もB型だったよね?」


「……」


愛梨はコクリと小さく頷く。


「愛梨と一緒の血液型かぁ、これはこれで嬉しい誤算かもね♪」


「常夜さんの血液型は憶えてて、自分の血液型を憶えてないとか……」


沙織が呆れたように溜息を吐いた。


「いやいや、別に憶えてなかった訳じゃなくて……A、私も勝手にA型だって思い込んでただけだから」


「真琴、あんたそれって……」


沙織が何かを言い掛けて、口を噤む。


「どうかした、沙織?」


私は何かおかしな事でも言ったのだろうか?


「いや、何て言うか……」


沙織は言葉を濁しながら、チラリと愛梨の方へ目を向ける。


「……」


私が釣られて愛梨の方へ目をやると、愛梨も困ったような顔をしていた。


「え、どうしたの二人共?……私、何かおかしい事でも言っちゃった?」


先程までとは、明らかに雰囲気が一変している。


「どの道、調べたらすぐ解る事だから言っちゃうけど……」


私を見詰める沙織の顔は、普段あまり見る事のない神妙な顔つきだった。


「……普通、A型の両親からB型の子供は産まれないんだよ」


……は?


一瞬、沙織が何を言っているのか理解出来なかった。


「……え、え?」


突然の事で頭がうまく回らない。


A型の両親からB型の子供は産まれない?

つまり、私はお父さんとお母さんからは産まれないって事……だよね?


「いや、でも例外もあるかも知れないし、単純に御両親のどちらかが間違ってる可能性だって……」


「ごめん、今日は一人で帰るね……」


沙織の言葉を遮り、放心したようにそう呟く。


「真琴……」


私はふらふらと覚束おぼつかない足取りで歩き出そうとした……が、腕に抵抗を感じて視線を落とす。


「……」


視線の先には、私の袖口をしっかりと掴む愛梨の両手。


「ごめんね、愛梨……離して?」


愛梨は袖口を掴んだまま首を横に振る。


「お願い、今は一人になりたいの……!」


そう言って、少し強めに愛梨の手を振り払う。それでも、愛梨は懸命に袖を掴んだまま離そうとはしなかった。


「……」


――私がこんなにも苦しんでるのに、どうして愛梨は理解わかってくれないの?


ドス黒い感情が私の中に渦巻き始める。

駄目だ、こんな気持ちのままじゃ愛梨まで傷付けてしまう。


「……ごめん、愛梨!」


感情を抑えきれなくなる前に、私は渾身の力で愛梨の手を引き剥がし、そのまま駆け出した。


教室を出る前に、一度だけ後ろを振り返る。


「……」


私が無理やり愛梨の手を引き剥がしたせいだろう。

愛梨は床の上に倒れ込みながら、今にも泣き出しそうな表情で私を見ていた。


――愛梨には、いつでも笑って居て欲しい。


そう思っていた自分自身が、愛梨にあんな表情かおをさせている。


そんな矛盾との葛藤の中で、私は堪え切れず愛梨に向かって声を掛けた。


「愛梨……」


「……」


愛梨が不安そうな顔で私を見詰める。


「……ごめんね」


一言だけ愛梨に告げ、私は教室を後にした。






「ただいま」


玄関の鍵が掛かっていなかったので、そのまま一階のリビングに入り鞄を下ろす。


「おかえり、今日は早かったわね」


台所で家事をしていた母が、普段と変わらぬ様子でそう言った。


「あのね、お母さん」


「何、どうかしたの?」


いつもと変わらない軽い口調で聞き返す母。

普段であれば気兼ねしない母娘の関係性が、今日はやたらと癪に障る。


――私がこんな気持ちになってるのは、私をずっと騙していたお母さん達のせいなのに。


「話があるの」


「何よそんなに改まって、学校で何かあったの?」


いつもと違う様子に気付いたのだろう、家事を止め母が私の方へと向き直る。


「……どうして、私の血液型はB型なの?」


「……!?」


私の言葉に、母は困惑と悲哀が混ざり合ったような表情を浮かべた。

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