第8話 事件
今日も今日とて、愛梨と一緒に試験勉強中。
明日は中間テストの最終日、私が最も苦手とする数学と物理のテストだ。
「ねぇ、愛梨……この問題はどの公式を使えば良いの?」
「……」
愛梨はノートをペラペラと捲ると、まとめてある公式の一つを指差す。
「なるほど、この公式を使って解けば良いのね」
愛の力は偉大とはよく言ったものだ。
愛梨と一緒に勉強してると、苦手な教科もスラスラ解けてしまう。
気付けば、テスト範囲の問題集は最後まで終え、時間もあっと言う間に3時間が経っていた。
「んーっ!こんなに勉強が楽しく感じたのは初めてよ、ありがとう愛梨♪」
「……♪」
愛梨の淹れてくれた紅茶を飲みながら、二人でまったりとした時間を過ごす。
「そうだ、明後日の土曜日はまた二人でお出掛けしない?」
明日のテストさえ終われば、土日は学校が休みだ。
試験勉強のお礼も兼ねて、愛梨に何かプレゼントも買ってあげたい。
「……」
愛梨は嬉しそうに微笑みながら頷いた。
「じゃあ、また駅前で……ううん、明後日は私が愛梨の家まで迎えに来るわ♪」
「……」
「遠慮しないで良いから。試験勉強のお礼もしたいし、明後日は私にエスコートさせてよ……ね?」
遠慮する愛梨を嗜めながら、土曜日の予定をあれこれ決める。
迎えの時間。行きたい店。買いたい物。
色々と決めている内に夜は更けて行き、気付けば時間は午後9時を回っていた。
「……」
愛梨が私の袖を引っ張りながら、壁に掛けてある時計を指差す。
「あ、もうこんな時間なんだ……そろそろ帰らないと、学校に遅刻したら元も子もないわね」
愛梨と二人で居る時間は楽しくて、本当にあっと言う間に過ぎてしまう。
「仕方ない、今日はこの辺でお開きにしましょうか」
「……」
愛梨が頷き、ティーカップを片付け始める。
一緒に後片付けをした後、愛梨が玄関先まで見送ってくれた。
「じゃあ、明日また学校でね♪」
「……」
愛梨が名残惜しそうに小さく手を振る。
別れを惜しんでくれる姿に、嬉しい気持ちで胸がいっぱいになる。
「大丈夫、明日また会えるから…おやすみ、愛梨❤」
私は愛梨をぎゅっと抱き締め、耳元でそっと囁いた。
「さて、と……そろそろ寝ようかな」
家に帰った後、軽めの夕食とお風呂を済ませ自分の部屋へと向かう。
二階に上がって自分の部屋の前に着いた時、隣の部屋から明かりが漏れているのに気付いた。
(あれ、消し忘れかな?お母さんもお父さんも下に居た筈だし……)
書斎とは名ばかりで、普段は殆ど使われず物置と化している部屋へ入る。
散らかっている訳ではないが、古本や衣装ケースが所狭しと置かれていた。
「使わない物でも、とりあえず取って置くタイプなのね」
私は少し呆れ気味に溜息を吐く。
とりあえず部屋の明かりを消そうとした時、足元に落ちていた何かを踏みつけた。
「……何これ、スクラップブック?」
何気に拾い上げてペラペラと捲ってみる。
中身を見てみると、古い新聞記事や写真が丁寧にスクラップされていた。
「そう言えば、お母さんって切手とか記念硬貨とか集めるのも好きだったなぁ」
恐らく、このスクラップブックも母の趣味の一つだろう。
軽く目を通した感じ記事の内容に一貫性はなく、単に収集する事が好きなだけかも知れない。
「何か面白そうな記事とかないのか……な?」
スクラップブックを流し読みながら捲っていると、ある事件の記事が目に飛び込んできた。
――資産家一家強盗殺人事件
『両親殺害、10歳娘は意識不明の重体』
大きな見出しで書かれた新聞記事の日付は、今から15年前のものだった。
「……」
私の脳裏に、学校でまことしやかに囁かれる『噂』の中に登場する『ある事件』の事が思い浮かぶ。
――常夜愛梨は10歳の時に巻き込まれた『ある事件』がきっかけで他人と話す事が精神的な問題で出来なくなった。
――常夜愛梨は『ある事件』以来、10年間に渡り昏睡状態だった。
――常夜愛梨は15年の歳月を経て、現在に至るまで身体的な成長を一切していない。
私の思い過ごしなのかも知れない。
母がこの記事をスクラップしていたのも。
私がこの記事を見つけてしまったことも。
これは、ただの偶然なのか?
それとも、運命の導きなのか?
全ては記事の内容を読めば解かることだ。
「……」
私は覚悟を決め、記事の続きに目を通そうとした――
「真琴、まだ起きてたの?」
――が、後ろから母に声を掛けられ、私の覚悟は急激に萎えていく。
「あ、うん……何か明かりが点いてたから消そうと思って」
「そう、明日も試験なんだから早く寝ないと駄目よ?」
「うん、そうするよ」
母の『明日も試験』と言う言葉に、一瞬で現実へと引き戻された。
記事の内容が気にならない訳じゃない。
だけど、まずは明日の試験を頑張らないと一緒に勉強してくれた愛梨に申し訳が立たない。
(……続きは明日の試験が終わってから、心を落ち着けて読み直そう)
私はスクラップブックを棚の上に置き、今日はもう部屋に戻って寝る事にした。
「おやすみ、お母さん」
「おやすみ、真琴」
母に挨拶し、自分の部屋へと向かう。
「明日さえ乗りきれば、明後日は愛梨と一緒にお出掛けだしね♪」
どうして、使われていない部屋の明かりが点いていたのか?
どうして、スクラップブックが足元に落ちていたのか?
私はあまり深く考える事もなく、いつもより早めに床に就いた。
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