第7話 願望

殺風景な部屋の中にあったのは、幾つかの積まれたダンボールの箱と綺麗に畳まれた二組の布団。


……そして、部屋の奥にポツリと佇む仏壇だけだった。


私は仏壇に置かれた遺影に目を向ける。

写真には真面目そうな男性と、その横で微笑むお腹の大きな女性が写っていた。


「……愛梨の御両親?」


「……」


私の問い掛けに、愛梨はゆっくりと頷く。


「そっか……御両親、亡くなってたんだね」


「……」


恐らくそうなんじゃないかと、私なりに覚悟はしていた。

だけど、実際に事実を目の当たりにすると、一体どう声を掛けて良いのかわからない。


「ごめんね、何の事情も知らないで安易に聞いちゃって……」


「……」


謝っても仕方ない事はわかっていた。況してや、謝罪なんて愛梨は望んでいない事も。


それでも、私は謝る事しか出来なくて……。


「ごめん、ごめんね……!信じてって言ったくせに……私、愛梨に何もしてあげられなくて……っ……!」


挙句には嗚咽を漏らして、私はその場に泣き崩れた。


……私は卑怯だ、自分の不甲斐なさを棚に上げて、泣いて誤魔化そうとしてる。

本当に哀しいのは、寂しいのは、泣きたいのは、私じゃなくて愛梨の方なのに……。


「……」


フワッとした感触と共に、優しい温もりが私を包み込む。


「愛……梨……?」


気が付くと、私は愛梨に抱き締められていた。


「……❤」


愛梨は私を真正面から抱き締めながら、その小さな手で私の頭を優しく撫でてくれる。


「……愛梨」


私はゆっくりと顔を上げる、愛梨は撫でてくれていた手を、そのまま私の頬に当てると微かに唇を動かす。


『真琴、ありがとう』


声は聞こえなかったが、愛梨の唇は間違いなくそう言っていた。


「愛梨、そんな……私は、何もしてあげられないのに……ありがとう、なんて……言って貰える資格なんか……!」


愛梨は微笑みながら首を横に振る。


『私は一人じゃない、真琴が一緒に居てくれるから』


それは、きっと私の願望が聞かせた幻聴なのだろう。

愛梨と出会って、愛梨と過ごして、愛梨が大好きになって……。


ずっと、愛梨と一緒に居てあげたい。


きっと、愛梨もそれを望んでくれる。


だから、愛梨に必要とされているって思いたいんだ。


「ねぇ、愛梨……これからもずっと貴女の傍に居ても良いかな?」


私は縋るような目で愛梨を見詰める。


「……❤」


愛梨はニッコリと笑って、私の額にそっとキスをしてくれた。





インターホンのチャイムを鳴らす。

カチャリと言う音と共に中からドアが開かれ、母が出迎えてくれた。


「おかえり、遅かったわね……あら?」


「…ただいま」


「疲れた顔してるじゃない、どうかしたの?」


泣き晴らした顔のまま帰ると変な誤解を招くので、しっかりと顔を洗ってから帰って来たつもりだったのだが、やはり私の心情がそのまま表情に出ているらしい。


「あ、うん……今日は愛梨と一緒に試験勉強してたから疲れたかも」


まぁ、疲れている理由は勉強のせいではないんだけど。


「そう、試験勉強をするのは良い事だけど、あまり無理はしないようにね」


「はーい」


軽く返事をしながら、階段を上る。


「晩御飯もう出来てるけど、どうするの?」


「着替え終わったら降りてくる」


「じゃあ、用意しとくわよ」


母親とそんなやり取りをしつつ、私は自分の部屋に向かった。





「……」


制服を脱ぎながら、ふと考える。


「……私にとっては、いつものやり取りでさえ、愛梨には出来ないんだよね」


あの広い家に一人きり。


他に身寄りはないんだろうか?

両親の親兄弟とか、遠い親戚とか、何処かに居るかも知れない。


「考えてみれば、私は愛梨の事を何も知らないんだ……」


愛梨と出会ってからまだ一ヶ月と少し、詳しく知れと言う方が無茶かも知れない。


それでも、私は知りたい。

知って少しでも愛梨の為に何かをしてあげたい。


「そう言えば、あの写真……」


最初に見た時は、あの大きなお腹の中に居るのが愛梨だと思っていた。


しかし、愛梨の部屋にあったベビーベッド。


学習机や人形等の玩具があったと言う事は、少なくとも愛梨が小学校入学前後までは、両親が健在だったと考えられる。


それならば、小学生の部屋に必要のないベビーベッドがあるのはおかしいのではないか?


だとすれば、愛梨に弟か妹が居た可能性は捨てきれない。


「他人が踏み入るような事じゃないかも知れないけど……」


愛梨の家族を見つけてあげたい。

愛梨は一人ぼっちじゃないよって、教えてあげたい。


「愛梨……」


だって、愛梨大好きな人には、いつでも笑っていて欲しいから――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る