第6話 秘密
「お邪魔しま~す♪」
学校帰り、私は試験勉強をするべく愛梨の家にお邪魔した。
愛梨の家は、学校から見ると私の家より少し遠い場所にある。
一緒に帰る時も途中で別れていた為、愛梨の家に来るのは今日が初めてだった。
「へぇ、ここが愛梨のお
初めて訪れたと言う事もあり、見るもの全てが物珍しく見える。
「……」
夢中になって辺りを眺めていると、愛梨が服の袖をクイッと引っ張って来た。
「あ、ごめんね……愛梨の部屋に案内してくれるの?」
「……」
愛梨は頷きながら、二階へと続く階段を指差す。どうやら、愛梨の部屋は二階にあるらしい。
「そっか、愛梨の部屋は二階なのね」
愛梨の後ろに付いて、二階へと向かう。
軋む階段の音を聞きながら、私は奇妙な違和感を憶えた。
(何だろう、別におかしいところは無い筈なのに……)
私の見る限り、おかしいところは特にない。
強いて言うなら、私の家に比べると全体的に小奇麗な事くらいだろうか。
「……」
再度、愛梨が私の服の袖を引っ張る。
色々と考えている内に部屋の前まで来ていたようだ。
「ここが愛梨の部屋かしら?」
「……」
愛梨は答える代わりに部屋のドアを開け、私を中へと招き入れてくれた。
「!?」
部屋の中を目にして、私は思わず言葉に詰まる。
何と言えば良いのだろうか?
愛梨の部屋と言う事で、可愛らしい物がたくさんある……とか。
逆に寡黙な愛梨らしく、シックな感じでまとめてある……とか。
そんな、私の予想の遥か斜め上をいく光景が目の前に広がっていた。
「何て言うか、凄く懐かしい感じがする部屋よね」
言い表すなら『子供部屋』と言うのがしっくり来る。
女子高生の部屋と言うよりは、小学生の頃によく見た部屋だった。
入学の時に買って貰うであろう、定番の学習机。
玩具やぬいぐるみが無造作に詰め込まれたおもちゃ箱。
中でも一際目を惹くのは、部屋の隅に置かれたベビーベッドだ。
愛梨が産まれた時に使っていた物なのか、若しくは年の離れた弟か妹が居るのだろうか?
「……」
私が呆気に取られている間に、愛梨は折り畳み式になっているテーブルを部屋の真ん中に設置する。
そして、私に座って待つように促すと、トテトテと
「何か不思議な感覚……子供の頃に戻ったみたい」
愛梨が部屋を出て行ってしまったので、私はもう一度ゆっくりと部屋の中を見回す。
「懐かしいなぁ、私も中学に上がる位までは使ってたっけ」
いつも愛梨はこの学習机で勉強してるのだろうか?
まぁ、確かに愛梨の身長なら普通に使えそうではあるのだけれど。
「おもちゃ箱は……流石に置いてあるだけだよね?」
チラッと中を見てみると、私も子供の頃に遊んだ記憶がある着せ替え人形や、可愛いぬいぐるみ、塗り絵なんかも入っているようだった。
「……あら?」
少し開いたドアの隙間から、微かに音が聞こえる。
パタパタと言う足音、食器が触れ合う音、お湯を沸かす音……そして、コーヒーの良い香り。
どうやら、愛梨がお茶を淹れてくれているらしい。
「あ……」
階下から漏れ聞こえてくる音を聞いて、私は違和感の正体に気付いた。
私が奇妙だと感じた理由。
愛梨の家に上がってから、生活音が全く聞こえなかったからだ。
私が学校から帰ると、家にはいつも母が居た。
母は元看護士だったが、私が産まれると同時に専業主婦になったらしい。
家の中では、どんな時も生活の音が聞こえていた。
そのせいなのだろう、生活音が全くしない愛梨の家に違和感を憶えたのは。
(……愛梨の御両親は共働きなのかな?)
家の中に、私と愛梨以外に人の気配は感じない。
愛梨が家に帰った時も、出迎えるような気配はなかった。
「家に帰った時に誰も居ないと、やっぱり寂しいんだろうなぁ……」
そんな事を考えていると、ドアが開いて愛梨が部屋に入って来る。
手には二人分のコーヒーと、お茶請けのクッキーを乗せたお盆を持っていた。
「お茶を淹れて来てくれたのね、ありがとう愛梨♪」
「♪」
愛梨はニッコリ微笑むと、テーブルの上にコーヒーを置く。
カップから立ち上る湯気と共に、コーヒーの良い香りが部屋中に立ち込めた。
「良い香り♪……お愛梨はコーヒーを淹れるのが上手なのね」
「……」
褒められたのが嬉しいのか、愛梨は恥ずかしそうに持っていたお盆で顔を隠す。
「愛梨、かわいい……ぎゅーっ❤」
愛梨の仕草があまりにも可愛いかったので、問答無用で抱き締める。
「……❤」
愛梨も私の背中に腕を回し、ぎゅっと抱き締め返してくれた。
「……愛梨のノート、凄く解りやすく纏めてあるね」
本来の目的である試験勉強を始めてから数時間。
苦手な勉強も愛梨と一緒だと言うだけで、思いの外楽しく出来た。
「……」
当初、話せない愛梨から教わるのは厳しいかとも思っていたのだが、愛梨のノートは必要な公式や要点が解りやすく纏められていて、学校で授業を受けるよりもすんなりと頭に入って来た。
「ふ~っ……今回の試験は良い点が取れそうな気がするわ、ありがとう愛梨♪」
「……♪」
テスト範囲の復習を一通り終え、軽く伸びをする。
時刻は午後8時を少し過ぎた頃、窓の外はもうすっかり暗くなっていた。
「そう言えば、愛梨の御両親は共働きなの?……もう8時過ぎだけど、いつも帰りは遅いのかな?」
何気に思った事を聞いてみる。
「……」
質問が唐突過ぎたのか、愛梨は驚いたような表情をした後、顔を伏せて何やら考え込んでいた。
「愛梨?」
ひょっとして、何かまずい事でも聞いてしまったのだろうか?
「……」
愛梨は暫く考え込んでいたが、やがて顔を上げるとジッと私の顔を見詰める。
そして、いきなり私の手を掴んだかと思うとそのまま立ち上がり、私の手を引いて部屋から出た。
「あ、愛梨?……急にどうしたの、一体どこへ連れて行くの?」
「……」
愛梨は隣の部屋の前で立ち止まると、私の方を振り返る。
長く伸ばした前髪の奥で、不安と願望が入り交じった瞳が私を見ていた。
「愛梨……」
「……」
この部屋の中には、愛梨が隠して置きたい秘密がある。
きっと、愛梨は怖かったんだと思う。
私が秘密を知ってしまう事で、二人の関係が壊れてしまうかも知れない……と。
それでも、愛梨はそれを理解した上で尚、私に秘密を
愛梨の部屋に入った時から……いや、本当はもっと前から薄々そうではないかと、心の何処かで『その可能性』を感じでいたのだろう。
この部屋の中にあるもの、愛梨が恐れていること、愛梨が私に求めていること。
それは、きっと……。
だから、私は自分の想いを素直に言った。
「愛梨、私を信じて」
「……」
私の言葉に頷いて、愛梨はゆっくりと部屋のドアを開ける。
次の瞬間、私の目に飛び込んで来たのは予想していた通りの光景だった――。
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