第4話 疑念

始業5分前、一人の女生徒がしきりに教室の中を見回しているのが目に入った。


教室の一番後ろの窓際の席。一般的な高校生に比べて明らかに幼い外見の寡黙な女生徒。


「……」


いつもならば、あの娘の傍には真琴が居て、朝から笑顔を振り撒いている頃だ。


私は彼女を敵視している訳ではないが、一番の友達を取られたと言う気持ちが心の何処かにあったのかも知れない。


だからだろうか、普段なら絶対に取らないであろう行動に出たのは――。


「……真琴を探してるの?」


彼女の机の前に行き、そう問い掛ける。


「……!!」


まさか、真琴以外の人間から声を掛けられるとは思っていなかったのだろう。

少し驚いた感じで私の方へ顔を向けた彼女だったが、それ以降は無言のまま表情ひとつ変えなかった。


「真琴なら、今日は風邪で休むみたいよ……ほら」


そう言って、真琴からスマホに送られて来た写真とメッセージを見せる。


「……」


彼女は無言のままスマホを凝視したが、それ以上の反応は何もなかった。


彼女に悪気がない事は解ってる、何せ話す事が出来ないのだから。


「貴女も真琴の友達なら、アドレスの交換くらい……」


思わず、皮肉めいた言葉が口を突いて出た。


それは、彼女に友達を取られた事に対する嫉妬心ジェラシーからなのか?

もしくは、私にはあって彼女にない繋がりを持っていると言う優越感プライドからなのか?


兎も角、私は言い掛けた言葉を飲み込んだ。


「……」


彼女は話す事が出来ない。つまり、最初から携帯電話の類を持っていない可能性だってあるのだ。


「ごめんね、そう言うつもりじゃなかったんだけど……兎に角、真琴は学校休むみたいだから」


それだけを伝えて、私は彼女に背を向け自分の席へと戻る。


「……」


結局、彼女は最後まで無言のまま表情ひとつ変える事はなかった。


席に着きながら、私は深い溜息を吐く。


「最低だな、私……」


自分の机に顔を伏せ、始業のチャイムを聞きながらポツリと呟いた。






――朝、目が覚めたら熱があった。


「39度1分……これ、やばい奴だ」


15年間の人生で初めて見る稀少レアな体温。

思わずスマホで撮影し、メッセージを添えて沙織に送る。


「そうだ、学校……」


今日の授業は、私の苦手な物理と数学がダブルである。

以前の私であれば、学校を休める大義名分を手に入れた事に諸手を挙げて喜んでいただろう。


しかし、今の私にとってそんな事はどうでも良い事でしかなかった。

風邪を引いて熱があろうとも、嫌いな授業がダブルであろうとも、私は学校へ行きたい――。


――否!


「愛梨に会いたい……!」


だるい身体を起こしながら、そう叫んだ次の瞬間。


「……!?」


急に視界が暗転したかと思うと、私は意識を失った。






冷たい感触、火照った頬に触れた何かが心地いい。


そう言えば、私はどうなったんだっけ?

確か酷い熱があって、沙織にLINEして、愛梨に会いたくて……。


――愛梨。


どうして、こんなにも愛梨の事を想ってしまうんだろう?

自分の事よりも、友達の事よりも、まだ出会って日も浅い愛梨の事を……。


まるで恋焦がれるように、愛梨に会いたいと唯々そう願っている。


愛梨……愛梨……。


「愛梨!」


いつしか想いは言葉になり、愛梨の名前を呼びながら、私は目を覚ました。


「……!?」


もしかして、まだ夢の中に居るんだろうか?

私の目の前には、心配そうに此方を覗き込む愛梨の顔があった。


「どうして、愛梨が私の部屋に……?」


多少は熱も下がったみたいだが、まだ少し頭が重くハッキリとしない。

居るはずのない愛梨が、私の目の前に居ると言う事実に全く思考がついていかなかった。


「……」


いま夢現ゆめうつつな私の頬に、愛梨が小さな手を当てる。


(冷たくて、気持ちいい……)


夢の中で感じた感触は、恐らく愛梨の手だったのだろう。


「……ありがとう、愛梨」


私は頬に当てられた手の上に、自分の手を添えながら微笑む。


「……」


愛梨は恥ずかしそうに手を離すと、いつも背負っている鞄から何枚かのプリントを取り出した。


「もしかして、プリントを届けに来てくれたの?」


「……」


私の問い掛けに、愛梨は無言で首を縦に振る。


「ありがとう、愛梨~❤……っと、今は駄目ね。風邪を感染うつしちゃうと大変だもの」


愛梨の気持ちが嬉しくて、ついつい抱き締めようとして思いとどまる……が。


「……」


「あ、愛梨……!?」


両手を広げた状態で立ち尽くしていた私に向かって、愛梨が勢いよく飛び込んで来た。


「……」


私の背中に腕を回し、ぎゅっと抱き締めてくれる。


「愛梨……」


「……」


愛梨は何も言わない。


けれど、懸命に抱き締めてくれるか細い腕を通して、愛梨の気持ちが胸いっぱいに伝わってくる。


「ありがとう、愛梨の気持ち伝わったよ……❤」


愛梨の頭を優しく撫でながら、小さな声で囁いた。






「……あら、あの子はもう帰ったの?」


愛梨が帰ってから暫くして、部屋に入って来た母が聞いてきた。


「うん、あんまり長居させて、風邪を感染うつしちゃうと大変だしね」


本当はもっと一緒に居たかったけど、今回ばかりはそう言う訳にもいかない。


「……愛梨ちゃん、可愛い子だったわね」


「うん、ちっちゃくて、恥ずかしがり屋で、会話は出来ないんだけど、拙い仕草が可愛く……て?」


そこまで言って、私はある違和感に気付く。


(あれ……?)


「お友達の事を楽しそうに話してくれるのは良いけど、貴女は病人なんだから無理せず寝てないと駄目よ?」


「あ、うん……わかった」


心配してくれる母の言葉に、私は上の空でそう返した。


「じゃあ、ちゃんと休みなさいね」


「うん、おやすみなさい」


パタンとドアが閉まり、母が部屋から出て行く。


「お母さん、どうして愛梨の名前知ってたんだろ……?」


母が出て行ったドアを見つめ、私は呆然と呟いた。

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