第3話 天使

「おはよ、愛梨❤」


駅の改札前で物静かに佇んでいた愛梨の後ろ姿を見つけ、私は軽く手を上げながら声を掛けた。


「……」


私の声に反応し、振り向いた愛梨と視線が合う。


「早いね、まだ約束の15分前だよ」


少し早めに着くように家を出たのだけれど、愛梨は更に早く着いていたようだ。

待ち合わせ時間より早く来たのは、愛梨の性格的なものだろうか?……それとも、私と出掛けるのを楽しみにしてくれていたのだろうか?


私としては、当然の如く後者希望だけども。


「……」


愛梨は恥ずかしそうに視線を逸らす。

少しモジモジとした仕草がとても可愛い、人目さえ無ければぎゅーっと抱き締めたいところだ。


『学校が休みの日も、愛梨に会いたい!』


今日、二人で出掛ける事になった理由はそんな単純な想いからだったが、私の目の前に私服姿の愛梨が居ると思うと、勇気を出して誘ってみて本当に良かったと思う。


「……ああ、もう!」


「――!?」


「愛梨、大好き❤」


結局、我慢出来ずに愛梨をぎゅーっと抱き締めてしまった。






「さて、と……愛梨は何処か行きたい場所とかあるかな?」


一頻り堪能した後、愛梨に希望を聞いてみた。


「……」


愛梨は黙ったまま首を横に振る。

相変わらず表情は殆ど変えないが、最近はちゃんと反応してくれるようになってきた。


少しずつだけど、私の事を信用してくれるようになったんだと思うと凄く嬉しい。


「とりあえず、駅前をぶらぶら歩こっか?……気になるお店とか見つけたら入れば良いしね♪」


所謂、ウインドウショッピング。

定番と言えば定番だが、私としては愛梨と一緒に歩くだけでも楽しい。


「……」


私の提案に、愛梨は小さく頷いた。


「じゃあ、行こっか♪」


そう言って、愛梨の小さな手を掴む。


「……♪」


愛梨は恥ずかしそうに俯きながらも、私の手をギュッと握り返してくれた。





駅前通りを愛梨と二人で見て回ること数時間、少し歩き疲れた事もあり休憩がてら喫茶店でお昼を食べる事にした。


友達と何回か入った事がある駅前通りで人気の喫茶店『やまねこ』

多種多様なサンドイッチと拘りの紅茶、パフェを初めとしたスイーツも種類が豊富で常連客も多い。


「愛梨はどれにする?」


テーブルの真ん中にメニューを広げ、愛梨に問い掛ける。


「……」


愛梨はメニューをペラペラと捲ると、迷う事なく一つの料理を指差した。


「……えっと『プリン・ア・ラ・モード』ね、愛梨はこれだけで良いの?」


「……」


愛梨にしては珍しく、ウンウンと大きく首を縦に振る。


「そっか、私は『今日のおすすめサンドセット』にするね」


店員さんに注文を告げ、愛梨とお喋り(一方的)しながら料理が来るのを待った。


やがて、運ばれて来たサンドセットとプリン・ア・ラ・モード。

値段の割にボリュームがあり、特にプリン・ア・ラ・モードの方は、かなり豪華に盛り付けられていた。


「いただきます」


二人で手を合わせ、食べ始める。


私が注文した『今日のおすすめサンド』は、明太チーズオムレツのサンドイッチ。

半熟でとろけるオムレツの中に、とろけたチーズ、ほぐした明太子をマヨネーズで和えたソースは、ピリッと舌を刺激する明太子の辛さが食欲を刺激する。


口に入れた瞬間、それぞれ異なる三種類の味と食感が一体となり、至福の一時が訪れた。


「はぁぁ……❤やっぱり、ここのサンドイッチは美味しいなぁ❤」


常連客が多いのも頷ける納得の美味しさとボリューム。


(ハッ、いけない……あまりの美味しさにトリップしちゃってた)


安易な幸せに浸っている場合じゃない、私がすべき事は唯一つ。

プリン・ア・ラ・モードを可愛く頬張る愛梨を、しっかりとこの目に焼き付けなくてはいけないのだ。


「愛梨、プリンは美味し……!?」


「❤」


……天使だ。今、私の目の前には天使がいる。

学校では殆ど表情を変えない愛梨が『極上の蕩顔プレミアムヘヴン』を浮かべていた。


「ふふ、愛梨はプリンが大好きなのね♪」


「~♪」


幸せそうにプリンを頬張る愛梨の姿を見ていると、自然に頬が緩んでくる。

外見の幼さもそうだが、同級生とは思えないその愛らしい仕草に母性本能をくすぐられる感じがした。


愛梨と一緒に過ごす度に、彼女だって普通の女の子なのだと改めて実感する。

そして、それと同時に生徒達の間でまことしやかに噂されている『ある事件愛梨の過去』の事が気に掛かった。


(所詮は噂話だし、信憑性なんて無いのかも知れないけど……)


愛梨の外見が極端に幼いこと、他人と話せない(話さない)と言うこと、感情の変化が著しく乏しいと言うこと、この三つについては疑いようもない事実。


(……どちらにしても、愛梨にとって幸せな記憶じゃないだろうし)


愛梨の事が気になる、恐らくこの気持ちは『友達』と言うよりも『娘』や『妹』と言うような『家族』に対して抱く気持ちに近いのだろう。


「……愛梨、ほっぺたにクリーム付いてるよ?」


そう言って、愛梨の頬に付いたクリームをゆっくりと指で梳きとる。

指が頬に触れた瞬間『ビクッ』と身震いして此方を凝視する愛梨だったが、私の笑顔を見定めると頬を緩めて微笑んだ。


「……❤」


愛梨の事は気になる。だからこそ、今以上に愛梨の事を知りたいと思う。


だけど、愛梨が私に向けてくれる無垢な笑顔を失くしたくはないから……。


「愛梨、また一緒にお出掛けしようね❤」


だから、私は愛梨と一緒に前だけを向いて歩いて行く事にした。

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