小さく二度、礼をしたあと、ぱんぱん、と二度手を打つ。

 何を願おうか。

 何を願えば良いのか。

 特にこれといって思いつくものはない。

 何もない。

 山野の只中に沈む社殿は晩夏の蝉が作り出す静謐を纏い、未だ強い日差しは葉陰によって和らいでいる。

 ほう、と一息つく。

 落ち着く、場所だ。

 誰もいない。

 なにもない。

 ただ祈りのための場所。

 静かな、苔むした静寂。


 何を願おうか。

 何か願おうか。

 悩み、小さく礼をする。

 そのまま、頭を垂れたまま、じっと考える。

 何を願おうか、じっと、じっと、じぃっと。


 いつの間にか、一礼したまま石になっていた。

 今度は私は礼をされる。

 礼をしたままの私の形はまるで座椅子のようで、その上に座る神はほうと笑う。

「悟入とはよく言ったものだ」

「なんの。まだまだ先に御座いましょう」

 私の上でくつくつと笑う。

「後ろの行列を見よ」

「他者の願いも祈りも関係ありませぬ」

 振る首はもう固まってしまっている。人としてはとうに死んでいる。

 ただ、願いを考える。考えつかぬから祈る。

 願いを見い出せば、きっと崩れ落ちるだろう。

 それまでは、祈る。

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