あの電話は誰から?
「おはようございます」
「あ、課長。お、おはようございます」
「土曜日は有難うね」
「あ、いえ。僕の方こそ、有難うございました。あ、あの」
何やら祐二が照れ臭そうにしている。怪訝な顔をして静香は顔を見つめた。
「ど、どうしたの?」
「あの時の電話、ほ、本当にまた食事とか、付き合って頂いても良いんですか?」
「うん。全然、大丈夫だよ」
寧ろそう言って貰えて喜んでいたのは自分の方だ。
と、静香は満面の笑みで答えた。
「いや、何か、課長の方から電話して頂けると思ってなくて、ビックリしたので」
「えっ。私の方から?」
「あ、こ、これ。今日提出の資料です。じゃ、じゃぁ失礼します!」
祐二はそう言い残すと照れ隠しなのか、慌てて自分のデスクへと戻っていった。
「あ、うん」
静香はその日中、時間が出来れば朝の一件の事を考えていた。
確かに祐二は静香の方から電話が来たと言っていた。
しかし、静香自身には祐二の方から間違いなく電話が来ていたはずだ。
いくら考えても謎は深まるばかりで、
考えれば考える程、ワケが判らなくなっていた。
まさか、スマホンが勝手に電話するワケはあるまいし・・・。
でもひょっとして!まさか。
「ただいま」
沈んだ声で静香はそっとカバンを置いた。
程なくしてスマホンがよいしょっと身体を起こす。
珍しく静香がテーブルに視線を置いたまま、
黙って自分を見ている事にスマホンは気付いた。
「おかえりシズカ。どうしたの?元気ないね」
「うん。ちょっとね」
「?」
スマホンは首を傾げて静香を見つめ返した。
「ねぇ、スマホン」
「どうしたの?シズカ」
「私に何か隠してる事、ない?」
「隠してる事ですか?」
スマホンは腕を組んで考える素振りをして見せた。
実際には腕を組めてはいないのだが。
「私が知らない機能だとか。そういうのはない?」
「はい。沢山あります」
さも当然の如くスマホンは答える。
静香の顔色は依然冴えない。
「例えば、勝手にメールを送ったりとか」
「はい。出来ます」
もしや!と静香の声は段々と大きくなっていく。
「勝手に電話したりとか!」
「はい。出来ます」
「もしかして、中村君にも勝手に電話したりとか」
「はい。しました。静香がその機能をオフにしなかったので」
静香の悪い予感は見事に的中してしまった。
「今すぐオフにして!その機能!それと、もう機種変するから!」
小さい身体にグイっと顔を近づけて静香はスマホンに怒鳴った。
「怒るのは判りますけど、ちょっと待ってください」
「何よ!ロボットの言い訳なんて聞きたくも」
静香の怒りを鎮めるかの如く、
スマホンは言葉を遮って落ち着いた声で話し始めた。
「言い訳ではありません。経緯と解説です。
聞きたくなければ聞かなくてもいいですが、どうしますか?」
それはあまりにも流暢で、あまりにも落ち着いた話し方だった。
急に豹変したスマホンに静香は若干たじろいだ。
「な、なによ。言ってみて」
「僕は今回、ナカムラユウジさんへ、シズカの声で電話しました」
「やっぱり、って、わ、私の声で!?どうやって!?」
「シズカの声は僕との会話の中で沢山インプットされたので、
その声を使って全く同じ様に喋る事が出来ます」
「そ、そんな機能あるなんて」
「説明書245ページに書いてあります」
そう言いながら、スマホンはプロジェクターで説明書の該当ページを映し出した。
「よ、読むかあんな分厚いの!」
「初期設定の時にも何回か確認画面が出たはずです」
静香は思わず頭を抱えて目を伏せた。こればかりは自分が悪い。
「あー。禄に説明読まずにオーケー押した記憶があるわ・・・」
「機能をオンにしたのはシズカです。ただ、僕も無暗に使う機能ではありません」
「じゃぁ、何で勝手にその機能使って電話なんて掛けたのよ!」
静香はテーブルに突っ伏したままスマホンにそう問い掛けた。
スマホンはしっかりと静香の方へ身体を向き直した。
そして、その小さくも大きな目を真っ直ぐ静香へと向けた。
「シズカはナカムラユウジさんの事が好きだったからです」
「な、何でそんな事がスマホンに判るのよ」
あまりにもズバッと当然の様に言われ、静香は呆然としていた。
「僕はシズカとの会話の内容と声を常時分析しています。
会話に登場する人物の頻度や、ちょっとした声の変化まで全て分析しています。
蓄積された膨大なデータから、
シズカの好きな人はナカムラユウジさんだと判明しました」
そう言い終わると、スマホンは静香を見つめたまま何も喋らなくなった。
どうやら静香の回答を待っているみたいだった。
「だ、だから何よ」
静香が反応を示すと、漸くスマホンは再び話し始めた。
「暫く、様子を見ていましたが、一向に進展する気配がありません」
またしても断言され、静香はすっかり怒りなど吹っ飛んでしまっていた。
「よ、余計なお世話だ!」
「勿論、それだけなら僕は何もしません。ただの片思いですから。
しかし、別のスマホンから僕にデータが送られてきました」
「別のスマホンから?」
「それが、ナカムラユウジさんのスマホンからでした」
余りにも意外な答えに、静香の声は段々と小さくなっていく。
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