せなか。

 呼吸や身動みじろぎに合わせて、背中に凸凹でこぼこした影が浮かび上がる。羽化のために背中を開く蛹のようだと、その様を眺めていた。ほとんど肉のないその体では、すべてがはっきりと見えてしまう。

 もっと食べればいいものを、と起き抜けの頭で思考する。

 元々身長も四肢もすらりと長いため、細いとその長さが余計に誇張されて、奇妙さが生活しているようだ。遠目からだと、足の四本欠けた蜘蛛が立って歩いているように見える。外国にはスレンダーマンという都市伝説の怪人がいるらしいが、聞いた話だとそれにかなり近い風貌かもしれない。以前そう揶揄からかったら、「子どもを攫ったりなんかしないし、背中から変な触手が伸びたりもしないよ。ただの人間だもの」とふて腐れられてしまった。一緒に暮らしているから、子どもを攫ってきたことは一度もないと知っている。けれど、触手が背中から伸びるのは案外本当かもしれないと思った。骨ばった背中は昆虫のようにも見える。触手が出てきても不自然ではない背中。南半球には、触手からフェロモンを出す蛾もいると聞いたことがある。


 蜘蛛のようであり、怪人のようであり、蛾のようでもある、本当は骨と皮でできた人。掴みどころがない。ゆえに人を惹きつけてやまない人。見るからに不健康そうな人なのに、外へ出れば集ってくる人が絶えないのが証拠だろう。皆、何かに惹きつけられ、それが何であるのか知らないで、それでも集う。時折鳩尾のあたりがもやもやすることがあったけれど、人前では柔らかな顔を崩さない様子を見て、気怠げな表情を知っているのは自分だけだという優越感で溜飲を下げた。


 他の誰も知らない気怠い表情を今もこちらに見せながら、ついさっき出てきたたばかりのベッドに目を遣りながら、くぁ、と欠伸をした。あまり活動的でないからだろうか、暇を持て余した休日はすぐにベッドへと足が向いてしまうようだ。ベッドに倒れ込んだ姿勢のまま寝入ってしまう。上下する身体は、吸気で膨れていても健康な人間のそれよりも薄い。確かに呼吸は聞こえてくるのに、顔は死人のようで恐ろしくなることがある。ここから確認できる背中はあまりにも薄く、細く、脆い。決して力の強くないこの腕でも折れてしまうのではないかと思う。触れれば壊れてしまうような危うさに、心臓が早鐘を打ち始め、目線が背中に固定される。凹凸おうとつに自然と手が寄せられていく。羽根のようにそっとその窪みを撫でた。

 なぞった指の跡からばりばりと破けて、翼が、或いはまったく別の生き物が、顔を覗かせるような気がした。目の前の人がいなくなってしまうような予感がして、その枝のような背中にもたれかかり、呼吸とともに浮いては消えるぼこぼこした道を、頬で感じていた。もしかしたら、本当に脊椎から触手が生えてきて、包み込んでくれるかもしれないと、不吉な期待を抱きながら。

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