あし。

 クスクスと彼女が笑う。

「あなたがこんな人だなんて、あなたを慕う人たちは思ってもいないでしょうね」

 そうして、笑い声を漏らしたその口に、私の足指あしを含む。ふ…、と私の口から吐息が漏れる。生暖かい口腔は、生き物のように私の足指を包み、唾液で濡らしていく。

「…こんな私は、嫌いなの?」

「やだ、そんなこと言ってないじゃない」

 ああ、そうだ。わかっている。彼女は、私を嫌えない。私と彼女は、千切れることのない鎖で結ばれているのだから。

「ねえ、今私があなたと離れることを選択したら、どうする?」

 馬鹿みたいなことを聞く。彼女だってわかっているはずなのに。

 彼女は何も答えず、小さく微笑んで私の足指に歯を当てた。


 夕陽が机と椅子の影を、教室に赤く長く映し出していた。私と彼女が出会ったのは、赤く燃える教室だった。その頃、私の家では父の浮気が発覚し、毎日毎晩、両親の醜い罵り合いがあったため、家に帰るのを体も心も拒んでいた。誰の席かは知らないが、窓際の一番後ろでぼんやりと西日を眺めていた。


 ガラリ。


 教室前方のドアが引かれ、誰かが入ってきた。いや、まどろっこしい言い方はよそう。それが、彼女だったのだ。

 彼女は私がいることに気がつくと、小さく目を瞠って立ち止まった。目が合う。おそらく、そのときにはもう、私たちには鎖が繋がっていたのだろう。

 私は立ち上がり、さっきまで座っていた席の机に腰を下ろした。そして、上履きを脱ぎ、ゆっくりと右足を上げる。それを見て、彼女もこちらへ音もなく歩いてくる。私の目の前まで来ると、私を見下ろす格好だった彼女はおもむろに跪き、私の腿を持ち上げた。内腿に、彼女の舌が寄せられる。何度も何度も、私の足に口づけを落とす。それは、儀式だった。


 ──その日から、私と彼女は、見えない鎖で繋がれたのだ。


 それまで、同じクラスで過ごしていたことすら知らなかった彼女が、あれから、探さなくとも私の目に入るようになった。それは彼女も同じなようで、目が合えば、放課後、私たちの蜜事の香りが教室に立ち込めた。何も言わずとも、何をすればいいか、互いにわかっていた。だから、私たちの間にはいつも言葉などなく、私は彼女に足を差し出し、彼女はただ、それに唇を這わせるだけだ。

 だが、その沈黙を破ったのは私だった。

「ねぇ、私たちって、一体何なのかしら」

 言葉を発した私を彼女はちらりと上目で見遣り、おもむろに口を離した。

「何でもないんじゃないの」

 心なしか冷たい声で彼女は答えた。

「この関係がなんであろうと、私たちには何も問題ないでしょう?」

「……そうね」

 初めて言葉を交わした彼女に少しぞくりとして、私は小さく頷いた。けれど、彼女の纏っていた鋭利な空気は一瞬で消え失せ、彼女はまた私の足へ口を寄せた。そして私もまた、彼女に酔いしれるのだ。


「もう、あれから3年も経つのね」

 彼女に足を投げ出したまま、ぼんやりと呟く。私は今、女子大学で心理学を学ぶ学生になっていた。彼女はもう、働いている。

 クスクスと彼女が笑う。

「あなたがこんな人だなんて、あなたを慕う人たちは思ってもいないでしょうね」

 そうして、笑い声を漏らしたその口に、私の足指あしを含む。ふ…、と私の口から吐息が漏れる。生暖かい口腔は、生き物のように私の足指を包み、唾液で濡らしていく。

「…こんな私は、嫌いなの?」

「やだ、そんなこと言ってないじゃない」

 ああ、そうだ。わかっている。彼女は、私を嫌えない。私と彼女は、千切れることのない鎖で結ばれているのだから。

「ねえ、今私があなたと離れることを選択したら、どうする?」

 馬鹿みたいなことを聞く。彼女だってわかっているはずなのに。

 彼女は何も答えず、小さく微笑んで私の足指に強く噛みついた。

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