第8話 彼女は永遠に私のもの。

この王国に呼んだ彼女を。夜の夢の中で呼びかけた。私の封印を解いた彼女を。彼女は私を眠りから目覚めさせた。だから時を止める魔法を使った。あのエリカは永遠に15歳のままだ。ずっとこの王国で飼っておく。永遠に生かしておく。私だけの可愛いエリカ。


「あなたのレポートは統計は見事だけど、過去のことのまとめばかり。それはあなたのことじゃなくてその民族が努力したことなのよ。あなたのレポートに意味はあるけど、迫害されてる少数民族のことを本気でなんとかしたいのなら、未来や希望について語らないと。これだからフィリップはね。」エリカは学校のクラスの掃除中にフィリップに声をかける。フィリップはモップを振り回しながらこう答えた。「僕なんて先生の所詮は奴隷なんだよ。おかげで僕はいつも満点だし、進学先だって決まった。少なくとも君よりは頭はいいけどね。世渡り上手と言ってくれたまえ。エリカ。」

「あなたには正直呆れるわ。」「君は正直者すぎるね。君のレポートは素晴らしすぎるけどよくないと思ってる先生方もいる。この世は光ばかりじゃないんだ。そんなことばっかりやってると正直そのうち痛い目みるぜ。最悪殺されちゃうかもね。その時は僕にすがるがいい。さあ全てを僕に捧げるのだ!」


フィリップは、手を伸ばしエリカを抱き抱えようとするが、エリカは払いのける。


「全ての本というわけじゃないけれど、本には真理が書いてあるわ。あなたはなぜもっと真理について書かないの。フィリップ・モリス。毎回満点なんだから出来るはずだと思うけれど、私の勘違いなのかしら。」


エリカは子供であるのにまるで女教師のような口調で言った。フィリップ・モリスは口答えする。フィリップ・モリスは成長期だ、エリカよりやや背が高い。突然タバコを吸いだし、背中からわずかな色気が漂わせる。そしてすまして立ち事も投げにいう。「君は大人の世界を知らないんだ。そりゃあ知らない方がいいかもね。僕らは子供だからって理由で見逃されてるだけ。いずれほとんどの子供は世の中のルールに負けてつまらない大人になるのに。」


外の世界なんて見なくていい。エリカは子供。私だけのものだ。子供達の夢の中に潜むメルはそう言い続ける。エリカ。私だけのもの。早くおいで。


「でも君は違うよね。エリカ。エリカは大人になっても、おばあさんになってもずっとこのままだと思う。酷い目に遭わないよう気をつけて。まあ僕が守ってやるけれどね。神に誓うよ。」そう言ってフィリップは祈りをささげる仕草をする。教室を通りすがる女の子達がフィリップを見て歓声を上げる。見てフィリップ・モリスよ。カッコいい。あんなに大人っぽくて、レポートはいつも満点、進学先だって決まってる。とっても素敵なのに、なんでエリカは相手にしないのかしら。男の子達はまたあの二人言い争ってる。どっちが負けるか見ものだな。と言い合っている。


夢の中。

エリカ起きるんだ。自分の名前を忘れてしまったのだな。新しい都の塔の最上階のベッドの上で気を失っているエリカにメルは呼びかける。君はこの夢の中で私と共に永遠を過ごすんだ。学校?楽しいか?もう行くんじゃない。ひょっとしてフィリップにいじめられてるんじゃないのか?君のことだからうまくやっているんだろうが。私はこの夢の中に君を閉じ込める。エリカ、わたしの永遠の少女よ。


夢の中の夢。

砂漠の上で、エリカは一人立っていた。エリカは自分の名を忘れていた。風が吹くたび、エリカの淡い栗色の髪の毛と赤い服がひらひらと揺れていた。道の向こうから少年が手を振って走ってきた。姉さん。帰ろうよ。

砂漠には入り口とよく似た狭き門が待っていた。少年は門の前で待っていた。ねえ。ねえ見て。僕を見て!


「ここはどこなの。ロイ」

「夢の尽きる場所だよ。」


ネルーは砂漠の向こうから幻覚が来るのを待っていた。蜃気楼の向こうには過ぎ去った過去があった。ネルーはエリカとロイに近づいて来る。言い知れぬ感情が波紋のように広がっていった。男の目を見るとエリカは気が狂いそうになった。自分が自分でなくなっていく、別の、違うものに変わっていく気がした。ネルーの瞳はどこまでも深く青い。白い鳥がはためいていった。


「『私は』あなたを待っていた。」


ネルーのコートの柄はめぐるましく変化する。青い空の色をしていたコートは、すぐに星空へと変わった。月と夜空。コートは翼のようにはためいた。ネルーは手をかざした。コートの中にはただ宙が流れ、一瞬亜麻色の髪が映る。


街の真ん中の黒い塔に、天使のような白い塔が、針の秒針のように寄りかかっている。



「星が地平に沈んでいく。時計の針が振り切れた。」ネルーはひとりごちる。


「やあエリカさん。目的は達成できたようですね。帰りの準備は終わりましたか?」



ユウディーがどこからともなく現れる。

「その男は一度に二人の人間を認識できないし、人形みたいなもんだよ。哀れなつくりもの。」

「ネルーは人間よ。」

「あんたがそう思ってりゃ、あんたの前では人間なんじゃない?でも私の前ではつくりもの。」


全てはファンタスマゴリアのように。全ての商品は人々の憧れ、願望。


門の向こうは、超現実の絵のように、歪められた時計や、宙に、無数のオーバーコートを来ている男が立っている。


私の記憶はファンタスマゴリアじゃないわ。ロイを返して。はは。ここは君の夢の中なのに。とフィリップ・モリスはどこからともなく現れて言った。


さ。帰ろう現実に、学校の始業の時間だよ。フィリップはエリカの時計を持っていた。


そろそろ戦争の時間になってしまうな。僕らの時間、第一次世界大戦と第二次世界大戦のあいだへ!門よ我らをとおしたまえ!


フィリップが声を上げると門の向こうはエリカ達が住む、街の郊外に変わった。


さ、こっちへ。


『逃がさない。君たちはずっとここにいるんだ』


どこからかコツコツと足音がやってくる。


いまいましい魔法使いだな。


ここに永遠いればいい。君たちは戦争で死ぬぞ。


そんな脅しには屈しない。やめさせてみせるさ!戦争なんてね!行こうエリカ。


フィリップ・モリスはエリカの手を引っ張り、ロイを呼び連れていく。


私は……。孤独だ。また遊びに来て欲しい。


勿論だよ!君こそ現実の世界に遊びに来たまえよ!


『おやすみ。現実に帰るといい』

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